星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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06話「颪鉄」

結局ノヅチが工房に戻ったのは、職人街にようやく槌の音が響き始めた、

明け方になってからの事であった。

 

「炭だタタラ、火床(ほど)の支度をしてくれ」

 

息も切れ切れにそう言うと、ノヅチは背負っていた木箱を地面に置いて一息吐いた。

タタラの方も勝手知ったるもので、いちいち事情を問い正したりはしない。

いそいそと火床の周りを掃き清め、奥より持ってきた木炭の束を手頃な位置に重ねていく。

その間、ノヅチは土間に(むしろ)を敷くと、その上に件の木箱の中身をぶち撒けた。

どじゃあ、と乾いた音を立て、大小不揃いな鉱石の固まりが筵の上に山を為す。

 

(ズク)? それもあんなに大量に……?)

 

ちらりと横目に捉えた光景に、タタラが僅かに首を傾げる。

確かに今、窯場では三日三晩、炎を見守る番を置いている。

彼らに聞けば、余った銑くらいなら幾らでも手に入れる事が出来るだろう。

だが銑鉄(せんてつ)は鍛造に向かない、せいぜい鋳物師(いもじ)に回すくらいしかない。

見習いに過ぎない少女でも、それくらいの事は知っている。

 

ノヅチの方は、そんな少女の訝しげな視線を気にも留めていない。

銑の山の前に胡坐(あぐら)を掻き、手にした玄翁を打ち下ろし、大小様々な銑を無心で砕き続けている。

こういう時、槌振りのやる事に余計な口出しをしてはいけない。

名工の一人娘はその事を熟知していた。

 

小一時間後。

ようやく火床に十分な熱が回り始めた頃には、ノヅチは既に(ざる)一杯の欠片を抱えていた。

 

「それでノヅチ、これからどうするの?」

 

「砕いた銑を、今からここの火床で(おろ)す」

 

()()()?」

 

「ああ」

 

タタラから(ふいご)を受け取りながら、ノヅチが淡々と説明をする。

 

「炉内の熱で銑を沸かして、底に溜まった溶けた雫の固まりを集める。

 上手く行けば、良い感じに銑から雑味が落ちて、見事な鉄だけが残るって寸法さ」

 

「そんな魔法みたいな事、本当に出来るの?」

 

ぽつり、と思わずタタラが疑念をこぼす。

現在の小人族(ドワーフ)の親方たちに、そのような作業をする者はいない。

ノヅチは炎の色を睨み据えたまま、更に言葉を重ねていく。

 

「俺達の故郷じゃあ、ここみたいな立派な鉄鉱石の取れる山は無かった。

 各地の山師たちは川床の砂鉄を掬って集めて。

 そいつを土饅頭みたいな小さな窯で、一昼夜沸かして鉄を作った」

 

「へえ……けど

 そんな小さな窯で立派な鋼が仕上がるの?」

 

「当然、そんな窯じゃあ、ここの大窯のような冴えた鋼は生まれねえ。

 混じりもんの多い、銑の塊がせいぜいだ。

 だから前時代の刀工たちは、そこから更に独自の手法で銑を颪した」

 

ぐっ、と掴んだ銑を火床に落とし、鞴で風を送り込む。

 

「鉄の産地に門外不出の技法、銑の素地と炎の温度と空気の粘り――。

 周囲をとりまく条件が少しでも変われば、それだけで颪した鉄は姿を変える。

 同じ色をした倭刀など、一本たりとも存在しない。

 死んだ親父殿は、そこがつくづく面白いんだと、よく言ってたもんだ」

 

「……倭刀の地金ってのは、ボクらの鋼の斧と違って、

 随分と鍛えるのに手間暇がかかるんだ」

 

「ああ、だから大盤鉱窟では、こんな作業は絶対にしない。

 熟練の親方たちは、大窯から生まれた巨大な鋼を捌くので大忙しだ。

 (ケラ)から落とした銑鉄の行方なんて、いちいち気に留めている暇はない」

 

炎の色と風の音を頼りに、炉内で悶える鉄の姿を想像する。

 

「それで俺も忘れてたんだ。

 あの古斧が生まれた時代には、まだ今みたいな巨大な大窯は存在しなかった。

 当時の職人たちはきっと、こんな銑だらけの鉧を相手にしていたハズだ」 

 

「……」

 

「居たんだよ、小人族にも。

 俺達の刀工の先人たちと、同じ事を考えてた暇人が。

 そうさ、四六時中、鉄を仕事にしている奴に、古今も東西もありはしねえ」

 

言いながら、火床の中に更に木炭を投じる。

鞴で風を送り、燃え上がる炎を見つめる若者の口端に笑みが浮かぶ。

火床の中に、生まれ変わろうとしている鉄の姿を見ているのか?

炎を通し、亡き父親と、あるいは顔も知らない小人族の先人と語らっているのか?

 

ああ、やはりこの人は鉄狂いだ、とタタラは思う。

まともなままで、揺らめく炎に映る先人と対話できる人間など居る者か。

生業としての製鉄を正しく理解する小人族の親方たちは、そこの線引きが出来ている。

今は亡き、少女の父親を除けば、だ。

 

(ボクも……、ボクも狂ってしまいたい)

 

タタラは膝を抱えたまま、半歩、ノヅチの横に歩み寄り、

燃え盛る炎の中に、父の姿を見定めようと目を凝らした。

 

 

 

 

 

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