季節は流れて春。穏やかな暖かな風が桜の花を舞わす季節。
「さあ、大安吉日のこの良き日。宇迦之御霊神も御照覧あれ!!なのは様の入・学・式でございます!!」
「は、恥ずかしいの」
「ああん♪もう、辛抱たまりませんなのは様!!制服とってもお似合いです!!小学生な御主人様は最高だぜ!!」
「ムグ~~~!!」
「朝から賑やかね。」
「止めなくていいのかい?」
この日は、高町なのはの通うことになる私立聖祥大付属小学校の入学式である。その為にキャスター達は正装し、ここ、私立聖祥大付属小学校に来ていた。
「うう、朝からひどい目に遭ったの・・・」
「うふふ、なのは様分はタップリ補給できましたし、張り切ってなのは様のご勇姿をカメラに納める事が出来そうです。てなわけでこのカメラお願いしますね士郎さん。」
「ああ、わかった…しかし、こんないいカメラもそのビデオカメラも何処で手に入れたんですか?」
そう、明らかに某有名メーカーの最新機種と思われるカメラもそうだがキャスターが準備しているのは何処の報道陣だと言わんばかりの大型のビデオカメラである。明らかに凄まじい金額がかかってそうな物なのだ。
「なのは様の入学が、決まり次第に自腹で購入致しました。やはりなのは様のお姿を最も鮮明な映像で残したかったので」
「まぁ、キャスターちゃんありがとうね。」
「あ、因みにお金は株と先物で増やしました。商店街の昆虫ペットショップマキリのご隠居さんに色々教わりまして。」
「ああ、ご隠居さんか。それなら大丈夫だな。」
「そうねご隠居さんなら大丈夫ね。」
「それに、周りの保護者様方も似たような準備してますし。」
そんな話をしながら、着々と準備していくキャスター。周りの保護者達も同じようなカメラを用意していた。とても裕福な家庭の多い事で有名な、この聖祥大付属小学校であるが、時折執事やメイドさん達が機材を運んだりしているのを見かける辺り、今年はそういった家庭が特に多いようだ。
「確かに凄い数の人達ね。」
「まぁうちのなのは様が一番カワイイんですけど」
そう、桃子の言葉に返したとたん周りから凄まじい殺気が向けられる。
「聞き捨てならないな。うちの子が一番カワイイに決まっている。」
「匹夫どもが。うちの子の可愛さに削りあいを挑むとはな。」
「うちの子の可愛らしさは世界一ィィィィィィ!!」
「――その言葉は訂正して貰おうか。うちの娘が一番に決まっている。」
「そうね。うちの娘が一番よ!!」
「いや、うちの子が一番カワイイ!!」
「何を言っているのかね?名門であるうちの娘が一番に決まっているだろう。」
「ふん。うちのすずかが一番カワイイに決まってるじゃない!」
「いーえ、うちのなのは様が一番です!」
「我がバニングス家のアリサ様が一番可愛いに決まっている。」
他の保護者達も次々に言い争いに参加し始め、この後、学校の先生方に止められるまで不毛な言い争いが続いたという。
「は、恥ずかしいよお姉ちゃん。」
「や、やめてよパパ!鮫島も参加してないで止めなさいよ!」
(・・・皆苦労してるの・・・)
高町なのは、小学一年生。このカオスな光景を前に早くも学園生活に不安を感じ、保護者に苦労する同級生達にシンパシーを感じるのであった。
「本当に恥ずかしかったの。」
「そうね。パパ達張り切り過ぎよ。」
「あはは、うちも朝からお姉ちゃん達が大騒ぎだったよ。」
放課後、教室で思わず溜め息をつく三人の小学一年生。入学式では、何処の記者会見場ですか?と聞きたくなるような数のカメラとフラッシュに思わず引いてしまったなのは達であった。
「特にあのピンク色の髪した女の人凄かったわね。」
「そうだね。ちょっと自重した方が良いね。」
(キャスターさん…)
何となくシンパシーを感じた同じクラスの友達から自分のよく知る人物の評価を聞いて、思わず机に突っ伏すなのは。
「ん?もしかしてあんたの知り合いだったの?」
「あんたじゃないの私の名前は高町なのはなの。それでまぁ、うん。うちの家政婦さんなの。」
「あはは♪物凄く愛されてるじゃない!私はアリサ。アリサ・バニングスよ。よろしくね。」
「そうだね。愛されてたね。私は月村すずかだよ。」
「愛が重いの。」
顔を上げて二人を見る。金色の髪を腰まで伸ばしたアリサと、紫色の長い髪と白いカチューシャが特徴的なすずか。どちらもかなりの美少女である。
「まぁ、個性的っていうならうちのクラスも負けてないけどね。」
「自己紹介に歴史上の人物の名前を出すとか何考えてんのよ。しかも、兄妹揃って。」
「二人とも何かスッキリしてたから良いんじゃないかな。」
「まぁ、あんた達も目立ってたわよ。その頭の鈴とかね。」
そういって、なのはの頭の鈴に触ろうとするアリサ。
「にゃあ!これはダメなの!!」
「むっ!ちょっとくらい良いじゃない。」
「ダメなの!!」
「仕方ないわね。じゃあこっちで。」
「あっ!?」
そのまま、隣にいたすずかの頭からカチューシャをさっと取り外すアリサ。そして、一瞬呆気にとられたものの慌ててアリサから取り戻そうとするすずか。その表情は、どこか青ざめているようになのはには見えた。
「だ、だめ!?返して!!」
「?別にちょっと位良いじゃない。」
「おねがい!返してよぅ…」
もはや半泣きでカチューシャを取り返そうとするすずかに対して、どこか面白がった様子でカチューシャを取り上げるアリサ。その様子を見てなのはは、イスから静かに立ち上がりアリサに手を――
「はい。そこまでです。」
突然手を握られなのはが、驚いてそちらを見ると空いた片手で、カチューシャをアリサから取り上げたキャスターの姿があった。
「な、何よ!あんた!!」
「全く、なのは様があまりにも遅いので様子を見に来てみれば・・・」
クルクルと取り上げたカチューシャを手遊びしながら呆れた様子で三人を見比べる。
「あ、あの・・・」
「ん?ああはい、これですね。はいどうぞ。」
キャスターからカチューシャを受け取り、直ぐにつけ直し、安堵の溜め息をつくすずか。
「で、あんたは何なのよ!!」
「その前に貴女は、先ずそちらの女の子に謝ることです。」
「な、何でよ…」
思わずキャスターの厳しい視線と語気に怯んでしまうアリサ。
「女の子なら誰だって触れてほしくない秘密など、千や二千は有るものです。」
「多すぎると思うの。」
「シャラップですなのは様。とにかく貴女が触れてしまったのはそういった類いの物です。女の子を泣かせた以上、貴女が先ずすべきは謝ることなのです。」
「あ・・・」
すずかの顔を見て、やっと自分がしたことを理解する。どこか怯えた表情をしたすずかに向き合うと、
「ごめんなさい。悪い事したわ。」
「う、うん。私もその、ビックリして・・・」
何とか二人が和解したのを見ると、キャスターは今度はなのはに向き合い、軽く額にデコピンをかました。
「痛っ!?何するの?」
「何するのは、此方のセリフですなのは様。この手で何をしようとしましたか?」
「でも・・・」
「喧嘩を止めようとするのはご立派ですが、手を出すのは感心しませんよ?」
メッ!となのはに目線を合わせ叱るキャスター。珍しく怒った様子のキャスターに俯くなのはを見て、
「ち、ちょっとなのはは悪く無いわよ!?」
「なのはちゃんを叱らないで下さい!」
二人がキャスターからなのはを庇おうとする。その様子を見て、溜め息を吐いてキャスターが立ち上がる。
「まぁ、なのは様に新しいご友人が出来たようですし、今日はこの辺りに致しましょう。」
「で、あんたは結局誰なのよ?」
「私は高町家の家政婦兼、なのは様の良妻です。」
「何言ってるの!?キャスターさん!?」
慌てて立ち直り、真顔でとんでもないことを口走るキャスターに突っ込みを入れるなのは。
「ああ、さっきの話の家政婦さんだったのね・・・本当に苦労してるのね、なのは。」
「え、なのはちゃんキャスターって・・・というか良妻って、あれ?」
二人がそんな感想を浮かべている間にキャスターはなのはをお姫様抱っこし、教室の出口に向かっていた。
「さあ、なのは様?今日はこれから撮影した映像で鑑賞会ですよ?」
「そ、その前に降ろして、降ろして欲しいの!?」
「いいじゃないですか♪あ、このまま校内ぐるっと廻ってデートというのも・・・」
「にゃああああ!?アリサちゃん、すずかちゃん助けてー!!」
そのまま二人が扉から出ていくのを見て、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「私達も行こうか。」
「そうね。あ、カバン忘れてるじゃない。」
取り敢えず先ずは、出来たばかりの友人を助けるべく、二人はカバンを回収して教室を後にするのであった。