続きはいつか書きますん。
「いらっしゃい…」
薄暗い地下室に老人のかすれ声が響く。
そこは奇妙な程に静かな空間で、老人の発する声がまるで耳元で聴こえるかのように思え、とても不快な場所であった。
それもそのはず、その地下室は奴隷の売買を行う場所ーーー俗に言う『奴隷売場』と呼ばれる場所だった。
かすれ声の長い髭を生やした老人が奴隷商人というわけだ。
そんな汚れた場所に足を踏み入れ、『奴隷』という言葉が似合わない程に若い男が1人。
「……おや、貴方は若旦那じゃないですか……」
「ああ」
若旦那と呼ばれた男はぶっきらぼうに返事をする。
男は見た目から年齢は25前後だろうか、その若さに不釣合いな傷跡が残っており、妙な迫力のある顔をしていた。
彼はよく奴隷商売場に足を踏み入れるからか、若旦那と呼ばれているようだ。
「……それで、若旦那。
何をお探しですかな…?」
「1番安い奴隷を頼む。」
この世界は、剣と魔法が溢れかえる異世界。
いわゆるファンタジーの世界だ。
そしてここでは、力こそが全てなのだ。
力こそが正義、力によって物事を解決する機会が多々ある。
だから、法だって緩く、奴隷という非人道的な商売も承認されている。
逆にこの世界では力が無くてはまともに生きることは出来ない。
そのような世界だからこそ、力による生存競争に敗れた者は奴隷になるのだ。
「それだと、雌の獣人の奴隷になりますな…」
「値段は?」
男が値段を問うと、老人は手で、3と0を作った。
「ふっ、銀貨30枚か、相変わらず安いな。」
獣人などの魔物の奴隷は安い。
魔物の奴隷は人間の奴隷の約100分の1の値段で取引されている。
その理由としては
・魔物の用いる言語と人間の用いる言語は事なっていて、言葉が通じない。
・人間に比べて戦闘能力が高く、襲われる危険がある。
・所詮、動物の延長なのであまり頭がよくない為に道具を使えば捕獲が容易なので、安価で仕入れる事ができる。
この3点が魔物の奴隷が安価で、人間の奴隷が高価で取引されている事に繋がる。
「とりあえず、見せて貰おうか。」
「畏まりました……」
老人がランプを片手に男を更に地下へ導く。
老人が急に動いた為か、ホコリが舞った。
この奴隷商売場が不衛生なのは、明らかだ。
こんな場所でずっと捕らわれている奴隷は、辛いだろうなと思い、男は顔をしかめる。
「相変わらず、暗いな。」
カツカツと螺旋階段を降りる2人。
明かりは老人の持つランプとポツポツと等間隔に設置された燭台のみ。
時々、足元が見えなくなる程暗い階段だ。
地下2階にて老人が足を止めて、扉を開ける。
そこには、ポツンと1人の少女が体育座りで地下牢の中で座っていた。
短い茶髪に垂れた犬耳が特徴的な獣人の少女。
彼女の表情は暗く、諦めと絶望が彼女を包んでいた。
奴隷になってしまった者の将来は決まっている。
一生涯を買い取った人間の元でボロ雑巾のように使い倒されて終えるのだ。
そのような状況で絶望しない者はいないだろう。
彼女の表情は奴隷として自然なものと思える。
「奴隷番号M-041になります…」
地下牢の中で座る少女を指差し、奴隷商人の老人は番号を告げる。
ここの奴隷は皆、名前を奪われて番号で呼ばれるのだ。
MはMonsterのMだろう、獣人の少女はここの奴隷商が扱う41番目の魔物の奴隷なのだ。
「おい、M-041…こっちに来い。」
「・・・・」
奴隷商人は獣人の少女を呼ぶ。
しかし、少女は反応せずに俯いたまま動かない。
「おい!!M-041!!こっちに来いって言ってるだろ!!殺すぞ!!」
「・・・・ッ!」
ガシャンと奴隷商人が思い切り地下牢の鉄格子を殴りつけて少女を呼ぶ。
鉄格子の音で少女はビクッと身体を震わせ、顔を上げる。
その表情は怯えそのものだった。
言葉はわからないのだが、老人の剣幕で、彼が怒っているのはわかるのだろう。
だが、それでも彼女は動かない。
「巫山戯やがって!!」
「・・・・おい、よせ。
ほら、銀貨30枚だ。」
無視された事が余程癇に障ったのか怒りをあらわにする老人を男は手で制して金の入った袋を手渡す。
「…取り乱してすみませんねえ、若旦那。
…………確かに銀貨30枚、いただきました。
こちらが、この牢の鍵と奴隷の手錠と足枷の鍵になります。」
老人は金を受け取るとケロっと今までの怒りの表情を笑顔に変えて、金と引き換えに男に鍵を3つ手渡す。
怒りをワザと表に出す事で、男の少女への同情を誘い、奴隷を確実に買わせようとする為の奴隷商人の戦略だったのだろう。
これで老人の思惑通り、男は獣人の少女の奴隷を購入したということになる。
「・・・・すまないが、コレをしたいから出て行ってくれないか?」
男は右手の親指と人差し指で輪を作り、その中に左手の人差し指を突っ込み、老人に告げた。
「…ふふ、相変わらずもの好きですねえ、魔物とヤるなんて。
私は上にの受付に戻っていますので………ひひっ、存分にどうぞ…」
下品な笑みを浮かべながら老人は地下2階から出て行った。
そして、残される男と少女。
少女は怯えを孕んだ目で男を見つめている。
「とりあえず、話をしてみないと始まらないな。」
男は怯える少女を見て独り呟いた。
勿論、魔物である獣人の少女にはその言葉は理解出来ない。
理解出来ないからこそ、怯えるのだ。
恐怖や苦手という意識はその対象ついて自分が持っている情報量の少なさが多いに影響する。
得体も知れないもの、例えば幽霊などを人が恐怖するのはその存在や仕組みを明確に理解できていない、つまり、情報が足りていないからだ。
(なら、情報を与えてやればいい)
男は意識を右眼に集中する。
直後、彼の黒かった右眼の瞳の色が赤く色を変えた。
そして、男は少女に話し掛ける。
「おい、俺の言葉が分かるか?」
「・・・・ッ!?
・・・・あれ?なんで?どうして!?、人間の言葉が分かるの!?」
少女は男の声を聞いた途端にその表情は怯えから驚愕に変わった。
それもそのはず、本来理解出来やしない人間の言葉が理解出来たのだから。
「それは・・・・あー、俺が人間と魔物とのハーフ・・・・いや、もっと少ないな、クォーターくらいだからだ。」
(まあ、正確には違うんだけどな。)
男は何故か少女から目を逸らして、自分について説明した。
その説明は拙いもので、何か男には隠したい秘密があるように見える。
だが、少女は獣人。
魔物の中でも人間に近くて頭も良い種族だが、人間程に頭は良くないので、男の拙い説明に疑問を抱かずに、納得したような表情を見せた。
少女は納得したからか、男をじっと見つめている。
それは多少魔物の血が混ざっているからといって人間とは変わりない男への警戒からきたものだろうか。
(・・・・こっちに敵意が無いことを示さないと、心を開いてはくれないか。)
男はおもむろに地下牢に近づいた。
「な、何をするつもりですか!?」
急に男が動き出したので、少女は警戒して地下牢の奥へと移動し、男から距離をとった。
男は少女の言葉を無視し、先程老人から受け取った鍵で地下牢の鍵を開けた。
「こっちに来い、枷を外してやるから。」
「・・・・」
男は手招きするが、少女は動かない。
「・・・・俺はお前を金で買ったんだ、来てもらわないと困る。」
「・・・・嫌です。」
「このまま此処で何も成せずに一生を終えたいのか?」
「・・・・それでも、人間の慰み者として一生を終えるのは嫌です。」
頑なな少女の態度に男は溜息を吐くと、やれやれと言った調子で。
「でも枷は外しといた方がいいんじゃないのか?
そんなに俺の下で過ごすのが嫌なら枷を外した瞬間に襲いかかればいいじゃないか。
獣人なんだ、人間よりも身体能力は高いはずだろ?
・・・・まさか、襲うという発想を思いつかなかったのか。馬鹿なのか?」
「ば、ばばば馬鹿じゃないです!!
ほ、ほら!!
外して下さい!!」
馬鹿にされた事に対してか、思いつかなかった自分に対しての恥ずかしさか、少女は顔を真っ赤にして手枷を男に突き出した。
「はいはい、任せろ」
男は手慣れた動作で少女の手枷と足枷を外していく。
そして、枷を外されて自由になった少女に背を向けて。
「ほら、自由になったぞ。
襲えばいい。」
両手をあげて無抵抗のポーズ。
襲うなら今だ少女はそう思ったーーーだが、少女はそれをしなかった。
いや、出来なかった。
少女の身体は震えていて力が入らず、男を襲う事が出来なかったのだから。
(どうして・・・・どうして身体が動かないの!?)
少女は自分の身に起こった変化に目を白黒させる。
その原因は本能だ。
動物だけでなく人も危険から身を守る為に危機察知能力を本能的に身につけている。
危機察知能力ーー簡単に言えば、何が危険か、何が安全かを判断する能力だ。
つまり、少女の危機察知能力が本能的に男を『自分では足下にも及ばないような圧倒的な力の持ち主』と判断し、男と争う事を身体の震えという形で拒絶したのだ。
「ん?どうした?襲わないのか?」
挑発する男。
だが、少女の身体は相変わらず震えたままだ。
「ひ、久しぶりに枷が外れたので痺れて力が入らないんですー!!」
強がる少女。
そんな彼女の態度を見て男はふっ、と笑う。
「そっか、じゃあ大人しく俺におぶさっとけ。」
男は少女に近づき、彼女をおんぶした。
少女は特に抵抗する事もなく、男におんぶされた。
彼女はもう理解しているのだろう。
身体の震えの原因と男に敵意が無いということを。
(・・・・なんでだろ、嫌なのに、おんぶされると安心する・・・・)
「お前の名前は?」
「サラ、とい…ます…」
「お、おい?・・・・なんだ、寝ただけか。」
緊張の糸が切れたのか獣人の少女ーーーサラは眠ってしまった。
「おやおや…ここは、お楽しみでしたねと言うべきでしょうかね、若旦那……」
「いや、こうなっちまった。」
「おやおや…眠ってしまいましたか、残念でしたねえ……まだ、満足してないようなら他の奴隷を使っていきませんか?」
「そうやって買わせようとしてるんだろ。」
「……………お見通しですか。」
「まあな。」
「……ふふ、またの御利用をお待ちしております。」