星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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43話「秋風」

東の空が、徐々に白み始めていた。

 

晩秋の紅葉に彩られた山々が、群青色の空と交じり合い、幻想的な風景を作り出す。

澄んだ大気に谷風の音のみが響き渡る。

人の子の及ばぬ、荘厳なる世界が眼下に広がる。

 

だが今、ノヅチの瞳は山河の景色を映していなかった。

外套(マント)の中で体を震わしながら、青年はただ、眼前で赤々と炎を蓄えた窯を見つめていた。

 

窯、などと言っては小人族(ドワーフ)の男たちに笑われるかもしれない。

ノヅチの背丈の半分ほどしかない、見様見真似で拵えた土饅頭である。

この中に、川床を攫った赤砂を入れ、一昼夜沸かした。

乾いた谷風が炎を育み、窯の中では立派な(ケラ)が固まりつつあるであろう。

幼少のみぎりに亡父から習った、東島(アズマ)の山師の仕事である。

 

 

 

日蝕の到来と、復活を遂げた魔王軍の侵攻より、はや三か月。

奇妙なほどに平穏な季節が続いていた。

 

無論、静かなのはノヅチの周囲ばかりである。

麓に下りれば各地の凄惨な戦況は嫌でも耳にするし、皇都の人々の不安は絶える事も無い。

三か月前、突如として地上に姿を現し、瞬く間に辺境を血に染めた魔王の攻勢。

皇都を遠巻きに包囲するような動きを見せる魔王軍に対し、現状、人類は何ら有効な対策を打てていない。

 

三百年前の魔王と勇者の決戦を契機として、世界からは徐々に『奇跡』が潰えた。

国家は不確かな英雄の誕生に見切りを付け、地上の安定を軍隊の拡充に求め始めた。

 

軍の強さとは、数であり、統制の強さである。

その統制が、今は十分に機能していない。

電撃的に各地を制圧した魔王の狙いを掴み兼ね、明確な方針を打ち出せていないのだ。

 

皇都を八方から取り囲むように展開した魔物の大群。

これに対し兵を分散すれば、軍はたちまち数の力を失い、一局に集中すれば皇都を危険に晒す。

 

四年前には、旧侯爵家によるクーデター騒ぎもあった。

度重なる政情不安により、人々は外敵と強く渡り合えるほど、内側を纏めきれていないのだ。

如何に強大な軍隊を有していても、これでは白痴の巨人に等しい。

 

これほどの劣勢に陥りながら、人類側が総崩れにならずに済んでいるのは、各地に雌伏した冒険者たちの活躍による所が大きい。

軍隊が数の力であるなら、冒険者たちは個の力だ。

 

三百年前の魔王軍との決戦以降、徐々に活躍の場を失い、小鬼(ゴブリン)共の残党狩りに身をやつしていたとは言え。

彼らには単独で魔獣の群れに匹敵する武力があり、体制に依らず独自に動ける判断力があり、力無き人々を守りたいという志がある。

今や伝説となった勇者の一行も、かつては無名の冒険者から身を起こした。

 

国軍が十全に機能しない中、生き残った冒険者たちは相互に連絡を取り合い、各地で組織的なゲリラ戦を展開していた。

彼ら無名の冒険者たちの決死の戦いによって、魔王軍の侵攻速度は衰えを見せ、情勢は絶望と紙一重の膠着状態を迎えつつあった。

 

 

 

もっとも、山中で隠者同然の暮らしをするノヅチに、情勢の仔細が理解出来よう筈も無い。

ノヅチが知るのは、あの魔王の出方一つで、この平穏はたちまち終わりを迎えると言う事だ。

 

魔王軍との開戦以降、皇都では慢性的に物資の不足が続いている。

元々、山小屋にあと一年で籠るつもりで準備していたので、食料や生活品がすぐに欠乏する事はないが、冶金に使う鉄や炭はそうはいかない。

それでもノヅチは、薪を伐り、川砂を漁り、悪足掻きのような昔ながらの作刀を続けている。

 

やはり自分は、人でなしなのかもしれないと思う。

今、こうしている現在も、最前線では名も無き戦士たちが人類の為にその血を流している。

事ここに至れば、亡父の遺言も、魔王との約束もなんの意味も為さないというのに。

それでも自分はあの女との、三年の期限に拘り続けている。

 

ふと、下らぬ考え事をしていたと気付き、改めて窯を注視する。

そう言った思い煩いは、皇都の仕事場を発つ際に、全て下界に置いてきた筈だった。

人里を離れ、ただ鉄の善し悪しだけを見つめる生き方を求めたのは自分自身である。

今の自分の目は、窯の奥の残り火のみに向いていればそれでいい。

 

この残り火が潰えた時、窯の奥には十分な鉧が残るであろう。

そうしたら小屋に戻って休息を取り、午後からはタタラと炭焼きの準備をしなければならない。

時間は緩慢な歩みを続けているが、やるべき事はいくらでもある。

いずれ痺れを切らした魔王が、自分を血祭りに上げにくるやも知れないが、その最期の瞬間まで悪足掻きを続けていればそれでいい。

 

(……?)

 

ふっ、と視界の端に、何か動くものを捉えた気がした。

目線を下方に向けると、山道をこちらに上がってくる、二つの人影が見えた。

 

前を行く人影には見覚えがあった。

短く切りそろえた髪に、強い意志を感じさせる太い眉。

『カーウェイ通りの若旦那』こと、アムルソン商会の鍛冶師、ロッカ・アムルソンであった。

 

彼の姿を目にしたのは、皇都を離れて以来、一年ぶりの事である。

昨年の奉武祭の成功以来、皇都を代表する鍛冶職人となっていたロッカは、昨今の未曾有の国難に対し、皇都中の職人の力を結集しようと積極的に動き回っていた。

時たま手紙で近況を取りあってはいたが、再び彼に会うのは当分先になるであろうと思っていた。

そんな彼が、人里離れた山中に足を運ぶなど、どういった風の吹き回しであろうか?

 

ちらり、とロッカが後方を振り向いた。

次の瞬間、一陣の向かい風が吹き、後方の少女が被っていたフードを吹き飛ばした。

 

ぶわっ、とウェーブがかった柔らかな髪が寒風に踊った。

真夏の蒼穹のように明るい色の髪の少女。

捲れた外套から覗いた腰元には、身に比して長い一振りの剣を帯びていた。

 

どくり、とノヅチの心臓が唸った。

見覚えのない蒼髪の少女。

だが、その凛とした佇まいに、ノヅチはどこか言いようのない、既視感(デジャヴ)の様なものを感じた。

 

こちらの視線に気づいたのだろうか。

少女は顔を上げると、ノヅチに向けて軽く会釈したように見えた。

 

どくどくと心臓が波打ち続ける。

あるいは、時が、来たのではないか……?

徐々に近づいてくる人影を見つめながら、ノヅチは茫然と、胸中に沸いた予感を持て余していた。

 

 

 

 

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