らいぶ・ざ・ろっく 作:後藤のアトリエ
――――夏休み開始
――――1日目
自称LINEの友達数1000人越え、バスケ部のエースの彼氏持ちで、
学校中の人気者というリア充の後藤ひとりは中学生生活最後の夏を迎えた。
中学校卒業を控えた彼女も例に漏れず受験生であることから、机に勉強道具を散らかし……並べていた。
「私のことを誰も知らない高校に行くんだ……!」
気合十分。
全身全霊。
後藤ひとりはやる気に満ち溢れていた。
「椅子に座るっ! 参考書とノートを開くっ! ペンを持つっ!」
ヨシッ! と指差し確認をして、いざ勉強開始ッ!
「おおーっ!」
「おおー……」
「……おっ……」
「……ぺしょ」
この間、わずか10分である。
「ま、まあ~少しくらい」
椅子から立ち上がり、流れるようにギター持った。
現実から逃避することによる"逃げの力"は計り知れない。
鮮やかな運指が普段以上のパフォーマンスを叩き出し、ギタリストとして更に高みへ昇っていく。
アドレナリンがバーストし始めた頃、半ば無意識でノートPCを押入れから取り出し、
配信を開始した。
後藤ひとり、全力の現実逃避である。
******……
ピンクジャージが掻き鳴らす。
熱気が違う。
狂気が違う。
湿度が違う。
呼吸が違う。
想像と想定を超えて指が弾む。
演奏の仲、わずかな吸気が画面の向こう側へ飛んでいく。
【こんにち……うぉ!?】
【開幕ロックだと!?】
【やってみせろよヒーロー】
【あぁ! なんとでもなるはずだ(やけくそ)】
「……コォォォォォ……」
【怪物じょん……】
【ヒェッ】
【ぶっとんでやがるッ!】
【これもまたロック】
【人の出す声か……?】
激しい演奏の中、肘が何かにぶつかる。
「あっ」
思わず素に戻るピンクの怪物。
ぶつかった先から何かが落ちる。
落ちたそれは運悪く、カメラの撮影範囲内へご案内されてしまう。
【うん?】
【あ】
【ん?】
【草】
【草】
【参考書?】
【高校受験か】
【ほーん】
「あっ」
目にも留まらぬ速さで拾い上げ、元の位置へ戻す。
しかし、一度見えてしまったものは消せても、見た者の記憶は消せない。
「……何もありません、何も無かったんですうぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”」
【なるほどね】
【とりま高校生じゃないことが分かった】
【うん? じゃあ高校未満でこんだけ弾けるって……】
【コトッ!?】
【将来有望過ぎん?】
【ワイ三十路おじ、圧倒的敗北を喫する】
【ワイ二十歳おば、圧倒的敗北を喫する】
【二十歳でおばは煽りゾ】
【そうだよ(アラフォーおばさん)】
【草】
反応は主に学年、年齢的な部分がほとんどで、特に個人を特定できるようなものではないようだ。
彼女は実家以外で弾くこともないため、元々バレる要素はかなり低い。
幸い、参考書も書店で売っている有名な部類のものであった。
「……ふぅううううううう」
その事実に気づいた後藤ひとりは安堵の溜息をつく。
「あっ……歌詞はまだないですけど、初めて作った曲弾きます」
【唐突】
【ジェットコースター】
【風邪ひきそう】
【急だな、いいぞ】
【聴こう】
【拝聴】
【新曲……だとッ!?】
******……
あの日、新曲を披露してから半年以上の月日が流れた。
季節は夏から秋、秋から冬、そして春へ移り変わり、学生は新学期を迎える。
「今年こそ、私は変わるんだ……!」
後藤ひとり、迫真の高校デビュー。
が、さすがに初登校日から飛ばしていく勇気もなく、大人しく制服を着て登校した。
登校2日目からは愛用のピンクジャージを装備したが、教室に入っても誰に話しかけられることなく1日が過ぎていった。
登校開始から1週間が経過した頃、周囲では交友関係が出来上がっており、ぼっち組が入るスキマは無くなっていた。
「ギター持ってきたのに誰からも話しかけられなかった......」
放課後、ふと目に入った一階の階段裏にあるスペースでギターを取り出す。
誰もいないこと確認し、少しだけ弾いてみた。
(学校やめたいな......引きこもって配信者として生きていこうかなあ......そしていつか武道館で顔出し無しのライブをしてうぇへへへ)
気分の移ろいを表すように音色が変化していく。
「へへ、よし明日からがっ「ギターすごく上手なのね〜!」ひぃっ!?」
妄想世界から一気に現実へ引き戻された。
「あっ、いきなりごめんね。私のことは喜多さんか喜多ちゃんって呼んでね!」
「あ、はい……喜多さん」
(うわぁぁああ、陽キャだ......それも普通じゃない、そう、なんというか)
「さっきの演奏、もう一回聴かせて!」
(喜多さんのこのキターンとした感じっ! 誰とでも仲良くなれそうなハイパー陽キャだ......!)
目を輝かせながら顔を近づけてくる。
(圧が、期待感がすごい)
「えと、あのっ......さっきのはテキトーに弾いた創作なので、もっとちゃんとしたの弾きますね」
心の赴くままにただ鳴らしただけのメロディでは申し訳ないので、手慣れたオリジナル曲をチョイスする。
ギターを構える。
〚Rolling Alone〛
作詞・作曲 ギターヒーロー
(最初に弾いた時、曲名も歌詞も無かった)
幼稚園、小学校、中学校。
誰にも話しかけることができず、話しかけられることもなく過ごした日々。
寂しさに気づいた時、周りには誰もいなかった。
そんな思いを表現しただけの暗いメロディ。
―――― ~♪
自然と鼻歌が流れ出る。
そういう気分なのだから、しかたない。
「……綺麗」
隣から声が聞こえたような気がした。言葉は自分の鼻歌でよくわからない。
歌詞が付いたのは片付け中にたまたま見つけた小学生の時の夏休みの絵日記を読んだのきっかけである。
当時の自身の言葉は純粋で、気持ちがストレートに綴られていた。
ひとりの寂しさと家族の愛情、そして妹が生まれた時の喜び。
それらの感情全てが自分自身を形作った根源に他ならない。
人混みから転がり落ちた先にあったのは暖かな
(終盤だ、ここからは転がり抜けるように……そして暖かに)
延々と続く暗い坂を転がり落ちた先にあるのは見慣れた光が灯る家。
燦々とした外の光は眩しすぎる。
家くらいがちょうどいい。
ちょうどよかったのだ。
「――――ふぅ」
人前で弾いた緊張感から額に汗がにじむ。おもむろにジャージの袖で拭った。
隣を見ると震えながら俯いている。
(ハッ! ……鼻歌まで出てたし調子に乗ってると思われたかぁ”ぁ”ぁ”!?
まずいっ! なんとか回避しないと私の学校生活が終わってしまうぅ”ぅ”!!)
あわあわとあちらこちらへ手をさまよわせている時、勢いよく彼女の顔が後藤ひとりの鼻先までくる。
「すごいわ後藤さん! なんだか心にスゥっと染み込んできて、寂しいけど温かい感じがしたの。
それに後藤さんの鼻歌も心地良かったし、横顔もカッコよかったわっ!」
(え? なに? いっぱい褒めてくれてる……良い人だぁぁぁああ)
後藤ひとりの心の牙城は豆腐並みであった。
「えと、後藤さんの演奏を聴いて、実はお願いしたいことがあるんだけど……」
両手の人差し指を合わせて言い出しにくそうにしながら、ちらりちらりと視線を向けてくる。
(なんだか嫌な予感がする)
「その、私の
――――ギターの先生になってほしいの!」
(ゑ?)
後藤ひとりの顔のパーツが全て抜け落ちた。
(ゑ? え? んんんぇえ”え”え”え”え”!?)
床に落ちたパーツから「っえ”」と人とは思えない声が出る。
「ダメ、かしら……?」
うるうると涙目で懇願する彼女を無下にできるはずもなく。
「あっ……はい。せ、誠心誠意やらせていただきましゅ……」
快諾? してしまう。
「ありがとう後藤さん!」
「んぇ? あ、手握られ、顔ちか……あっ……良い匂い」
ピンクジャージの不審者は幸せに包まれながら気を失った。