星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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08話「酔狂」

初春――。

 

荘厳なる竜骨山脈にも、遅まきに雪解けの季節がやって来る。

底深い渓谷を利した天然の交易路に、漸く一条の光が差し込もうかと言うこのタイミングで、

残雪を踏み分け、ぽつら、ぽつらと人々の往来が始まる。

 

「くっうううぅぅぅ~っ!」

 

狭い坑道の底から這いずり出て、ノヅチが大きく一伸びした。

谷底よりほぼ三カ月ぶりとなったお天道様を眩し気に見上げる。

残雪の寒気を孕んだ風が、二日酔いに火照った熱を奪い去っていく。

 

やはり、外は良い。

大盤鉱窟での住み込み暮らしから早一年。

高度な地下居住区を岩盤の底に備えた小人族(ドワーフ)たちとの共同生活にも、

さしたる不自由を感じた気のしないノヅチであったが、

やはり自分のような自由民には娑婆の空気が合っている。

一所に依って鍛錬を積むのが常の工匠たちから見れば、やはり自分は異端なのだろう。

気の良い長老にも呆れられる訳である。

 

ふっと思い出したかのように、首にかけた革紐を伸ばした。

紐に通した霊銀(ミスリル)の指輪が眼前で左右に触れ、神秘的な煌めきの軌跡を描く。

 

尖耳族(エルフ)……、鉱樹ジュエトネリコ、か」

 

昨夜の宴での族長の言葉を思い出し、困ったように頭を掻く。

 

この渓谷の遥か西――

鬱蒼と生い茂る大森林の奥深くには、鉱石と植物が交じり合った途轍もない大樹が在り、

その地では尖耳族と呼ばれる森の民が、古からの風習のままに暮らしているという。

 

鉄にしか興味の無い流浪の槌振りにも、その程度の世俗の知識はある。

だが、彼の地に神話や伝説の類に属する霊銀の鉱脈あり。

尖耳の職人たちは火も槌も用いず、魔術と精霊の働きによって銀を鋼よりも強く鍛える、とは。

あまりにも突拍子もない、まるで雲を掴むような話ではないか。

 

ノヅチはただ、鉄が好きなだけだ。

鉄が好きな槌振りが、亡父の遺言を叶えたいと、あの隕鉄で最上の倭刀を打ちたいと願う。

そんなささやかな夢の為に、これほど大袈裟な冒険が必要なのだろうか?

 

大盤鉱窟での一年ほどの生活も、決して嫌いではなかった。

あるいはあの日、父親と共に『星の仔』に出会っていなければ。

この背嚢(はいのう)に、あの日の夢の欠片が入っていなければ。

ここで気の良い仲間たちと、飲んで叩いて笑って骨を埋める。

そんな暮らしもあったのだろうか?

 

――と、

 

「うおっ?」

 

不意に、どん、と背中を押され、思い切り前方につんのめった。

驚き慌てて後背を振り向くと、見下ろす先には背丈の倍ほどの大荷物を背負った、

小人族の少女の姿があった。

 

「んもぅ、何やってんのさ親方。

 坑道の出口は狭いんだからさ、とっとと避けてよ」

 

()()()()ぁ……?

 いや、なんだよタタラ、その格好は?」

 

「ほら、忘れ物。

 まったく、自分が鍛えた刀を忘れてく槌振りなんて、ボクもびっくりだよ」

 

そう言って少女はノヅチの腰に、先頃鍛えた颪鉄(おろしがね)の大脇差を差し込んできた。

ノヅチにしてみれば、長らく世話をかけた少女への餞別のつもりだったのだが。

この敏い少女には、どうやらノヅチの行動など先刻承知であったらしい。

 

「お前、一体何のつもりだよ?」

 

「決めたよ。

 ボクは、小人族の刀工になる。

 小人族の冶金じゃなくて、親方の倭刀の業を教えてほしいんだ」

 

「莫迦な事を言ってないで、実家に帰れ!

 お前には親父さんが遺してくれた工房があるし、周りにはもっと立派な職人が居るだろ」

 

「イ・ヤ・だ!」

 

保護者面したノヅチの怒声を、我儘な子供のように拒絶する。

先日までの物わかりの良い聡明な少女の姿はそこには無い。

そうしておいて、突然ふっ、と表情を曇らせ、

今度はやや寂し気に、真っすぐにノヅチを見つめて来た。

 

「ねえ親方……

 この間、族長の言ってた話、本当に納得してる?」

 

「あん、なんだと?」

 

「親方が最後に打った倭刀、凄く良かったよ。

 悔しいけど、ドワーフ鋼の大斧よりも、ずっと」

 

「…………」

 

「良い武器が、良い商品になるかなんて。

 槌振りにとって、そんなに大事な話かな?」

 

「そいつは……」

 

経済の話だ。

などと少女を嗜める事は、ノヅチには出来ない。

自分が納得出来ていない話を子供に言い含められるほど、ノヅチは人間が出来てはいない。

 

「鋼ってヤツは、要は、良いか悪いか、だけだって。

 死んだ父さん、ずっと言ってた。

 鍛冶屋なんて特別な仕事じゃない。

 槌振りの生き方にそれ以上の矜持は必要ないんだって」

 

ああ、その通りだ。

肯定する。

 

ノヅチのイカレた父親もまた『要は、面白いか、そうでないかだ』

などと常日頃から宣っていたが、言っている事は大して変わらない。

 

ノヅチ自身も、下らぬしがらみから解放されて、

良いか、悪いかだけを鉄に求める、単純な生き方をしたいと心から願っている。

だが、それを目の前の少女に人生の目標としてほしくは無かった。

過去にそういう事をほざいた槌振りたちは、

いずれもが破滅志向で、不遇で短命な生涯を終えているのだから。

 

「おい!」

 

返答に窮した一瞬を突いて、タタラが一歩踏み込んできた。

そうしてノヅチの腰元の刃を引き抜いて、彼の前で正眼に構えた。

深海のような暗さを孕んだ碧い地金が、谷底に差し込んだ陽光を鈍く反射する。

 

「やっぱり、凄く良いよ、この地金。

 日の下で見るのと、燐焦苔に照らして見るのじゃ全然違う」

 

「…………」

 

「この刀は、まるで強い火酒だって。

 熟練の職人だって酔っぱらっちまうに違いないって。

 族長、そんな事を言ってたよね?」

 

「……ああ」

 

「だったらさ。

 ボクは……、ボクはもう手遅れだよ。

 見たいんだよ、親方が、ノヅチが星鉄を打つ所を」

 

そう言って、タタラが真っすぐに刃を向けた。

その一途な姿は、おそらく過去にノヅチ自身も抱いていたのと同じ物だ。

 

五年前、隕石が降ったあの日。

あの出会いが、少年のその後の人生を決めた。

今、目の前で刃を構える少女の年齢もまた、あの頃の自分と大差ないではないか。

 

はあ、とわざとらしく溜息を吐いて、ノヅチが降参とばかりに頭を掻いて見せた。

現実問題として、ノヅチにはタタラが必要だった。

金も、人脈も、拠点も無ければ明日も無い、流浪の槌振りが一人。

せめて雑用と相槌と砥ぎくらいはこなせる相棒が居てくれた方が良いに決まっている。

 

「俺は、親方なんてガラじゃねえよ」

 

「ボクがそう呼びたいだけだから、一緒に旅をしてればそのうち慣れるよ」

 

「人に物を教えた事なんて、一度も無いし……」

 

「職人同士なら、技は勝手に盗むもんでしょ?

 そんな妙に気負ったりしないで、これまで通り、二人で仕事しようよ」

 

「……正直、自信がねえんだわ。

 こっちはこの方、いつ野垂れ死にしても結構な一人旅だったから、

 好き勝手に生きてこれたワケで。

 今さら年頃の女の子を、道中の道連れなんて」

 

「ダメだよ、親方。

 野垂れ死になんて、ボクが絶対に許さないから」

 

ノヅチの泣きごとに対し、タタラは妙に真剣な眼差しを向け、

次いで自信満々に無い胸を張って笑って見せた。

 

「大丈夫!

 元々小人族は、ボクくらいの歳には武者修行にでかけるのが慣例なんだから。

 本当にダメそうな時はさ、ボクが親方をちゃんと養ってあげるからね」

 

「……宜しくお願いします」

 

「うむ」

 

がくりと項垂れたノヅチの前で、満面の笑みのタタラが刃を収める。

ダメだ。

元より鉄以外の物を知らない自分が、言い争いで目の前のしっかり者の少女に勝てる筈がない。

 

「親方」

 

「うん?」

 

すっと差し出された水筒を受け取り、何気無く口に運ぶ。

油断した。

瞬間、強烈なアルコールが鼻腔を突き抜け、小人族好みのむせっ返るような豪酒が喉の奥で爆発した。

思わずせき込むノヅチの傍らで、悪戯っぽく少女が笑った。

 

「お父さんのお酒も、それでおしまいだよ。

 残してきちゃったら勿体ないからね」

 

「そうかい」

 

大盤鉱窟への惜別を籠めて、改めて一口、こくりと飲み込む。

そうして少し考えて、水筒をタタラの胸元に突き返した。

 

「景気付けだ」

 

「ん……」

 

水筒を両手で受け取ると、タタラは逡巡の後、ぐいっと一口飲みこんだ。

 

「~~~~~ッ!」

 

瞬間、少女の体がビクンと跳ね、慌てて胸元をバンバンと叩き始めた。

横目で見ていたノヅチの口元にも、ようやく笑みが戻る。

タタラも頭を振って照れ笑いを見せ、そっと水筒を荷物の中にしまった。

 

「鉱樹の一族、なあ……。

 向こうじゃあせめて、面白い鉄の一つでも土産に見つかればいいけどな」

 

「霊銀、親方にも打たせてくれるかな?」

 

「流石にそれは無理だろ」

 

「ナハハハ!」

 

残雪の渓谷を、小人族の火酒にあてられた槌振りの師弟が二人、ほろ酔い気分で歩き始めていた。

彼らが伝説を追う狩人なのか、単なる鉄狂いのくるい咲きなのか。

背嚢に眠る隕鉄の欠片も、未だその行方を決めかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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