芋者奮闘録 作:舞い降りるズゴック
「……この先も大丈夫そうね。ほら、飛鳥くん。行くわよ」
「…………」
楯無さんのIS『ミステリアス・レイディ』。その腕に抱えられながら、俺は戦闘領域から離脱させられようとしていた。当然だ。俺にはもうISがない。もし体力や身体が万全の状態だったとしても、ISの前では何の意味もない。
だから、楯無さんの選択は正しい。先輩としても、生徒会長としても、ロシア代表としても、暗部の党首としても。……簪がコンプレックスを感じていたのが、なんとなくわかった気がする。
「……楯無さん、すみません」
「今は生き延びることだけ考えなさないな。説教ならあとでしてあげるから」
本当なら声を大にして叱りたいだろうに、楯無さんは優しい声色のまま俺に接してくれる。でも、謝りたいのは勝手に出撃したことではない。それ以上に私情を優先したことを口にしてしまうからだ。
「違う、違うんです楯無さん……!真由、が……俺の妹が、生きてたんです……!」
「ッ!なんですって……?」
飛鳥の妹が生きていたことに驚く楯無。いや、生きている可能性自体は考慮していた。以前、女性権利団体に連れていかれたという真由の行方を探るために調査を行ったことがあるが、その隠蔽工作の中には、あまりにも自然すぎた不自然な点がいくつかあった。
(飛鳥くんの様子からして、進藤真由さんが生きていたことは事実。でも、いつ、どこでそれを?……いや、そもそも飛鳥くんがISを完全に壊されるまで追い詰められるとは思えない。…………まさか、飛鳥くんが真由さんを見たのは……!)
「……妹さん、フリーダムに乗っていたのね?探しても見つからないわけよ。もう、私たちの目の前に姿を見せていたのだから……」
完璧な偽装はその手のプロが関わっているはず。亡国機業であれば、そのような人材を派遣することも容易い。
進藤真由は女性権利団体から亡国機業へと連れ去られ、フリーダムのパイロットとして暗躍していた。その事実が飛鳥にどれだけの傷を与えたことかは、楯無にも知る由はなかった。
「楯無さん……俺は、逃げたくない。逃げたくないんだ!真由があそこにいるんだよ!やっと会えたのに……あんなことになってたなんて……!」
楯無さんに元に寄り、訴えるように身体を掴む。ISすらないのにこの場に留まろうとするなど、今の俺に正常な思考能力はなかった。
「飛鳥くん、気持ちはわかるわ。でも、今は引く時よ。飛鳥くんさえ無事なら、いつか妹さんとだって」
まずは撤退すること。それが最善なのは頭ではわかってる。だけど、それで収まるほど、俺には自身の感情がコントロールできていない。
「いつかっていつだよぉッ!!そうやって後回しにしていったから、真由が亡国機業なんかになって、ISを恨み続けるようになったんだッ!!俺が、俺が何もできなかったから…………真由は、真由はッ……!」
楯無さんに掴みかかったまま、涙を流して訴える。この歳になって号泣するなどみっともないかもしれないが、俺にとってはそれほど深い傷だった。
ずっと、ずっと後悔していた。あの時、俺に力があれば、真由は助けられた。でも、いくら強くなっても、いくら鍛えても、いくら高性能なISがあっても、真由には届かなかった。いや、届く以前の問題だった。
「何も……何も変わってなかったんだ……!!あの時から、真由を連れて行かれた時から、なんっにもッ……!!俺は……俺がイヤだ。いくら強くなったと思っても、根っこはまるで成長してない……!!なんで、なんで!なんで俺はこんなに弱いんだよぉぉぉぉぉ…………!!」
鍛え上げられた身体、戦闘におけるセンス、強さに繋がるものなら十分すぎるほどにあるというのに。誰かを助けるためには、その手を伸ばし切るための精神性が……愚直なまでに無謀な勇気が足りていなかった。
これが、進藤飛鳥という人間の限界。誰かを助けることができるのなら、妹一人守ることなど容易いに決まっている。そう信じたくて今まで積み上げてきたものは、全て無駄だったのだ。
もう答えはとっくに出ていた。妹と生き別れになってしまったあの日からすでに。
「俺には、真由を助けることなんて……真由の心を救うことなんて、できないッ!!」
「……飛鳥くん」
楯無さんは屈み込んで、うずくまる俺に手を添える。ISのものではなく、生身のすらりとした指の感覚が伝わる。この後に及んで、この人はまだ優しく……。
「セイッ!!」
「イ"ッッッッッッッッッッ!!?」
なんてあるわけがなかった。満身創痍の身体に駆け巡る、人生で一番と断言できるほどの痛み。のたうち回るも、打たれた場所が地面に擦れる度に更なる痛みに襲われる。
「更織流鞭打の味はいかがかしら?お仕置きの前倒しよ!」
「ガ、ア……ッ!ゴホッ、ガフッ、な、何を……!?」
楯無さんの扇子が口元に突きつけられ、それ以上は発言できなかった。代わりに、楯無さんが言葉を連ねる。
「飛鳥くん。私と簪ちゃんが仲直りしてなかった時のこと、覚えてる?」
「…………それが、なんだっていうんです」
急な思い出話を振られるが、それに応えられるほどの心の余裕はなかった。それでも、楯無さんは話を進めた。
「あら、それをダシにして私に色々言ったこと、忘れたのかしら〜?」
「そ、それは、申し訳なかったとは思ってますけど……じゃなくて!」
「聞いて、飛鳥くん。アナタや一夏くんがいなかったら、きっと簪ちゃんと仲直りできなかったかもしれないって思うの」
楯無さんの折檻によって、ある程度は思考が回るようになった。確かに俺と一夏が関わらなければ、簪は楯無さんに歩み寄ろうとはしなかっただろうし、楯無さんは先日手のまま簪との距離を縮められなかっただろう。
まさか……同じこと、だったのか?俺が直面している問題と、楯無さんが仲直りできなかった要因は。
「だから飛鳥くん。アナタも……ッ!?伏せて!!」
その答えが出ようとしたところで、楯無さんは俺に向かって槍を横薙ぎに振るった。配慮はされていたためその槍を避けることは少し屈むだけで事足りたが、火花がいくつか身体に飛び散ってきた。
楯無さんは一体何を攻撃したのか?立ち上がらずに身体を捻って後方を見ると、そこには全身が黒い……上半身が胸から頭にかけて裂けている異形の姿があった。
「なッ!?こ、コイツは……!」
「なるほどね。無人機は伊達ではないということ……!」
そう、その機体は、俺が芋者を使って仕留めたはずの機体。無人機のシヴァが、裂けた頭部の片側にあるモノアイを赤く光らせ、楯無さんの槍と鍔迫り合っていた。
だが、それ以上に驚くべき事が起こる。
『そうとも。人型ではあるが、人ではない。機械と人間が違うように頭部や胸部を抉られようと致命傷にはならぬのだよ』
「無人機から、声!?」
シヴァから発せられた何者かの言葉。確かに、無人機は人が乗らないからこその無人機。人間にとっては大事な頭部も、無人機にとってのそれは破壊されてもスペアの効くもの。それでも重要な機器が詰まっているとみて無人機全ての頭部に攻撃を加えたのだが、それは大きな間違いだったようだ。頭部を攻撃されて動きを止めたのも、恐らくは俺にそう思わせるためのブラフ。まさか、人でもない無人機が死んだフリをするとは……!
だが、そんなことはどうでもいい。俺にとって、もっと重要な情報がその言葉にはあった。
「その、声…………そんな、まさか……
『……あぁ、失礼。キミにとっては聞き馴染みのある声帯だったね。だが安心したまえ、君の思い浮かべる人物とこの私は同一ではない。無関係、とまでは言えんがね』
「……真由さん一人向かわせて、自分は声だけなんて。デュランダルというのは、臆病者の集まりのようね?」
デュランダルが用意したと思われる無人機。それを通じて話すような者など、無人機を作った本人かその関係者ぐらいだろう。
つまり、今言葉を交わしているのは、デュランダルの構成員あるいはリーダー格である可能性が高い。それが楯無の見立てだった。
『そう言われても仕方ないな。……この部屋でどれだけの時を過ごしたことか。声を届けるだけならば、この通り容易いのだがね』
機械音声なのに、どこか哀しさを感じさせる。しかし、そんな様子は一瞬だけで、未だ謎に包まれているデュランダルは、ここにシヴァを向かわせた目的を告げる。
『さて、真由くんが失敗した以上期待はできないが、私からも聞かせていただこう。進藤飛鳥くん、私の元へ来る気はないか?自発的に協力してくれるのであれば、それに越したことはないのだが』
「…………断る」
身体も声も震えながらの返答だが、その目と声色には確かな力強さが宿っていた。飛鳥の決意は硬く、デュランダル直々のスカウトも失敗に終わった。
「残念だったわね。次はどうするつもり?真由さんを人質に取る……とか?」
『いいや、真由くんも私にとっては大事な協力者だ。できる限りのサポートはしても、危害を加えることはしない。……しかし、その何者にも屈しない強靭な精神。理想を追い求める貪欲な野心。以前から君のことは高く買っていたが、それすら超えてくるとは。それでこそ、
次の世代を導く。それが何を指しているのか、明らかにすることはできそうにない。
「ッ!?う、あっ……足が!?」
「まさか……無人機に『VTシステム』!?」
ISがこのように液状化する現象を、以前見たことがある。ラウラのシュバルツェア・レーゲンが違う姿へと変化し、操縦者の意志を無視して機体も動きも別物へと変えられてしまう違法システム。それこそが、
倒れた姿勢、疲労困憊の身体では逃げ切ることなどできず、シヴァだったものは俺の足を捕らえて、俺の身体を飲み込もうと徐々に近寄ってくる。
「は、離れろ、離れろよッ……!」
「飛鳥くん!今助け……キャアッ!?」
手を伸ばしながらこちらに駆け寄る楯無に四つのビームが突き刺さり、爆発と共に弾き飛ばされる。
ビームの元を辿ると、そこにはビームライフルを構えた四機のルドラ。砕けた身体で無機質に動く姿はまるで亡霊のようで、こちらには迫り来る姿には恐怖心を煽られる。
「や、やめろ、来るな……!う、うわぁぁッ!?」
ブラックナイトスコードは一機、また一機と溶けだして、俺の身体に被さっていく。四機目がまとわりついた頃には、俺はもう顔と右手しか出せていなかった。
そして、最後に残った緑のルドラが、俺を覗き込むように真上に来て、どろりと溶けて俺を完全に覆い尽くす。
「そんな、ダメッ!飛鳥くんッ……!!」
「楯な……さ……!……をッ!!……ねが……しま……………………」
完全に飲まれる前に、必死に叫ぶ。届いたかのどうかすら、そもそも言い切ることができたのかすらわからない。
確かなのは、俺の意識はここで途切れたということだけだ。
「ッ!ドラグーンが破壊された……!?まさか、お兄ちゃんッ!」
飛鳥を閉じ込めていたはずのドラグーン。その反応がなくなったことで、真由は何者かがドラグーンを破壊したことに気づく。
あと一歩のところだというのに、これでは全てが水の泡になりかねない。飛鳥を再び捕らえようと急いで元いた場所へ戻ろうとするが、それをマドカが許すはずもなかった。
「どうしたフリーダム!ずいぶんと焦っているようだな?」
「ッ……!邪魔をするなぁッ!!」
左腕に握ったシールドブーメランから刃を出し、刺突を行う。ドラグーンも回避先を予測して備えている徹底ぶりだ。しかし、マドカはその全てを避け、それと同時にドラグーン三基にビーム射撃を加えて一息に落としきった。
「フッ、終わりだ」
「させるかよッ!!」
ランサービットから大剣に持ち変え、シールドの上から叩き切ろうとするマドカに、一夏は横から割り込むことでマドカの注意を真由から逸らした。
「どういうつもり……!」
「お前に飛鳥を連れてはいかせないけど、殺したいわけじゃない。飛鳥の妹ならこんなことしないで、もっと違う形でアイツの側にいてくれ!」
「それができたらどんなに良かったことか!!こんな世界じゃ、私もお兄ちゃんも生きていけない!お前なんかに、私たちの絶望がわかってたまるかッ!!」
一夏の説得も、真由には届かない。むしろ、火に油を注ぐように怒りが増していく。
「お兄ちゃんを死なせないためには、もうこんな世界壊すしかない!それが私にできる、お兄ちゃんへの罪滅ぼしだ!!」
「そんなの、アイツが望むはずがない!罪を滅ぼすっていうなら、飛鳥の気持ちも考えないで、一人で全部背負ってることも罪だ!それはアイツにとって、一番辛いことじゃないのかよ!?」
「…………黙れ」
飛鳥が己の味わった苦痛を必要以上に明かそうとしなかったように、真由も自分がやるべきことを誰にも委ねるつもりはない。血を争えないというべきか、誰にも助けを求めず、ただ一人を救いたかった。
その呪いにも近い信念を曲げない限り、互いが互いを救い、分かりあうことは永久にない。あんなに近くまで来れたのに、あんなに想いあっていたのに。兄妹の心はすれ違ったままだったのだ。
真由のとってそれは、目を背けたいほどに信じたくないことだった。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇぇぇぇぇッ!!」
ビームライフルを乱射する。距離はそう遠くないのに、ビームは外れるか掠るだけで、一夏に当たることはなかった。ビームライフルの残弾が尽きても引き鉄を何度も引くほどに、真由は怒りを抑えられなくなっていた。こんなにも想っているのに、あんなにも策を弄したのに。飛鳥が真由を助けようと決意してしまった。そのために、真由の計画は完全なものではなくなってしまった。
一夏は真由に悲しそうな目を向ける。それが真由をさらに苛立たせることになり…………マドカが隙を狙っていることに直前まで気づかなかった。
「哀れだな。フリーダムッ!!」
「ぐっ!?うぅぅぅぅぅ……!」
瞬時加速の勢いの乗った大剣に、高速で飛ばされたランサービット。その二重攻撃は、ついにフリーダムのシールドブーメランを破壊するに至った。
今のフリーダムに残されたのは、弾数の尽きたビームライフルのみ。戦場を掻き乱した姿は見る影もなく、今となってはただ狩られるだけの存在。
そして、丸腰のフリーダムにトドメを刺すためか、大剣が掲げられ、月の光を反射する。それを止めるため、マドカに一直線に向かう一夏であったが、ランサービットに阻まれ、それも叶わなかった。
頭上に翳されたそれは、
その剣に紅い光が映ったのはまさにその瞬間だった。
「ッ!?な、なにぃ……!!」
彼方からやってきた何か。それによって黒騎士の大剣はマドカの手から弾かれ、中心から二つに割れて地上へと落ちていく。
黒騎士の背後には、暗い色をした謎のIS。そんな機体がエネルギーで構成された翼を広げ、ビームと実体刃を併せ持つ大剣『アロンダイト』を振り終えたまま佇んでいた。
「……
そのISを見たマドカが怒りを露わにする。黒騎士に被っているため真由からは見えないが、少し離れた場所にいた一夏も機体の姿を視認することができた。
そのISには、見覚えがあった。とある企業を訪れた際、自らが見つけた機体。飛鳥に与えられたイモータル・ジャスティス、真由の手に渡ったライジング・フリーダム。そのプロトタイプに当たる第一世代ISの姿がそこにはあった。
「『デスティニー』……!」
圧倒的なパワー、比類なきスピード、多種多様な武装。その全てを併せ持った一つの原点。その機体が動く様を見た者は、この世に何人いることだろうか。
『ふむ、この場にいる者で私を知らぬのは……織斑一夏くんだけのようだね』
「……お前は、誰だ……!!」
デスティニーから響く無機質な声。それとリンクするように、デスティニーの顔も一夏へと向けられる。
『初めまして、私の事はデュランダルとでも呼んでくれたまえ。いきなりで申し訳ないが……』
アロンダイトの切先が、一夏へと向けられる。それが何を意味するのかわからぬほど、一夏の察しは悪くなかった。
『君には今から、劣化VTシステムによって再現されたデスティニーと戦ってもらう』
簡単!エネミー版クソ強デスティニーの作り方
1.欠陥の目立つ第一世代IS『デスティニー』を作ります
2.コアを複数個用意して欠陥要素を物量でカバーします
3.VTシステム(デスティニー)を全てのコアに仕込みます
4.相性の良いパイロットを放り込みます
5.現行機体を遥かに凌駕したチートISの完成です
……ということで、デスティニーを第一世代ISとして登場させたのも。ブラックナイトスコードを無人ISとして用意したのも。飛鳥くんが種割れ寸前まで到達してるのも。全てはこの最凶機体を作るための布石だったというわけです。
まぁ、デスティニーの活躍を期待してる声もたくさんあったようなのでね。ご要望に応えて大暴れさせてやろうと思います(歪んだ叶え方)。
ところで、前話の感想で言及なされた話題がありまして。まず前提として、芋者に使われているVPS装甲は電力供給によって防御性能を上げたり装甲に色が付く。ということは、ここまで読まれている方なら周知の事実かと思われます。
……そして、この作品内での芋者は現時点では粉々に破壊されているので、装甲に電力が送られていることはありえないのです。
つまり芋者の破片が落ちているなら、その色は赤ではなく、灰色にならなければ不自然なわけでして。これに関しては、その……完全にやらかしました……。反論の余地もありません。
以前の回でフェイズシフトダウンの描写もしてしまった以上はご都合主義で済ませるわけにもいかないので、そのような描写があった箇所には手直しをさせていただこうかと。
このような点にお気づきになられるまで閲覧なさっていたことは作者冥利に尽きます。引き続き楽しんでいただければ幸いです。