そんな設定のIF物語です。
1回戦 ヨーグルト学園戦
重戦車の車長席で、作業服姿の少女がため息をついた。
目の前の砲手席に当たらないようにして、気怠げに小さく足を振る。座っている砲手も、90mm砲の砲架を挟んで反対側にいる装填手も、同様にくたびれている。車長席からは殆ど見えないが、車体に座る操縦手と機関助手も同じだろうと、彼女は思った。
この窮屈な車内にいることが不服というわけではない。快適とはいえないが、戦車道を嗜む彼女たちにとっては、むしろ楽しみにもなる。ましてこの重戦車──ARL 44は、欠点はあるものの優秀な性能を持ち、また彼女たちが常日頃から整備に勤しんでいることもあって、非常に愛着をもって受け入れられているのだ。普段なら、実に嬉しそうに乗り込んで訓練する姿が見られただろう。
だが、今の彼女たちは疲れていた。試合開始から2時間、緊張状態をしいられたまま待機を続け、精神的に疲れ切っていた。
『レジスタンスより各車へ。本当にこのまま待ち続けるの?』
車長は動きを止め、おもむろに無線を入れた。味方の車種はみな別々だが、試合前に無線機の供与と調整をしており、通信系は確立している。返答はすぐに無線に乗った。
『ファシストからレジスタンスへ。相手が来ないならそうなるな。どうぞ』
ヤークトパンターからの涼しい声に、むぅ、と眉を寄せる。
『さすがに暇になったというか、戦力を無駄にしている気がするんだけど』
『紙装甲からレジスタンスへ。今日会ったばかりの私たちに連携は無理です。先ほどの話し合いのとおり、時間切れに持ち込んで一騎打ちを狙いましょう』
『こちらパスタ。紙装甲の言うとおりや。去年はえらいめにおうたし』
四式中戦車とP40からの否定的な意見を聞いて、車長は諦めたように『了解』と小さく返した。彼女自身一度は納得したことではあり、また多数の戦車が待ち伏せする場所へ単独で攻め込むほど無謀な性格でもなかった。防御中心の戦術に定評のあるヨーグルト学園が相手では、尚更である。
通信が終わると、車長はもう一度ため息をついた。敵が来る兆候があるまでは、このままずっと待機が続くだろう。勝つためには仕方がないとはいえ、気が滅入るのには変わらない。と、そのとき、彼女は砲手と装填手が振り向いて様子を見ていることに気づいた。そして、二人の顔を見ると、
「……外に出て休憩しよ。どうせしばらく来ないだろうし」
そう言って、彼女は率先してハッチから車外へと出て行った。
第63回戦車道全国高校生大会の第一回戦。全国高校選抜とヨーグルト学園の試合は、完全な硬直状態となっていた。
高校生大会において選抜チームの参加が始まったのは3年前のことであった。近年の戦車道の人気衰退による参加校の減少が問題視され始めた時期であり、このとき特に注目されたのが、他国との協力関係を持たない高校──いわゆる独立校からの参加校の少なさだった。こうした学校では戦車の維持管理すらままならず、また試合できるほどの車輌や選手が揃わない限り出場は許されないという暗黙の了解が形成されていたこともあって、更に戦車道履修者を減らしていくという悪循環に陥っていた。
それに歯止めをかけて長期的には参加校の増加を促し、ついでに手っ取り早く参加チーム数を増やすことを目的として、選抜チーム制度は導入された。全国から優秀な選手を集めるこの制度は、これまで大会での成績という点では振るわなかったが、それでも独立校における戦車道の振興には一定の成果があり、春頃に行われる選抜戦に参加する生徒の数は年々増えている。
中国・四国地方の代表で広島県出身、ARL 44の車長を務める平野はつみも、そんな生徒の一人だった。
「よっ、と」
砲塔上面に出ると、青空と緑の平原がまず目に映り、そよ風が彼女の髪を揺らす。他の乗組員がハッチから姿を見せたのを確認すると、はつみは殆ど無意識のうちに自車に目を向けた。砲塔の右側にあるアメリカ製の無線機とアンテナ、フェンダーがなくむき出しになっている車体の履帯、厚みのある装甲、そして何より頼もしい長砲身の主砲。混迷な時代の下で開発が進められ、フランスの戦車開発に過渡的な役割を果たした重戦車。彼女は目を細めると、いとおしげにその上面を撫でた。
それから思い出したかのように目の前の風景を見て、双眼鏡で覗き込む。僅かに高低差が下がっていく草原には敵影は見あたらず、あるのは乱立する林だけであった。地平線の向こう、なだらかな丘の斜面に隠れているのかもしれないが、ここからでは分かりようがない。
と、不意に、彼女は双眼鏡を下げて、右の方を向いた。隣のファイアフライから、金髪の少女が歩いて来ている。
「休憩かしら。平野さん」
「そうだよ。アーチャーさんも?」
「ええ」
ヴァイオレット・アーチャーは愛想良くそう返した。イギリスからの交換留学生というのを一瞬忘れてしまうほど、話す日本語は流暢そのものであった。
「随分とお疲れね」
「だってさ、とっくに見えてもおかしくないって話してからずーっと待ちぼうけだよ。おかしくない?」
「よくあることよ。適度にリラックスしなくちゃ」
「それは分かるんだけど……」
はつみは面白くなさそうにむくれる。が、その不機嫌もすぐに直った。砲塔上面に出てくつろいでいた砲手が彼女に小声で話しかけ、その内容を聞くと、今度は笑顔になってアーチャーに向き直った。
「ねぇ、この子達がファイアフライを見学したいって言ってるんだけど、いい?」
「Of course. 大歓迎よ」
その言葉に、乗組員は次々に礼をいって、目指す戦車の方へ走っていく。二人はそれを微笑ましそうに見送った。
「熱心ね。後輩?」
「そう。私たちは戦車整備部だから、試合中じゃなければ私も見に廻りたいくらい」
「なかなか良い戦車が揃ったものね」
「ほんと。全員で攻めればすぐ終わるんじゃない?」
はつみは何気なく口にして、周りを見渡した。殆ど平地となっている会場内で丘の頂上となっているこの地点には、ARL 44も含めて6輌が横一列に並んでいた。他の戦車は順に、ファイアフライ、ヤークトパンター、P40、JS-3、そして四式中戦車となっている。いずれも大戦中後期に開発されたもので、性能的には相手のヨーグルト学園の戦車を陵駕しているものが大半だった。
さらに練度という点をとっても、各車は卓越した人員を有している。選抜戦は全試合一騎打ちのトーナメント形式で行われ、ここにいるのは全員それを勝ち上がってきたのだ。特に重要となる砲手はいずれも精鋭揃い、他の学校では間違いなくエースとなれる逸材ばかりである。これだけ戦力が充実していれば積極的に交戦しようと思うのが自然であり、はつみがしきりに攻めたがっているのも無理はない。
「あら、今までの大会結果をご存じないのかしら?」
だが、アーチャーは皮肉げに薄く笑った。それから公共放送のアナウンサーのような朗読調になって、
「第61回大会の高校選抜は各自勝手に動き回って待ち伏せにはまり、しかも無線機を調整してなかったため情報が共有されずに各個撃破されて終了。第62回大会は偵察として派遣したP40とJS-3を敵と間違えて誤射し、その隙に接近戦に持ち込まれて同士討ちが多発、結局──」
「わかった、わかったから。もう止めて」
静かになったところで、はつみは大きく息をついた。今動けない理由など、嫌になるほど身にしみている。彼女はうめくように言った。
「私たち、チームワークが致命的にないもんね」
寄せ集めというのが彼女たちを表現するのにぴったりだった。全国7地区で選抜された彼女らが出会ったのはこの第一回戦当日の朝、それまで一緒に練習したこともなければ話し合ったことすらもない。選抜戦の過密日程や集まる機会の欠如など致し方ない理由はあるものの、チームスポーツである戦車道においてこれは全くの不利にしかならず、ゆえに彼女たちもこの問題点を重く見ている。
「ええ。だから、まずは信頼関係を作ることから始めましょう」
「うん」
再び愛想良く言うアーチャーに、はつみは素直に頷いた。
二人は取り止めのない話を続けていたが、そこへ砲声が遠くから轟いた。はつみは双眼鏡を手にし、アーチャーは重戦車の上面へと素早く上がって、音のあった方向を眺めた。依然、敵の姿は見えないが、遠雷のように届く轟音は散発して続き、稜線の向こうで交戦が行われていることがわかる。やがて、音は直に鳴り止んだ。
「やられちゃったのかな」
「さぁ。期待できないでしょうけど」
アーチャーは肩をすくめた。選抜チームの7校のうち、関東地区代表のシャーマン初期型だけは事前の打ち合わせに反対し、単独で行動していたのだ。彼女のその仕草は、協調性のない車輌はろくなことにはならないのよ、と言わんばかりであった。
他車も同じ思いだったのか、次に入ってきた無線に心配の声はなかった。というより、緊張感の欠片もなかった。
『パスタから二枚舌へ。そういえばシャーマンの識別名、何にするん?』
はつみはアーチャーの視線に頷くと、ハッチから車長席の送話器をとって、彼女に手渡した。
『そうね。物量主義というのはどう?』
『共産主義者より。賛成する』
『待て。試合後に話し合ったほうがいいだろう。私らのも含めて』
特に酷い名前を付けられているヤークトパンターから抗議の声があがった。ちなみに考えたのはアーチャーである。彼女は嬉々として送話ボタンを押した。
『ファシストへ、Good idea! 今度は英国らしい名前にしてくれるかしら』
『こちら共産主義。やっぱり三枚舌がよかった?』
『いや、英語にしてほしいってことなんやないかな。トリプルスタンダードとか』
『それだと長すぎだ。黒幕でいいんじゃないか』
『二枚舌より各車へ。前言撤回するわ、しばらくこのままにしましょう』
ブーイングの声が重なり無線が混雑するのを背景にして、アーチャーは送話機を返す。受け取ったはつみは、信頼関係ってどういう意味だったっけ、と思ったが、それを口にすることはしなかった。代わりに、
『次は協力してくれるといいんだけどね』
『ええ。しかし皆さん、まずはこの試合を勝つことが大事です』
『確かになぁ。それが一番難しいんやった』
『うん。油断大敵……ん?』
JS-3の車長が、何かに気づいたように話を中断した。
『車輌が1台接近中。白旗を振ってる』
二人も双眼鏡を手にとって、目の前の平地を見渡す。肉眼ではまだ粒のように小さく見えるが、双眼鏡の倍率を上げると、軽装甲をつけた自動車Sd kfz 221であることがわかった。
『何だ? 休戦の申し込みだろうか』
『わかりません。怪我人が出たとかではないことを祈りますが……』
戦車道では試合中の人員移動や交渉などで、戦車以外の車輌を使ってもいいことになっている。天板のハッチから白旗を掲げている様子を見る限り、おそらく後者の目的であることが察せられる。ただ何のためなのか不明で、無線には疑問や心配の声が飛び交った。
はつみもそうした懸念を持ってはいたが、それよりも他のことに気を取られた。彼女は送話機で素朴に訊いた。
『ところで、誰が相手するの?』
無線がぴたりと途絶える。現在、彼女たちには隊長というべき存在がいない。顔合わせの時にはそこまで決めることはできなかったし、フラッグ車をくじ引きで決めたことも記憶に新しい。しかし、ヨーグルト学園が話し合いを望む以上、誰かが代表となって話を聞く必要がある。二人は戦車から降りた。他の車長もそうしていた。沈黙が流れるなか、各人は自然と歩き始め、一列に並ぶ戦車の中央付近へと集まった。
六人は一同に会した。誰もがばらばらの服装を着て、統一感というものがまるでない。だが今は、身に纏う雰囲気、隠しきれぬ緊張で顔が強ばる様が、驚くほど似通っている。凛々しい顔つきをしたヤークトパンターの車長が、重々しく口を開いた。
「じゃんけんだな」
「恨みっこなしだからね」
五分後。軽装甲車が高校選抜の陣地に止まり、二人の少女が降り立った。一人は運転手、もう一人は白旗をあげていた少女で、彼女はきびきびと選抜側の戦車の状況を探り、そして相手の選手達に目を向ける。特使である彼女は自らの責務を果たそうと、何故か輪になっている六人へと近づいた。
「ヨーグルト学園副隊長のシレネです。隊長の命により──」
「ちょっと待って!」
真剣な、あまりにも真剣な声音に、特使は思わず黙った。傍目にはそうは見えないが、きっと何か大事なことを決めているに違いない、と。彼女は待った。ずっと待ち続けた。虚ろな目になっていく彼女を置き去りにして、六人はひたすらあいこでしょ、あいこでしょ、と繰り返す。そしてようやく、
「……私ですね」
眉を下げて、悲しげに言う四式中戦車の車長。対して、他の面々は安堵というより疲れたように息をついた。
「やっと決まった……」
「えらい長かったなぁ……」
「日本人っていつもこんなことしてるの? Crazyよ」
「いや、普通はもっと早く勝負つくんだけどね」
「今回は人数が多すぎたかもな……」
それぞれ思い思いに感想を述べる。延々と続くじゃんけんは、彼女たちに当初の目的を忘れさせるのには充分だった。
「……あの! もういいですか!」
ヨーグルト学園の少女が、怒ったように大声で言った。六人はそこで初めて、特使がもう到着していることに気づいた。仮の代表になったばかりの四式中戦車車長が、今まで何もしていなかったとでもいうように、落ち着いた様子で対応した。
「失礼しました。ご用件はなんでしょうか」
「単刀直入に言います。降伏してください」
五人は眉を寄せる。車長は顔色ひとつ変えなかった。
「何故ですか」
「こちらは既に先ほどの戦闘で1輌撃破しました。そちらの不利は明らかです。我々は無益な戦闘を好みません」
「あいにくこちらは降伏する意思など皆無です。話はそれだけですか」
「……これ以上攻めてこないのであれば無気力試合と見なします。審判にその旨申し渡しますが、それでは不名誉では?」
「ご自由にどうぞ。わざと負けるような行為などしていませんから」
「決裂ですね。……実を言うと、期待していたわけではありませんでしたが」
「お気の毒さまです。それでは」
特使は引き返していった。高校選抜側の車長6人は、何とも言えない微妙な表情でそれを見送った。
「よっぽど攻めるの嫌なんやろうなぁ」
最初に出てきた言葉は、同情であった。
「敵情視察の類だったんじゃないのか? 念のための」
「ここ、丸見えなのに?」
「なくはないけど、やっぱり挑発じゃないかしら。相手としたら攻めてもらいたいのよ」
「ええ、そうだと思います。しかしどのみち、相手から動かざるをえないでしょう。……嫌でしょうけど」
「嫌だろうねー」
はつみも心持ち気の毒そうに同意した。ヨーグルト学園の戦車が姿を見せて、こちらに向けて攻撃を開始するのも時間の問題だろう。有効射程と装甲が勝っている相手への攻撃、しかも火砲支援や遮蔽物などがない中での攻撃は、はっきり言って絶望的である。だが相手は、嫌でもそれに賭けるしかないのだ。
高校生大会で採用されているフラッグ戦では、制限時間が切れると一騎打ちで勝敗が決められる。通常はフラッグ車が代表して出るが、この試合の高校選抜はJSー3──大戦末期に開発され、122mm砲の重火力と圧倒的な装甲を持つ重戦車──がそれに当っており、ヨーグルト学園の豆戦車38(t)ではあまりに荷が重すぎる。相手が一騎打ちを避けようとするなら、今のうちに勝負を決める必要があった。
「じゃあ、戻りましょうか」
「うん。あ、うちの乗組員に戻ってくるよう言ってもらってもいい?」
はつみがアーチャーに言うと、彼女は笑って応えた。
「OK. わかったわ」
「ごめんね。お願い」
間もなくして、はつみと乗組員達はARL 44に戻った。彼女が後輩達を見ると、思う存分見学できて満足したのか、先ほどまでの疲れはもうなかった。
「よーし、休憩終わりー。みんな乗ってー」
私も他の戦車を見に行きたい。はつみは内心でそう思いつつ、車長としての責務を果たすため、号令をかけて自車へと乗り込んだ。
全員が乗り込むと、操縦手と機関助手がエンジンを動かすべく機器の操作に入る。これまでは燃料を無駄に消費させたくなかったため停止していたが、もうその心配はいらなくなった。むしろ、足まわりの性能が悪いとはいえ何時でも走り出せるように、今から暖機運転に入らないといけない。機関助手が戦闘室背後の機関室に入ると、そこで燃料ポンプを数回押し、操縦手はレバー類が所定どおりになっていることを確認して、始動ボタンを押した。
ドイツのマイバッハ社製HL230ガソリンエンジンが唸り声をあげて始動する。車内を満たす騒音が安定すると、はつみはじっと目を閉じ、職人的意識を持って耳を澄ませた。──異常音なし、全て正常。彼女は嬉しそうに口元を緩めた。
「うん、やっぱり今日は機嫌いいね」
それからヘッドフォンを装着し、車内通話装置のスイッチを入れる。エンジンを稼働した戦車内ではこれがないと意志疎通が難しい。操縦手への運転指示は勿論、砲手や装填手への号令も車内通話を使うのが普通である。そして同時に、このヘッドフォンからは外部との無線連絡も聞こえてくる。
『こちらファシスト。敵が見えた、9輌だ』
「砲塔左に廻して。ちょっとね」
砲身がその方向へ向くと同時に、戦闘室自体も付随して動く。はつみは車長席に座ったまま、砲隊鏡──カニの目のような構造の双眼鏡──の頭をハッチから出した。網の目状の黒線の向こう、10倍率で拡大された風景には、報告どおり戦車が土煙をあげてながら走っている。有効射程にはまだ遠い。
『どのくらいから撃ち始めるの?』
『各車有効射程に入った時点で各個目標、各個射撃。ということでどうでしょうか』
『了解だ。私はパンターを狙うぞ』
『じゃあ、Ⅳ号駆逐戦車は私たちがもらうね』
その後も無線が飛び交い、それぞれの攻撃目標が定まった。はつみは改めて敵戦車の群れを見た。既に識別ができる程には近づいており、先頭には彼女が獲物と定めたⅣ号駆逐戦車、その背後にCV33とオチキスが2輌ずつ、Ⅲ号突撃砲、Ⅳ号戦車、ヘッツァー、パンターが1輌ずつといった多様な戦車が、パンツァーカイルを組んで整然と進んでいる。フラッグ車の38(t)だけは、その姿を見せていなかった。
と、楔型の矢尻部分、最後部に位置していたパンターから発砲焔がひらめき、次いで前方に砲弾が着弾して砂塵が巻き上がる。地面からの振動、遅れてくる凶悪な砲声を受けながら、彼女は無感動に相手の戦車を眺め続けた。確かにパンターの優秀な砲なら、ぎりぎり有効射程内となるのだろう。味方にはこの距離でも有効打となりえる戦車がいるのも事実である。だが、それはこちらにも同じこと。彼女は車内通話装置に言った。
「徹甲弾装填。目標、Ⅳ号駆逐戦車」
ガコンッ、と装填手が砲弾を詰める。砲手が手動ハンドルで砲身を動かし、戦闘室が微妙に揺れた。
「距離2000。捕捉射撃、交叉後は近端距離で再修正して効力射撃。外しても気にせず続けてね」
そして声を張り上げ、
「用意できたら撃て!」
車体が衝撃に揺れ、すさまじい砲声が響きわたった。ヤークトパンターもこれに和した。以後1分間にわたって6輌の砲門は交互に火を噴き、砲身から瞬時に離れる砲弾をしきりに放ち続けた。
最初に餌食となったのはパンターだった。味方のヤークトパンターから放たれた砲弾は一度空にあがってから降下し、パンターの車体傾斜装甲へと吸い込まれるようにして、斜めから振り下ろされた。初弾命中、撃破──この距離では難しいことであったが、相手の戦車が射撃のために止まっていたこと、88mm砲が火力と低伸性に優れた弾道を誇っていることが、それを可能にした。パンターは白旗をあげ、そのまま黙り込んだ。
Ⅳ号駆逐戦車はまだ幸運であった。常に前進するその戦車への砲弾は、一発目は上を通り過ぎ、二発目は届く前に地面へ着弾した。だが、大戦時のフランス艦隊に装備された対空艦載砲を持つARL 44に交叉されてしまってはもういけない。二発目の距離から照準が微修正されると、三発目は正面装甲に命中、Ⅳ号突撃戦車は速度を落として停止した。
それからは他の戦車も似たようなものだった。ヨーグルト学園は決死の勢いで高校選抜へ向けて走り続けていた。止まるわけにはいかなかった──一度止まってしまうと再加速にはあまりに長い時間を要し、ただの的にしかならない。しかしいくら動いているとはいえ、近づけば近づくほど命中精度は次第に高まっていく。そしてオチキスやCV33、Ⅲ号突撃砲といったヨーグルト学園の主力戦車の装甲は、その火力に曝されるにはあまりに薄いものであった。高校選抜の残りの車輌が撃ち始める頃には、敵戦車は次から次へと撃たれていて、まもなく全て動かなくなった。
『こちらレジスタンス、敵全滅を確認。……最後にオチキス撃ったの誰?』
硝煙の匂いが色濃く残る車内で、はつみは無線を入れた。顔はちょっとむっとしている。
『こちらパスタ。悪いなぁ、うちらがいただいたわ』
『……え、ほんと? って、そっちの主砲、もしかして44口径90mm? 75mm砲じゃないよね』
『へぇ、やっぱりわかるん? うちらのはP43bis仕様なんよ。まぁ、今回は運がよかったみたいやけど』
P40からの声に、彼女は今度は感心して聞いていた。さすがに2年連続での出場というのは伊達ではないらしく、戦車の性能、それに砲手の腕前も、想像以上に高い。しかも先の交戦の様子からすると、他のメンバーも同程度の力量はあるように感じられた。これなら、と彼女は思った。意外にいいところまで勝ち進めることができるかもしれない。
『にしてもこの戦法ええなぁ、これなら準決くらいまでならいけるんちゃう?』
『ファシストからパスタへ。次は間違いなく聖グロリアーナが出てくるぞ。今回のようにはいかないだろう』
『相手も対策してくるでしょうし、次までには連携を強化しないといけないわね』
『連携かぁ、自信ないわ』
『こちら共産主義者、同じく』
『じゃあさ。今日の相手はあと1輌だし、練習しない?』
はつみは気軽にそう提案した。味方の技量がある程度わかり、しかも6対1で不覚をとるはずがないとあって、当然全員が同意してくれるものと彼女は期待した。が、
『サムライなら一騎打ちで決めましょうよ』
『確実に勝てる方法をとるべき』
『敵は味方も含めて6輌やで』
『こちら紙装甲。和菓子を持ってきているので皆さん食べませんか』
『お前ら……。私は賛成だ』
賛同はヤークトパンターだけだった。その声は他の車輌への呆れが多分に含まれている。とはいえ、2対1でも有利であることに変わりなく、何ら問題なく相手を撃破することができるだろう。彼女は決断を下した。
『紙装甲へ。配るの手伝うよ』
くぅ、と小さく鳴くおなかを押さえ、はつみは戦車を降りる。時間は午後3時過ぎ。それにお菓子が嫌いな女の子はどちらかといえば少数派といっていいだろう。はつみは多数派である。とりあえずお菓子食べてから考えよう、そういえばもう他の戦車見学してもいいよね。と彼女は気持ちをはやらせて、ヤークトパンターからの制止を聞き流し、四式中戦車へと走っていった。
数時間後。
試合時間内に決着がつかなかったため、ヨーグルト学園の38(t)と高校選抜のJS-3による一騎打ちが行われた。結果は高校選抜の勝利。制度が始まってから初となる2回戦進出を決めた。