香ばしく焼き上がったトーストには、マーガリンと甘いジャムをタップリと付けて食べる。
ボールに入ったサラダからは、今度店で使う予定だというドレッシングがかかった部分を取り、新鮮な葉野菜の食感を楽しむ。
程良く茹でられたソーセージにフンワリと焼かれたオムレツには、お気に入りのケチャップをたっぷりかけるのが彼女――アサシンの好みである。
食パンを平らげて、お替わりの食パン(三枚目)をパン焼き機にセットしていた所で、
「・・・何してるのジルちゃん。」
声をかけられて振り向くと、寝ぼけ眼ななのはが目を擦りながらこちらを見ていた。
「んぐ。おはよーおねーちゃん。」
「お早うジルちゃん。・・・いや、そうじゃなくて。」
「こっちおねーちゃんの分ね。」
分けていたトレイの上のお皿をなのはの前に並べて、牛乳を注ぐ。
「あ、ありがとう・・・。じゃなくて!」
言われるがままに席に座りかけていたなのはが、ジルに突っ込む。
「何で、私の部屋で朝御飯食べてるの!?」
何か良い匂いがすると思って目を覚ましたら、何故か人の部屋で食パンを焼き上がった端から食べている妹分は食パン(三枚目)を囓りながら首をかしげる。
「今日はキャスターが起こしに来られそうにないから、代わりに起こそうかなって思ったの。」
「朝御飯食べてるよね!?起こしてないよね!?」
「匂いで起きるかなって思って。」
「普通に起こそうよ!?確かに起きたけど!」
「朝から元気だねおねーちゃん。」
モキュモキュと食パンを食べながら、なのはに受け答えするジルは、なのはの分の食パンと自分の分を焼きながら話す。
「それにリビングは今、ちょっと使えないの。」
「何かあったの?もしかしてジュエルシード関連!?なら私も行かなくちゃ!」
「うーん・・・そうじゃなくてね。」
「違うの?」
クピクピと牛乳を飲みながら困った様子のジルに尋ねる。
「簡単に言うとキャスターとユーノがリビングを半壊にして・・・」
「ご飯にしよ。」
「・・・げんじつとーひ?」
ジルにおかずを与えて黙らせたなのはは黙々と朝食をとるのだった。・・・伊達に長くあのキャスターのマスターを勤めているのでは無いのである。
「おかしいなぁ・・・物語だと確かに人を困らせたけど・・・」
「一応言っとくけど、キャスターの真名は『ごんぎつね』じゃないからね?」
「え!?・・・あ、うん!も、勿論だよ!にゃはははは・・・」
一瞬言葉に詰まったなのはは、目の前のジト目から逃れるべく話を変える。
「それにしてもジルちゃん食べ過ぎなんじゃ無い?お腹痛くなるよ?」
「んー。これから忙しくなりそうだし、食べれる時に食べとかないと魔力が持たないもん。おねぇちゃんも食べないと身体が持たないよ?それにまだ六分目ぐらいだから大丈夫。」
「え、六分目・・・?」
モシャモシャと大量のサラダを食べながら答えるジルの前のトースト(五枚目)や山盛りの朝食に目を向けるなのはが何とも言えないような表情を浮かべた。
「只でさえサーヴァントに常時魔力供給してるのに自分も魔法使うんでしょ?休めるときに休むのは基本だよ。」
「いや、そうなんだけどその量が一体どこに・・・いいや、私も食べないと。」
ちなみに、なのは達の為に日々腕を上げるキャスターの料理や、サーヴァントを維持する影響か食欲の増したなのはや桃子、そしてジルの食べっぷりに釣られた高町家の乙女が約一名程ジル曰く「おいしそう」になり始めているのはまた別なお話である。
「ふぇもふぁー、ほんほにほえーふぁん・・・」
「もう、ジルちゃん飲み込んでから話して。」
「んぐ。」
なのはから差し出された牛乳で飲み込んでからジルは、改めて口にした。
「でもさー、おねーちゃん本当に戦うつもりなの?別に封印とかだけなら、ユーノやキャスターでも大丈夫なんじゃない?」
「勿論だよ!困ってるユーノ君を放っては置けないし、街が危ないもん。それに私にもお手伝い出来るもん。」
「・・・あのね、おねーちゃん。」
軽く溜め息をついてジルは、なのはの目を覗き込む。
「『お手伝い』程度の気分で戦うつもりならやめた方が良いよ?」
「え?」
アイスブルーの瞳と冷たい言葉に固まるなのはを無視してアサシンは続ける。
「昨日は余裕だったと思ったのかも知れないけど、もう少しで怪我する所だったじゃない。」
「そ、そうだけど私にも魔法が有るし、これから少しずつでも勉強すれば・・・」
そう言い返そうとしたなのはが、瞬きをした一瞬、
「はい。一回死んだよおねぇちゃん?」
いつの間にか食事用のナイフをなのはの後ろに回り込んだジルが、首筋に当てていた。
「じ、ジルちゃん・・・?」
首筋に金属の冷たさを感じ、思わず固まるなのはがそちらを向こうとすると、
「ね?おねーちゃんは隙だらけなんだよ。」
「え!?」
元の位置に戻っていたアサシンが、手の中でナイフを弄んでいた。
「単純な相手ならまだしも、格上の相手が出て来たらおねーちゃん瞬殺されるだけだよ。」
「うう・・・」
「それに相手次第では、キャスターや私たちだってやられちゃうかも知れないんだから。」
「そんな!」
思わず身体から力が抜けて項垂れるなのはを見て、やり過ぎたかなと思ったジルは、頬を掻いた。
「・・・だからね、おねーちゃん。戦いに出るなら気を引き締めて。私たちやキャスターが居たとしても戦いの中で何が起こるか分からないもの。」
「うん・・・ごめんジルちゃん。」
「まぁもし本当に危なくなったら、私たちがおねぇちゃんを連れて離脱するように言われてるんだけどね。」
「誰に?」
「うん。おかあさん(マスター)から。」
注いだ牛乳を飲み干してジルは、桃子からの命令を伝える。
「『必ずなのはと一緒に無事に帰って来なさい』って。令呪一つ使って言われてるの。」
「えっ!?お母さん・・・令呪使ってまで・・・」
三つしか無いサーヴァントに対する絶対命令権を使ってまで自分達の無事を祈る桃子の気持ちになのはは、胸が温かくなるのを感じた。
「そっかぁ・・・ありがとうお母さん、ジルちゃん。」
「・・・私たちとしてはおねーちゃんには、お家に居て欲しいんだけどね。まぁ、とにかく頑張ろおねーちゃん。」
「そうだね!頑張るの!」
気合を入れた様子のなのはを見て満足したジルは、すっかり空になった自分の食器をトレイに載せて部屋を後にするのであった。
「全くもう。キャスターちゃん反省してね?」
「た、たいへんもうしわけございませんでした・・・」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
半壊したリビングに着いてみれば先程より、若干片付いた部屋と自分のマスターの前で震えながら正座するキャスターとフェレット。
「おかあさん(マスター)おねーちゃん起きたよ。」
「あら、ジルちゃん有り難うね。」
それを無視して無事だったキッチンに食器を片付けたジルは、とてとてと桃子に近付いて甘える。
「ぐぎぎぎぎ・・・な、なのは様の寝顔を堪能してから起こすのは私の日課なのに・・・最近何か出番とか人気とか色んなのをアサシンに持って行かれてる気が・・・」
「や、槍を持った人達が手招きして・・・」
そんなジルを見て歯軋りするキャスターと、若干意識が朦朧としているユーノが、よく分からない事を口にしていた時に
「え、何この状況?」
「なのは様ぁ!」
ジルと同じく食器を片づけに来たなのはが、呆れた顔でキャスターに目を向けた。
「キャスターさん・・・今度は何したの?」
「まるで私が、トラブルメーカーみたいに言わないで下さいまし!」
「えっ!?」
「え・・・コホン!実はですね・・・」
流石に唖然としたなのはの表情に固まったキャスターだったが、咳払いをして説明をすることにした。
「昨日貰った蠢く箱を興味本位で開けたら、クリーチャーが出て来まして・・・それでまぁ狙いやすかったのかフェレットが主に襲われて、フェレットは若干回復していた魔力総て使い尽くして迎撃したと言うわけでして。」
「うん。反省してねキャスターさん。」
「な、なのは様!?私悪くないで・・・はっ!?」
「あら?キャスターちゃん・・・やっぱりもう少し私とお話が必要かしら?」
「なのは様ぁ!?ヘルプ!ヘルプミー!!」
そっと扉を閉めたなのはは、慌てて着いてきたジルと共に学校の支度をすべく阿鼻叫喚のリビングを後にするのであった。
「英雄って一体・・・」
「おかあさん(マスター)のアレは対人宝具の領域。」
青い顔をしたジルの顔が印象的であったという。