星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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「蛇足」

壮麗なる竜骨山脈に、ちらちらと粉雪が舞い散り始めていた。

 

この雪はやがて谷風を孕んで猛吹雪となり、東西の交通路は完全に遮断される所となる。

この地に根を張る小人族(ドワーフ)の人々にとっては、巣穴に籠り、鋼を蓄える季節である。

 

だが、今年の大盤鉱窟は、例年よりも槌の音が少々寂しい。

北辺での魔王との決戦以降、西方には世紀の戦いの揺り戻しが来ている。

荒廃した大地に必要なのは、武器ではない。

頑健な小人族もこの冬は故郷に還らず、戦火に見舞われた各地の復興に留まる者が多かった。

 

普段の冬より、いささか空き家の目立つ鍛冶屋街。

職人たちの多くが眠りについた宵の時刻に、未だ明かりの灯る一軒家があった。

 

 

静寂の室内に、刃を砥ぐ音だけが響き渡る。

少女は一人、仕上げ場に立ち、小さな背を真っ直ぐに伸ばし、自らが鍛えた刃と向き合っていた。

時折、作業の手を止め、砥ぎかけの刃の仕上がりを確かめる。

燐焦苔(りんしょうごけ)に照らし出された渋い地金がきらりと光り、ひたむきな少女の瞳を映し出す。

 

皇都近郊の山小屋でノヅチと別れてから、二度目の冬。

タタラは故郷に戻り、黙々と、師から受け継いだ作刀の業に打ち込み続けていた。

 

 

 

薄々と、こういう事になる予感はあった。

叩いた鉄の内側から、星の仔の産声が聞こえた、あの日――

 

この剣は、次の勇者の為に生まれて来るのだという確信が湧いた。

かつて七日七晩、神鎮鉄(オリハルコン)を鍛えたという豪傑の伝説。

あの伝説の途上に今、自分たちは居る。

そう思うと胸が情熱で満たされ、無我夢中で鉄を叩き続けた。

 

だが、聖剣が完成に近づくに連れ、徐々に不安の方が大きくなり始めた。

勇者の伝説はいつも、魔王の死と共に終わりを迎える。

魔王が倒されると共に、勇者はその役割を終えるのだ。

ならば槌振りの役割は、勇者に伝説の剣を託した所で終わるのだろう。

 

出乃羽野槌(イズノハノヅチ)は、世界を救う剣を鍛えるために生まれてきた人だ。

少なくともタタラはそう思っていた。

それなのに、実際に聖剣の復活に立ち会うまで、その先を考えた事は一度も無かった。

 

これほどの剣に『次』があるのか?

生涯にただ一度、これほどの鉄が打てたなら、それで生涯を終わりにしてもいい。

槌振りを志す者なら、誰もがそう思えるだけの剣を、自分たちは鍛えている。

 

生涯にただの一振り。

奇跡の源はそこにある。

 

イズノハ・ノヅチは、鉄ありきの人だ。

その魂が激情に支配されていた時も、彼は世界を呪う代わりに槌を振るい続けていた。

全てを失い空っぽになってしまった時も、ただ鉄に触れる愉しさだけでこの世に留まっていた。

そんな男が、生涯ただ一度の剣を送り出したら、後に何が残ると言うのか?

 

確認するのが怖くて、結局、先手を打たれた。

故郷に帰れと、もう二度と槌を握らないと、そう言われた。

ノヅチは意外にも冷静に、聖剣を打ち終えた後の事を考えていた。

そこに一切、自分が勘定に入っていなかった点を除けば、だ。

 

咄嗟に何か言おうとして、結局何も浮かばないまま山を下りた。

言葉など、無力だ。

槌振りの心を動かすものは、いつだって鉄であり、剣でしかない。

なにくそと、そう唸らせるだけの鉄を見せねばならない。

所詮この世は、などと言わせないような一振りで、あの男の心を捻じ伏せるしかない。

 

大盤鉱窟に戻ったタタラは、ひたすら作刀に打ち込んだ。

人類と魔王軍との戦いがいよいよ激しさを増そうという時期である。

ノヅチがタタラに望んでいたのは、彼女が小人族の職人たちと合流し、ドワーフ鋼の武具を最前線に送り出してくれる事だった。

そんな時勢に背を向けて、タタラは一人、我儘な鍛刀を一心不乱に続けてきた。

 

世界は勇者が救ってくれる。

ノヅチを救える好機(チャンス)は自分にしかない。

自分が鍛える倭刀には、かつてノヅチが示したくれた道程、その先を織り込めねばならない。

 

今、ノヅチが何処で何をしているのか、タタラは知らない。

最初に打ち上がった脇差は旧知のヒウマンへと託しものの、それが無事に彼の許に届いたのかすら定かではない。

あるいは既に、ノヅチがどこぞで野垂れ死にしている可能性すら否定出来ない。

 

だが、彼は見事にやり遂げてみせたではないか。

世界を救う、次の勇者の為の剣。

あの奇跡のような道のりに比べれば、自分の望みなど細やかなるものだ。

 

まだ、運命は続いている。

自分が次の倭刀を砥ぎ続ける限り、きっと……

 

 

きい、と入口の木扉が静かに開いた。

タタラは構わず、黙々と目の前の刃を砥ぎ続ける。

 

間もなく山道全体が雪で閉ざされようというこの時期に、大盤鉱窟を訪れる客はいない。

ここにいるのは皆が顔見知り、大きな家族のようなものだ。

小人族の職人同士、多少待たせた所で失礼とは思わない。

何より、今、保ち続けた集中力が切れるのが惜しい。

 

どれほど時間が流れた事か。

ようやく一息吐いたタタラが、刃を置いて後背を振り返った。

 

「…………」

 

そして、絶句した。

玄関に立っていたのはノヅチだった。

 

完全に言葉を失ってしまったタタラに対し、ノヅチは所在無さげにあちこちと見渡していたが、やがて意を決したように、タタラに瞳を向けて言った。

 

「……その……ただいま……タタラ」

 

「ノ――!」

 

その一言をきっかけに、弾かれたようにタタラが動いた。

 

手にした砥石を打ち捨て、真っ直ぐに駆け出し――

 

両手を広げたノヅチの前で、思い切りよく床板を蹴り上げ――

 

力強く、高らかと頭上に掲げた右の腕を――

 

 

「バカァアァアァァァ――――ッッ!!」

 

 

渾身の想いを籠めて、ノヅチの顔面に叩き付けた!

 

 

ノヅチは物も言わずぶっ飛んだ。

背後の木扉をブチ破り、勢いのまま2秒ほど宙を舞い、路上をゴロンゴロンと転げ回ってようやく静止した。

 

全身が痙攣し、息が詰まり、チカチカと視界が明滅する。

はっきりと、死を意識した。

何とか生者の方に逃れようと、バタバタともがいていた所、上からドシンと腹部を押し潰された。

必死に視線を泳がせると、頭上には憤怒の形相のタタラが覆い被さっていた。

 

「…………」

 

「……ボクはもう、手遅れだって、言ったよね?」

 

ドン、と少女の拳が胸元を叩いた。

ビクン、と体が跳ね、死にかけていた意識が戻って来る。

 

「ノヅチが星金を打つ所を見たいって、ちゃんと言ったよね!」

 

叩いた。

 

「なんで……、なんで、帰れなんて言うんだよぉ―っ!?」

 

叩いたッ!!

 

「もう槌を握らないって、打つべき物は打ったって、なんだよッ!?

 なんでそんな事言うんだよォ!!」

 

叩いた!!

叩いた!!

叩いた!!

 

「何にも出来ないクセにッ!

 鉄を打つ事以外、何の取り柄も無いクセにッ」

 

叩いた!

叩いた!

 

「槌を振ってなきゃ、生きていけないクセにッッ」

 

叩いた。

 

「一人じゃ……続けられないのに。

 もう、打ち続けられないよぅ!」

 

叩いた。

叩いた。

叩いた。

叩いた。

叩い…

叩…

 

少しずつ、胸を叩く拳が弱弱しくなってきた。

自分の生き死にはともかく、目の前の少女に殺しをさせるワケにはいかない。

ノヅチは痙攣する右手を必死に伸ばし、そっと少女の濡れた頬に触れた。

 

「……ゴメン」

 

「…………」

 

打撃が、止まった。

 

少女と再会した時、言おうと思っていた事は、全て吹き飛んでしまっていた。

舌が、うまく回らない。

だが、この命が尽きる前に、自分の中に残っていたものは、全て形にしておこうと思った。

 

「俺……、バカでさ」

「知ってる」

 

「聖剣を打ち終えた時、これでもう、なんもかんも終わったんだって思えてさ」

「……知ってるよ」

 

「だから、もう、次は無いから、タタラとは、これ以上一緒にいられないって……」

「バカ」

 

「けど、お前と別れたら、本当にもう、何もかもがどうでもよくなっちまって……」

「もう、バカッ! バカ! バカ!バカ!バカ!」

 

叩いた!

叩いた!

 

叩いた!

叩いた!

叩いた!

 

 

「……タタラが居ないと、俺、全然ダメでさ」

 

「知ってるよ……、そんなの、ボク、ずっと前から知ってたもん!」

 

「側に居てくれ、タタラ、ずっと、ずっと……」

 

「…………」

 

「その、出来れば………………一生」

 

「そんなの……そんなのッ! 当たり前だよォ―――ッ!!」

 

 

ズシリ、とノヅチの胸に、タタラの重さが乗った。

タタラの温もりを感じながら、これで自分は、どこにも飛んで行かずに済むと思った。

 

『ホー! ホー!』

 

彼方から狂人の雄叫びが聞こえ、次いで星の仔の産声が聞こえてきた。

それでようやく、ここに帰って来れたのだと思えた。

 

ノヅチはすっかり安心して、そのまま意識を手放した。

 

 

――目を開けると、懐かしい天井があった。

 

体を起こそうとした途端、ズキリと鈍い痛みが走った。

覚醒する意識に合わせ、ガーゼの貼られた左頬がジンジンと熱を帯びてゆく。

 

窓から差し込む燐焦苔の光が、室内を淡い緑に染めている。

七年前、タタラと共に過ごした、主なき大盤鉱窟の工房。

おもむろに寝返りを打つと、隣にはタタラの寝顔があった。

 

しばし、タタラの穏やかな寝息を聴く。

呼吸に合わせ、小さな胸が規則正しく上下する。

目尻には、うっすらと涙を蓄えている。

 

なんであんな酷い事が言えたのだろうか、としみじみ思う。

そっと指を寄せ、目尻の涙を拭ってやる。

 

タタラの事は、かけがえのない同志と、歳の離れた兄妹のようにまで思っていた。

今は、もっと身近に感じている。

タタラが起きないのを良い事に、柔らかな頬をふにふにと弄ぶ。

タタラの存在が手の届く所にあると実感出来るだけで、満たされるものを感じた。

 

「えっち」

 

調子に乗ったノヅチの指が、乾いた唇に触れた所で、少し怒ったようにタタラが言った。

名残惜しくも指先を離す。

 

「起こしちまったか?」

 

「ン……、ノヅチが起きるの待ってた」

 

ノヅチが問うと、タタラはちょっぴり強がって、両眼をごしごしと擦り、それからノヅチの顔を覗き込むように見つめて来た。

ノヅチの方も何か言おうとして、結局何も形に出来ないまま、タタラの顔を見つめていた。

 

半身に、わざわざ声を掛ける人間などいない。

語り合うような夢などなくとも、ただ、こうして共に居る事が当たり前で、幸福なのだと素直に思えた。

 

どれほどの時間が流れた事か。

やがてタタラが右手を伸ばし、ノヅチの頬にガーゼの上からそっと触れた。

たちまち鋭い痛みが走り、ピクン、と体が震えた。

 

「……痛かった?」

 

「嬉しかったよ」

 

「うそ、変だよ、そんなの」

 

「変じゃねえや」

 

頭を強く打ち過ぎたのかもしれない。

タタラは小さく息を吐くと、まじまじとノヅチの瞳を見つめながら言った。

 

「ねえ、ノヅチは何か、やりたい事はある?」

 

「なにか?」

 

問われ、ノヅチは少し考えた後、口を開いた。

 

「タタラと、一緒に……」

 

「それは当たり前でしょ。

 二人で一緒にしたい事はあるかって聞いてるの」

 

「二人で」

 

「本当に何だっていいんだよ。

 すぐに出来るような事じゃなくて。

 本当に漠然とした、夢みたいな話だっていいの」

 

そう言われ、今度こそノヅチは真剣に考え込み始めた。

 

亡父から託された隕石の欠片を鍛え、世界を救う剣を打つ。

ノヅチの人生をかけた目標は、既に欠片も残っていない。

残ったものはタタラだけだ。

この上なお、この世界にしがみついてまでやりたいような未練が、自分に残っていただろうか。

 

…。

………。

…………。

 

「……東島(アズマ)に」

 

長い沈黙の後、ノヅチは小さくポツリと呟いた。

 

「東島、ノヅチの故郷の?」

 

「ああ、とは言っても俺は、物心ついた頃には放浪の最中だったから。

 本当は、俺が知っている東島は、親父殿の教えの中にしか無いんだ」

 

「そっか……、そうなんだ」

 

「出来る事なら、東島の刀工の業を一から学び直してみたい。

 自分のやって来た事が、本当に正しかったのか。

 親父殿の故郷を巡って、もう一度、確かめてみたい」

 

「…………」

 

「出来れば、一族の……、母さんの墓が残っているのかも」

 

「……うん、いいじゃん、それ!

 行こうよ、ノヅチ、二人で一緒に」

 

「けど、俺、金無いし……」

 

「もう、バカだな、ノヅチは」

 

困ったように頭を掻くノヅチに対し、呆れたようタタラが苦笑した。

 

「今は冬だよ、ノヅチ。

 小人族の職人たちはね、雪の季節は巣穴に籠って、春の為に鋼を蓄えるの」

 

「あ」

 

「だから行けるよ、どこにだって。

 今から二人で頑張れば、きっと、絶対」

 

そう言って、タタラが笑った。

その言葉に対し、ノヅチは少し考えてから問い返した。

 

「タタラ、は?」

 

「えっ?」

 

「あるのか、やりたい事?」

 

「うん、ボクは……」

 

ノヅチの問いに対し、タタラは人指し指を口元に寄せて、しばし考え込んでいたが、その内にやや瞳を曇らせ、ためらいがちに口を開いた。

 

「鉱樹……、鉱樹ジュエトネリコへ」

 

「鉱樹へ?」

 

「見てみたい。

 チャクアさんが守り抜いた世界がどうなったのか」

 

「あ……」

 

「ううん、鉱樹だけじゃない。

 ノヅチと一緒に旅して回った、世界中の全ての場所に。

 時間をかけて、二人でゆっくり、行けたらいいな……、って」

 

「…………」

 

「ダメ……、かな?」

 

「ダメなもんか。

 俺も……、俺だって会いたいよ、チャクアに」

 

「うん、正直でよろしい」

 

ノヅチがそう応えると、タタラは少しお姉さんぶって、ノヅチの頭を優しく撫でて来た。

その生意気な姿が、妙に愛らしくて、ノヅチの胸がじわりと熱くなった。

その小さな体を、今すぐ全身ですっぽりと抱き止めたいという衝動に駆られた。

 

「タタラ」

 

「えっ、あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

差し出された手の内から逃れるように、わたわたとタタラが身を捩らせる。

 

「……イヤか?」

 

「ううん、イ、イヤとかじゃなくて」

 

たちまち捨てられた子犬のようにシュンとしたノヅチに対し、困ったように首を振る。

 

「ボ、ボク、小人族だよ?」

「知ってるよ」

 

「背丈だって、こんなにちんちくりんだし……」

「まあ、小人族だからな」

 

「ノヅチの周りって、ずっとキレイな女の人ばかりだったし」

「そんな事は……、無いだろ」

 

「魔王なんか、胸がこーんなに大きくてさ」

「あんな阿呆の事は忘れろ」

 

「それにボク……、ずっと、鍛冶仕事ばかりやってきたから。

 体中、火傷の痕でいっぱいだし……」

 

「タタラ」

 

どこまでも逃げようとするタタラの両肩を、ぐっ、と力強く抑えつける。

どれだけ自分がタタラを欲しているのか、今、はっきり伝えるべきだと思った。

 

「今から、お前の体の火傷の痕に、一晩かけて口付けしていいか?」

 

「ええっ!?」

 

余りにもあけすけなノヅチの言葉に、タタラの顔が火床(ほど)った。

可哀想なほどに潤んだ瞳でノヅチを見上げ、うわずった声で問い返す。

 

「な、なんで……?」

 

「タタラを、俺の、お嫁さんに、したいから……」

 

真っ直ぐに瞳を向けられ、返すノヅチもいっぱいいっぱいになっていた。

バクバクと心臓が跳ね上がり、じれったさに全身が震える。

 

ふっ、とタタラの肩からわずかに力が抜けた。

それを肯定と判断して、そっと腕の中に抱き寄せる。

 

「あの……、えっと、あのね」

 

額も触れ合いそうな間近で、タタラはしばし、キョロキョロと瞳を泳がせていたが、やがて意を決したように口を開いた。

 

「その……、だ、旦那さま」

 

「えっ?」

 

「じゃなくてッ! えと、えと! 言ってみただけ、だから……」

 

そう言って、必死に取り繕おうとしたタタラの肩が震えているのに気が付いた。

今度はノヅチがタタラの頭をそっと撫ぜる。

 

「タタラが好きなように呼んでくれればいいから」

 

「……ン」

 

ノヅチにそう言われて、ようやくタタラも安心したのだろう。

大きく深呼吸をして、ノヅチの腕に体を預けてきた。

 

「お願い……旦那さま……」

 

そう微かに囁いて、タタラは静かに瞳を閉じた。

わずかにはだけた首筋に、小さな火傷の痕が見えた。

 

タタラをゆっくりとベッドに横たえると、ノヅチはそのまま、少女の細い首筋に唇を寄せた。

 

 

竜骨山脈の道半ば、東西文化の分水嶺に、小人族の一族が住む。

性豪放にて冶金に優れ、酒と冒険を何より愛する。

春には谷を抜けて世界を巡り、冬には巣穴に籠り鋼を蓄える。

 

今、季節は巡り、再び春――

雪溶けを迎えた竜骨山脈に、旅立ちの季節がやって来る。

 

 

 

「ひい、ひい」

 

坑道の出口から差し込む光を見上げ、ノヅチは大きく息を吐いた。

じっとりと額に浮かぶ汗を拭い取る。

冬の間の鍛冶仕事で、少しは体力も戻ったものと思っていたが、小人族の頑健さには及ばない。

 

七年前にこの坑道を出た時は、最低限の荷物で気楽な旅気分だった。

今回は、じっくりと世界を巡りたいと思う余り、少々欲張り過ぎたのかもしれない。

 

「ほら、頑張って、まだ冒険は始まったばかりだよ」

 

前を行くタタラが、そう笑って左手を差し出してきた。

少女の薬指には、大昔に尖耳族(エルフ)から当時の族長に贈られたと言う、霊銀(ミスリル)の指輪が輝いていた。

 

「おう!」

 

差し出された小さな手を、力強く握り返す。

ノヅチの指には、(ずく)から(おろ)した古鉄の指輪が、渋い光沢を放っていた。

 

 

「ふう」

 

坑道を抜けると、眩い陽光がたちまち二人に降り注いだ。

名残雪を孕んだ谷風が、汗ばんだ体から熱を奪い去っていく。

澄んだ大気を目一杯に吸い込み、ノヅチは大きく一伸びした後、あっけらかんとタタラに尋ねた。

 

「それで()()、これから何処に行こうか?」

「あっ、バ、バカッ!」

 

からかうようなノヅチの言葉に、たちまちタタラがぷっくりと頬を膨らませて抗議する。

 

二年の歳月は、槌振りとしての両者の明暗を残酷なまでに分けた。

二年間、師を超えるべく研鑽を重ねたタタラの業は、若くして名工と呼べる域にまで達し。

その間ずっと自堕落な日々を送っていたノヅチの腕は、見る影も無く錆び付いていた。

今、ノヅチが背負う五本の倭刀も、全てタタラが指示し、ノヅチの向槌(むこうづち)で仕上げた品々だった。

 

「んもう!

 せっかくの門出なんだから、そういう事は旦那様が決めるの!」

 

そう言って、タタラはノヅチの腕に甘えるように縋りついて来た。

 

「そうだなあ……」

 

言いながら、空いた左手でポケットをまさぐると、どこか見覚えのあるような、古びた金貨が一枚出てきた。

 

ここは大陸の中央、竜骨山脈。

 

東に行けば、見知らぬ故郷、遥かな東島に至るまでの長い旅路が続いている。

西に向かえば、七年前、ほろ酔い気分で巡った物語の続きが待っている。

 

 

西か、東か――

 

 

聖剣の如き輝き放つ太陽目掛け、ノヅチは今、高らかと金貨を跳ね上げた。

 

 

 

 

星鍛目録は、星の巡りに振り回された、とある槌振りの物語である。

 

星が落ちて、その後の事は誰も知らない。

 

 

 

 




本作は、以上をもちまして完結となります。
ここまでお付き合い頂いた皆様、誠にありがとうございました。
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