らいぶ・ざ・ろっく 作:後藤のアトリエ
「後藤さぁーん!」
「ひぃっ……!」
極大の聖なる光が陰を焼き尽くさんと迫りくる。
善意という名の笑顔の眩しさから逃走を図ろうとする自身の本能に「ハッ」と蓋をする。もし実際に逃走していたら今日の放課後は罪悪感に苛まれながらギターを掻き鳴らしていたに違いないことは容易に想像ができた。
「はぁ、ふぅー……後藤さんっ! 今日もよろしくね!」
「あっ、はい」
元気だなあ、と内心呟きながらもこうした学校生活に少しだけ憧れていた後藤ひとり。
いつものように横並びで歩きながら階段下へ向かおうとしたところで待ったがかかる。
「ちょっと待って後藤さん。実はね、その」
深刻そうな顔をする彼女の様子に後藤ひとりは珍しく聞いた。
「あの、えと、何かあったんですか喜多さん」
猫背の上目遣いの視線が喜多に向けられる。
「実は先生に階段下で練習するのを禁止されちゃって……どこか場所を探さないといけなくて」
「え(まさか問題児扱いされてるっ!?)」
後藤ひとりは難聴系主人公であった。
元から行動や格好におかしなところがあるのはクラス内で周知の事実である。
「現実的なのはスタジオを借りることだけど、意外とお金がかかるのよね」
お金。
それは後藤ひとりが一般的な女子高校生よりも突出した数少ないステータスの一つ。
だが、同時にお金の貸し借りに関する話は大抵碌なことにならないのは世間一般に認知されている通りだ。
「あ、そういえばこれを喜多さんに」
お金といえば、すっかり忘れていたと封筒を手渡す。
「後藤さんこれは……お金っ!? こんな大金……ま、まさか闇「違います」じゃあこれはなに!?」
ポケットからスマートフォンを取り出して慣れた手付きで操作すると、ある画面を喜多に見せた。
〚Public Address〛\5,000
GOちゃ~ん応援してます
ヒーローちゃんとご飯でも食べてね~
〚☆Song〛\3,000
すごく頑張ってるな
〚R.U ISLAND〛\10,000
GOちゃん推し ファイト
……………………
………………
…………
……
「全部喜多さん、いえ、GOさんに対するスペシャルチャットです」
「……ぐずっ」
「うぇ!?」
「ごんな”に”お”う”え”ん”じでぐれゔぇ……ぐずっ」
喜多の綺麗な形をした鼻に速攻でティッシュをあてる。
ずるびびぃーっ! っと華の女子高生らしからぬ音を響かせながら少しずつ落ち着いていく。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。ごめんね。ティッシュありがとう」
「いえ、いっぱいあるので」
スクールバッグから追加と言わんばかりにポケットティッシュを扇状に取り出す。
「ふふっ、持ちすぎよ後藤さん」
宴会芸のように両手にポケットティッシュを広げる姿に思わず笑う喜多に安堵する。
「あの、改めて受け取ってください。喜多さんへの応援の気持ちを私が受け取るわけにはいかないので。
プラットフォームの仕様で何割か減ってますが、スタジオ代には十分かと」
「ありがとう。けれどあれね、次からは私が配信に出る時は、えっとスペシャルチャット? これってできないようにできるかしら?」
喜多は眉をハの字にし、困ったように微笑む。
「で、できますけど」
「せっかくの後藤さんの配信なのに我儘言ってごめんね。でもあなたの力で成長したチャンネルなのに申し訳ないわ」
こくりと頷く。
何度も配信をしておきながら、彼女の気持ちをちゃんと汲めていないことに後藤ひとりは後悔した。
喜多は動画配信のことはほとんど分からない。そんな彼女へこれらがどういったものなのか予め教えるべきであったと反省する。
「よしっ! それはそれとして後藤さん! 早速スタジオ行きましょう! 時間は待ってくれないわっ!」
「うぇっ!?」
テンションのギャップが激しすぎて危うく心臓がまろび出そうになる。
喜多は戸惑う彼女の手を引いて駆け出した。
「「「あ」」」
「喜多ちゃんだ!」「あ、生きてる」
「あわ、あわばばばばば」
秀華高校の校門前。
金色の髪を風に靡かせながら「やぁっぱり! 喜多ちゃんだぁ!」と指をさす少女。隣にはミディアムボブの黒髪を抑えながら無表情で「おー」と口を開けるクール系美少女がいる。
「え、き、喜多さん? え、え?」
挙動不審になるピンクジャージ上着少女。
「ひぃ、ごめんなさいユルシテ……ユルシテ……」
喉をキュッと締められたようにか細い声を出す喜多。
傍から見ると謎の阿鼻叫喚地獄である。
――――数十分後。
「なーんだ、やっぱり予想した通りだったねリョウ」
「うん」
金髪の少女――――伊地知虹夏は胸に手をあて、安堵のため息をつく。
「私はずっと亡くなったと思って毎日お線香あげてた」
「生きてますっ!」「ええ……」
後藤ひとりは思わずドン引きしたように低い声が出てしまい、口を手で塞いだ。
「それでー、えーっと? 喜多ちゃんその子は」
「そうでした。紹介しますね。こちら私と同じ学校の友達の後藤ひとりさんです」
おずおずと喜多の後ろから頭を下げる後藤ひとりに伊地知虹夏は屈託のない笑顔で手を差し出した。
「ひとり――――ちゃんでいいのかな? 私は伊地知虹夏、バンドではドラムやってます!」
「あ、はい。ども……よろしくお願いします」頭を下げたまま視線を近くの蟻の巣へ向ける。
(この人、喜多さんと似た系統の人だ)
後藤ひとりは陽キャオーラを本能で感知した。
「ふむ、私寄りの波動を感じる」
隣でどこから拾ってきたのかよくわからない雑草を指で遊ばせながら、じっと後藤ひとりを観察する山田リョウ。
「ひとりちゃん、リョウはぱっと見クール系の近寄りがたそうな雰囲気出てるけど、ぜーんぜんそんなことないからねー。
変人って言ったら喜ぶよ~?」
「へ、変人? あ」
しまったと再び口を塞ぐ。
「えへへ、変人じゃないし」
(あ、なんか嬉しそう)
「ね?」
伊地知虹夏は自然にウィンクをして後藤ひとりのぼっちバリアをあっさりと突破する。
(なんかいい人っぽい)
「ご、後藤さんがこんなにあっさりほだされそうに……」
謎の危機感を覚えた喜多は話題を切り替える。
「ところで虹夏先輩。今っていったいどこに向かってるんですか?」
「ん? 喜多ちゃんは前に来たことあるよね?」
「えーと、ひょっとして先輩のライブハウスですか」
下北沢で下りた段階で完全に分かっていたものの、改めて聞いて「ですよねー」と口角をひくつかせる喜多。
「私のって言うよりはお姉ちゃんのだけどね~」
それからしばらく歩いていくと、3人が同時に立ち止まった。
目の前で立ち止まられ、勢いを止められず山田リョウの背中に顔をダイブする後藤ひとり。
「ふぎゅ」
「おお?」
山田リョウは首だけ動かし、「大丈夫?」と声をかける。
「ひぃ! す、すいませんっ(めっちゃいい匂いしたあ)」
言葉とは裏腹に匂いと欲望には忠実なピンクジャージである。
そんな様子には特に構うことなく、伊地知虹夏は「ようこそ」と片手を広げて階段の下へ向ける。
「私達の"STARRY"へ!」