「おはよう、お兄ちゃん!」
「おう、おはよ。朝から元気だな…何か良いことでもあったのか?」
沙希が奉仕部に入部してから初めての土曜日。朝の10時起床という、休日特有の贅沢を噛みしめつつ、軽く朝食を食べようと階段を降り、リビングの扉を開けると、愛すべき妹が朝食を作りながら妙に明るい声を掛けてきた。
「フッフッフッ~、そりゃあねぇ~結衣さんから良いこと聞いたから!」
「…! あいつ余計なことを…」
俺の問いに口角を上げながら答えた小町の言葉に、思わず顔を顰(しか)める。
そう、本日は、由比ヶ浜の提案で、沙希の奉仕部入部を祝し、歓迎会を開催することとなっている日である、が当然、俺は参加しないつもりでいた。いや、女子三人の方が会話も弾むだろうという心遣いでね? 決して、あの三人と飯なんて絶対面倒な事が起こる、とか考えてないですよ、えぇ、ホントに。
由比ヶ浜の提案にも「行けたら行くわ」と完璧な回答を返しておいたのだが…どうやら俺の行動を先読みした由比ヶ浜が、小町に協力を取り付けたらしい。由比ヶ浜の奴、千葉村の時の一件で味を占めたな…。ここは、毅然とした態度を取らねばな! 八幡、絶対に屈しない!
「…一応言っとくが、俺は行かないからな」
「出たごみいちゃん! そういうとこだよ~? あのね、あんな美人な人達とご飯食べられる機会なんかそうそう無いんだからね?」
「昨今はパパ活ってのがあるからな、美人とご飯食べるだけなら大して貴重でもないぞ」
「お兄ちゃん、わざわざお金払ってまで女の子とご飯行くの?」
「行かないな、疲れるし」
「だよね、危うくお兄ちゃんが貯めてた小町ポイントが大暴落する所だったよ?」
え? 何それ怖い。小町ポイントが暴落したら俺はどうやって生きて行けばいいんだ…小町ポイントってなんだよ(正気)
そうして食卓につき、小町ポイントの運用方法について頭を悩ませていると、小町がコンロの火を止め、食卓に食器を並べ始めた。どうやら、朝食が完成したらしい。流石に、妹がテキパキと動いているのに兄が何もしないというのは、俺の兄としての本能が許さない。
というわけで俺は、目玉焼きを皿に載せていく妹を横目に、二人分のインスタントコーヒーを入れることにした。MAXコーヒーが至高のコーヒーであることは疑いの余地もないが、のんびりとした朝食には、こちらの方が相性が良い。そうしてマグカップにお湯を注いでいると、目玉焼きを載せ終わり、みそ汁を注いでいた小町が声を上げた。
「ま、お兄ちゃんがどれだけ抵抗しようが無駄だと思うけどね~」
「…? それはどういう…」
まるでこれから俺が何かをされるかのような小町の発言に、疑問の声を発しようとしたその時、視界に入った食卓にふと違和感を覚える。何故か、朝食が「三人分」ある。家の休日は、基本的に両親が昼まで寝ているので、朝食は俺と小町しか食べない。時折、母親の方が起きていたりもするが、本日はそのような気配もない。ならば、この余分に作られた朝食は一体…?
そうして、気づきたくもない可能性に頭が支配される直前、軽やかなインターホンの音が耳に飛び込んできた。
「あ、着いたみたい。ほら、おにいちゃん! ぼさっとしてないで、早く出迎えに行って!」
「……はぁ」
口角を上げながら告げられた小町の言葉に、一つため息を吐いて玄関に向かう。そして、意を決して扉を開くと、そこには予想通りのお団子髪が、機嫌よさげに揺れていた。
「おはよう、ヒッキー!」
…取り敢えず、コーヒーを一杯追加で入れなければならないらしい。遠ざかっていく平穏な休日に思いを馳せつつ、俺はそんなことを考えていた。
* * *
「このお味噌汁美味しい! 小町ちゃん、料理上手だね!」
「えへへ~、それほどでも!」
由比ヶ浜の言葉に頬を緩める小町を見やりつつ、コーヒーを口に含む。そりゃあ、由比ヶ浜からすれば自分以外の全ての人類が料理上手に思えるだろう。というか、不味いみそ汁なんか存在するのか…? こいつ、みそ汁に一体何を混ぜたんだ…。
そうして、由比ヶ浜の創作みそ汁に苦しめられたであろう家族に黙祷を捧げつつ、仲睦まじく話す二人を眺めていると、こちらを向いた由比ヶ浜が口を開いた。
「ヒッキーは料理しないの?」
「まぁ、基本しないな。だが、勘違いするなよ。あくまでも『しない』だけであって、『出来ない』訳じゃないからな。専業主夫を志望している以上、その辺りに抜かりはない」
「あはは…ヒッキーまだそれ言ってたんだ…」
「まだとはなんだ、まだとは。俺は本気だぞ」
「はいはい、ごみいちゃん、そろそろ自重しようね。すいません結衣さん、このような兄で」
由比ヶ浜の疑問に的確な回答を返していると、肩を落とした小町が謝罪の言葉を述べた。
どうやら、この場に俺の味方はいないらしい。
「大丈夫大丈夫! もう慣れたし」
「結衣さん優しい…! 結衣さんみたいなお姉ちゃんが居たらもっと幸せなのになぁ…」
「ほんとぉ! 嬉しいなぁ~! あたしも小町ちゃんみたいな可愛い妹が欲しいよ~!」
小町の言葉に気をよくした由比ヶ浜が、そうお世辞を返すと、獲物を見つけた猫のように小町が目を輝かせた。
「マジですか、結衣さん!? なら、是非うちのおにいちゃん貰ってやって下さい!」
「ふぇ!?」
「おい、小町。お前の欲望に由比ヶ浜を巻き込んでんじゃねぇよ…。由比ヶ浜も、あんまり小町をおだてなくていいぞ。そういうのは兄である俺の役目だからな!」
「う、うん、ありがと…ってあれ?」
小町の暴走を抑えつつ、由比ヶ浜に言葉をかけると、由比ヶ浜は一瞬、頬を染め恥ずかしがるようなそぶりを見せたが、すぐに訝し気に表情を歪めた。
「おにいちゃん独占欲強すぎ、キモい。でも、そういうとこも小町的にポイント高い!」
「やっぱりこれヒッキーがシスコンなだけだ!? というか前から思ってたけど、小町ちゃんも結構ブラコンだね!?」
「えへへ~、それほどでも!」
そうして他愛もない話をしていると、朝食を食べ終える頃には、時計の針が11時を回ろうとしていた。
それを見て、ふと抱いた疑問を由比ヶ浜にぶつける。
「…しかし、由比ヶ浜。お前、迎えに来るにしたって早すぎやしないか? 歓迎会、確か駅前のファミレスで13時からだったろ」
「あれ? 小町ちゃんから聞いてないの?」
「…何をだよ」
「歓迎会、ゆきのん家でやることになったの! で、一回ゆきのん家に集まってから、皆で買い出しに行くから、もうそろそろ出発するよ?」
「は?」
由比ヶ浜の言葉に、キッチンで食器を片付けている小町に顔を向ける。そうして俺と目を合わせた小町は、晴れ渡るような笑みを浮かべ、こう告げた。
「というわけで、小町がこれ片付け終わったら出発するから! 安心して、お兄ちゃん! お兄ちゃんと小町の荷物は、もう荷造り済んでるから!」
あぁ、なるほど。つまりは。
詰んでいたのだ、初めから…。
そうして、蟻の王ばりに敗北を悟ると、俺は残っていたコーヒーを一気に喉に流し込んだ。
…やっぱマックスコーヒーにしときゃ良かったな、コレ。
* * *
「やっはろー! ゆきのん!」「雪乃さん、やっはろー!」「…よう」
「いらっしゃい、由比ヶ浜さん、小町さん。…それとサボり谷くん」
「何だサボり谷くんって。ちゃんと来てんだからサボってないだろ。冤罪だ冤罪」
「あら、テロは計画しただけでも立派な罪になるのよ、行けたら行く谷くん」
「俺のサボりはテロと同等なのか…」
顔を合わせて早々の雪ノ下との舌戦に、疲れと少しばかりの安心感を覚えつつ部屋に入ると、先に部屋に入っていた由比ヶ浜が声を上げた。
「あれ? 沙希はまだ来てないの?」
「川崎さんなら、まだ到着していないわね。住所は事前に送ってあるし、マンションの入り口に着いたら連絡してほしいとは伝えてあるのだけれど…由比ヶ浜さんのほうには何か連絡が?」
「ううん、今日はまだ何にも…ヒッキーには何か連絡あった?」
「いや…俺と沙希、連絡先交換してないし」
「えー!? 何で!?」
何でと言われましても…というか、由比ヶ浜と雪ノ下がナチュラルに沙希と連絡先を交換していたことの方が驚きである。特に雪ノ下。まぁ、これは良い変化なのだろう、きっと。
「はぁ…まぁ、今日交換すれば良いでしょう。今はチキガヤ谷君に割いている時間はないわ、私から一度電話して…」
そうして雪ノ下が、俺に対し相も変らぬ毒を吐き、沙希に電話をかけようとしたその時、雪ノ下の携帯が鳴った。
「はい、雪ノ下です。…いえ、大丈夫よ川崎さん。…ええ。…成る程。…分かったわ、取り敢えず上がってきてもらえるかしら、部屋番号は…」
沙希からかかってきたらしい電話の受け答えを終えると、雪ノ下は顎に手を当て、少し考え込む仕草を見せる。
「どうしたの、ゆきのん? 沙希に何かあった?」
「いえ、川崎さんに何かあったと言えばそうではあるのだけれど…直接見た方が早いわね。一緒に、玄関で川崎さん達を待ちましょう」
「…達?」
雪ノ下の言葉に、俺が疑問を抱いてから暫くして、インターホンが鳴ると、雪ノ下が扉を開く。
「いらっしゃい、川崎さん。それと…」
「ありがとう、雪ノ下。…ほら、けーちゃん、お名前言える?」
「かわさきけーか!」
そこには、いつか見た暖かな顔を見せる沙希と、沙希をそのまま小さくしたかのような天使が、右手を元気よく掲げ、輝くような笑顔を浮かべていた。
* * *
「ほんとゴメンね、連絡も入れずに連れてきちゃって…」
「いえ、事情が事情だし、致し方ないわ」
平謝りする沙希に、雪ノ下が朗らかに答える。
沙希の言葉を纏めると、両親が急遽仕事に行かねばならなくなり、弟も部活動。自分しか妹の面倒を見れる者がいないため、歓迎会に行くのを取りやめようとしていた矢先、事前に歓迎会の話を聞いていた妹が、自分も行きたいと大層せがんだらしく、致し方なく一緒に連れてきた、とのことだった。
「そう言ってもらえると助かるよ…ホント有難う」
「頭を上げて川崎さん、手助けが出来て私も嬉しいわ。だから、この話はここまでね」
頭を下げる川崎に、雪ノ下がそう言葉を返すと、二人は穏やかに微笑み合った。取り敢えず、万事解決ということらしい。というわけで、問題と言えば…。
「京華ちゃん、あたし、由比ヶ浜結衣って言うの!」
「ゆいがはま…? ゆい…ゆいちゃん!」
「ヒッキー聞いた!? ゆいちゃんだって! 可愛い~!」
「ちょっと結衣さん! 小町も! 小町も名前呼んでほしい!」
「お前ら、取り敢えずちょっと落ち着け…」
この可愛らしさに脳を破壊されてしまった、哀れな二人組であろう。
「こまち…? こまち…こまちゃん!」
「こまちゃんか~!『こまち』と『ちゃん』をくっ付けたんだね~! 天才! 可愛い~!」
「良かったな、小町。じゃあ、取り敢えず抱きしめてないで早く開放してやれ。次は俺の番だ」
「あんたまで何言ってんのさ」
そうして、囚われた天使を解放しようとしていると、頭に軽い衝撃を感じた。どうやら、軽く頭を叩かれたらしい。振り返ると、呆れた表情をした沙希と目が合った。
「何だ沙希、俺は囚われの天使を解放しようとしているだけだ。何も問題はない」
「次は俺の番、とか言ってた時点で問題しかないよ…。ほら、けーちゃん、おいで?」
そうして沙希が声を掛けると、小町の腕の中で嬉しそうにじゃれていた京華はすぐにそこを離れ、沙希の広げた腕にトテトテと走り寄って行った。
「一応改めて、ちゃんと紹介しておくね。この子が私の妹の京華。今日一日仲良くしてくれると…助かる…」
「かわさきけーかです! なかよくしてください!」
恥ずかしそうに声を窄(すぼ)める姉とは対照的に、京華は元気一杯といった風に声を上げた。
「京華さんね、私は雪ノ下雪乃というの。ゆきのさん、と呼んでくれたら良いわ」
「ゆきの…さん…?」
すかさず、雪ノ下が自己紹介を済ませる。しかも自分の呼び方まで指示してるし…余程変な呼び方で呼ばれるのが恥ずかしいのだろう。しかし、雪ノ下のそんな思惑は、次の一言で打ち破られることとなった。
「京華ちゃん! この人のことはね、ゆきのんって呼んであげて!」
「ちょっと、由比ヶ浜さん貴方…!?」
「ゆきのん…ゆきのん!」
どうやら、京華は「ゆきのさん」よりも「ゆきのん」のほうがお気に召したらしい。今までにない呼び方のパターンを得て、上機嫌といった感じだ。超かわいい。
「…も、もういいわ、それで…」
「やったー! ゆきのん呼び仲間だ! 京華ちゃん、いえーい!」
「いえーい!」
呼ばれた雪ノ下も満更ではなさそうだ。耳も頬も真っ赤だけど。
元凶の由比ヶ浜はといえば、実行犯の京華と一緒にハイタッチをしていた。…あの天使、もしかして意外と小悪魔だったりするのか?
そうして、京華に自己紹介していないのは俺一人となってしまった。
「ほら、あんたも」
「お、おう」
微笑む沙希に促され、京華の前に立つ。
こちらをじっと見つめる京華の純粋な視線に、若干の気恥ずかしさを覚えつつ、その前に座り、目線を合わせた。
「俺は、比企谷八幡っていうんだ。よろしくな」
「はちまん…? …変な名前だね!」
「こ、こら! けーちゃん!」
京華の正直な言葉を、沙希が慌てて優しく咎めた。そのやり方からも、沙希が京華を大事に思っているのが分かる。沙希のオカン属性が高かったのは、こういった理由もあったのだろう。
「俺も変な名前だと思ってるから大丈夫だ、良いセンスだぞけーちゃん」
「けーちゃん、良いセンス?」
「ああ。ただ、そう言われるとイヤだなーって思う人もいるから、俺以外には言っちゃ駄目だぞ?」
「分かった! はーちゃんにしか言わない!」
「よしよし、えらいぞけーちゃん」
そう言って頭を撫でると、京華は機嫌よさげに体を揺らしていた。呼び方は「はーちゃん」になったようだ。超かわいい。
「…ゴメンね、八幡。有難う」
「気にすんなよ。こんな可愛い子に言われるならご褒美だ、材木座なら泣いて喜ぶ」
「中二なら確かに! てかヒッキーもご褒美って…こ、こういうキツイこと言われるのが好きなの?」
沙希の感謝の言葉に軽口を返すと、由比ヶ浜がとんでもないことを口走り始めた。頬を染め、チラチラと俺と雪ノ下を交互に見ている。
「待て、由比ヶ浜。ジョークだジョーク。まるで俺と雪ノ下がSM行為に及んでいるかのような目線はやめろ。命知らずか、お前」
そう言って雪ノ下を見やると、案の定、極めて冷え切った笑みを浮かべていた。
「由比ヶ浜さん? 私でも怒ることはあるのよ? マゾガヤ君も、堂々とセクハラ染みた発言を行わないでもらえるかしら? そんなにお望みなら去勢してあげましょうか?」
「あんたら、子供の前で何言ってんのさ…」
「沙希さんすみません、このような兄で…というか兄と下の名前で呼び合ってるんですか!? そこんとこ詳しく…!」
「はーちゃん、モテモテだね!」
混沌を極める部屋の中で、京華はそんなことを言って、嬉しそうに笑いかけてきた。
訂正。意外とどころじゃなく、どう見ても小悪魔です、本当にありがとうございました。
* * *
第五話(前編)、読了有難うございました!
というわけで、あとがきという名の戯言をば。
更新が遅くなり、大変申し訳ありませんでした!(汗
話をうまいこと良い文字数で纏められず、目標の一週間ギリギリまで粘ってはいたんですが、結果こうして前編という形で投稿することと相成りました…。
読了感として、可能な限り一話ごとに良い感じで区切って更新したいと思っていたのですが、力不足で申し訳ありません…。
今後とも、可能な限り、更新速度と内容のクオリティを担保していく所存ではありますが、もし再度更新に一週間程かかるタイミングがありましたら、温かい目で見守って下さると助かります…。
(あと単純に、某FG〇でイベストだと思っていたら急に本編ストーリーであることが判明して、急遽プレイに復帰したら結構楽しくてハマっちゃってたりしたりゴニョゴニョ…はい、すみません…。)
てなわけで、本編について。
読了した方はお気づきかもしれませんが、第五話はシリアスさ薄目で、ちょっとしたギャク回になると思われます。京華ちゃんかわいいよ京華ちゃん。京華ちゃんの公式での小悪魔っぷりを見たい方はゲーム俺ガイル続のサキサキルートをチェックだ!
というわけで、以上あとがきという名の戯言でした。
後編もお楽しみに!出来る限り早く更新したいと思います、はい。
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!よろしければ感想・評価をしていただけますと、執筆の励みになります!これからもよろしくお願いします!