「と、その前に連絡の1つは入れとかんとな……もしもしひねもす、第8の宵咲。司令部応答を願う」
『……何処かの馬鹿を彷彿させるコールは止めろ』
「え?なんで?」
『……此方の話だ。それで、どうした?』
一瞬、司令部の千冬が妙な反応を見せたがそれは兎も角、神奈川コミュニティ前で目撃した機械鎧ゾンビの件に関して報告した。
『ISを纏った男性の死体……か』
「少なくとも俺ぁ、初見だった。司令部は何か知らないのか?」
『いや、司令部でもその存在は初耳だ。よもや、我々の知らない所でまた別の存在が現れても不思議では無いだろうな……。或いは新種のIS、か』
千冬は機械鎧ゾンビを以後、『エインヘリヤル』と呼称する事に決めた。少なくとも人間に対して攻撃的である以上、無視は出来そうにないからだ。
「エインヘリヤルね。死せる戦士たち、か」
『ISとの関係性は不明だが……何かしら絡んでいる事だろう。それで第8の宵咲はどうするつもりだ?』
「まだエインヘリヤルの行動基準が不透明だ。一旦、本部隊と別行動し、エインヘリヤルの行方を追跡するつもりだ。……放置して後で挟撃でもされる展開は面倒だからな」
『……現場の突発的判断は部隊長に一任している。だが、最終目標は国会議事堂に陣取っている『フロック』だ。それは忘れるなよ?』
「分かっている。早めに終わらせて本部隊と合流する方針だ」
『分かった。他の部隊にもこの件に関して通達しておこう。くれぐれも無理はするなよ』
其処で通信が切れた。
「良し。黎華、グレイ。追跡を開始するぞ。方角は向こうか……東京の方に向かっているな。先行させた連中と鉢合わせにならなきゃ良いが」
その場合、後方からの奇襲に加えての混戦になってしまう。本戦を前に要らぬ戦闘で消耗は避けたい所である。
「閣下、急いだ方が良い?」
「だろうな。尊厳も生命維持を失った
エインヘリヤルよりも女性権利団体の連中の方が余程、厄介だ。仮にもあの連中は何十人もののAIS部隊の隊員を死に追いやった実績がある。当代のAIS部隊の中にも死に至った者も居るかも知れない。
逃亡を続ける女性権利団体を追撃するエインヘリヤルを追う和奏達。その痕跡を辿る事はそう難しく無かった。何故ならエインヘリヤルが移動した後は道路のアスファルトが足跡のように割れていたからだ。それらが新しく刻まれ尚且つ複数あればその先に向かったと容易に分かる。
判明した事。それは少なくともエインヘリヤルには機械の装甲を纏って見てくれはISに搭乗している様に思えるがパワーアシストの類は機能していないと言う事。
ISは本来はt単位の重量があり、ISに搭載される武装も100kg以上あるモノが殆どだ。それらを扱う為にISにはパワーアシストが搭載されている。それらを無しで取り回そうとしてもレスラー並みの腕力が無ければ武装1つを持ち上げる事すら無理だ。女子高生の腕力だと尚更だろう。
「真っ直ぐ逃げているな。脇道に逸れずに大通りを行くか」
人の活動が消え去り、ゴーストタウンと化した街並み。ISが人類に叛旗を翻した事による静寂が街を包んでいた。そして、その上には屍山血河が築かれていた。
逃亡途中でエインヘリヤルに追いつかれたであろう死体が幾つも転がっている。首から上が喪われている死体。
力任せに四肢を引き千切られた死体。身体を引き裂かれ其の儘、玩具のように振り回されてたのか周囲に血振りの様な血痕を撒き散らし最後は捨てられた死体。
縦に、横に真っ二つに切り裂かれた死体。顔がぐちゃぐちゃに擦られ顔認証でも判別不可能な状態にされた死体。
『暴力』によって落命した愚かな人間達の末路が彼方此方に転がっていた。
「見事なまでの殺戮現場だね……」
「やはり、人間を集中的に狙っているな」
攻撃の余波で建物や電柱が壊れる事があっても意図的に破壊している様には見られない。エインヘリヤルは人間に対してのみ攻撃しているのだろう。
「でも、それならコミュニティに行けば簡単に遊べますよ? コミュニティの外じゃ、人間は殆ど居ないと思いますし……」
「確かにそうかも。隠れ住んでる人も居るかもだけど、人間を殺戮するならコミュニティを直接、叩いた方が効率が良いし……閣下はどう思う?」
おチビ2人が合理的な意見を示す。エインヘリヤルが現れた時、すぐ近くに神奈川コミュニティへの出入口が存在していた。
こう言う懸念を口に出す事は憚れるのだが、IS側はコミュニティの位置を把握していても不思議ではない。それも仮にもこの国の臨時政府が置かれている神奈川コミュニティを把握していない可能性の方が低い筈だ。
「ふーむ、その意図までは読めんな。単純に目に映った奴にしか反応しないと言うオチかも知れないな。見てくれは死体だしな。今は単純な行動しか出来ないと仮定しておこう」
それ以上考えても埒が明かない為に一旦、切り上げ、追跡を再開する。大通りを伝いつつ更に進行して行く。道路上に転がっている死体の数も徐々に減ってきている。つまり、生存者の数も減ってきていると言う事であった。
「見つけましたっ‼︎」
グレイが声を上げた。視界の先、大通りの十字路の交差点近辺。其処にエインヘリヤルと最後の生き残りであろう女性権利団体の女性が見えた。
その女性は腰が抜けたのか尻餅をついて後退りしながら頭上で鉄塊とも呼べる右腕部装甲を振り上げているエインヘリヤルの構図だ。女性の顔は正に恐怖に染まっており、何故自分がと言う理解が追い付かない顔をしていた。
エインヘリヤルもその痩せ細った腕でパワーアシストも無しにどうやって動かしているのか疑問は尽きないが今は考えるだけ無駄であった。
「奴、一体だけか?」
最初に目撃した時は複数体居た筈だ。その連中は何処に行った?
「バラバラに逃げた為に追う側も散開したのかも……‼︎」
「今は考えても仕方ないな。黎華、グレイ。奇襲するぞ、続け‼︎」
パワーアシストが無いのならばハイパーセンサーも機能していない筈。そもそも自我意識があるか疑わしいエインヘリヤルにその機能は効力を発揮するかは分からないが、今ならば奇襲するに最適だ。
エインヘリヤルは眼前に居る女性権利団体の女に注視し、その腕を振り下ろし圧殺した直後だったからだ。
和奏は双刀を構え走り出し、その後ろにグレイと黎華が続く。同時に得物の柄の部分にあるトリガーを押し込む。その瞬間、得物の刃に皓い光が煌めいた。
ISのシールドバリアを破壊するエネルギーを中和するエネルギー、かつては『零落白夜』と呼ばれていた単一仕様能力を元にした『ASE』。それらを纏いエインヘリヤルの背後から飛び掛かり、その背後から和奏と黎華が両腕を切断しグレイが背中に斧を叩き付けた。
ざっくりと、刃が深々と食い込んだ。
『……ッ‼︎』
後方からの衝撃が加えられた為か、エインヘリヤルは前のめりに倒れ込んだ。
「あれ? もう終わりですか?」
あまりの呆気なさにグレイは目を丸くした。細く色褪せた肉体の腕は肘から先、機械装甲部分は切り落とされ、胴体は背中に大きな深い切り口傷が刻まれていた。
「いや、シールドバリアが展開され無かった事が気掛かりだ……」
座学で現在のISは今迄、人間がISに搭乗していた時は常にシールドバリアを展開していたのだが、その当時と違い攻撃があたる直前にシールドバリアを展開する。しかも、範囲を指定してより強度の高いシールドバリアを展開する様になった、と。しかし、このエインヘリヤルはシールドバリアを展開しなかった。攻撃が素通りしたのだ。
「視認外からの奇襲だったからか?」
和奏は情報を纏めつつ、思案する。だが、その時、倒れ伏したエインヘリヤルは蠢き出した。両腕を失い胴体に深い傷が入ろうともまだ動く事が出来た。
「ッ‼︎ 黎華、グレイ。一旦、下がるぞ‼︎」
鈍い音を立てながら両脚だけで立ち上がるエインヘリヤル。その姿を見て至近距離は危険と判断した和奏は、後方に飛び退き黎華達も続く。
「死体は死体ってか、痛覚の類も無さそうだな。いや、IS絡みに有機物の苦労は分からんか」
エインヘリヤルがゆっくりと振り向いた。その頭部は片側が目玉が神経に繋がったまま、外部へと垂れている。
『お、おぉ……ん、な……‼︎』
呻き声をあげる。此方の存在を認識した様だ。後方からじゃ分からなかったが正面で相対した時、気付いた事がある。
それは服を着ていた事、それは破損や汚れが著しいが辛うじて何処かで見た事あるようなガソリンスタンドの制服と思われた。
「……閣下。見た所、動きは鈍重だよ」
「寧ろ、姿が見えん連中の方が気掛かりだな。乱入に気を付けろよ」
まだエインヘリヤルの戦闘能力は解明出来たとは限らない。最初の一撃は不意打ちによる奇襲であった。断定するにはまだ早い。