おぼろげながら浮かんできたんです。
「執事喫茶でバイトして夢女子を量産するサオリ」というシチュエーションが。

※作者は男装執事喫茶エアプ

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第1話

 

 

 

 扉が開くと上部に設置されたベルがカランコロンと鳴いて来客を知らせる。

 興味津々といった顔で店内に足を踏み入れた極々一般的なキヴォトス生徒(得物はアサルトライフル)を胸に手を当てた執事が出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。さあ、こちらに」

 

 たおやかな一礼後、微笑を湛えながら白い手袋に包まれた細長い指で空いた席を指し示す。

 

「は、はい!」

 

 照れた様子で目を逸らし、けれどチラチラと執事の顔を窺いながら席まで移動する客。

 特にトラブルもなく案内出来た事で執事は心の中で自身の成長を実感する。

 

(私もかなり板についてきたな)

 

 その執事の名を錠前サオリという。

 「全ては虚しい」とかほざいておきながら仲間をずっと守ってきた口先だけの女である。

 

 

 

 

 

 ブラックマーケットから程近い学区の執事喫茶がサオリの新しいバイト先だった。

 発端は一月ほど前に遡る。アウトロービーチの落とし前をつけたサオリはしばらくヘルメット団と距離を取る事にした。そんな時にふと見つけた求人チラシ。

 

『飲食店の接客スタッフ』『学籍不問』『未経験者歓迎! 先輩スタッフが丁寧に指導します』『制服支給』『即日就労可』『賄いあり』『給料の現金手渡し可』『アットホームな職場です』

 

 これまで何度も騙されてきたサオリは当初、魅力的な条件に警戒心を募らせた。しかし同時にキヴォトスの流儀に染まってきた彼女は騙されたなら仕事分+数発の銃弾*1の金を請求すればいいだけだと思い直して応募。面接担当の先輩スタッフはサオリの顔を一目見るなり採用した。

 

 普通の生徒なら「募集内容と違くない!? コスプレとか聞いてないけど!」と怒っただろうが、偏った人生経験しかないサオリはこういう形態もあるのかとナチュラルに受け入れた。一種の無知シチュである。

 

 

 

 

 

 黒いフロックコートを纏い、長髪を一つ結びにしたサオリははっきり言ってドチャクソイケメンだった。

 更に魅惑の低音ボイスが追撃をかけ、ウブなネンネ共は頬を紅潮させる。

 先生の土手っ腹に風穴を開けただけあってお嬢様方のハートを撃ち抜くのはお手の物だ。

 

「ほら! モモトークに書いてあった通りじゃん! この執事喫茶にすっごい美形の執事さんがいるって!」

「楽園はここにあったのよ!」

「留置場から抜け出した甲斐があったわ……!」

「足なっが……スタイル良っ」

「■■■を△△△して×××したいされたい……」

「元は裏社会の住人で路地裏で倒れていた所を名家の令嬢(私)に助けられたって設定があってぇ……」

「眼鏡! なにとぞこの銀縁の眼鏡を!」

「あ"っ……めっちゃ良い匂いする……」

「もう今月のお小遣いが……片方なくても大丈夫なのって腎臓だっけ?」

 

 顔の良い男装執事に傅かれたい。それは全人類の普遍的な望みである。

 その望みが実現する桃源郷がここだ。

 

「こ、この『好きな台詞を言ってもらう』オプションいいですか!?」

 

 一人の客がラミネート加工されたメニュー表の一部分を指差しながら食い気味にサオリに詰め寄る。

 

「あ、ああ……」

 

 ゴリ……聖園ミカや栗浜アケミと対峙した際の威圧感とは別種のプレッシャーにたじろぐサオリだが、生来の生真面目さから与えられた仕事はきっちりこなす。

 生徒から渡されたメモの内容を暗記すると彼女の髪を優しくかきあげ耳元にそっと口を近付ける。エダ死!

 

まったく。仕方のない子猫ちゃんだ。さあ、オシオキだ

「……はぅ」

 

 サオリの顔が近付いた段階で心臓をバクバクさせていた少女はか細い悲鳴を漏らして夢の世界に旅立つ。一歩間違えれば新たなヘイロー破壊方法が開拓される所だった。

 それと同時、他の客が一斉に財布の残金をチェックし始める。

 

 オプションには『料理を「あーん」してもらう』『一緒に写真撮影』『各種イメージプレイ(お触りNG)』『髪の毛や羽のブラッシング』『子守唄』『絵本の朗読』『裏の射撃場で弾痕アート』etc……様々な内容が取り揃えられている。ちなみにリボ払い可。

 最初は『膝枕をして耳かき』などもあったが人道上の観点から中断された。

 

 一連の光景を眺める先輩スタッフ(こちらは燕尾服にモノクル)は両腕を組んで誇らしげに笑う。

 「【期間限定募集 ☆☆☆ サオリ(執事)】は私が育てた」と言わんばかりである。

 

 しかし……もし仮に凛々しい執事が過去に悪辣な女主人に身も心も好き勝手され、曇らせ展開の餌食になっていたと知った時、彼女達の性癖はどうなってしまうのか……

 トリニティの経典に記された「曇らせ展開はハッピーエンドより上。顔を曇らせると心は良くなる」という言葉は偉大である。

 

 

 

 それはさておき。

 

 

 

 推し活に狂う生徒はサオリのこれまでの人生で遭遇した事のない人種である。

 その熱量にたじたじになりながらもサオリはこの状況を楽しんでいる自分に気付く。

 

 何かをして相手を喜ばせると自分も嬉しい。そんな当たり前がサオリにとってはこの上なく貴重な体験だった。

 似たような経験はアリウス時代にもあった。だがあの場所では小さな喜びはすぐさま大きな絶望で塗り潰される。

 アリウスから抜け出した先、ブラックマーケットの人間関係は打算でしかない。

 故に執事喫茶での時間はサオリに大きな安らぎをもたらした。

 

 無論、それはスクワッドとの日々を軽んじている訳でも疎んじている訳でもない。

 あれは紛れもなく愛おしく大切な時間だった。叶うならもう一度……いや、ずっとみんなと一緒にいたい。彼女達を幸せにしたい。

 けれど、大事な相手を幸せにしたいのなら自分も幸せになる努力を欠かすべきではないと様々な経験を経てサオリは悟った。自分がみんなの不幸を見たくないように彼女達も自分の不幸を見たくないのだから。

 

 幸せになる事にいちいち理由や意味を求める辺り、まだ洗脳教育の爪痕が残っているがそれも時間が癒すだろう。彼女が自分の人生を始められる日もそう遠くないに違いない。

 

 不意にサオリは窓から外を見る。視線の先にはどこまでも澄み渡る空。

 

(アツコ、ミサキ、ヒヨリ、そしてアズサ)

 

 あの空の下、どこかにいるスクワッドの安寧を願う。

 

(私は元気にやっている。だから、いつか……)

 

 過去の傷も嘆きも悲しみも「そんな事もあった」と、一緒に笑い合える日が来る事を夢想。

 彼女達を想うとまるですぐ傍で見守ってくれているような心強さと安心感が胸を満たす。

 自然と口元が緩み活力が湧いてきた。今日の仕事も頑張ろうという気になる。

 

 

 

 

 

 ちなみに。サオリの一瞬垣間見えた物憂げな表情や慈愛の笑みに胸キュンし、興奮のあまり淑女がしちゃいけない表情で失神や過呼吸に陥る客が多発。

 事情を知らないと危険な伝染病のパンデミック現場に見えたかもしれない。

 

 

 

 

 

 黄色い喧騒に包まれる店内の隅の席にはヘルメットを被った怪しい三人組。

 

(勘違いする子が出てくるから私達以外にそういうのはやめなよ、リーダー)

(私はサッちゃんに姫って呼んでもらってるけど貴女達は?)

(えへへ……折檻されて動けない時にサオリ姉さんにお粥を「あーん」してもらったのを思い出しますね……今思い返すと変な油や汚れが浮かんでましたけど……あ、このオムライス美味しいしケチャップのウサギも可愛いです)

 

 古参マウントを取る厄介ファン×3。

 なお、オムライスは電子レンジで解凍しただけの大量生産品である。美食研の判定や如何に。

 

 平時のサオリならたとえ素顔を隠していようが不審者三人の正体をすぐさま看破しただろう。けれど今の彼女は慣れない仕事に追われてその余裕はない。

 それを良い事に三人はサオリの勤務時間中はずっと店内に居座り、不埒な真似をする客がいないか監視していた(その代償に近辺の賞金首は壊滅した)

 調子に乗って「執事なら夜の世話も仕事の内よね!」「? よく分からないが執事の仕事というなら引き受けよう」みたいな展開に持ち込もうものなら集団リンチは免れないだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 その後も店は連日大盛況。

 店内で倒れると介抱してもらえるというライフハックが流行ったり珍しく指名手配犯の確保に来たヴァルキューレとガチ恋勢が大乱闘を引き起こしたり「違うの! DJ SAORIは誰にも媚びない孤高のアーティストなの!」と解釈違いを起こすファン相手にサオリがサクラコ様のような苦悶顔を晒す事になるのだがそれはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

*1
武力交渉用





サオリはどんだけ幸せにしてもいいですからね。まあ、出頭して禊をしてから比較的治安の良い場所で自分探しをするべきじゃない? という気持ちもありますが(ストーリーに絡ませ辛くなるからソシャゲでは無理なんだろうけど)

犯罪者が賞金首を捕らえた際に代わりに治安維持組織に突き出して懸賞金の一部を貰う生徒がいる、という設定を考えたけど冗長になりそうだったのでSS内ではカット。


同じ内容をこちらのブログにも投稿中。
https://yadobeya.blog.fc2.com/blog-entry-5588.html

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