らいぶ・ざ・ろっく 作:後藤のアトリエ
――――とある土曜日
――――in 後藤ひとりの私室
「キタちゃーん!」
「やーん、ふたりちゃん可愛い!」
妖怪ピンクジャージは疎外感を覚えていた。
持ってきた飲み物と菓子が乗るおぼんが小刻み揺れる。
(ふ、ふたりっ、いつの間に!?)
1階に降りた時はまだリビングでジミヘンと遊んでいたはずの妹。
それがいつの間にか自分の私室で待っている彼女の膝上にいる。
「ねえねえ、何してあそぶ?」
「そうねえ……「ちょ、ふたり、お姉ちゃんたち忙しいからジミヘンと下で遊んでて」
「やあーっ!」……後藤さん、少しだけならいいんじゃないかしら」
(Oh……喜多さんまで……まあ最近遊んであげられてなかったし、たまにはいいか)
頬をぷっくりと膨らませた妹を見て苦笑しながら、ちゃぶ台におぼんを置く。
「あそぼっか、ふたり」
「いいの!?」
「いいよ……あの、喜多さんも」
「もっちろんっ! ふたりちゃん、お姉さんたちと遊びましょ!」
喜多の屈託のない笑顔に後藤ふたりは満面の笑みを返した。
******……
ギターの先生になってほしいと言われたあの日。
後藤ひとりは彼女から事情を聞いた。
路上ライブをしていたベーシストに憧れたこと。
そのベーシストのバンドにギタリストとして加入したこと。
ギターを全く弾けないこと。
バンドメンバーに後ろめたい気持ちがあること。
――――そして
「あっ、これ多弦ベースだ」
「へっ? そんなベースだなんて~、ベースが4弦ってことくらい知ってるわ~」
「いえ、あの、ベースの中にも色々種類があって……これは6弦のベースです」
喜多が自身のベースを見る。
振り返って後藤ひとりのギターを見る。
自身のベースを見る。
急に冷や汗を流し始めた喜多の様子に「あっ、やばい」と思ったのも束の間。
彼女は思考回路がオーバーヒートして倒れてしまう。
「前借りしたお金……無駄に……あひゅっ」
(ずいぶんと思い切った買い間違いだ……)
後藤ひとりはカバーに入った多弦ベースを見やると、少しだけ優しげな口調を意識し、
喜多へある提案をした。
「えと、私のギターと交換しませんか?」
「交換?」
「ギターは予備の分もいくらか持ってて、そのうちの1本と一時的な交換ということで」
配信などで入ってきた収入で周辺機器やスペアギターを購入している。
普段使いはしないものの、配信時のトラブル対応のためである。
「いいの……?」
無言で頷く。
すると生気を取り戻したように目が輝く。
「後藤さんありがとう!」
両手を包み込むように握られ、心拍数が上がる。
「き、きき喜多さん。その、ギタぁーの受け渡しは……」
「今週の土曜日に後藤さんの家に行っていいかしら!」
「……へっ?」
(ゴトウサンノイエ……? いったいどこなんだ)
「ギターの受け渡しとレッスンを同時にできるから良い案だと思うの」
「あ、はい」
後藤ひとりは無意識で返事をしていた。
「決まりねっ! 家の場所分からないから、連絡先交換しましょ」
2人は連絡先を交換した。
(……はっ! 手が勝手にスマホを!?)
理性とは裏腹に、本能は正直であった。
――――数日後
「お邪魔します! こんにちわ! 後藤さ……ん……?」
「へい、らっしゃい」
「後藤さん」
「へい」
喜多はピンクジャージの鉢巻、サングラス、チョビ髭、指ぬきグローブへ順番に視線を移して言った。
「……歓迎、ありがとう」
明らかにおかしな風貌だが、何も言うまいと静かに礼のみを口にした。
「あ、どうぞ、こっちです」
家の住人も反応から何かを察したのか、落ち着いて私室へ誘導した。
階段を上がった先の部屋に入ると、壁に立てかけてあるギターがまず目に入る。
更に付近の棚にはDTM関係の機器があり、バンド関係であろうポスターもあった。
いかにも音楽関係の趣味を持っていますと言わんばかりの部屋だ。
「この中から、好きなのを選んでてください……飲み物もってきますね」
「はーい」
******……
冒頭に戻り、更に2時間が経過。
「下でジミヘンと遊んでくるー!」
「わうっ!」
5才児といつの間にか乱入していた犬は、元気良くリビングへ戻っていった。
元気コンビがいなくなったあと、部屋の中は異様な熱気に包まれていた。
「ぜぇ……はぁ……扇風機、つけますね」
「ありがと、後藤さん」
花の女子高生コンビはこれが若さか、と息を切らしながら思う。
それから30分程度休憩してからギターの練習を開始する。
机の棚にある大量の付箋のついた教本を取り出し、基礎の基礎から教えていく。
「指ぃ、つりそうぉ」
(ギター始めたての頃は私もよく指がつりそう、いやつってたな)
右手を一旦離し、宙でぶんと振ってから後藤の手元を感心するように見た。
「後藤さんの指の動きはとても綺麗ねえ」
「へ、あ、ありがとうございます」
(最近いっぱい褒めてくれるぅ、毎日練習しててよかったぁ)
もはや後藤ひとりの心の障壁はほとんど無くなりつつあった。
ぼっち歴があまりにも長過ぎたこと、喜多の距離感の詰め方が普通ではないことも相まって心の完全開放も時間の問題である。
ふと、喜多は先程から気になっていたものへ視線を向けた。
「後藤さん、あれは何かしら」
指を差した先にあるのはライブ配信用の機材。
マイクやカメラ、接続端子の変換コネクタなど、その手の人間でなければなかなか使わないものがずらりと並んでいた。
「配信用の、その、ギター演奏の配信とか、そういう感じのに使う道具です」
「演奏配信!?」
後藤さんが!? と目を見開いて驚く。
「見たいっ! どうやってやるの!?」
ぐぐっ、ともはや定番のムーブと化した顔面超接近をいともたやすく行う喜多に後藤ひとりは「ち、ちかぁ」と緊張する。
「うぇ、あの、じゃあやってみます、か?」
「やりたい!」
(即答!? 怖いもの知らず!?)
取り敢えず配信の準備をするためにギターを立てかけ、手慣れた動きで機材を運ぶ。
「……カメラには気をつけないと」
(そういえば写真の人物画像をイラスト風にしてデフォルメ化するアプリがあったはず、今回は私達の画像を両端に置けばいいか)
流石に配信側のことをよく知らない人が一緒の時にカメラを使うのは身バレリスクが高い。
お試しということでたまにはカメラ無しで行こうと心の中で決める。
一通りの準備が完了し、喜多に声をかける。
「喜多さん、準備できました」
「もう!?」
「えと、はい。さっそく始めますけど、いいですか?」
念のため、確認をとる。
「もちろん大丈夫よ!」
真夏の太陽のような笑顔で応える。
「じゃあ……始めますね」
――――配信開始