星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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47話「讃歌」

――コン

 

異変は、本鍛えの最中に起こった。

力一杯に打ち下ろした手槌の一撃、それを眼下の鉄塊に柔らかく受け止められた。

 

打撃音は外殻では無く、熱した鉄の中枢から響いて来た。

鉄塊が音叉のように静かに震え、乾いた音が室内に伝播する。

 

奇妙な状況であった。

通常の鍛錬ならば、灼けた鉄を打てばその表面で火花が飛び、

金糞混じりの不純物を弾き飛ばしながら鍛着が進む。

だが今、目の前の金属の変化は外からではなく、明らかに内側から始まっている。

 

コン、コン、コーンと、鍛冶場にあるまじき音響が周囲に広がり、共鳴するように鉄塊が震える。

打ち込む度に鉄が震え、熱と光が、じんわりとその内側から溢れ出す。

まるで鋼鉄の内に眠っていた生命が、ゆっくりと目覚め始めているようであった。

 

「親方ッ これ……、これって……ッ!?」

 

戸惑うタタラの瞳に、じわりと涙が溢れる。

無理もない話だ。

タタラは目の前の隕鉄の本当の姿を知らない。

 

泰山の麓の光景を一変させた、隕石の落着。

天変地異にも等しい豪雨の中、どろりと眼前に溢れ出した、鋼鉄の生命。

あの時の高揚感が、今、この室内に再び溢れ始めている。

 

「黙って打ち続けろ」

 

タタラを叱り飛ばしながら、しかし、ノヅチの右手にも震えが走る。

人知を超えたこの鉄の反応。

今、自分の目の前で、新たな生命が誕生しようとしている、その感動。

 

目の前の鉄塊を叩くごとに、内から生じるこの共鳴。

まるで『歌』のようだ。

 

母親が赤子をあやすように、柔らかな反応が室内を満たす。

白銀の歌に共鳴して、隕鉄の心金(しん)が産声を上げる。

動き出した鋼鉄の心臓から、急速に血液が巡り始める。

死んだ筈の聖剣の外殻に、活力が溢れ、鋼の刀身に輝きが漲り始めてゆく。

 

まるで神話だ。

かつて、人類の叡智が切り出した神鎮鉄(オリハルコン)を、

剛力無双の豪傑が、七日七晩かけて叩き上げ、

穢れ無き聖女の祈りを神秘に代えて、鞘へと納めた奇跡の剣。

 

三百年前の英傑達が辿った物語の一幕に、今、自分たちは立ち会っている。

 

(くだらねえ事を……)

 

考えている。

頭を振るい、再び手槌を握り直す。

見定めなければならない。

目の前で起こっている現象は、何なのか?

この『奇跡』を人の手で制御する事は出来るのか?

 

槌振りは、奇跡の観測者でなければならない。

己が一念が、天に通ずる事を祈りながら。

なお奇跡の正体を暴かんとする、探求者であらねばならない。

 

今、自分は大いなる運命に導かれた歴史の途上にある。

そう妄信した時、おそらく、目の前の剣は折れるであろう。

奇跡の実在に甘えるだけなら、槌振りなどこの世に必要ない。

 

『ホー! ホー!』

 

共鳴に交じり、亡父の嬌声が耳元で鳴り響いた。

あの男ならば、どうだろうか?

イズノハ・サイヅチは霊感の人だ。

下らぬ理屈を飛び越えて、目の前の奇跡に簡単に適応してしまうかもしれない。

 

(自分は、親父殿とは違う)

 

振り被る右手に、確信が宿る。

父ならば、これほどの鉄が目の前にあれば、たちどころに世界を救う剣を鍛えてしまう事だろう。

自分に救える者があるとすれば、少女一人で精一杯だ。

そう割り切る事が出来たからこそ、ようやくここまで辿り着けた。

 

打ち下ろす槌に、祈りを籠める。

奇跡の存在を用心深く疑いながらも、この祈りを絶やすべきではない。

己の一念が届くよう。

 

運命を変え得る、ただ一度の好機(チャンス)を、最後まで全う出来るよう……。

 

 

本鍛えの開始より、きっちり七日七晩。

新たな聖剣の鍛錬は、驚くほど順調に進んでいた。

 

昼夜の境無く、我武者羅に鉄を叩き続けて来たと言うのに、さしたる疲労を感じない。

どころか、打ち下ろした槌を通じ、隕鉄の活力が肉体に流れ込んで来るような錯覚すら覚えた。

これがあの豪傑の伝説の秘密であったのならば、

自分たちは確実に、かつての勇者たちの伝承をなぞっている。

 

(その思い上がりを捨てろ)

 

舌打ちと共に、手にした槌を振り下ろす。

いずれにせよ、もうあと僅かで全ての答えは出る。

 

本鍛えは既に粗方終わり、刀身の整形を残すのみとなっている。

今はもうタタラも居ない。

この後、夜明けまでに焼入れを終えれば、引き続き砥ぎに入らねばならない。

一刻も早く聖剣を勇者に返すためにも、砥ぎを担うタタラには休息が必要だった。

 

キィ、と入口の扉がわずかに開き、何者かが室内に入って来た。

ノヅチは振り返りもしない。

傍らの人影に気付きながらも、その意識はあくまで眼前の刃に向けられていた。

 

目の前の鉄を一心不乱に叩き、叩き、叩き――

ようやく満足が言った所で、ノヅチは手を止め、くすみはじめた刀身の形を念入りに確認する。

敢えて意識した訳ではないが、出来上がった長剣は、(おろ)す前の聖剣によく似た姿をとっていた。

 

ひとしきり仕上がりを確認した後、最後の焼入れを行うべく、塗土の準備をする。

ノヅチが細やかな段取りを続ける姿を、侵入者はじっ、と無言で見つめていた。

 

小一時間後。

塗土を終えた刃を火床(ほど)に突っ込み、ノヅチは再び(ふいご)を手にした。

炎の中で赤らめられていく鉄を見つめながら、慎重に風を送り続ける。

 

「終わったかね?」

 

「鍛刀はな、だが、水舟から上げてみるまでは油断ならねえ」

 

傍らからの問いかけに応じながら、ちらり、と声の方に視線を向けた。

長身をすっぽり覆う、珍しくも地味目な旅装の外套(マント)

豊かな金髪を太い鞭のように束ね、特徴的な細い煙管(キセル)で紫煙を燻らせる。

 

 

魔王であった。

 

 

「……あまり驚いてはおらんようだな」

 

「何となく、今晩あたり、お前が来るような気がしていたよ」

 

「ならば、まずは此処まで無事に辿り着けた事に、礼を言っておくべきか?」

 

「どうだかな。

 この山小屋を出た所で、茂みの影からズドン、って事もあり得る」

 

「ほざけ」

 

くつくつと笑いをこぼしながら、魔王が腰元の酒甕を手繰り始めた。

ノヅチは気にした風も無く、再び視線を火床に戻す。

 

「お前の方こそ、俺を殺しに来たんじゃないのか?」

 

「莫迦を申せ。

 数少ない人間の友を手にかけたりすものか」

 

「友?」

 

「違うか?

 同じ太刀を愛し、同じ価値観を共有する者、それが友で無ければ何だ?」

 

嘲るような魔王の口調に、ノヅチもむっつりと押し黙った。

確かに、今の自分は矛盾している。

世界を救う聖剣の完成に精魂を捧げる一方、目の前に現れた魔王の油断を見過ごそうとしている。

 

魔王は、人類の仇敵である。

人の世の未来の為、絶対に排除しなければならない存在である。

何より、目の前の女を倒せなければ、デザイアが死ぬ。

そこまで分かっていながら、なお自分は、この女との約束を優先したのだ。

 

「安心するが良い、ノヅチ。

 たとえ当代の勇者が斃れ、人の世が終焉を迎えようとも。

 この山小屋と小人族(ドワーフ)の小娘だけは、貴様が老いさらばえてくたばるまで待ってやろう」

 

「冗談じゃねえ」

 

ノヅチは短く舌打ちをして、差し出された盃に首を振るった。

 

「仕事中だ」

 

「槌振りの鑑であるな、貴様は。

 今生の盃よりも鉄の色が大事か?」

 

「当たり前だろ」

 

「カカ」

 

呆れたように苦笑をこぼすと、魔王は手酌で並々と注ぎ、清酒で満ちた盃をゆるりとかざした。

 

「サイヅチに」

 

そう言って、一息に盃を煽ると、魔王はそれで満足したのか、盃を叩き割り、くるりとノヅチに背を向けた。

 

「さらばだノヅチ。

 貴様の悪足掻きの成果を愉しみにしておるよ」

 

哄笑と共に扉が開き、室内にわずかな寒気が差し込んだ。

扉はすぐに閉ざされ、魔王の気配は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

室内には剣と、槌振りと、飲み差しの酒甕だけが残された。

 

 

 

 

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