結局ノヅチが工房に戻ったのは、職人街にようやく槌の音が響き始めた、
明け方になってからの事であった。
「炭だタタラ、
息も切れ切れにそう言うと、ノヅチは背負っていた木箱を地面に置いて一息吐いた。
タタラの方も勝手知ったるもので、いちいち事情を問い正したりはしない。
いそいそと火床の周りを掃き清め、奥より持ってきた木炭の束を手頃な位置に重ねていく。
その間、ノヅチは土間に
どじゃあ、と乾いた音を立て、大小不揃いな鉱石の固まりが筵の上に山を為す。
(
ちらりと横目に捉えた光景に、タタラが僅かに首を傾げる。
確かに今、窯場では三日三晩、炎を見守る番を置いている。
彼らに聞けば、余った銑くらいなら幾らでも手に入れる事が出来るだろう。
だが
見習いに過ぎない少女でも、それくらいの事は知っている。
ノヅチの方は、そんな少女の訝しげな視線を気にも留めていない。
銑の山の前に
こういう時、槌振りのやる事に余計な口出しをしてはいけない。
名工の一人娘はその事を熟知していた。
小一時間後。
ようやく火床に十分な熱が回り始めた頃には、ノヅチは既に
「それでノヅチ、これからどうするの?」
「砕いた銑を、今からここの火床で
「
「ああ」
タタラから
「炉内の熱で銑を沸かして、底に溜まった溶けた雫の固まりを集める。
上手く行けば、良い感じに銑から雑味が落ちて、見事な鉄だけが残るって寸法さ」
「そんな魔法みたいな事、本当に出来るの?」
ぽつり、と思わずタタラが疑念をこぼす。
現在の
ノヅチは炎の色を睨み据えたまま、更に言葉を重ねていく。
「俺達の故郷じゃあ、ここみたいな立派な鉄鉱石の取れる山は無かった。
各地の山師たちは川床の砂鉄を掬って集めて。
そいつを土饅頭みたいな小さな窯で、一昼夜沸かして鉄を作った」
「へえ……けど
そんな小さな窯で立派な鋼が仕上がるの?」
「当然、そんな窯じゃあ、ここの大窯のような冴えた鋼は生まれねえ。
混じりもんの多い、銑の塊がせいぜいだ。
だから前時代の刀工たちは、そこから更に独自の手法で銑を颪した」
ぐっ、と掴んだ銑を火床に落とし、鞴で風を送り込む。
「鉄の産地に門外不出の技法、銑の素地と炎の温度と空気の粘り――。
周囲をとりまく条件が少しでも変われば、それだけで颪した鉄は姿を変える。
同じ色をした倭刀など、一本たりとも存在しない。
死んだ親父殿は、そこがつくづく面白いんだと、よく言ってたもんだ」
「……倭刀の地金ってのは、ボクらの鋼の斧と違って、
随分と鍛えるのに手間暇がかかるんだ」
「ああ、だから大盤鉱窟では、こんな作業は絶対にしない。
熟練の親方たちは、大窯から生まれた巨大な鋼を捌くので大忙しだ。
炎の色と風の音を頼りに、炉内で悶える鉄の姿を想像する。
「それで俺も忘れてたんだ。
あの古斧が生まれた時代には、まだ今みたいな巨大な大窯は存在しなかった。
当時の職人たちはきっと、こんな銑だらけの鉧を相手にしていたハズだ」
「……」
「居たんだよ、小人族にも。
俺達の刀工の先人たちと、同じ事を考えてた暇人が。
そうさ、四六時中、鉄を仕事にしている奴に、古今も東西もありはしねえ」
言いながら、火床の中に更に木炭を投じる。
鞴で風を送り、燃え上がる炎を見つめる若者の口端に笑みが浮かぶ。
火床の中に、生まれ変わろうとしている鉄の姿を見ているのか?
炎を通し、亡き父親と、あるいは顔も知らない小人族の先人と語らっているのか?
ああ、やはりこの人は鉄狂いだ、とタタラは思う。
まともなままで、揺らめく炎に映る先人と対話できる人間など居る者か。
生業としての製鉄を正しく理解する小人族の親方たちは、そこの線引きが出来ている。
今は亡き、少女の父親を除けば、だ。
(ボクも……、ボクも狂ってしまいたい)
タタラは膝を抱えたまま、半歩、ノヅチの横に歩み寄り、
燃え盛る炎の中に、父の姿を見定めようと目を凝らした。