青空DAYS外伝:『Phantom Period/AD』   作:Ziz555

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Re:ローディング

 

『状況を確認するぞ。ユウカ』

 

 Nuill-Vanaを纏うユウカの頭に、センジョウの声が響き、視界にウィンドウが投影される。

 

『俺達がこれから突入するのは、旧ミレニアム自治区。攻略対象は、エリドゥ跡地にそびえ立つ虚妄のサンクトゥムだ』

 

 旧ミレニアム自治区。そこは、【ミレニアムサイエンススクール】が過去存在していた区画であり。……現在は、この荒廃した世界の中で唯一、科学と文明の残る都市が存在していた。

 

 その都市の名は───

 

「……ネオ・ミレニアム」

 

 母校の名を冠する、鉄とコンクリートの街を見つめながら、ユウカは小さく呟いた。

 【ネオ・ミレニアム】。それは、虚妄のサンクトゥム出現とともにねじれて歪んだ世界の中で、一人の王女が作り上げた【理想郷】。

 

 そこでは全てが管理され、あらゆる事象が、知識が、行動が一つの秩序の下に動いていた。

 

 完全なる統制の下には、【大人】も【子供】も、【生徒】もなく。ただ、全ての知的生命体は平等に、等しく管理の中で己に定められた役割を実行する。それだけの世界が広がっていた。

 争いも無く、命の危険も無い。一見すれば楽園のようにも見えるその街の中には、【元生徒】たちも大勢暮らしている。

 

 だが、それでも。センジョウは、ユウカは。その【楽園】を否定する。

 

 完全なる管理。その果てにあるのは、緩やかな破滅だ。

 

 進化を、歩みを進めることを止め、ただその場で回る歯車になった存在は、いつしか摩耗し擦り切れて、その存在が消えて無くなってしまう。──そんなものを【楽園】だなんて呼ぶことは、センジョウとユウカには、出来なかった。

 

 彼らの求めるものは、『より良い明日』だ。

 

 それは、そんな閉塞的な毎日の先には存在し得ない。傷つこうと、衝突して、摩擦が起きようと、前に進んでこそ得られる未来にこそ、彼らの求める世界はある。

 

『ネオ・ミレニアムはDivi:Sionと呼ばれる自律型の兵器を複数有している。……どうやら、旧エリドゥ中奥区画付近に建設された製造工場で今も増産が続けられているらしい。……虚妄のサンクトゥムがもたらすエネルギーを生産力に変換した奴らは、【ネオ・ミレニアム】の勢力圏をじわじわと外へと拡大し続けている』

「このまま放っておけば、いずれキヴォトス中がネオ・ミレニアムの支配下に落ちる、と言うことね」

『ああ。そして、今回の目的は、その脅威の早急な排除、及び、中核をなす【虚妄のサンクトゥム】の破壊だ』

 

 シャーレという拠点を確保し、センジョウとユウカはこの世界に『より良い明日』を取り戻す為の次のフェーズへと進んだ。

 

 【虚妄のサンクトゥム】の破壊。それが、今の彼らにとっての当面の目標だった。

 

 狂気の楔とも言うべきあの柱は、この世界の有り様を規定し、変化を拒むように影響力を与え続けている。

 その力は、【Nuill-Vana】の干渉を抑えつけ、その機能を失わせるほどのものだ。そしてそれは同時に、塔の破壊によりその機能を喪失させることができるということでもある。

 キヴォトスを削り、狂気を振りまく歪なソレを正すことができれば────【Nuill-Vana】の改変能力で、世界そのものの筋書きを書き換えることもできるだろう。

 

 その力を使う事の意味も、末路も知っている。だが、それでも二人に引き返す道はない。

 

『旧ミレニアム地区の虚妄のサンクトゥムは、ネオ・ミレニアムの最深部にある。その為、相応の警備システムや護衛の兵力と相対する事になるだろう。そうなれば、俺は【Nuill】のシステムのコントロールに意識を割かざるを得ない』

「……戦術的な情報支援は見込めない、と言うことね」

 

 ユウカは単独での戦闘を得意としている。というわけではない。本来の彼女の適性は、他者を守り、連携することにあり、【Nuill-Vana】を用いた単独によるワンマンアーミーの様な戦い方は不得手だ。必要に駆られ、ある程度の技術は会得していても、基本的それらの戦闘は【Nuill】の性能に物を言わせたパワープレイが前提であり、相手が強者であれば苦戦は免れない。

 

『そこでだ』

 

 センジョウは、そんな状況に対し────一つのカードを切った。

 

『俺がNuillのコントロールに専念しても問題が無いように、【オペレーター】を用意した』

「オペレーター……?A.R.O.N.A.は居ないし、一体誰が───」

 

 オペレーターをこなせる存在に心当たりのないユウカはセンジョウの言葉に首をひねり、そして、通信へ割り込んだ少女の声を聴く。

 

『私がサポートしますよ。センカ先生』

「────しゅ、シュウコ!?」

『はい。柳木シュウコです』

 

 通信の先でクスクスという小さな笑い声が聞こえ、ユウカは決まりが悪そうに表情を崩した。

 

「お、オペレーターって、もしかして……」

『はい。私がセンカ先生の戦闘をサポートさせていただきます。Nullさんにご用意していただいたデバイスの使い方も心得ていますので、ご安心ください』

「Null……って」

 

 【Null】などという人物は、ユウカにとって聞き覚えはない。だが、これまでの話の流れを考えればその正体はわかりきっていた。

 

『…………マスターの目的遂行に尽力するのは、支援AIとして当然だろう』

『初めてお話を聞いた時には驚きましたが……、センカ先生の持つマシーンのAIは本当に優秀なんですね。まるで生きた人と話しているようで、驚きました』

 

 それは当然だろう。シュウコがAIだと考えている存在の正体は確かに一人の人間……いや、確かに【生きた人】では無いのかもしれないが。

 

 口元を引きつらせたユウカは、心のなかでセンジョウへ告げる。

 

────後で説教。

────……はい。

 

 センジョウは、己の独断専行をユウカが少なからず快くないと思う事を分かっていたから、その怒りを甘んじて受けいれるしかない。そういうものだ。

 

 

 


 

 

 

『後方!敵性反応3!前方、右角に待ち伏せです!』

「了解……!」

 

 結果から言うと、センジョウの用意した【柳木シュウコ】というカードの効果は、ユウカの計算をはるかに超えていた。

 

 【Nuill】のセンサーからもたらされる情報の内、目まぐるしく変わりゆく戦況の中でユウカが最も必要としているものを的確に選別し、端的に伝える。言葉で表すだけなら単純な作業だが、その難しさを、ユウカは理解していた。

 

 シュウコのオペレーション通りに現れたDivi:Sionをパルスブレードで斬り飛ばしながら、ユウカは在りし日の戦いに思いを馳せる。 『先生』の指揮のもと、二丁の愛銃を両手に構え戦ったあの日。……【蒼井センジョウ】がキヴォトスへ来るより、さらに前の、遠い遠い日常の記憶。

 

 大切にしていたはずの【ロジック&リーズン】も、等の昔に捨ててしまった。そして、【早瀬ユウカ】という名前さえ捨てて、【蒼瀬センカ】と偽りの名を名乗り。事もあろうに、『先生』と呼ばれて、生徒に導かれて戦いに身を置いている。

 皮肉なものだ、とユウカは自嘲気味な笑みを浮かべた。

 戦い方も、戦う理由も、戦う人も、全てが間違っている。全てが、変わってしまった。抗う度に、進む度に、世界の残酷な現実が形を顕わにして、ユウカの胸を締め付ける。

 

 焦燥感と、後悔は、今もまだ胸の内に残っている。

 

 この思いが消えることはない。この記憶が消えることはない。この罪が消えることはない。

 

 例え抗い、戦いの果てに、世界の全てがあるべき姿へ戻ったとて、『早瀬ユウカ』は、『蒼井センジョウ』は、その前の姿に戻ることはありえない。

 

 喪われた物を、奪った物を、背負った罪を、重ねる罪を。

 

 無かったことには、できない。

 

『……ッ!センカ先生!!』

 

 瞬間、シュウコの悲鳴のような声が上がった。

 

「侵入者……、発見しました」

 

 視線の先には、銃口をこちらへ向ける、一人の少女。その服装には、どこか見覚えがあった。

 

 ミレニアムサイエンススクールの、制服。

 

「お願い!そこを退いて!」

 

 眼前の敵の正体を知り、ユウカは声を荒げる。だが、少女はその場から動こうとはしない。

 

「生徒を傷つけるつもりはないの!」

「……侵入者を廃除するのが。私の役割です」

「くっ」

『センカ先生!長くとどまれば、増援に囲まれてしまいます!早くそこから移動を!』

 

 取り付くシマもなく、ただ機械的に向けられた銃口から、鉛玉が放たれる。

 ユウカは攻撃に対し、右マニピュレータを突き出して、そこからパルスフィールドを展開し、銃弾を防ぐ。

 そして、そのままバーニアを吹かすと、少女の頭を飛び越えるようにして、さらに先へと進んで行く。

 

「お話ししてる時間は……無いの!ごめん!」

 

 光なく、無気力な様を見せるその生徒の瞳に、ユウカは後ろ髪を引かれる想いをしながら、前方へと歩みを進めた。

 『先生』であれば、こんな状況でも生徒達のことを救うのだろう。なんて、そんな事を思いながら。

 

 武装した元生徒達の機動力は、お世辞にも高いとは言い難い。少なくとも、Divi:Sion程の脅威はなく、その為、交戦を避け、迂回するなり、飛び越えるなりのルートで奥へ奥へと進んでいくことにさしたる障害はない。

 しかし、共に学んだ学友が自らへ銃口を突きつける光景は、ジリジリとユウカの精神を削り取っていた。

 

 止めに学び舎で学んだ仲間たちが、まるで機械のような冷たい、憎悪すらない視線を自分へ向けている。そして、ミレニアムがこうなるのを分かって見捨てたのは、他ならない『早瀬ユウカ』なのだと、現実が彼女を責め立てる。

 いっそ、憎んでくれたなら。どんなに楽だろうか。

 こうなったのは、全部お前のせいだと、感情をむき出しにして、怒りと憎悪で引き金を引いてくれたなら。それはどんなに楽だろう。

 彼女達から、そんな怒りや憎しみさえ奪い去り、ただの機械と変わらぬ姿にしてしまったという事実が。【ミレニアム】を殺した。という事実が。

 

 銃口が、ブレる。

 

 剣先が、鈍る。

 

 腕が、遅い。

 

 足が、重い。

 

 心が────軋む。

 

 

────本当に、なんて、今更!

 

 

 現実は見えている。やるべきことも見えている。償いへの覚悟も、罪への自覚も揺らいでなんていない。

 

 それでも、機械になりきれないユウカの心が、グラグラゆれる。

 諦めないと決めたから。抗い続けると決めたから。『私達』に、恥じない姿でありたいのだから。

 

 人であることを、心があることを、夢を見ることを、手を伸ばすことを。

 

 

 苦しくて、辛くて、怖くて、泣きたくて。

 

 

 

 

 それでも。感じる心を止めてしまっては、駄目だから。

 

 

 

 

「だから、私は──」

 

 

 

 この手で引き裂いた、命を奪った【大人(ジェネラル)】の言葉が、脳裏をよぎる。

 

 

────何処まで行けるか、精々地獄で楽しませてもらおう……!!

 

 

 

「──最後まで止まらないわよ……!【Nuill-Vana】!!」

 

 

 

 ユウカの叫びに、【Nuill-Vana】は虹色の輝きを放つ。

 その心に寄り添うために、支えるために、包み込むために。優しい光であたりを照らす。

 

 一人じゃない。

 

「私達の……邪魔をしないで!」

 

 震える腕を、精一杯振り抜いて、目の前の敵を切り裂いて行く。進んでゆく。一刻も早く、このミレニアムを支配する狂気の禍根を断つために。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

『────対象を補足。迎撃に入ります』

 

 

 

 

『……っ!?高熱源体、急速に接近中!何か──来ます!!』

 

 悲鳴のようなシュウコの声が聞こえ、ユウカも視界に現れたアラートに従い、視線を空へと向ける。

 

 三射。砲撃。

 

「ビーム兵器!」

 

 飛来する弾丸を、ユウカは即座に進行方向を転身し、身を翻して回避する。

 ユウカが避けた弾丸は、地面へ炸裂するとともに爆砕を伴い弾け飛ぶ。

 

『目標、距離至近。システム、高速戦闘形態へ移行します』

 

 機械的なアナウンスが響き、ユウカの前に一機のマシーンが降り立った。

 

 重厚な装甲に、人と同じニ腕二脚の四肢を持ち、両肩部に大型の主砲を備えた機動兵器。

 全身の至る所に銃器を隠すことなく搭載したソレは、ユウカの纏うNuill-Vanaより遥かに大きな機体を持っていた。

 

「これも……Divi:Sionなの……?」

 

 異形の機械兵とは異なる、明確な『人』の形をしたマシーンの姿にユウカは警戒を強め。

 

 

 

『いいえ。コレはDivi:Sionでは無いわ』

 

 

 

 その声に、目を見開いた。

 

「その、声……!?」

『はじめまして、新任の先生さん。……いえ、私達の間柄なら、こう呼ぶべきかしら』

 

 冷たく、落ち着いたその声を、ユウカが聞き間違えるはずは無い。

 

『久しぶりね…………早瀬、ユウカ』

「調月……リオ……!!」

 

 

 ミレニアムサイエンススクール、セミナー会長。『調月リオ』が。ユウカの前に、立ちはだかる。

 

『ミレニアムを貴方達の勝手で滅ぼされる訳には行かないの。だから、貴方を排除します』

 

 リオの言葉と共に、眼前のマシーンの頭部に備えられたセンサーアイが、青く輝く。

 

『出撃しなさい、【Com-Saver】』

『殲滅モード、移行。障害を排除します』

 

 

 

 時は、戻らない。

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