芋者奮闘録 作:舞い降りるズゴック
「よし、今月はこれでなんとかなる。……いやダメだ、来月から電気代が上がるんだった。それに服も新調しないと……。もう一回計算し直さないと」
明日も学校があるというのに、夜遅くまで帳簿を開いて頭を悩ませる。お金はかなりあるが、稼げるような年齢でもないため節約は死活問題なのだ。
……そのような年頃なら、家計をやりくりするのは親の仕事だ。だが、そんな両親はもうこの世にはいない。面倒を見てくれる引き取り先もいない以上、長男の俺がやるしかない。このような形で転生した恩恵を感じることになるとは、思いもしなかった。
「…………お兄ちゃん」
「ん……真由、どうした?眠れないのか?」
皺寄せた顔をほぐし、笑顔を装って寝巻き姿でリビングに入ってきた真由を迎える。この時間に真由が起きてくるのは良くあることだ。最初は両親のいない寂しさからか泣き腫らしていたが、その度に寝室へ言って宥めたものだ。だが、こうして一人で降りてくるのは今までになかった。
真由は眠い目を擦りながら、俺のいた机へと視線を向ける。
「お兄ちゃんこそ、何してたの……?」
「あぁ、これは……学校の宿題だよ」
「……こんな時間に?」
真由の視線を遮りながら誤魔化す。ただでさえ親がいなくて悲しいはずなのに、これ以上の心配はかけられない。父さんや母さんがいた頃と変わらない生活を送らせるのに、家事の一つや二つこなせなくてどうする。
「いやぁ、実は明日提出なのに忘れちゃっててさ。……もしかして、うるさかったか?ごめんな、すぐ終わるから真由はしっかりおやすみするんだぞ?」
「…………わかった、おやすみ。お兄ちゃん」
「あぁ、おやすみ」
完全には安心させてやれなかったようだが、物分かりよく真由は自室に戻ってくれた。家の中とはいえ、こんな薄暗い中を一人で歩けることにどこか成長を感じる。
再度机に座って、帳簿に向き合う。子供相応の体力では長く続きそうにない。急いで纏めなければ。
「……せめて今度の買い出しだけでもなんとかしよう。そうだ、予備の電池が切れかかってたな。あと、食材は…………いや、その前に料理の勉強もしないと。今日の夕飯に出したカレー、飽きたって言われちゃったしな……。洗剤も探してあげないとな。そろそろ美容に気を遣ってもおかしくないだろうし。あとは……あとは…………」
これからの生活のために必要なものは山程ある。眠気を押し殺してでもやらなければ。少なくとも、真由が自立できるようになるまでは俺が支えてやらないと。
それから一時間程、明日の予定を書き切ったところで俺は机に突っ伏して寝てしまった。
その様子の一部始終を、真由に見られていたとも知らずに。
「うっ…………ここは?」
目が覚める。意識的には眠りすぎた感覚だが、身体はそうではない。むしろ動き過ぎで疲れが残っているかのような気怠さがある。
起き上がってぐらりとする頭を押さえながら、周囲を見渡す。やはり自分の知る景色ではない。質素ではあるが、牢屋や独房というには不釣り合いなほどきちんとした部屋だった。強いて特筆すべきは、ドアに厳重なロックがかけられていることぐらいか。
「……やっぱり夢じゃないよな」
意識こそなかったものの、記憶には薄っすらと焼きついている。空を今まで以上の速度で駆け、圧倒的な性能でその場にいたIS全てを圧倒したこと。自らの意思などなく、ただ淡々と倒すためだけに力を振るったという事実に一つの罪悪感を覚えた。
『おはよう、飛鳥くん。気分はどうかな?』
「…………ボルテージなら最高潮かもなッ……!」
自分を利用した張本人の声を耳にし、静かな怒りが湧き上がる。だが、ISもなしに閉じ込めらたこの状況ではどうにもならない。ただその熱を燻らせることしか今はできなかった。
『君をデスティニーの操縦者にしたのは計画の内だ。とはいえ、実力行使の形しか取れなかったのはこちらとしても不本意だった。協力してもらう以上、君に後悔はさせたくないのもまた本心だ』
「…………真由もそうやって言いくるめたのか」
『……真由くんの望まぬ結果になったのもまた事実だが、それ以外の点について虚偽はないと誓おう。彼女は自身の意思と判断で我々の計画に賛同した。あくまで、
デュランダルの言葉に矛盾はない。確かに真由がISに向ける恨みは強い。その憎しみを心に宿しながら、俺を思う気持ちも負けてはいないのもあの場で感じ取れた。
だからこそ、真由を利用しているデュランダルを許すことはできなかった。
「協力って言ったな。本当にそう思ってるなら、直接顔を見せるのが筋じゃないのか?」
『……申し訳ないが、顔を見せることはできない。
「…………そうかよ」
これに応じるようなら少しは耳を傾けてもいいと思ったが、試した俺がバカだったらしい。
もっとも、対面したら一発は殴るつもりであった。それができないなら蹴りを、それも無理なら文字通り頭を使うことだって辞さなかった。それも見抜かれた上での会えないという答えかもしれないが。
『だが、誠意の欠片すら見せないのは私も望むところではない。よって』
扉から電子音とガチャリという音声が鳴る。
『この拠点内に限っては自由な行動を許そう。然るべき時が来るまでは、英気を養ってくれたまえ』
「やっぱりそう上手くはいかないか……」
自由にしていいと言われて、素直に寛ぐわけもなく。内部を探索してここから抜け出すルートを探っていた。当然、見ず知らずの建物ということもあり、出口の気配すらないわけだが。
しかし、何も掴めなかったわけではない。これだけ探索して、窓が一つも見当たらなかった。光源は全て天井と壁に備えられたライトのみ。少なくともこの階層は地中、あるいは海中に埋まっている可能性がある。地上にある可能性もあるが、窓のない建物など外から見れば不自然すぎる。捜索対象としては逆に目立つことだろう。
だからこそ、出口があるのなら上。地上に繋がる道だろうと上の階層を目指していたのだが、五階層分登ったところで途切れてしまった。隠し階段やホログラムで隠している可能性も考えたが、それらがある様子はなさそうだった。
ここで諦めるわけにもいかない。他の場所にも仕掛けがないかと、同階層の部屋を調べていくことにした。慎重かつ速やかに手がかりを探しながら、階の中央に当たる部屋に入る。
「…………ここは、広いな」
「おはよう、お兄ちゃん。随分眠ってたね」
「ッ!?」
部屋の一角にあるテーブルと、それを囲むように備え付けられたソファ。そこから立ち上がって、真由は俺の方へと向き直る。
「どのくらい経った?」
「丸二日。疲れてるのはわかるけど、早く起きてほしかったな」
「……それは悪かったな」
少なくとも京都の時よりは落ち着いた場所での会話だというのに、お互い素っ気ない返しになってしまう。真由はいざ知らず、飛鳥の目的はここからの脱出。ここでの出会いは非常に気まずいものだった。
「疲れてるでしょ、ここで少し休んだら?」
「…………どうせ拒否権ないだろ」
「わかってるじゃん。さ、こっち来て」
ポンポン、とソファが叩かれる。言われた通りにはするが、指定された真隣ではなく人一人分のスペースを空けて座る。ISの有無も大きいが、そもそも敵の根城でただ一人暴れたところでどうにもならない。抵抗するにしても、このような細やかなものが精一杯だろう。
軽く顔を顰めた真由だったが、妥協はしてくれたようでそれ以上のアクションは求めてこなかったのは幸いか。
「はいこれ、さっき淹れてきたの」
「…………」
「……私が作ったものなんだけど。そこまで警戒されると流石に傷つくよ?」
黄色い液体の入ったコップに、恐る恐る手を伸ばす。カランカランと氷同士がぶつかりながらコップは傾けられ、レモネードの冷たい甘味が喉を通り潤していく。
「……うまいな」
「こんなの序の口だって。料理だってもう色々作れるよ?勉強してきたから」
「そうか……」
そうだ、もうあの頃とは何もかも違う。俺が世話を焼かなくても、真由はもう自分の面倒ぐらい見れるようになってる。
……そうなるまでに真由は一体どんな生き方を過ごしてきたのか、俺には想像もつかない。だが、亡国機業に入るぐらいだ。過去に何があったかを聞くのは、正直怖くなってしまう。
「お兄ちゃんは、どうだった?」
そんな俺の心境を察してか、真由は俺が言い淀んでいた質問をしてきた。真由と生き別れたあの日から、どんな生活を送ってきたか。真由が知っている部分もあるかもしれないが、妹の気遣いを無下にもできないので丁寧に話すことにした。
真由がいなくなってから間もない頃に戸高さんに出会ったこと。やさぐれていた時期に一夏と衝突したこと。ISを動かすことになった経緯や筆舌に尽くし難い訓練をこなしたこと。
そして、IS学園での日々。楽しかった思い出もあるが、決して楽なことじゃなかった。むしろ折れそうになることだって何度もあった。それでも前を向けたのは、きっと俺だけの力じゃない。
「……弱い自分が、嫌だった。あの日お前の手を離した俺が、憎くて仕方なかった。だから俺にはISが必要だったんだ。二度と後悔しないための力が欲しかったんだよ」
「…………弱いっていうのは、何も選択できないことだよ。ただ周りに流されるだけだった私なんかより、お兄ちゃんはずっと強い」
「そんなわけあるか。俺が何かしてやれたなら、こんなことには…………」
そうだ、本当に守るつもりなら他人の手に委ねるべきではなかった。きっと俺以上に辛い思いをしてきただろうに、俺はそんな真由の側にいてやることなんてできなかった。真由が一番信頼できて、何があっても支えてやれるのはたった一人の家族である俺しかいなかっただろうに。
「そう。なら、やることは決まったよね」
閃光と共に、轟音が響き渡る。そのすぐに瓦礫が頭上から落ちてきたが、それらは宙に浮かぶ盾によって遮断されていた。落ち着いた頃に、フロア中からアラート音が鳴っていたことにようやく気がついた。
「さぁ!お兄ちゃん、早く!」
「真由、お前……!?」
隣にいたはずの真由から差し出されたのは、大きく硬い鉄の腕。アラートと同時に点灯するライトに赤く照らされたライジングフリーダムが、天井に空いた穴の真下に姿を現していた。
「決まってるでしょ!
ついに始まった最終章。そのプロローグは、真由と飛鳥の逃避行から始まりました。先に言っておくと、京都編でのドラグーン装備は大破したため、今回のライジングフリーダムは初期装備です。
ところでジークアクス最新話では、とある二人がある場所からの逃走を図ったらしいですね。いやぁ、なんかシチュエーションが似通っちゃったな()