星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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07話「試刀」

結局、新たな倭刀を鍛えるのには、更に三カ月の時を要した。

 

大窯で生まれた(ズク)(おろ)して鋼に変える。

それがあの古斧に至る唯一の解法。

そう確信を以て作業に臨んだノヅチであったが、

小人族(ドワーフ)の先人が、どのような技法で銑を颪したかまでは判然としない。

 

沸かし、熔かし、冷まして固める。

条件が変われば颪した鉄の粘りが変わる、鍛刀に臨む前段階で妥協はできない。

最初に出来た拳骨大の颪鉄(おろしがね)は、傍目にはドワーフ鋼に匹敵する仕上がりとは思えなかった。

納得できる鉄が出来るまで、幾度も火を起こし風を送った。

 

搔き集めた銑の山が尽き、ようやく一振り仕上げられるだけの鉄が揃った時。

既に季節は雪解けの季節を迎えようとしていた。

 

仕上げた大脇差を差し出すと、翁は大きく目を見張り、

いつもは饒舌な好々爺らしからぬ神妙さで練兵場へと足を向けた。

土壇に置いた角兜を前にして、再び老人が大脇差を上段に構える。

 

「うむっ」

 

低く呻いて、老人が一刀の許に刃を振り下ろした。

ずむ、と鈍い音を立て、大脇差は土壇まで深々とめり込んだ。

角兜はもはや相手にもならず、正面からばっくりと断ち切られ左右に転がっている。

 

「……ッ はあああぁぁ~っ!」

 

後ろに控えていたタタラが、肺腑に満ちた緊張を驚愕と共に吐き出した。

それを契機に、凍り付いた場の空気が緩み始める。

 

(見たかッ!)

 

傍らのノヅチが会心の笑みを作り、ぐっ、と右拳を握り締めた。

大きく息を吐いた老人の背に、どっと遅まきに汗が滲む。

 

「……まったく、恐ろしい鉄を仕上げてきたもんじゃのう」

 

乱れた呼吸を整えながら、かざした脇差の刃紋をじっ、と見つめる。

暗い地金に浮かぶ朧月のような微かな光彩は、紛れもなくあの古斧の風格を継いでいる。

ノヅチの仮説の正しさを、地金の格が証明していた。

 

「成程のう……、銑から颪した鋼とは。

 ウチの若い衆も気づかん筈よなあ」

 

「あれだけの大窯を作っちまったら、仕事の在り方も昔とは変わる。

 職人たちが大鋼に手を取られてしまう以上、気が付ける人間なんていませんよ」

 

「いや……、やはり東島(アズマ)の刀鍛冶よ。

 我等が時代の中で忘れてしまった製錬の要を、今もその血に良く継いでおる」

 

独り言のように呟いて、老人は暫く、刀身をしげしげと見つめ続けていたが。

その内に、いかにも口惜し気に首を振って、刃を鞘に収めた。

 

「まったく、目の毒よのう……

 これほどの名物を、我が懐に収められんとは」

 

そう言って、脇差を突き返してきた老人に対し、今度はノヅチの方が首を傾げる。

 

「いやいや、何言ってるんだよ族長。

 あんたの課題の為に打った刀だ、受け取ってくれよ」

 

「受け取れんのじゃよ、残念ながら……

 そうして、お前さんが謎を解いてくれたおかげで。

 我々の先人が、あの古斧の製法を後世に伝えなんだ理由もようやくわかった」

 

「理由……?」

 

「のう倭刀の。

 あの大窯から生み出した(ケラ)で、銑鉄(せんてつ)の大斧を鍛えようと思ったら。

 一体何本、一度に作る事が出来るかのう?」

 

「それは……」

 

思いもよらぬ長老の問いかけに、ノヅチが回答に詰まる。

大窯の改修によって、生じる銑の量は以前より格段に減ったと耳にした事はあったものの、

その総量まではさすがに分からない。

 

だが、木箱一杯に詰め込んだ銑の山を注ぎ込んでようやく作れたのが、

この脇差、一振りだった事を思うと。

小人族自慢の大斧ともなれば、せいぜい一度の製錬につき、

一振り、二振りが関の山ではあるまいか?

 

「ドワーフ鋼の大斧であれば、一つの鉧からゆうに百は作れる。

 十人の職人が、十日で十本。

 百日もあれば、百の名物が仕上がる算段じゃ」

 

「ああ……」

 

ノヅチにもようやく、老人の言わんとしている事が分かり始めていた。

小人族は、古くより製鉄を生業とする一族。

伝説を追う狩人ではない。

 

「その業物は、我々から見れば、ある種の妖刀……

 あるいは、とびっきりの火酒、と言った所かの。

 この老骨ですらその刃を見ていると、

 古の槌振りが垣間見た、伝説の続きを追いかけて見たくなる。

 十の職人が火酒に当てられ、百の名物を顧みなくなれば、

 そこで仕舞じゃ、この鉱窟に未来は無くなる」

 

「……なんて言うか、余計な事をしちまったのかな?」

 

「そんな事はない。

 あの古斧が、奇跡や伝説の類ではない。

 現在まで続く小人族の技術の一部であった事を知れただけでも、我等にとっては有難い」

 

そう微笑して、老人はひとしきりうんうんと頷いた後、

思い出したかのように懐から皮の小袋を取り出して、ノヅチの前に差し出した。

 

「それとこいつは、素晴らしいモンを見せてもらった謝礼じゃ」

 

「謝礼?」

 

小袋を開くと、中には銀の指輪が入っていた。

眼前に近付けて見つめると、何やら細やかなルーン文字が刻まれているのが分かる。

生憎とノヅチには、魔術に関する知識など無いし、貴金属の類の値打ちも分からない。

それでも、この指輪が何かしら異質な輝きを宿している事だけは理解できた。

年季の入った彫金でありながら、指輪自体は古めかしさを感じさせない。

その銀の輝きは神秘性を有し、小人族の新鋼すら凌ぐ冴えを見せるようであった。

 

「……こいつは?」

 

「伝説に名高い、霊銀(ミスリル)製の指輪じゃよ。

 先代からは三百年ほど昔に、南西の鉱樹に住まう尖耳族(エルフ)から贈られた物と聞いておる」

 

「霊銀……、実在したのか!」

 

不意に耳にした伝説を前に、ノヅチは驚き、改めてまじまじと覗き込んだ。

古来より銀の持つ白い光沢は対魔の象徴と見なされ、

洋の東西を問わず様々な儀式に珍重されてきた。

その中でも、独自の精製法で生み出された純度の極めて高い銀は『霊銀』の名で世に知られ。

数多の伝説、神話を彩る奇跡の存在として、今なお世の詩人たちに謳い称えられている。

 

「確かに高そうな銀には見えるが……、本物なのかい?

 俺はてっきり霊銀なんて代物は、あんたらの鋼を称えるための謳い文句だと思ってたんだが」

 

「ホッホッ

 確かに世間には、商いの為に霊銀の名を持ち出す輩もおるが。

 知っての通り、儂らが相手にしとるのは、単なる冴えた鋼じゃよ。

 ……そして本物の霊銀の剣は、尖耳族の手に依って生み出されるという」

 

「尖耳が? まさか……」

 

突拍子の無い村長の言葉に、今度こそノヅチは耳を疑った。

尖耳族は森林の奥地に集落を作り、伝統と共に生きる森の民である。

常人を遥かに凌ぐ長命さや、その細工技術の高さなどがよく知られている。

が、その風習上、森を切り開く事を好まず、過度に火を使う事を忌避する一族だった筈だ。

 

「先代から伝え聞いた話だから、真偽の程は分からんがの。

 尖耳の鍛冶師は炎と槌を用いない。

 その神秘と奇跡で以て、霊銀を剣に磨き上げるそうじゃ」

 

「奇跡、奇跡か……」

 

「若人よ、儂の口から言わせてもらえば。

 隕鉄を鍛えあげるという主の夢も、十分に突拍子もない、まるで神話か伝説の類よ。

 現実を生きるここの職人たちの手には余る」

 

「…………」

 

「霊銀の伝説、追ってみてはどうかの?

 その指輪はきっと、お前さんの道程を導いてくれる筈じゃろうて」

 

「……色々と為になる話を聞かせてもらったよ」

 

霊銀の神秘的な輝きを見据えながら、ノヅチは自嘲気味にニッ、と笑った。

言外に「お前の銑じゃあ商売にならん」と言われてしまえば、

夢追い人の鉄狂いは、新たな伝説を探しに行くしかない。

 

折よく季節は春。

雪解けと共に、多くの小人族たちが谷を後にする時を迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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