星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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05話「火酒」

――夜。

 

窓際に吊るした燐苔の灯の下に、傷ついた短刀をそっと落とした。

緑色の燐光を反射する、刃毀れした鈍色の刃の煌めき。

決して悪い地鉄ではない……、と、ノヅチは思う。

が、やはり昼間、その目に焼き付けた『本物』相手には比べるべくもない。

 

ちょっと思い出したかのように、ノヅチは傍らの引き出しを開け、

取り出した大ぶりの塊を、ごとりと短刀の隣に置いた。

塊を包む布地を解くと、ざらついた、灼けた鉄の素地が明かりの下に晒される。

 

あの日、少年の肚の中に、どろりと入りこんできた、真っ赤に沸いた鋼鉄の赤子。

五年前、鉄狂いの親子を魅了した惑星の欠片。

その名残を叩いて固めた延べ棒であった。

 

『逃げろ倅! そいつを持って、今すぐ炭焼き場に籠れ!』

 

鉄を見つめる幼い頃の少年の興奮は、いつしか父の、最期の言葉へと代わっていた。

 

『いいか?

 七日七晩、焼き場に伏せて、それでも儂が来ん時はな……

 その時は、お前がそれの続きを仕上げろ!

 ゆめゆめ邪な者の手に渡してくれるなよ!!

 倅よ! お前の手で、世界を救う剣を打つのじゃ!!』

 

――世界を、救え。

 

両手に余る程度の延べ棒に対し、あまりにも大袈裟すぎる亡父の遺言。

 

偉大なる勇者と、恐るべき魔王の死より三百年。

強大な魔物は既に地上から姿を消し、世界は様々な矛盾を孕みながらも、

三世紀に渡り平穏を保ち続けている。

 

倒すべき敵など、どこにもいない。

 

世界を救えと言い遺した父を殺したのは、

巨大な魔物の牙でも、国家を揺るがす陰謀でもなく、

とるに足らぬ人々の下らぬ諍いだった。

 

あの男はやはり、脳まで鉄に灼かれていたのだろうか?

あるいは、流星の到来を見事に予見してみせたあの日より。

彼には本当に全ての未来を見通せていたとでも言うのだろうか?

 

(洒落臭い!)

 

頭を振るい、くだらない妄想を吐き捨てる。

凡人がいくら頭を働かせた所で、狂人の思惑など理解できよう筈がない。

だが自分は、あの鉄狂いの父親の事が大好きだったではないか?

 

鉄を打つのが好きで、鉄を打つ事以外、何も学んでいない槌振りが、

最上の業物を仕上げ父親の遺言に報いたいと思う。

男の人生に、それ以上の動機が必要だろうか?

 

重要なのは真実ではない、手段だ。

今のノヅチにとって最も問題なのは、この鉄を鍛える手立てがまるで見えていない事だ。

 

今でも思い起こされる。

五年前、土砂降りの中、熱に浮かされたように、三日三晩かけて搔き集めた、

ありったけの惑星の欠片。

それが今や、わずか両手に余る程度の鉄塊でしかない。

 

沸かした鉄を叩く時、その内の不純物が火花となって弾け飛ぶ。

鍛錬を重ねる程に鉄は強く純粋になり、その強さと引き換えにして、体は細くなっていく。

 

この塊を、たとえ納得いくまで鍛え上げたとしても、

出来上がったのがほんの脇差程度では、到底世界は救えない。

惑星の欠片に合わせて叩き、それでもなお見劣りしない、強かな鋼が要るのだ。

 

その相棒を、一時は強靭で知られるドワーフ鋼に求めたノヅチであったが、

実際に小人族(ドワーフ)の武具に触れる度、違和感は大きくなるばかりだ。

 

ドワーフ鋼の最大の魅力は、その純度の高さに尽きる。

巨大な大窯と圧倒的な火力。

三日三晩の狂乱によって育まれる、霊銀の如く冴え渡った、光り輝く綺羅鋼。

それこそが小人族の鍛える武具の強さの源である。

 

あの純な輝きに、また別の鉄の味を混ぜる。

その行為自体が、どうしてもノヅチには一種の冒涜に思えてならない。

 

果たして父親は、どう考えていたのであろうか?

自分の打った未熟な鉄と、ドワーフ鋼の光の強さを、どう評価してくれたであろうか?

あるいは、あの鉄に狂った男ならば、既に答えを見出していたのか……。

 

「ノヅチ、起きてる?」

 

控えめな呼びかけを耳にして、ノヅチの思考が現実に引き戻される。

振り向いた視線の先で、同居人のタタラがひょっこりと顔を見せた。

少女の手には、銀色の盆に酒器が一式乗せられていた。

 

「どうした、タタラ?」

 

「えっとね、眠れないならこれ、どうかなって思って。

 父さんの好きだったお酒なんだけど……」

 

そこまで言った所で、タタラはやや気恥ずかし気に頭を振るった。

 

「ほら、父さんが居なくなってから、飲む人がいないから。

 ずっと寝かせといて腐らせちゃったら勿体ないしね」

 

「ああ、そういう事なら有難く貰うよ」

 

ノヅチの承諾を受けると、タタラは隣に寄ってきて、ちょこんと椅子に腰を下ろした。

六歳も年下の子供に、随分と気を使わせてしまっていると思う。

 

ノヅチに酒を嗜む趣味など無い事は、この少女は百も承知だ。

だが、今はまずノヅチを慰めるための建前が必要なんだと、

目の前のお節介な少女は思ったかもしれない。

そう感じさせてしまうほど、自分の姿は落ち込んで見えたのだろうか。

 

銀色の椀に琥珀色の液体を注ぎながら、タタラがちらりと窓際の延べ棒に目を向ける。

 

「ノヅチ、お父さんの事を考えてた?」

 

「まあ、ちょっとはな……」

 

思わず次の言葉に詰まり、照れ隠し代わりに銀色の椀へと手を伸ばす。

大盤鉱窟に来てからこの方、鉄の話は誰彼ともなく繰り広げたが、

家族の話をしたのは少女とだけだ。

共に父親を亡くしたシンパシーが、そういう気持ちにさせたのかもしれない。

 

「……ッ!」

 

液体を口に含んだ途端、咽っ返るような酒気が口中で膨れ上がった。

舌先が反射的にビリビリと痺れる。

 

迂闊だった。

豪気な小人族の親爺らしい、如何にも強気な蒸留酒である。

並みの人間なら割って飲むのが常識の豪酒だ。

それが今、手にした椀になみなみと一杯……。

 

嫌がらせの類ではない。

酒の味を知らない少女は、在りし日の父親がそうしていたように、ノヅチの椀に注いだだけだ。

健気で気立てが良いといっても、片親を亡くした十二歳の女の子。

亡父に叩き込まれた鉄以外の常識が欠けている。

その年相応の未熟さに親近感すら覚えるのは、やはり自分も彼女と同じ、

歪な父親に育てられた自覚があるからなのだろう。

 

「それにしてもよ……」

 

と、誤魔化すように椀を置いて、ノヅチが話題を変えるように視線を泳がせる。

 

「銀色の盆に、瓶に、椀、なんもかんもが鉄製か。

 ここの一族は、本当に心底、鉄が好きなんだな」

 

「うーん……。

 好きって言うかさ、勿体ないからね、やっぱ。

 どれだけ立派な大窯を拵えても。

 どうしたって、いくらかは(ズク)が混じるのは抑えられないからさ」

 

「ああ……」

 

そう言う話か、とノヅチも一つ頷いた。

銑鉄(せんてつ)は鋼に比べて不純物が多く、硬いが脆く衝撃に弱い。

純度が売りのドワーフ鋼ともなれば、その選別もひとしおであろう。

鍛造に適さない銑は鋳物師(いもじ)に回され、こうして多くの福産品が、

小人族の生活基盤を支えていると言うワケだ。

 

「ま、ドワーフ鋼そのものならともかくさ。

 余った銑なんて麓に運んだ所で、値段も付くもんじゃないからね。

 結局、この鉱窟の身内で使い切るしか無いんだよ」

 

「ああ、違いない。

 さすがは何百年も前から、この鉱窟で鉄と共に生き続け――」

 

言いかけた瞬間、不意にノヅチの脳内に天啓が疾った。

両手を卓に突いて目線を合わせ、その先にある酒器の輝きを、改めて神妙に睨み据える。

 

「ノヅチ、どうかした?」

 

「この鉱窟で、大窯に石炭を使い始めたのは、ほんの百年ほど前……

 確か誰かが、そんな事を言ってやがったよな」

 

「えっ? ああ、うん、そうだね。

 それ以前は確か、他所の窯場と同じ様に、木炭を使ってたって聞いてるよ」

 

「当時は窯の大きさも、今よりずっと小さかった?」

 

「うん。

 と言ってもボクは、現物を見た事があるワケじゃないけど。

 村長の話では、昔の窯の大きさは、今の半分も無かったんだって……」

 

「俺は――」

 

(なんて莫迦だ!)

 

憤りを蹴って体を起こし、なみなみと注がれた豪酒を一息に煽る。

たちまち胃の腑が石炭をくべた大窯の如く燃え上がり、

その勢いのまま、一気に階段を駆け下りる。

 

「ちょ! ちょっと待ってよノヅチ!

 こんな時間にどこ行くのさ?」

 

「寝てろ、朝には戻る」

 

タタラの制止を一言で吐き捨て、よたよたと必死で坑道をひた走る。

たちまち息が切れ、己の愚かしさが汗と共に全身から一斉に噴き上がる。

 

そうだ。

初めから全て分かっていた筈だ。

小人族は、鉄を愛し、鉄と共に生きる一族。

あの大窯から生み落とされた巨大な(ケラ)が、彼らの財産の全てだ。

大窯から生み出された全ての鉄を、一片たりとも無駄にはしない……と。

 

「なんなんだよ、もう……」

 

明後日の方向に走り去るノヅチの背中を窓下に見つめ、タタラが唇を尖らせる。

が、ちらりと視界の端に件の延べ棒を捉え、呆れたように溜息を吐いた。

 

小人族の職人たちは、怠惰を美徳とする。

これは別に、彼らが怠け者だと言う話ではない。

一所懸命に働いたなら、後は良く食い、良く休む。

公私の切り替えがきっちり出来なければ、長く続ける事は出来ない稼業なのだ。

 

そう言う意味では、タタラの亡父は小人族の中でもとびきりの変わり者であった。

四六時中、鉄の事ばかり考え、一たび心が走れば、もう周りが見えなくなる。

不思議と、今のノヅチによく似ている。

 

そっと、ノヅチの打った刃を撫で、次いで指先を、彼の父が鍛えたという隕鉄の表面に移す。

多分だけど、きっとノヅチも自分と同じような、風変わりな父親の許に生まれたのだ。

 

だから、なのだろう。

だからタタラは、熟練の職人が鍛えたドワーフ鋼の、伝統的な冴えた白色よりも。

ノヅチの打つ渋い地金の方が、ずっとずっと好きになった。

この歪な味わいに、どうしようもなく心がざわめく。

 

だからもう、仕方ない。

あのどうしようもない槌振りどもは、結局自分が面倒を見るしかないのだ。

少なくともノヅチには、出された酒を飲み干してから、走り出すくらいの可愛げがある。

怠惰な小人族のタタラは、格言に従いちゃんとよく寝て、明日の仕事に備える他にない。

 

「おやすみ、ノヅチ」

 

無人になった室内でタタラは独りそう呟いて、

だらしない主人の代わりに、惑星の欠片を引き出しの奥にしまい直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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