芋者奮闘録 作:舞い降りるズゴック
時計の針の進む音。いつもなら気にも留めないそれが、やけにはっきりと聞こえる。下手をすれば、自分の呼吸や心臓の鼓動まで繊細に感じ取れてしまいそうだ。
楯無さんから語られようとしていることは、俺にとってそれだけ重く、辛い記憶を呼び覚ますものなのだ。
「……6年前、アナタたちは両親を失って孤児になった。受け入れてくれる親族もいないまま、二人で生きていたそうね」
「…………遺産と口止め料だけはありましたからね」
あの頃はただ必死だった。親の死に明け暮れることなぞ許されず、子供ながらに家計を回し、生活するのに必要なことは最低限でもやりきった。
体力が限界を迎えることも少なくはなかった。しかし、親を失った悲しみは妹も同じ。余計な心配をさせるわけにもいかなかった。兄として、妹の前では常に笑顔と余裕を見せていた。俺は父さんや母さんの代わりにはなれない。それでも、俺には妹を守る義務があるのだと自分自身を叱責して。
「でも、半年が経とうとしたところで、妹さんは引き取られることになった。そうね?」
「……
その日は突然やってきた。扉を開けると、その先には複数人の成人女性。大人達はあれこれ理屈を付けて、妹を連れて行こうとした。当然、俺も妹もそれを拒絶した。だが、子供二人でどうにかなるような状況じゃなかった。
「あの時、俺、手を繋いでたんです。嫌がるアイツを連れて行かせないようにって。…………でも、一瞬手が緩んだんです。それもお互いに」
せめてもの抵抗だった。だが、それが弱まった瞬間に俺達は引き離されてしまった。
「アイツ、気づいてたんですよ。俺が色々やってて、ボロボロだったこと。あと……俺も、変なこと考えたんです。親のいないまま、兄一人の下で育つより、恵まれた環境で生きていた方がためになるんじゃないかって」
確かにやり口は強引だった。けど、それは妹にとってはチャンスなのではないかと思った。
以前、妹のIS適正を計る機会があったのだが、その判定はA。最高値であるSが現在になっても二桁を超えないことを考えると、貴重な人材であることに違いはない。IS操縦者としての道を行けば、きっと裕福な生涯を送れる。両親を失ってからの生活で疲弊していたこと頭では、そのような思考がよぎるのも無理はなかったのかもしれない。
「でも!行かせるべきじゃ、なかったッ……!!」
「……その一年後に、行方不明になったのよね」
妹がいなくなり、一人で生きることになった俺は、父さんの知り合いを名乗る戸高さんに引き取られた。お互い、保護してもらえる大人がついて安心だと思った。これで妹に心配をかけることもない、と。
だからこそ、妹が行方不明になった、と戸高さんの口から聞かされた時は、頭が真っ白になった。
「……もし一夏と会っていなかったら、俺はずっと荒れてたでしょうね。でも俺は未だに許せてないんです。あの時、妹を守ってやれなかった自分自身を」
ひどく後悔した。己の無力さを。妹を見殺しにした愚かな判断を。ISというものに関わってしまった不運を。
どうしようもなかったといえば、そうなのだろう。だが、あの場で妹を守るために動けたのは俺しかいなかった。俺にもっと力があれば、こんなことにはならなかったのだ。
だから、俺は今でも欲している。どんな事があっても、誰かを守ることのできる力を。本当に守りたかったものは、すでに無いというのに。
それでも、微かな希望は抱いていた。きっと、この力が役に立つ時が来る。そう信じていたから、俺は前に踏み出そうと思ったのだ。
「楯無さん、妹は…………
すがるように楯無さんに尋ねる。一方の楯無は、表情を崩さぬまま真っ直ぐと飛鳥を見据えて、自身の調査結果を伝えた。
「残念だけど、更織家の力を持ってしても見つけることはできなかった」
「……………………そう、ですか」
……わかっていた。わかりきっていた。何度も考えている内に、その可能性が高いということは。
一縷の望みを断ち切られた俺は、顔を伏せた。
「ごめんなさい。痕跡はもうほとんど残ってなかったの。
「もう、いいです。楯無さん」
顔を上げる。先程までの弱々しい顔ではなく、いつものように笑顔で。それを見た楯無さんの表情は痛々しいものを見るような顔になっていた。
「どのみち、生きていたとしても俺は嫌われてますよ。のうのうと生きて、一度たりとも会いに行かなった。そんなヤツ、会いに来られた方が迷惑だ」
「……それでも、連絡や手紙を出すことはしてたでしょう?会いに行けない分、色んな手段を使って」
「それ、ちゃんと届いてました?」
「っ…………」
最初は電話をかけた。繋がらない。メールを書いた。アドレスが消えていた。手紙を送った。返事は返ってこない。
何一つ届かなかったのであれば、それは俺が何もしようとしていなかったと同義だ。周りがそれを知っていても、肝心の相手には何一つ伝わってない。
「だから、もういいんです。むしろ楯無さんには感謝してますよ。俺の長年の悩み、ちゃんと解決してくれたんですから」
「飛鳥くん……今まで、そうやって隠してきて……」
笑顔は崩さない。楯無さんに感謝しているのは紛れもない事実だ。おかげで、余計な願望を抱かずに済んだ。
「じゃあ楯無さん、お仕事中失礼しました。邪魔しといてなんですけど、ちゃんと終わらせないとダメですよ?」
「ま、待ちなさい飛鳥くん……!アナタ本当は」
生徒会室のドアが閉まる。楯無の伸ばした手は、ただ空を切るだけであった。
日が暮れて、辺りが暗くなった頃。寮の門限が間近に迫っているというのに、俺は寮の屋上で一人佇んでいた。他には誰もいない……いや、いてほしくなかった。楯無さんに向けていた笑顔はとっくに剥がれている。
「わざわざ偽装して行方不明って、そんなこと…………一つしか考えられないじゃないか」
女性権利団体の元から突如として消えた妹。そして、その事実が工作活動によって捻じ曲げられたものだという。自分で引き取った存在を消してまで隠すというのは、それ以上の最悪が起きてしまったからだろう。
「そうか……もう、会えないんだな」
嫌われてる方がまだマシだった。俺はそれだけのことをした。その罪から目を逸らすつもりは毛頭なかった。それでも、どんな罵倒をされようと、生きているなら命をかけて守るつもりだった。
「……………………ぅ」
だが、そんなのはもう幻想に過ぎない。妹は…………真由は、もうこの世にはいない。今まで、何度も頭の中をよぎった考え。だから、とうに覚悟はできていた。
…………できていた、はずなのだ。
「あ"……あぁ……う"ぁ、あ"………ッ」
顔を上に向け、目元を手で覆う。それでも、涙は溢れていく。
「ごめんッ、真由ぅ……ごめん……父さん、母さん!…………俺、俺は…………兄失格だッ……!!ごめん……ごめん…………!」
結局、門限は守れず、千冬さんに捕まった。それまでに表情は取り繕れるようになったが、目元の腫れと声の震えまでは誤魔化せなかった。
千冬さんは何も言わずに、一夏のいる部屋ではなく、以前まで俺が使っていた部屋へと俺を連れていった。
『義手の調子はどうかね?ミス・スコール』
「おかげさまで。流石は亡国企業一、二を争う技術力の持ち主ねぇ。ミスター・デュランダル?」
先日、更織楯無の奥の手によって自傷をやむなくされたスコールだが、その時の破壊痕は見る影もなく、完璧に修復されていた。
『それはなによりだ。……私としては小言をいいたい気分なのだがね』
「あら、なんのことでしょう?」
スコールは知らぬふりをする。自身の正体を探ろうとする者を排除するため、アメリカの秘匿艦に仕込んだ情報という名の罠。あろうことか、その中には『デュランダル』の情報の一部が混入していたのだ。
『…………まぁいい。アレはもうすでに頓挫した計画だ。亡国企業に従うもの同士、今回は大目に見るとしよう』
「そう、それでミスター?例の情報についてなのだけど」
『……確定したか』
話題はすでに次の作戦の準備へとすり替わった。スコールの自信は虚勢ではない。まるで、相手の動きが手に取るようにわかるような。それほどまでに彼女の持つ情報は正確なものだった。
「今度はそちらからも追加の戦力が出るとお聞きしたのだけど、用意はできていて?」
『すでに最終テストをクリアしている。配置は君の采配に委ねよう。知っての通り無人機だが、君たちに攻撃を行わないようプラグラミングもしてある。余裕があれば確認を推奨するよ』
「それはご親切に。でも、一つ気になることがあるのだけど、尋ねてもよろしい?」
『聞こうか』
これはスコールの個人的な興味。しかし、『デュランダル』の目的が何なのか。その確信に近づくための問いでもあった。
「やはり、
『……少々露骨だったかな。如何にも、我々の狙いは進藤飛鳥という一個人だ』
それこそが『デュランダル』がスコール率いるモノクローム・アバターに助力していた理由。世界で2番目に発見された男性操縦者、進藤飛鳥の身柄を求めてこれまで暗躍していたのだ。
「……随分あっさりと答えるのね」
『束博士の助力によって、お互い戦力は増強したからね。些細な手違いで消耗するのは、君も望むところではないだろう?』
篠ノ之束の手により、モノクローム・アバターは織斑マドカの新たな専用ISを、『デュランダル』は無人機用のISコアを受け取ったことで五機の無人機を作り上げた。単純な数のみであれば、『デュランダル』の戦力はモノクローム・アバターを超えている。
「では、それも念頭において作戦内容を調整しなければなりませんね。ここまで条件の整った作戦で不利益が生じるなんてこと、耐え難いわ」
『君の手腕に期待しよう、ミス・スコール。機体の詳細なデータはたった今送られてもらった。……お先に失礼するよ。客を待たせている』
通信を閉じる。それを見計らったように、『デュランダル』の中枢部とも言える部屋へ、一人の人物が踏み入った。
『直接会うのは久しぶりだね。キィノ・レバード』
「あぁ、だが通信で十分だというのは、野暮か?」
フェイス社代表取締役のキィノ・レバード。デュランダルの一員である彼女の言葉に、『デュランダル』はこう返答を返す。
『直接会って顔を見る、というのは非常に大事なことだよ。少なくとも、私はそういった人間らしさを切り捨てることはできない』
「…………アナタがそれを言うには、違和感しか感じないな」
『それもそうだな。だが、こういった何気ない行為には、別の目的を隠す手段として用いられることもある』
床の一部が迫り上がり、一つのコンテナが姿を見せる。扉が開く。キィノ・レバードはそこに鎮座しているモノに目を見開いた。
「これは……!?」
『私からの贈り物だ。いざという時に、やってもらいたい役割があるのでね』
「……なるほど、遂に長年の悲願が叶う時が?」
『その可能性は非常に高い、と私は見ている。しかし、私は君の意志も尊重したい。改めて聞きたい、私の計画に賛同してくれるか?』
『デュランダル』による問いかけ。もしここでキィノ・レバードが降りるというのであれば、『デュランダル』は計画を再凍結し、キィノ・レバードは余生を一人の人間として過ごすことができる。しかし、彼女の意志は変わらなかった。
「ここで降りるようならば、ここまで根回しはしていない。その質問は
『……易々と会いに来れる状況にはない。しかし、
『デュランダル』の計画、それは長きに渡って練られたもの。その成就のために、世界全てにその矛先が向けられようとしていた。
『それでは、世界に持ちかけようか。我々の……
飛鳥の妹についての示唆は各所にありました。五反田兄妹への発言や更織姉妹へ強く当たっていた(主に楯無)のはそれが根幹にあったからです。
『悪意の渦』の描写では、飛鳥がIS委員会や女性権利団体に存在そのものを良く思われてないということが明らかになりましたが、女性権利団体側が妹の失踪の真相がバレることを恐れて飛鳥の排除を目論んでいました。
それと、楯無さんのハッキングによって引き出された情報を盗み見ていた飛鳥が驚いていた描写もありましたが、それこそがスコールが忍ばせた『デュランダル』についての情報、デスティニー・プランでした。前世でそのワードを知っているからこそ過剰に反応したため、飛鳥は誰にも相談することなく、それが何なのかを探るしかありません。