俺ガイル 川崎沙希ルート   作:野生児

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第二話「川崎沙希は恋をする」

「まぁ、こんなもんか…」

「あ、ヒッキー! もういいの?」

 長いようで短かった文化祭も無事に終わり、記録雑務の最後の業務として、部室にて報告書をあらかた書き終えると、椅子を前後逆にし、背もたれの上部に腕と頭を乗せ、手持ち無沙汰にしていた由比ヶ浜が声を上げた。

 その態勢、スカートだと、背もたれ部分で広げた足の隙間から男の夢がチラリズムしそうで、心臓に悪いからやめてくれませんかね…見せたいということであればやぶさかではありませんが!

「とりあえずひと段落って感じだな」

「そっか! ゆきのんもそろそろ書き終わりそう?」

 あらぬ疑いを掛けられぬよう、目を閉じたまま言葉を返すと、ガタガタと椅子を動かす音と、由比ヶ浜が雪ノ下に掛けている声が聞こえた。どうやら椅子から立ち上がってくれたらしい。八幡、一安心!

「ええ、丁度終わったわ。あとは提出するだけ」

 そう言うと、雪ノ下はペンを置き、パンさんの柄の付いた筆箱を片付けだした。どうやら、雪ノ下も今日行う作業は片付いたらしい。よく見たら、置いたペンにもパンさんの柄が入っている。以前は無地の筆記用具を使っていた気がするが…

 俺たちに気を許し始めているとみるべきか、単に疲れから家用の筆箱を気づかずに使ってしまったのか…まぁ、ほぼほぼ後者だろうが、見えている地雷にわざわざ触れに行く必要もあるまい、触わらぬパンさんに祟りなしだ。

 そう思い、帰る支度を進めていると由比ヶ浜が勢いよく右手を掲げた。

「よし! じゃあ後夜祭に行こう!」

「行かねぇよ」

「行かないわよ」

「えー! 何で!?」

 俺と雪ノ下がそろって拒絶の言葉を発すると、由比ヶ浜が驚きと不満がないまぜになった声を上げる。

「私や比企谷君が行ったところで、特にすることもないし…行くメリットがないわね」

「そういう問題なんだ!?」

「そういう問題しかないだろ…何を思って誘ったんだお前…」

 由比ヶ浜のあまりの驚愕ぶりに、思わず呆れを滲ませながら訪ねる。

「だ、だって! …二人と一緒に後夜祭行けたら幸せだなって、思って…」

 由比ヶ浜の、顔を真っ赤にしながら発言したその言葉に、俺も雪ノ下も思わず口を閉ざしてしまった。お前、それは反則過ぎるだろ…

「ま、まぁそれもメリットといえなくはないわね…」

 暫くして、頬を染めた雪ノ下が口を開く。雪ノ下さん、マジチョロい、というか由比ヶ浜に甘いだけかもしれないな、これは。俺にももっと甘くなってくれねぇかな…いや、逆に気味が悪いからいいか。

「ほんとに! じゃあ、ゆきのん来てくれるの!?」

「えぇ、まぁ最初に顔を出すくらいなら付き合うわ」

 喜びを露わにした由比ヶ浜が雪ノ下に駆け寄る。いい距離感ですね! いいぞ、もっとゆるゆりしていこう。

 そうして腐った目の保養を行っていると、由比ヶ浜がこちらに顔を向けた。

「じゃあ、ヒッキーも来るよね!」

「なんでだよ、行かねぇよ…」

「えー! 何で!? どうせヒッキー特に予定も無いんでしょ!」

「お前な、人の予定を勝手に決めるんじゃねぇよ…まぁないけど、よ…?」

「…? どうしたの、ヒッキー?」

 由比ヶ浜の超理論に冷静に言葉を返していると、ふと言葉に詰まってしまった。あれ、俺なんか予定あったっけ…?

 そうして、心当たりを思い返していると、コンコンと扉をノックする音が響いた。

「どうぞ」

 雪ノ下が声を掛けると、ガラガラとドアが無造作に開く。

「あなたは確か…」

「あれー!? 沙希じゃん! お疲れ様! どうしたの?」

「あ、やべ…」

 長く、背中にまで垂れた、青みがかった黒髪を靡かせ立つ来訪者の姿を見て、先の心当たりを思い出す。やべーよ…絶対キレてるよこれ…八/幡にされちゃうよ…。オシオキってなんか響きがエロいよね、うん。

「…比企谷、いる?」

「ヒッキーならそこに…って、ヒッキーになんか用事?」

「ちょっと約束があってね…あんた、まさかとは思うけどすっぽかすつもりだったんじゃないだろうね?」

 由比ヶ浜の言葉に答えた川崎が、呆れを滲ませた言葉をこちらに投げる。…おや? 絶対キレてると思ったが意外とそうでもない…? ぼっち神様の慈悲か…? この短い時間で、俺の徳が急上昇したのかもしれない。今なら雪ノ下のパンさん筆箱を指摘しても大丈夫かも! もう何も怖くない! いや、やっぱ怖えな…

「流石にそんなことはないぞ、川崎! 単に忘れていただけd、痛って!」

「自信満々に言うことか! 全く…」

 正直に理由を話したのに、思いっきり頭に鉄拳を食らった。どうやら、急上昇していた俺の徳は、すでに尽きていたらしい。筆箱、指摘しなくて良かった…

 そうやって痛みに悶えていると、制服の首裏を力強く掴まれた。

「じゃあ、こいつ借りていくから」

「ゆ、由比ヶ浜、雪ノ下…助け…」

「あはは…流石に約束をすっぽかすのはよくないとおもうなヒッキー…」

「まぁ先約ならば仕方がないわね、後夜祭には私と由比ヶ浜さんで行ってくるから、安心して絞られてきなさい」

 本能から出た助けを求める声は、川崎に理があると判断され、振り払われてしまった。約束破り、ダメ絶対。八幡、覚えた!

 そうしてずるずると部室の外に連れ出され、川崎が俺を掴んだ手を離したタイミングで、部室の中から声がかかる。

「ばいばい、ヒッキー! またねー!」

「…またね、比企谷君」

「…おう、じゃあな」

 その両極端なトーンとは裏腹に、同じ温もりがこもった別れの挨拶に声を返してから、部室の扉を閉める。

「じゃ、行くか」

「…悪かったね、部室まで押しかけて」

「…いや、校門で待ちぼうけさせてたこっちが悪い、気にすんな」

「そう…なら、良いんだけど…」

 先ほどまでと打って変わって語気を落とした川崎に、部室まで来たことを素直に謝られてしまい、驚きを抑えつつ言葉を返す。何この子、ギャップ萌えまで使いこなすとは中々の逸材かもしらん…あれ、でもそれって三浦も確か同じようなことしてた気が…やっぱキャラ被ってんじゃねぇか!

「で、話すならどっか腰を落ち着けるところでしたほうがいいだろ。どこにする? サイゼか? やっぱサイゼだよな、サイゼにしよう」

「何そのサイゼ押し…別に良いんだけど、ちょっとあの、さ、先に決めてた場所があるから出来ればそっちで話したいんだけど…そ、そこでもいい?」

「お、おう、まぁ別に構わねぇよ」

 そうして俺の提案は、顔を赤面させた川崎によって却下されてしまった。何故だ…サイゼって女子高生にとってそんなに恥ずかしいところなのか…? いいじゃんサイゼ、大好きだよサイゼ、愛してるよサイゼ!

 そうして、サイゼの良いところを思い返しつつ、先導する川崎の半歩後ろ隣を歩く。目的地に到着するまで、俺と川崎が言葉を交わすことは、なかった。

 

 

 * * *

 

 

「で、なんでマック?」

「いいでしょ別に…」

「いや、まぁ特に理由がないならそれで良いんだけどよ…」

 そうして到着した、総武高からそこそこ離れた、大通り沿いのマックの隅の席で、川崎に問いを投げる。

 確かに、学生が学校帰りに寄り道する場所としてマックが適任なのは理解できるが…俺の愛するサイゼを却下してまで選んだ理由を聞かせてもらわなければな! 納得は何よりも優先される!

 そうしてお互いにオーダーした品が出来上がるのを待ちつつ、訝し気な目線を送っていると、川崎がはぁと息を吐き、観念したかのように口を開いた。

「まぁ、聞く内容が内容だし…あんまり学校に近い場所だと同じ学校の奴が多そうだったから…」

 川崎が言葉少なに、話を同じ学校の生徒に聞かれたくないのだと伝えてきた。なるほど、確かに理に適っている。俺の提案したサイゼは総武高からそう遠く離れていない上、ある程度の人数で学生が打ち上げを行うなら絶好の場所だ。文化祭終わり当日に足を運んでしまえば、そこに総武高生がいるだろうことは容易に想像できた。ふむ、そういうことならば仕方がないか…俺の愛するサイゼ自体には、何ら問題がなかったということだな! ヨシ!

 と、サイゼの素晴らしさを噛みしめていると、川崎が言葉を繋いだ。

「それに…あんた覚えてないの?」

「…? 何の話だ?」

「いや…前にあんたに相談に乗ってもらったの、こ、ここだったでしょ…」

 そう言って頬を染めた川崎に目を丸くする。以前、川崎大志から受けた依頼。その最後の話し合いに使ったのは、確かにここのマックであった。

「あんときは世話になったし…今回はあたしが世話焼く番かな、と思って…」

「お、おう…そうか…」

 尻すぼみに声を小さくしながら、顔を真っ赤にし、顔をそらした川崎の発言に、動揺しつつも何とか言葉を返す。なるほど、目には目をというか…前に世話になった場所で、その世話を返したい、といったところか。俺の話を聞くことが、コイツの中で世話を焼くことになっているという点はさておき、なんだその理論は…どんな等価交換の法則? あまりにもいじらしすぎんだろ…俺の人生全部やるから、戸塚の人生一%貰えねぇかな…レートが釣り合わないか、俺の人生軽すぎて。

 川崎の発言に対する動揺を、等価交換の難しさに思いを馳せつつごまかしていると、二〇代くらいの女性店員さんが、完成した商品を持ってきた。

「お待たせしました~! こちら商品になります、ごゆっくりどうぞ!」

「あ、あざっす…」

「あ、ありがとうございます…」

 商品を持ってきてくれた店員さんに感謝の言葉を返しつつ、カウンター内へ戻っていく後ろ姿を見送る。こういうとき、「あ」って言葉の助走がついちゃうのはなんでなんだろうね、不思議だね!

 ぼっち特有の習性に疑問を抱きつつ、同じく助走をつけた川崎にシンパシーを感じながら言葉を掛ける。

「…まぁ、取り敢えず食べようぜ」

「…うん、そうだね」

 そうして、注文したバーガーを口に運びつつ、同じく食事を始めた川崎が、ドリンクに口をつけたタイミングを見計らって声を掛ける。

「で、何を聞きたいんだ?」

「え? あぁ、うん…」

 川崎は一瞬、理解が遅れた表情を見せたが、しばらく考え込むと、一息吐いてから、真剣な面持ちで口を開いた。

「全部」

「…全部、とは?」

 川崎の言葉に問いを返しつつ、バーガーにかじりつく。

「…文化祭のこと。あんたたちが一体何をしてたのか。その始まりから、顛末まで…全部聞かせてほしい」

「……」

 川崎の言葉を聞きながら、口に含んだバーガーを、諸々の感情と一緒に飲み込む。

「それを何で、俺が、お前に話さなきゃならないんだ?」

「……」

 今度は、沈黙した川崎がバーガーにかじりつく。美人だと、こういうのも絵になるからズルいよな…と思いを馳せていると、含んだバーガーを飲み込んだ川崎が口を開いた。

「わからない」

「は?」

「あたしにも、よく、わからないんだよね」

 そういって川崎は物憂げに微笑んだ。その顔があまりにも儚くて、以前まで抱いていた川崎沙希という少女の印象にかみ合わず、言葉に詰まってしまった。思えば、今日、部室に来てから、川崎は少しおかしかった。怒るべきところで怒らず、怒ったかと思えば、謝罪の意を見せ殊勝になる。冷静な判断力を見せたかと思えば、思いもよらぬ理論を見せてくる。そして、凛とした姿を見せたかと思えば、こうして儚げな姿をも見せる。俺が今まで見てきた、川崎沙希という少女からは、考えられないその姿。それは、川崎がおかしくなっているのか、はたまた、俺が川崎沙希という少女を誤解していたのか…抱いた疑問に答えを出す間もなく、川崎が言葉を繋いだ。

「ただ…あんたが、話を聞かせてくれるんだろうなってことはわかる」

「…なんでそう思うんだ?」

「だって、あんた逃げなかったでしょ」

「……」

「あたしが、あんたを部室から連れ出してから、ここに来るまで…いくらでも逃げる機会はあったし、何か言い訳を作って離れることも出来た、なのに、しなかった…そんなあんたの、不誠実さと誠実さを、あたしは信じてる」

「なんだよそれ…」

 川崎の言葉に思わずフッと笑いが漏れてしまう。

「それを言うなら、誠実さだけでいいんじゃねぇの? その言葉通りなら、すっげぇ誠実だろ、俺」

「約束を忘れたり、専業主夫を目指すとかいって現実から逃げまくってたり…普段のあんたの不誠実さに裏付けられたものだからね、これでいいんだよ、不満?」

「あぁ、不満だね」

 そういって口角を上げる川崎に、同じく口角を上げながら言葉を返す。あぁ不満だよ、憤懣(ふんまん)やるかたない。そうやって俺を理解したかのような言い分をする川崎にも…それに納得してしまった自分にも。

「…長くなるぞ」

「…いいよ、聞かせて」

 そうして、俺と川崎の放課後は更けていった。

 

 

 * * *

 

 

「…と、まぁ、こんな感じだな」

「……」

 長いようで短い、そんな話を語り終えた。文化祭の依頼、その始まりと顛末。そこで絡み合っていた、とある交通事故を発端とする、奉仕部内での人間模様、その全て。

 俺が、時折食事を挟みつつ話した、その内容の全てを、川崎も食事を挟みつつ、黙って聞いていた。話を終えた今、頼んだバーガーは既になく、注文したドリンクは、氷が溶けて薄くなっていた。

 話の終わりを告げる俺の言葉に、沈黙を返した川崎の様子を伺っていると、薄くなったドリンクに一度口をつけてから、川崎が口を開いた。

「あんたって本当に…どうしようもない奴だね」

「お褒めに預かり恐縮だな」

「褒めてないっての…全く」

 軽く笑いながら、俺の軽口に川崎が言葉を返した。その和らいだ表情を伺っていると、川崎が更に言葉を繋ぐ。

「でも…ありがとうね」

「…何がだ?」

「…全部。話してくれたこと…文化祭を成功させてくれたこと…それに…」

 落ち着いた表情で目を瞑り、話していた川崎が目を開いて、俺を見つめる。

「あたしを助けてくれたこと」

「…なんで今その話になるんだよ」

「…ちゃんと伝えたことなかったからね、ここでしっかり伝えておこうと思って」

「…あの件、俺は解決法を一つ提示しただけだ。実際に努力したのはお前だし、俺は何もしていない」

「でも、きっかけをくれたのはあんただよ、比企谷。だから…ありがとう」

「…そうかよ」

 そういって頭を下げる川崎に言葉を返す。今自分がしている顔が、とても気持ち悪いものになっているのが自覚できて、川崎から顔をそらす。

「それでさ、比企谷」

「なんだよ」

「あたしの話も、聞いてもらっていいかな」

「…何の話だ?」

「今日のこと…これまでのこと…これからのこと」

「……」

 川崎の顔を見つめる。その顔があまりにも真剣で、誤魔化すにはあまりにも眩しすぎたから。

「ああ、聞こう」

 こちらも、覚悟を決めなければならないと気づいた。

 

 

 * * *

 

 

 そうして、あたしは全てを話していく。自分でも、その内容を振り返るように。

 まずは今日のこと。屋上の扉の前で、比企谷の行為を盗み聞いたこと。そこで葉山に、言葉なく比企谷を託されたこと。座り込む比企谷の表情を見て、胸が締め付けられたこと。何とか普段通り、比企谷の前で振舞って、その表情を晴らしてあげたかったこと。比企谷を送り出した後、恥ずかしさから暫く屋上で悶えていたこと。文化祭が終わってからずっと、比企谷とどうやって話せばいいか考えていたこと。考えていたけど、結局何にもわからなかったこと。校門で待ちきれなくて、奉仕部の部室にまで行ったこと。奉仕部で、あの二人と一緒にいる比企谷の姿を見て、何故か安心したこと。でも何故かムカムカして、乱暴な態度をとってしまったこと。部室からマックに来るまで、ずっと緊張しっぱなしだったこと。比企谷がマックまでついてきてくれて、凄く安心したこと。比企谷が全てを話してくれて、とてもうれしかったこと。その内容に、酷く悲しみを覚えたこと。

 次に、最初の依頼のときのこと。初対面での印象は最悪だったこと。バイト先まで来たときは、呆れを通り越してムカついていたこと。マックでの話し合いは、私にとって救いだったこと。比企谷への感謝を自覚したのは、暫く経ってからだったこと。予備校で顔を合わせた時、照れくさくて、感謝の言葉がおざなりになってしまったこと。

 そして、また今日の話へ。悲しみを覚えたのは、比企谷が、自分の行いに見返りを求めていなかったこと。自分自身の価値を、認めていなかったこと。だから私は、きちんと感謝を伝えることが出来たということ。比企谷に救われた人物は確かにいると、ちゃんと伝えたかったということ。

 そして、始まりへ。…比企谷を追いかけたのは「愛してる」と言われたからだということ。その言葉に胸をかき乱されて、その意味を知りたかったからだということ。そして…

「今ならわかるんだ、あの言葉は単なる冗談だったんだって。でも…」

 そうして、あたしは本心を自覚していく。

「そのお陰で、こうして今があって。そのお陰で、あたしは、自分の気持ちに気づけたんだ」

 そうして、あたしは言葉を紡ぐ。

「比企谷、あたしは、あんたに恋してるよ」

 

 

 * * *

 

 

「比企谷、あたしは、あんたに恋してるよ」

「……」

 川崎の話、長いようで短い、時系列も、起承転結も、何もかも滅茶苦茶なその話を聞き終え、そして、その告白を聞いた俺は口を閉ざす。

 俺は、これを知っている。川崎が抱いた、その気持ちの正体を知っている。悪意のない、不用意な振る舞いによって、素直すぎる心が、勘違いを引き起こす…

 偽りの初恋。

 ぼっちが、その進化の過程で経験する、悲しき偽物。

 相手は言うのだ、「そんなつもりなどなかった」と。「それは単なる冗談だ」と。

 それは酷く残酷で…ぼっちは、それを経験して強くなる。強く、悲しい生き物になる。

 これは、俺のせいだ。俺の肥大した自意識が原因だ。俺などに価値はなく、俺の行いに意味などないと嘯(うそぶ)きながら、そのくせ、人の心の中に、土足で踏み込んだ。

「自分の全てに価値などないという消極的傲慢」

 これが全ての過ちだ。これが、川崎沙希という少女を、こんな風にしてしまった。あの強く、冷たく、孤高で、それでいて、家族に見せる暖かさを持った、美しい少女を、こんな悲しい生き物にしてしまった。

 自分の行いに打ちひしがれながら、言葉を探す。既に歪ませてしまった川崎を、これ以上歪ませない言葉を。

「川崎、俺は…」

「比企谷」

 言葉を絞り出そうとした俺を、川崎が制した。

「あんたが何を考えているのか、正確なところはあたしにはわからない。ただ、どうしようもないことを考えているのはわかる」

 そう言うと、川崎はフッと笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、俺は言葉を失う。

「だから…一つだけ聞かせて」

 そう言うと川崎は、テーブルに身を乗り出し、両手で俺の頬を覆う。そして、その美しい顔を近づけて、問いを投げた。

「あたしのこと、嫌い?」

「…そんなわけねぇだろ」

「じゃあ、好き?」

「…一つだけって約束だろ」

「…うん、そうだね。約束は守らないと」

 川崎は軽く笑みをこぼすと、その両手を離し、元の体勢に戻った。そうして俺に向き直ると、惚れ惚れするほどの自然体を保ちながら、こう告げた。

「じゃあさ、友達から始めようか、比企谷」

「…………そうか」

 川崎のその提案に、俺は言葉を返す。間違えたのなら、これから正していけばいい。歪めてしまったのなら、これから直していけばいい。決してこれで終わりになどならないし、してはいけない。まさか、告白「した」側から、友達から始めよう、などと言われるとは。川崎沙希という少女は、こういった強さも持ち合わせていたのだなと、俺は自身の傲慢さを恥じた。俺がこの少女を歪めてしまったのではない、いや、歪めてしまった部分は確かにあるのだろうが、その根本を歪めることなど、俺には出来はしない。何故なら、俺は川崎沙希という少女を、まるで理解出来ていなかったのだから。彼女の本質は何も変わっていないのだ。強く、冷たく、孤高で、それでいて、家族に見せる暖かさを持ち…恋を知らなかった恋する乙女。恋する川崎沙希は最強なのだと、その恋が偽物だったとしても、その在り方は変わらないのだと。そう理解するのに、その提案は十分すぎた。

「…そうだな」

 そうして俺は、テーブルの向かいに座る川崎に右手を差し出す。

「了解だ、川崎。これからよろしくな」

「よろしく、比企谷。早速だけど、もう友達なんだし、下の名前で呼んでいい?」

 差し出した右手を遠慮なく握った川崎は、サバサバとした態度で軽口を叩く。

「いいわけあるかよ…まぁでも、どうせ嫌って言ってもそう呼ぶんだろ?」

「流石八幡、理解が早い。あたしのことも下の名前で呼んでくれていいんだよ?」

「呼ぶかよ…そう呼ばせたいなら、もっと俺をお前に惚れさせてみるんだな」

「もっとってことは、それ既にあたしに惚れてるって認識でいい?」

「ちげーよ、言葉の綾だよ、これだから理系は…」

「文系なら、もっと言葉遣いに注意すべきなんじゃない? そんなんだから、あたしに惚れられるんだよ」

「…そうだな、今回は俺の負けだ」

「それじゃあはい、呼んでみて」

「……今日はそろそろ帰るか、沙希」

「…! いいね、悪くないかな」

「そりゃあようござんしたね…」

 そうして、俺と沙希はトレーを片付けてマックを後にする。これから先のことは全くわからないが、退屈だけはしないだろうという確信があった。




第二話、読了有難うございました!
更新が遅く、申し訳ありません。遅くとも、前話投稿から、一週間以内には投稿できるよう努力して行きたいと思います…
毎日投稿している人、本当に凄い…

さて、あとがきという存在に気づいたので、少々戯言をば。

今作で、初めて二次創作というか物書きをしてみて、驚きというか、嬉しさのようなものを感じる出来事がありまして、それは
「キャラが勝手に動く」
という現象を体感できたことです。

具体的には、まず一話の葉山。頭の中では、葉山は原作通り、あの発言をしてから立ち去る予定だったのですが、描写として、サキサキが安心感から息を吐く描写を書いてからあの場面まで書き進めた際に、
「これ、葉山が気づかないとかあり得なくないか…?」
と思ってしまい、そのまま葉山に気づかせたところ、あれよあれよという間に葉山がサキサキに八幡のことを託していました。このことがあまりにも印象的で、タイトルにまでしてしまった、という裏話です、はい。

そして今話のサキサキ。はっきり言ってしまえば、サキサキは告白する予定ではありませんでした。構想としては、八幡が約束を思い出す、校門へ行く、マックへ行く、話を聞く、なんだかんだあって友達になる、といった具合だったのですが、何か奉仕部に押しかけてきてしまい、どうやって奉仕部員に納得させて八幡を送り出させよう…と四苦八苦していました。その際に、ゆきのんたちも暴走してサキサキと八幡の話し合いに参加しそうな流れになり、流石に書き直しを行っていました。そうして、なんとか八幡を送り出しつつ、サキサキと八幡がマックに辿り着き、話をし始めたのですが…サキサキの「よくわからない」というセリフを書いてからはもう完全に勢いで書き進めてしまいました。一度書き詰まっていたのが不思議なくらいすらすらと書き進めることができ、キャラクターって偉大だなぁとひしひしと感じていました。こんな積極的なサキサキになるとは…

というわけで、完全に予定からずれているので、何とか次話を書き上げられるよう、頑張る所存でございます。

あと、今回俺ガイル二次創作を書いてみて思ったこととして、八幡視点の地の文が死ぬほどムズイ!渡航先生はほんとうに凄いなと改めて実感しておりました。
ギャグと描写のバランスというかなんと言うか…表現が難しいのですが、とにかく難しい!なんとか完結までに慣れたいなぁといった感じです、はい。

というわけで最後に、ゆきのんたちがサキサキと八幡の話し合いに参加しそうになった没文を載せて、あとがきを終わりたいと思います。

あとがきまで読んで下さり、ありがとうございました!
完結目指して頑張りますので、評価、感想いただけますと励みになります!よろしくお願いします!

以下没文

「…比企谷、いる?」
「ヒッキーならそこに…って、ヒッキーになんか用事?」
「ちょっと聞きたいことがあってね…あんた、まさかとは思うけどすっぽかすつもりだったんじゃないだろうね?」
 由比ヶ浜の言葉に答えた川崎が、呆れを滲ませた言葉をこちらに投げる。…おや? 絶対キレてると思ったが意外とそうでもない…? ぼっち神様の慈悲か…? この短い時間で、俺の徳が急上昇したのかもしれない。今なら雪ノ下のパンさん筆箱を指摘しても大丈夫かも! もう何も怖くない! いや、やっぱ怖えな…
「流石にそんなことはないぞ、川崎! 単に忘れていただけd、痛って!」
「自信満々に言うことか! 全く…」
 正直に理由を話したのに、思いっきり頭に鉄拳を食らった。どうやら、急上昇していた俺の徳はすでに尽きていたらしい。筆箱、指摘しなくて良かった…。
「あはは…、それで聞きたいことって?」
「……今回の文化祭についてちょっとね」
「え、それって…」
「……」
 数瞬のためらいを見せてから発せられた川崎の言葉に、由比ヶ浜と雪ノ下がその表情を硬くする。今、この部において「文化祭について」といえば、素直に言葉通りの意味で受け取ることは難しいだろう。
「川崎さん。そういうことなら是非、私たちも同席させてもらっても構わないかしら?」
「…うん、私としてもそっちのほうがありがたいかな。」
 表情を緩めた雪ノ下が問いかけた言葉に、川崎もその表情を緩めた。川崎の発言によって硬くなっていた部内の雰囲気も柔らかくなり、由比ヶ浜がほっと息をつく。よかった! これで解決ですね!(現実逃避)
「さて、比企谷君?」
「…なんだよ?」
「思えば、今回の依頼、最後のあなたの状況については詳しく聞いていなかったわね?」
 川崎に向けていた微笑みそのままに、雪ノ下がこちらに顔を向ける。おかしいな、同じ微笑みのはずなのに、体感温度が滅茶苦茶下がったように感じられるんだけど。
「説明してもらえるかしら?」
 あぁ、そうだ。暫く見なかったから忘れかけていたが。
 雪ノ下雪乃は、こういう女であったと、全てを諦めて俺は、天井を仰いだ。
 
 
 * * *

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