青空DAYS外伝:『Phantom Period/AD』 作:Ziz555
もう一度、あの空へ。
「はっ……はっ……はっ……!!」
荒廃した街を汚れた服を纏った一人の少女が駆けて行く。
彼女は両手にいっぱい抱えた食料や水、弾丸といった備蓄されていたであろう生活用品をボロボロと溢しながら、しかしそれに気を取られることもなく振り返らずに走り続ける。
「まてクソガキィ!!」
そんな彼女を追いかけるのは数人のアンドロイド達だった。
銃を片手に、しかしその引き金を無駄に引こうとはせず、少女を追跡する彼らもまた万全とは言い難い。
表面の塗装は剥げ一部は装甲までもが剥がれ落ち、内部フレームが露出した様子だ。それでもどうにか心臓部位だけは寸法も合わない力任せに変形させたであろう鉄板で覆い隠した、そんな姿だ。
そんな彼らが駆け抜ける街並みも同じように酷い有様だった。
高くそびえるビルの外壁は至る所に破壊の跡があり、コンクリートの肉を失った鉄の骨がひしゃげて露出している。
あるいはそのすべてが崩壊し、瓦礫の山と化した場所もあれば、今にも崩れ落ちそうなビルも一つや二つでは済まない。
所々に散らばる栄えた科学の残骸が失われた文明の名残を感じさせ、無残に蹂躙された『滅びの跡』が広がっていた。
ここはキヴォトス。
すべてが『終わり』を迎えた──滅びた世界。
「はぁ……はぁ……きゃっ!?」
走り続けていた少女は抱えていた物に視界を遮られ、不運なことに、足者に転がるビルの破片に足を取られてその場へ大きく倒れ込んだ。
倒れた拍子に彼女の荷物が辺りへ散らばる。
「手間かけさせやがって……」
そんな彼女に追いついたアンドロイドのウチの一人が、少女の長い髪をつかんで、乱暴に引き起こす。
手入れのされていない傷んだ髪がブチブチと数本千切れていった。
「いっ……痛い……!」
「痛くしてんだ……よっ!」
アンドロイドは、持ち上げた少女の腹に鋭い蹴りを叩き込んだ。
少女はその衝撃で苦悶の声を上げ、そうして手を離された事で大きくのけぞりながら再び地面へ倒れ込む。
蹴られた腹を両手で押さえ、蹲ったまま悶える少女を見下ろしてアンドロイド達は罵声を浴びせる。
「バカな真似しやがって。世間も知らねぇガキが」
「仕方ないだろ?もうこの世界には、『学び』を得るための『学校』なんて、何一つ残っちゃいないんだからな」
「制服から見るに……元トリニティか。可哀想になぁ。ぬくぬくと育ったお嬢様にはこんな世界は厳しすぎるよなぁ?」
ゲラゲラゲラ!と下品な笑い声を上げながら、目の前の少女の無様を笑う。……それが、彼らにとっての今の一番の娯楽だった。
「さ、て。……元トリニティは好事家に売れると相場が決まってる。こんな世界でも這いつくばるよりゃマシな犬小屋に連れてってやるか」
「優しいねぇ!子供に居場所を与える『大人の責任』ってやつ?」
「そんでもって俺等も感謝の飯にありつける。コソドロ働いた罪の責任は、きっちり取ってもらえると。おありがてぇ!」
「ひっ…………!?」
下卑た視線を向けられ、少女は怯えた様子で震えることしかできない。
どうして。どうしてこんなことになってしまったのか。
己の身に降りかかる理不尽な責め苦を、少女はただ嘆くことしかできない。
ほんの数ヶ月前までは学友とともに勉学に励み。トリニティのティーパーティーの一員として、その責任と義務を果たして。桐藤ナギサの側近として、すこし変わっていても自分なりの『青春』を過ごしていたのに。
なぜ。
その答えを教えてくれる────『先生』は、もう……この世界にはいないのだ。
「……誰か」
嘆きのように。
「誰か」
縋るように。
「誰か────」
少女は、届きもしないその名を呼ぶ。
「助けてください────」
『生徒』であったあの日の様に。
「──────『先生』!!!!」
その声は────
「要救助者の位置を確認。センジョウ、支援をお願い」
『距離、至近。敵脅威、計算完了……俺たちの勝率は100%だ』
────『彼ら』が……確かに聞き届けた。
『ソレ』が天から舞い降りた。
純白の装甲は汚れの無い輝きを放ち。その全身には淡く輝く、優しい虹色の光を帯びていた。
「空から……だと!?」
「白いパワードスーツ!?」
「何者だ、テメェ!?」
少女と自分達の間に突如降り立った不可解な存在に、アンドロイド達は警戒を強めて銃口を向ける。
「私達が誰か、ですって?」
『聞かれても、名乗れるような立場じゃねぇが……』
白い装甲を纏う青い髪の少女は、その目を覆い隠すバイザーを解除する。
「そうね、敢えて言うなら────」
不敵な笑みを浮かべて『Nuill-Vana』のパルスブレードを展開し。
「────『生徒』の味方よ」
それは二人が慕う、今は亡き彼女の優しい祈り。
彼女の様にはなれない彼らが。それでも唯一受け継いだ、たった一つだけ残された。『明日への希望』。
「『生徒』の……味方……」
少女は自らを庇うようにして立つ、パワードスーツの背中を見上げてポツリと呟いた。
「『生徒』ぉ?そんなもんどこに居るってんだ」
「そうだぜ。この世界に『学校』なんてありゃしねぇ。あるのは一つ。『力が全て』、それだけだ」
『……驚いたな。俺が寝てる間に、こんな事になってるなんて』
敵意──いや、『殺意』を隠そうともせず、銃口をユウカへと突きつけるアンドロイド達の様子にセンジョウは苦い感覚を覚える。
その責任の一端が自分にあると解っているのだから……尚更だ。
「あなた一人の責任じゃない。私だって同罪よ。……だから」
『ああ。大丈夫だ。解ってる』
センジョウの言葉にユウカも僅かに表情を曇らせて、しかし、彼を支える言葉を告げる。『キヴォトス』を滅ぼしたのは自分達であると。そう、二人は知っていた。
罪滅ぼしと言うわけではない。けれど。
『今は、ただ。前に』
「ええ。貴方と私なら、きっとどこまで行けるから」
二人の瞳はただまっすぐに。前だけを見据えていた。
「ブツブツ独り言言ってんじゃねェぞ!!」
センジョウの言葉が聞こえないアンドロイドにとって、ユウカの言葉は狂人の独り言のように見えたのだろう。苛立ちを隠そうともせず、一人の男が持っていた銃の引き金を引いた。
『行くぞ』
センジョウの言葉と同時に、ユウカの瞳をバイザーが覆い隠す。
それで彼女の視界が遮られることはなく、『Nuill-Vana』のセンサー機器を通じてバイザーの内側へ投影された映像が、ユウカへ世界をさらに鮮明に認識させる。
強化された感覚の中では、放たれた銃弾の速度がまるでスローモーションの様にゆっくりとこちらへ進むのが見えた。この程度であれば、防ぐまでもなく『パルスフィールド』に阻まれてダメージにすらならないだろう。
だがそれは、受けてやる必要すらないということだ。
「ふ────ッ!」
一閃。
ユウカは左腕に装備されたパルスブレードを弾丸を目掛けて振り切って、その全てを薙ぎ払う。
「弾丸を……!?」
ユウカにとっては些細な動作であっても、『銃弾を切り落とす』など到底現実味のある行動ではない。弾丸を放ったアンドロイドは、その作り話のような光景に思わず一歩後ずさる。
「怯むな!数では俺達のほうが────」
『Nuill-Vana』の機体は大人のアンドロイドと比較しても『大きい』と感じさせるほどのサイズをしており、その装甲が金属でできている様子から一目でわかる程の重厚感を纏っている。
そして、『重い』物は『遅い』。そう考えるのが道理だ。
だが。
「その計算、間違っているわよ」
────『Nuill-Vana』にそんな常識は通用しない。
「速────」
男はいつの間にか眼前へと距離を詰めていた『Nuill-Vana』の機影に気圧され、その身をわずかに後ろへ反らした。
気配も音も感じられず、まるで、『初めからそこに居た』かのような光景に、恐怖すら感じていた。
「貴方の言うところの『数』だと、私もあなた達も等しい『1』だと思っているみたいだけれど」
まるで数学の答えでも説くようにユウカは悠然と語る。
「私達には、貴方なんて物の数にも入らない────」
「────『0』よ」
瞬間。アンドロイドの一人が宙を舞った。
「は?」
何が起きたのかを理解できない男は、空中で身体を投げ出している仲間の姿を見て間抜けな声を漏らした。
振り上げられた『Nuill-Vana』のマニピュレーターに打ち上げられたアンドロイドは、意識を保つことすらできず気を失ったまま頭部パーツから落下した。
「う、撃て!撃て!残弾なんて気にしてる場合じゃねえぞ!!」
「言われねぇでも……!!」
突如として無力化された仲間の姿に恐怖すら覚えた2人はせめてもの抵抗を示すため、目の前の敵へ銃口突きつけるようにして構えて引き金を引いた。
『フィールド展開』
しかし、その弾丸がユウカへと届くことは無い。
彼女を中心に展開された淡く虹色に輝く力場が弾丸の威力を相殺し、力を失った鉛の塊はその場にポトポトと落下してゆく。
「なんだ……なんなんだよ!お前ェ!!」
理解を超えた超然的な現象を自在に振るう目の前の少女に、アンドロイドは恐慌状態に陥りながら己の不運を嘆いていた。
どうしてこんな事になっているんだ。と。
『ユウカ』
「ええ。……痛めつけるようなつもりはないから」
怯えた視線を向けるアンドロイドに、ユウカは少し目を細めた。
『生徒』を傷つける彼らの行いを許すつもりはない。だが、今こうして自分達へ殺意を向ける彼らだって、この世界の──自分達の被害者なのだ。
出来ることなら彼らの過ちを赦し。正し。導き……ともに明日へと向かっていくべきだと解っていながら、けれど。もう、それをするには遅すぎた。
誰かを傷つけることでしか、誰かを守ることが出来なくなってしまった。そんな歪んだ世界の荒んだ姿に、ユウカとセンジョウは静かに己の『咎』を思う。
自分達の憧れた。自分達の慕っていた。彼女の────『先生』の行いには、あまりにも程遠い。
「────ごめんなさい」
それは、誰へ向けた言葉なのか。
言葉とともに振り抜かれた刃に切り裂かれ、二人のアンドロイドはその場へと崩れ落ちた。
「……対象の沈黙を確認。戦闘終了」
倒れ伏すアンドロイドの様子を伺いでもなく、ユウカは静かにそう呟いて、『Nuill-Vana』の戦闘システムを解除した。
「殺し、たん、ですか……?」
そんな光景を見た元トリニティの少女が、ユウカへと震えた声で問いかける。
その声を聞いたユウカは少女へ振り返り、装着していたバイザーを解除する。
「殺してはいないわ。一時的にコアからのエネルギー供給を遮断して、意識を強制的に失わせただけ」
「そうですか。……安心しました」
ユウカの言葉を聞いて胸をなでおろした少女を見て、ユウカは少し目を丸くした。
「あなた……私達が恐くないの?」
「……?」
今のキヴォトスは学園都市と呼ばれていた頃とはあまりにも環境が違う。
秩序が崩壊し、力を持って力を制す。人のあるべき善性すら歪めて、削り取り、混沌の果てに突き落とすような絶望が満ちる世界。
そんな世界で、一方的で圧倒的な力を振るう自分の姿を見て。それでも尚、安堵の表情を浮かべる少女の姿はユウカの予想の外にあった。
「自分で言っていたではないですか。『私は生徒の味方だ』と」
「それは……そう、だけど」
まるで疑う事を知らない子どものような視線を向けられ、ユウカは気まずそうに頬を掻く。
「ああ。すみません。先にお礼を伝えるべきでしたね……。助けていただき、ありがとうございました」
ぺこり。と、深く頭を下げる少女に対してユウカは苦い顔をして首を横に振る。
「たまたま通りかかっただけよ。……本当に、ただの偶然」
「だとしても。助けようとしてくれたのは……貴方です」
「うっ……」
久しく向けられていない真っ直ぐな視線に、どうにもむず痒くなってしまったユウカは、自然と目の前の少女から目を逸らす。
照れくさそうに頬を赤くさせるユウカを見て、少女はクスクスと笑みをこぼす。そうして、ふと何かを気づいた様子の少女は再び口を開いた。
「もしよければ、お名前をお伺いしても?」
「名前?……そうね、私は────」
『待て。ユウカ』
自分の名前を名乗ろうとしたユウカに対しセンジョウが待ったをかけた。
「(どうしたの?)」
『Nuill-Vana』の魂とも呼べる存在であるセンジョウの声は外部スピーカーを用いない限り、ユウカ以外には聞こえることはない。そして、そんなセンジョウとやり取りをするだけなのであれば、ユウカも言葉を声にする必要はない。
ユウカは思考をセンジョウへと傾けて、彼の言葉に問いを返した。
『この世界の早瀬ユウカという生徒を『先生』殺しとして認識している生徒もいる可能性がある。安易に名前を出せば、面倒事になるかもしれない』
「(……そっか。この世界の私って、『そういう存在』なんだもんね)」
センジョウの言葉の通り、この『キヴォトス』では『早瀬ユウカ』という生徒は、ミレニアム、あるいはキヴォトス。……そして『先生』を裏切った存在として認知されている。
勿論。彼女本人を元から知らない生徒にとっては聞き馴染みのない名前として扱われている可能性もあるが……それでも。『早瀬ユウカ』は、この世界における『先生を殺した生徒』だった。
愚かな話だ。と、ユウカは自嘲気味な笑みを浮かべた。
自分のわがままで壊した世界を気に入らないと駄々をこね。取り戻せないと知りつつも、それでもその先の『
────ならばせめて。その決意と覚悟の証として、自分は『早瀬ユウカ』である事を捨てるべきなのだろう。
そう、結論付けた。
「────センカ」
「
『蒼井センジョウ』でも、『早瀬ユウカ』でもない。けれど、そのどちらもがここにいる。……ずっと、永遠に、共に。
そんな意味を込めて。彼女はその名を口にした。
「蒼瀬、センカ……。カッコいい名前ですね」
「そう?……ありがと」
少女の純朴な賞賛にユウカは頬をほころばせ、照れくさそうに笑みを浮かべる。
「もしよければ安全なところまで送るけれど……」
「いえ、ご心配なく。追手さえいないのであれば、此処から先は私一人でも、慣れていますから」
「そう?……じゃあ、私達はこれから行くところがあるから」
「そうなんですね。じゃあ、ここでお別れですね」
少女はすこし寂しそうな笑みを浮かべてユウカを見つめた。
「また、会えますか?」
「……ええ。きっと会えるわ。大丈夫」
ユウカの言葉に少女は再び笑みを浮かべて。
「ありがとうございます。……では、また会える日を楽しみにしていますね────」
「────センカ『先生』」
その言葉に、ユウカは再び目を丸くした。
「……私達は『先生』じゃないわよ?」
「でも、『生徒の味方』なんですよね?」
「それは……そう、だけれど」
「なら、良いじゃないですか」
クスリと少女は再び小さく笑って。
「私にとってはもう、貴方は『先生』なんですから」
そんな言葉をユウカへ贈った。
その言葉にユウカは言葉を失い。ただ、呆然と立ち尽くす。
「ああ、そうだ。……申し遅れました。私の名前は────」
そんなユウカをよそに、少女は汚れた身なりを少しだけ整えて、きっちり背筋を伸ばして笑みを浮かべた
「────柳木シュウコ、と申します。これからよろしくお願いしますね、センカ先生」
それが。二人の奇跡の始発点。
あまねく奇跡を失った、虚妄の終着点のその先に。
もう一度だけ、『
長い、長い、後日談。
2週間に1回ぐらいの更新できたらいいよなぁとか思ってます。