らいぶ・ざ・ろっく 作:後藤のアトリエ
――――配信開始
――――in 後藤ひとりの私室
「あっ」
【こんにち、は?】
【あ?】
【こんにちは】
【ピンクジャージどこ】
【事故ったか】
【なんだ事故か】
【事故率95%】
【草】
耳元に吐息がかかる。
「……これってもう始まってるのかしら」
普段人から囁かれるようなことがないためか、誰か分かっていても身体が反応してしまう。
「んひぃっ!?……は、はい、始まってます」
【誰かと話してる?】
【いったい誰なんだ】
【イマジナリィかも】
【マ?】
【この画面のデフォルメ2人いるけど伏線か?】
【伏線回収できるのか!?】
【友達がいないと不可能なんですが】
「みなさん初めましてっ! ご、ヒーローちゃんの友達のGOです!」
【あら】
【あら可愛い声】
【ヒーローちゃん無理にかわいい声出さなくてもええんやで】
【ついに壊れたか】
【元からでは……?】
【声に対してネームが強すぎる】
【剛!?】
【↑それはつよし】
【よく見たらGOってデフォルメの下に書いてるな】
リスナーは訝しんだ。
あのギターヒーローが自らの領域に他人を連れ込むとは考えづらい。
きっと変声の練習でもしていたのだろうと推察するコメントもちらほら、いや、かなり流れている。
「コメントの流れが早いわ……」
喜多は滝のように流れるコメントを見て戦慄いた。
「……コメント低速にしますね」
後藤ひとりは民度の変わらないただ一つの配信を眺めて焦った。
普段通りのトークをすれば当然、本性が露呈してしまう。初の友人には良いところを見せたい。
彼女は極度の見栄っぱりであった。
(このままだと私が陰キャ発狂系配信者だとバレてしまうっ”っ”っ”!)
「あ、ああっ! きょ、今日からGOさんにギターの先生? として教えていきますのでみなさんどうか大人しくお願いしますぅ……」
【ほう?】
【なるほどね】
【大人しくとは】
【せんせー見栄っぱりが隠せてませーん】
【先生、できるのか!?】
【講座動画出してるからな、余裕余裕】
【独り言と実際に教えるのは全然違うのだ】
隣から感じる視線に少しだけ目を向けると――――
(か、輝いてるっ! 喜多さんの期待を感じるっ!)
「よろしくお願いします! せんせっ!」
「ゔっ」
後藤ひとりは光に目を焼かれた。
【マジか】
【本物か】
【凄まじい陽の気を感じる】
【大丈夫? 対消滅したりしない?】
【本当のフレンドなの!?】
【お父さん泣いていいですか?】
【お母さんも】
【おじさんも】
【わしも】
【じゃあワイも】
【家族を名乗る不審者軍団】
【突然のホラー】
「わぁ! こんなに心配してくれるなんて、とってもいい人たちなのね!」
キターンとした笑顔と声音が殺風景な和室を彩る。
声しか画面の向こう側に行っていないはずであるはずが、今度はリスナーたちの良心に激痛が走る。
【――――スゥ】
【コヒュッ】
【すみませんしたぁ!】
【浄化されてしまう】
【心が痛い!】
【ほんとすんません】
【改心します……】
【推していいですか?】
(ええぇ……)
無垢な善心に晒されたリスナーたちは為す術もなく、完膚なきまでに浄化された。
「そー……ですね、ハイ」
後藤ひとりは綺麗なコメントしかしなくなったリスナーたちにドン引きしていた。
******……
ギターのレッスンを始めて3時間が経過。
初歩の初歩から順を追って教えていき、必要に応じて過去に出していた講座動画で該当するものを適宜ピックアップし、
1人の時でも困らず繰り返し練習できるようにしている。
「無理に抑えようとすると指を痛めるので、慣れるまではこうしましょう」
「こうかしら」
初心者時代に経験した多くの失敗から学んだものを総動員して説明する。
教えていく中で、自身が何度も指をつってしまったり、うまく脱力できずに音がうまく出なかった時のことを思い出す。
(懐かしいなぁ)
3年前にギターを始めた時は教本を読み漁り、長い時間をかけて少しずつ理解していった。
当時は何が効率的か分からず、がむしゃらに弾きたい曲だけを必死に練習した。
ヘッドホンからメロディの一部分が流れる。
「やった! ちょっとだけ弾けたわっ!」
はしゃぐ喜多に薄く微笑んで「はい」と返事をする。
【弾けたねぇ~】
【上達が早い!】
【にこにこ】
【頬が緩んでしまう】
【どれ、お年玉をあげようかね】
【↑おじいちゃん、今は4月だよ】
リスナーが普段通りのやりとりをしている最中、ピンクジャージは喜多の手元を注視していた。
(喜多さん、飲み込みが早い)
教えていて、抵抗を一切感じない。
常時受け入れ態勢でもありつつ、分からないところを的確に聞く。
聞き上手でありながら教え上手でもあるという喜多の性質が飲み込みの早さに表れている。
「……ふう、ヒーローちゃん。そろそろ休け「2人とも~、下においで~」……ふふっ、行きましょうか」
リビングから後藤のひとりの母親の声が響き渡り、片や微笑み、片や配信中ということもあって心臓が飛び出そうになっていた。
「たぶん、昼食だと思います……みなさん、配信は一旦閉じますね」
【なぬ】
【昼飯か】
【りょーかい】
【俺も食うか】
【昼寝すっかな】
【腹減った~】
「みんなまたねっ!」
******……
配信を閉じる直前に元気良くリスナーに声をかけてから、「行きましょう。後藤さん」と元の呼び方に戻る。
2人は階段を上がってきた妹とジミヘンと共にリビングへ降りた。
買い物をから帰ってきた両親が張り切って昼食を作っており、いつもよりも豪華な食事であった。
「よぉっし、これで最後だよ母さん」
「持っていくわね~」
最後に出来上がった唐揚げをテーブルに載せ、エプロンを外しながら戻ってきた父も会話に混ざることで、
ただでさえ妹とジミヘンと喜多で賑やかなところが更に賑やかになった。
「こんなに豪華な……ほんとにいいんですか?」
「もっちろんっ! ひとりが初めて友達を連れてきたからね! 今日はお祝いだよ! 友達記念日だっ!」
玄関の靴を見てからずっとハイテンションの父に、母が微笑みながら付け加えた。
「ひとりもお父さんもずっと待っていたのよ~。2人とも別々に予行演習だぁー、って飾り付けをしたり~」
「ちょ、お母さんっ」
学校や配信中でも見せなかった年相応の反応を見て、喜多は微笑んだ。
(後藤さん、こんな顔もするのね)
「キタちゃんこれおいしいよ、あーん」
妹の後藤ふたりが唐揚げを箸で持ち上げる。
「いいの? ふたりちゃん「うん!」じゃあいただくわね、あーんっ。あひゅ」
まだ熱をもった唐揚げに少し驚くものの、熱さからカリカリ衣のジューシーな肉厚さに一瞬にして塗りつぶされる。
「とってもおいしいわ、ありがとうふたりちゃん」
「えへへ」と照れる幼女を撫でる。
「よかったわね~、ふたり~」
母が娘ににっこりと微笑む。
(あれ……私の存在感)
一方、ピンクジャージは謎の疎外感を覚えていた。
姉妹のように中の良い友人と妹、ハイテンションで喋り続ける両親。
(あれぇ~?)
2時間の宴の後、〚ギターヒーロー講座:午後の部〛へ続く。