――後日
マニングは一振りの倭刀を携え、再びノヅチの工房へとやって来た。
「旧侯爵家の蔵に、一振りだけ残っていた物です」
マニングに促され、鞘から刃を引き抜くと、見覚えのある冴えた地金が露わとなった。
ノヅチ好みのシンプルな直刃の打刀。
打った本人は「
正直ノヅチには、この実直な打刀の何処に問題があるのか、未だに理解できていない。
念の為、
「拷問吏の話によると、当時のルヴェン侯爵家は
皇太子一家の拉致、ないし暗殺を目論んでいたようです」
「……一応聞いておくが、それと親父殿の刀に何か関係があるのかい?」
「無論、直接の関係はありませんが、
当時の侯爵がそのような大それた計画を思いついたのは、
どうやらサイヅチ氏の無銘刀を見たからのようでして……」
要領を得ないマニングの言葉に、ノヅチが首を傾げる。
如何に親父殿の作が当代随一の代物とは言え、倭刀の十本やそこらで皇族を脅せる筈もない。
「来週開かれる
「ああ、若旦那が確か、そんな事を言ってやがったかな?」
「武門の大家であるガイラントを奉ずる祭りともなれば、
御用鍛冶であるルヴェン侯爵家には、舞台を執り仕切る大きな権限が与えられます。
皇都を代表する英雄の慰霊祭ですから、皇族の方々も蔑ろには出来ません」
少しだけ陰謀が具体的になった所で、ノヅチも一つ頷いた。
国を挙げてのイベントを仕切る立場ともなれば、警護の手薄な隙を突く好機もあるかもしれない。
少なくとも、無為無策でクーデターを決行するよりは幾分マシ、というレベルの話ではあるが。
「ですがこの奉武祭、実行する為には一つだけ問題がありまして……」
「侯爵家には、英雄に奉ずる剣を打てるような槌振りがいない」
「ご明察」
「それで親父殿の無銘かよ……」
余りにも情けない計画の全容に、呆れたように溜息を吐いた。
ともあれ、それで大まかな事のあらましは分かった。
贋作刀の売買は、単なる目先の利鞘ではなく、後の為の風評を買いたかったという話なのだろう。
「ルヴェン家の当主が倭刀に
ゆくゆくは親父殿の無銘刀に侯爵の銘を刻み、英雄の慰霊祭に奉じるつもりだったワケだ。
想像する。
あるいは亡父は「英霊の慰霊祭にサイヅチの倭刀を使う」
という話を聞いてしまったのではあるまいか?
亡父にとって、銘を刻まぬ刃は失敗作でしかない。
ルヴェン侯爵家が失敗作を自国の英雄に捧げようとしているなど、予想だにしないだろう。
彼にとって「サイヅチの太刀」とは、隕鉄で鍛え上げた、世界を救う剣の事だ。
直観的に「侯爵家に隕鉄を奪われる」と勘違いしたとしても不思議はない。
当時の亡父は、それほどまでにあの隕鉄に入れ込んでいた。
どこまで行っても、想像の域を出ない話ではあるが……。
いずれにせよ、拙い。
大まかな謀反の計画を聞いただけだが、学が無いノヅチですらそう思う。
西方の英雄の慰霊祭に東方の太刀を奉ずるなど、それで周りは納得するのか?
首尾よく皇族を拘束出来たとして、それで人々の支持を得られるものなのか?
聞けば聞くほど、ルヴェン家の謀反は現実味の無い絵空事としか思えなかった。
「処刑人の立場から言わせてもらえば、そうでも無いと思いますよ。
玉座を掴む者と断頭台に跪く者の差は、結局の所、賽の目次第でしかありません」
ノヅチが所感を述べると、マニングはそう言って静かに首を振った。
失敗する陰謀というのは往々にして杜撰なものだが、
ならば歴史上、水も漏らさぬ計画などというものが、どれほど存在した事であろうか?
どれほど綿密な計画を練った所で、最後の最後は運否天分。
悪戯な女神の賽の目一つで、暴挙は果断に、慎重は怯懦に形を変える。
だとすれば、当時の皇室には確かにツキがあった。
無名の槌振りが一人、勝手に暴走した結果、陰謀は最初の一歩でものの見事に頓挫した。
侯爵家は「東方趣味に傾いた御用鍛冶」から
「贋作を見抜けなかった間抜けな被害者」に落ちぶれ、
世間の信用を大いに失う形となった。
世界を救えと言い残したあの亡父も、国家存亡の危機の一つくらいは救っていたのかもしれない。
しばしの間、無言で刀身を見つめていると、家の外から何やら歓声が聞こえてきた。
国家の英雄、ガイラントを祀る奉武祭まであと一週間。
大通りでは本番に備え、様々な催しの準備で盛り上がっているようであった。
「国家転覆を企てた奉武祭で、自分たちの後釜の御用鍛冶を選出する事になろうとは。
随分と皮肉な話もあったものですね」
「まっ、世の中、悪い事は出来ねえって事さ」
喧騒を見つめながらしみじみと呟いた青年に対し、肩をすくめてノヅチが応えた。
結局、目の前の処刑人が救いたかったのは、侯爵家の名誉などではなく、
少年の無垢なる魂、ただ一つだったのであろう。
「アンタ、これからどうするんだい?」
「……?
どうするも何も、私はマウンライルドの一族ですから。
これからも粛々と稼業を続けていくだけですが」
「あんな事があったの後で、かい?」
「あんな事がありましたので、もう私には、何一つ斬れぬ者はありませんから」
「違いない」
黒衣の青年の寂し気な微笑に、思わずぞくりと背筋が震えた。
だが、気持ちは分かる。
ノヅチもまた、捧げたもの、失ったものの穴を埋めるように、世界を救う剣を求め続けている。
それから二言三言、挨拶を交わした後、マニングは工房を後にした。
一人になった室内に、華やかなる皇都の喧騒が響く。
「親方、お疲れ様」
代わりに室内に入ってきたタタラが、空になったカップに珈琲を注いでくれた。
そうして自分の分のカップも用意して、ノヅチの隣にちょこんと腰を下ろす。
「……どうした?」
「ええっと、親方、少し疲れてるんじゃないかなって」
「悪いな、本業の方が全然進まなくってよ」
「そう言う話じゃないでしょ」
ノヅチが仕事の話をすると、タタラは唇を尖らせて、心配そうにノヅチを見つめた。
タタラには、処刑日の出来事は伝えていない。
だが、勘の鋭い少女の事だ。
録でもない出来事が待ち受けていた事くらいは察しているであろう。
そうしてしばらくの間、二人は無言で、外の喧騒に耳を傾けていた。
が、その内ノヅチは珈琲を一口すすり、ふっ、と湧いた思い付きを口にした。
「そろそろ、引っ越すか……、ここ」
「えっ?」
突拍子も無いノヅチの言葉に、タタラは思わず目を丸くしたが、
すぐに微笑を浮かべ、こくり、と小さく頷いた。
「うん、親方がそうしたいなら。
でも、どうして?
せっかく取り戻したお父さんの家なのに」
「ああ、なんか、餓鬼みたいな事を言って悪いんだけどな……」
タタラに問われ、ノヅチはいかにもバツが悪そうに頭を掻いた。
「雑音が多すぎるわ、ここ……
どうにも余計な事ばっかり考えちまう」
「…………」
「一度、静かな所に籠って、ひたすら鉄の相手だけをしていたくなってきたよ。
なんつうか、環境のせいにしてるみたいで、カッコ悪い話だけどさ……」
「……ううん、ううん!」
言いながら、次第に気遅れしだしたノヅチに対し、タタラは大きく身を乗り出して首を振った。
「それがいいよ、親方!
その方がきっと良い仕事できるよ」
「……今の生活からしたら、暮らしはずっと不便になるぞ?」
「へへ、私だって、元は田舎出の
皇都での暮らしは確かに便利だけど、どうにも肩が凝っちゃってさ」
そう言ってタタラはカップに口を付けると、少し恥ずかし気に苦笑した。
「あ、でも……、お向かいさんとこの珈琲は飲み納めになっちゃうね」
「……さらば皇都の味、てか?」
呆れたようにノヅチがカップを掲げると、タタラも笑って、キン、とカップを重ねた。
・
・
・
――その後、
皇都で執り行われた奉武祭は、大盛況の内に幕を下ろした。
大豪傑の祭壇には、数多の名工の武具が捧げられたが、取り分け人々の目を惹きつけたのは、
アムルソン商会の三男、ロッカ・アムルソンの鍛えた騎士剣であった。
皇都中の
と多くの数寄者たちから賞賛され、先代の業にも匹敵するとの高い評価を受けた。
小人族の長老には商売にならぬと嘆かれた業も、御家再興の看板には相応しかったという事だ。
一方、ノヅチが鍛えた倭刀もまた、意外な所で評価を得ていた。
先日のルヴェン侯爵家の謀反騒ぎ以降、皇都で起こる政変の後始末には、
たびたびマニングが駆り出されるようになっていた。
あの日の処刑に関しては、厳重な戒厳令が敷かれていた筈なのだが、
黒衣の処刑人の精妙な剣技は、いつしか皇都中の評判となっていた。
罪人とはいえ、刑に処される貴族たちの中には、枷をかけられ断頭台に跪くよりも、
いっそ皇都一の処刑人の業の前に散る事を望む者が少なくなかった。
無論、マニングがあの日の処刑刀を、公の場に持ち出す事は二度と無かった。
普段の愛刀を携え、ひたすら淡々と、呼吸をするように絶人の業を振い続けた。
いつの頃からか、マニングの振う打刀は、イズノハ・ノヅチの作であるという噂が流れ始めた。
西方の都で倭刀を入手する手段は限られるのだから、それも当然の流れであろう。
ともあれ、皇都一の処刑人が自ら選んだ剣ほど、地上に確かな得物はあるまい。
ノヅチの倭刀はその切れ味と、処刑刀の持つネガティブなイメージから、
いつしか数多の妖刀伝説と合わせ、皇都の人々の口に上るようになっていた。
もっとも、当のノヅチ自身はその悪名を嫌い、早々に工房を引き払い、
皇都近郊の炭焼き小屋に籠るようになったと言われている。
ストックが無くなりましたので書き溜めに入ります。
再開までしばしお待ち下さい。