ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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幕間:大洗女子の作戦会議

 7月中旬――。

 茨城県大洗港へ帰港中の大洗女子学園の生徒会室には、8人の生徒の姿があった。

 

「これより作戦会議を始める」

 

 生徒会広報の河嶋桃が指示棒を片手に告げる。

 ここにいるのは生徒会役員が3人と、戦車道を履修している者のなかで隊長車に乗っている"あんこうチーム"の5人だ。

 大洗女子学園は今年、20年ぶりに戦車道を復活させて全国大会に出場し、先日の準決勝で昨年優勝校のプラウダ高校に勝利を収めて決勝進出を決めた。誰もが予想できなかった躍進を果たした彼女達だったが、それに満足することはなく、早速決勝への対策会議を開いていた。

 

「決勝戦の相手はあの黒森峰を破った全国選抜だ。だが、先の準決勝で手の内は既に分かっている。このチャンスを逃すわけにはいかん」

「はーい。その、全国選抜隊ってどういうチームなんですか? 今までみたいな学校のチームじゃないんですよね」

 

 通信手の武部沙織が片手を挙げて質問した。これまでの試合についての情報や戦車のデータが書き込まれたノートを手にしており、その意気込みようが伺われる。

 

「全国選抜隊はその名の通り、全国各地の優秀な選手を集めた選抜チームだ。4月に7地区で選抜戦が行われ、その優勝者から構成される」

「それでは、7輌しかいないのですね」

「ここまで少ないのって大会に入ってから初めてじゃない? ツキが回ってきたよ~」

 

 砲手の五十鈴華が手を合わせて顔を綻ばせ、沙織がそれに同調する。彼女達は今までの大会の試合で2倍以上の車輌を相手に戦ってきたので、その声は嬉しそうだ。

 

「黒森峰を相手にするよりかは気が楽だねー」

 

 生徒会長である角谷杏が干し芋を頬張りつつ言う。

 全国大会のレギュレーションでは決勝戦は20輌まで参加可能とされている。一昨年まで9連覇を達成していた黒森峰女学園であれば当然最大まで登録してくる。現状6輌しかない大洗女子学園から見れば3倍以上の戦力であり、非常に厳しい戦いになっただろう。

 

「ですが、全国選抜の戦車は大戦後期に設計されたものばかりです。性能は私たちとは比べ物になりません」

「各国の優良戦車を集めた、オールスターチームですからね」

 

 難しい顔を崩さないのは隊長を務める西住みほと、戦車に詳しい秋山優花里だ。その視線は用意されたホワイトボードに書かれた相手チームの戦車一覧に向けられている。

 

「ファイアフライとP40は確か、サンダース大付属とアンツィオ高のエース戦車でしたね」

「JS-3ってプラウダ戦に出てた戦車のこと?」

「沙織殿、それはJS-2ですよ。選抜隊のものはその後継で、同じ砲を装備していますが防御力が段違いに上がっています」

「ヤークトパンターとARL-44も他の学校だと切り札になるぐらい強力だから、戦車の質で言えばこれまでのどのチームよりも上だよ」

 

 みほはそうまとめる。

 エース級の戦車が惜しみなく投入される相手に対し、彼女達が扱う戦車は性能的にどうしても見劣りするものばかりであった。戦術で戦力差を覆してきたとはいえ、やはりその差は無視できない。

 

「侮れる相手ではないのは間違いない。我々は更に戦力を高めて勝利を磐石にするのが得策だろう。この間の88mmはどうだ?」

「自動車部がパーツを組立していて、もうじき完了するそうです」

「あれがあれば、性能差を埋めることができるはずだ。これで7輌、もう1輌あれば相手よりも数で上回れるぞ」

「まだまだ時間はあるし、他にないか探してみよー。風紀委員にも動員を頼んどいて」

「分かりました!」

「戦車はいいとして、問題は相手の戦術ですよね……」

 

 副会長の小山柚子が眉を寄せて手持ちのファイルをめくった。そこには大洗で行われた、準決勝の黒森峰と選抜隊の記録が載っている。

 

「黒森峰戦では特に顕著でしたが、相手は勝つために手段を選んでいません」

「ルールぎりぎりの戦い方ですからね。今月の月刊戦車道では凄い話題になってます」

 

 優花里は手元のバックから雑誌を取り出した。その月刊戦車道の表紙には"全国高校生大会特集!!"という定番の文句の横に"緊急討論! 戦車道は武道かスポーツか"と書かれている。

 優勝候補筆頭の黒森峰女学園を破る大金星を上げた全国選抜隊だが、その戦い方は物議を醸した。

 主要な戦車道の流派の多くは声明を出し、「戦車道は武道であり、その目的は人格形成に資することが第一である。今回の試合内容は相手を徒に貶める行為で戦車道精神から外れており、戦車道のイメージダウンにもつながる」と主張した。西住流は勝利することこそが全てと説いているためか表立っては主張していないが、準決勝で用いられた偽装戦車について苦言を溢す門下生のコメントが各種メディアに寄稿されている。

 それとは逆に、選抜隊の戦術を擁護する意見も出されている。多いのはスポーツ評論家からで、「トーナメント制の次はない闘いの中で勝とうとするのは当然であり、ルールで禁止されていない以上問題はないのでは」というものが大半であった。前々から言われていた、学校の資金力によって調達できる戦車に差があることや、強豪校が有利となるルールと暗黙の了解を問題視する声も上がっている。

 ちなみに島田流のとある分家家元からは「戦車道は競技化が進められた現代武道ではあるが、そのルールは乱戦を想定した、極めて実戦的なものである。無論礼儀に外れることやルールを破る行為があれば問題だが、お互いに知恵を巡らせ勝つ努力を惜しまないのはむしろ賞賛されるべきだろう。戦車道精神やイメージダウンがどうだなどというが、そのようなものは戦車道を形骸化させるだけだ」とのコメントが月刊戦車道に寄せられた。

 

「もしいんちきをやってきたら抗議しましょう」

 

 華はそう宣言した。彼女はおしとやかではあるが自分の意思をはっきりと述べる。華道の家元で育った華は、戦車道に対しても心身を磨く道と定めているようで、正々堂々といえない作戦には厳しい。

 

「華さん、ルールは守ってるから抗議はできないよ。ただ、この調子だと私たちにも同じ姿勢で臨んでくるかも……」

 

 みほが複雑そうに言う。聖グロリアーナ女学院のダージリンと一緒にその試合を観戦していたみほはルールに則った試合だったことを確認しており、選抜隊の戦術に一定の理解を示している。しかしその勝ちにこだわる戦い方は、方法こそ違うものの勝利こそが全てという西住流に通じるものがあり、心情として受け入れられないところがあるようだ。

 そしてなによりも、決勝でその相手をすることに不安を感じていた。

 

「相手がどんな手を使おうとも、我々は勝たねばならない。頼むぞ、西住」

 

 桃は決勝の作戦をみほに一任した。丸投げともとれるが、彼女なりの信頼表現でもある。

 だが、みほは未だ浮かない顔つきをしていた。

 

「……勝てるかというと、正直自信がありません」

「西住殿?」

「おい、そんなのでどうする! 我々にはもう後がないんだぞ!」

 

 桃が叱咤する。

 大洗女子学園にとって、次は決して負けられない戦いだ。比喩ではなく、学園の未来が彼女達の双肩にかかっている。

 みほもそれはわかっているし、全力を尽くすつもりであった。ただ、どうしても取り除けない不安が残っていた。

 

「相手はあのお姉ちゃんに勝った人です」

 

 絞り出すようにその言葉を口にすると、そのまま堰を切ったかのように話続ける。

 

「私にとってお姉ちゃんは憧れで。今まで負けたことなんて殆どなくて、昨年だって私がいなければ勝ってたはずで。そのお姉ちゃんに勝った人に、私なんかが相手になると……」

 

 姉が負けた相手に対し、今のみほは自信を失っていた。このままではいけないと、沙織と優花里は声をかけようとする。

 生徒会室の扉が大きな音をたてて開けられたのはその時だった。

 

「何弱気なこと言ってるのよ! そんなんじゃ、あの卑怯者どもに勝てないわよ!」

「エリカさん?! どうしてここに」

 

 現れたのは黒森峰女学園の副隊長である逸見エリカだ。突然の出来事にあんこうチームの半分が呆然としている。

 どうしてこんなところにと、みほが混乱していると、さらにもう一人、エリカの肩に手を置きながら部屋へ入ってきた。

 

「エリカ、落ち着け。まだ安静にするよう言っているだろう」

「隊長、私はもう平気です! 」

「だめだ。頭の打撲は見た目では分からないからな。あと半月は様子を見ないと」

 

 まるで小さな子を諭すような声は、みほにとって聞き馴染んだものだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 入ってきたのは黒森峰女学園の隊長であり、みほの姉である、西住まほその人だった。

 

 

 

 

 

「ありがとう。会議中に邪魔をしてすまない」

「気にしなくていいよー。そっちも今大変なんじゃないの?」

「ああ、まあな。ようやく一区切りがついたところだ」

 

 まほは応接椅子に座り、杏から差し出されたお茶を受け取る。

 この訪問は事前に黒森峰側から大洗女子へ連絡がいっていた。生徒会も承諾してその時間帯に作戦会議を合わせたそうだが、あえてあんこうチームには話を入れていなかったようだ。

 正面に座る不安そうな顔をしたみほに向き直ると、まほは単刀直入に用件を伝える。

 

「みほ。お母様から言伝を預かっている」

 

 母、という部分でみほが反応したが、まほは構わず続ける。

 

「西住の名を継ぐ者として、次はなんとしても勝てとのことだ。もし負ければ、勘当もあり得るとも話していた」

 

 できる限り、淡々と言う。ある程度予測はしていたのかみほに表面上は動揺は見られないが、周囲はそうとはいかなかった。

 

「か、勘当だなんて……」

「何よそれ! あんまりじゃないの!!」

「勝手すぎますわ!」

 

 優花里、沙織、華の3人は立ち上がり、一斉に抗議する。以前喫茶店で再会したときもそうだったが、ここに来て良い友人に恵まれたな、とまほは密かに思う。

 

「部外者は黙りなさい! そもそも、この元副隊長が逃げ出さなかったら、こんな話にはならなかったのよ!」

 

 エリカが一喝する。3人はなおも反論しようとしたが、その表情に陰りがあるのを見て取れて言葉に詰まる。

 

「確かに私たちにも落ち度はあるわ。貴方は正しいことをしたのに、支えることができなかった。それは、申し訳がないと思う」

 

 一転してしおらしく謝るエリカにみほは目を丸くする。

 みほは大洗に来るまでは黒森峰女学園に在校し、昨年の大会では副隊長を任されていた。しかし、決勝戦で味方の戦車が川に水没しようとするところを単身で救助に向かい、結果として優勝を逃すことにつながった。

 不幸だったのは黒森峰が大会10連覇にかかっていたことと、みほが西住流の家元で育ったことだ。そもそもあの事故は、西住流の戦車でなければ、本当は救助が必要にはならなかったのかもしれない。

 ともかく、みほは母親である西住流の師範に厳しく叱責され、さらには学校内でも冷たい視線に晒されることになり、逃げるように黒森峰を去った。

 

「でも、貴方が去ってからチームがどうなったと思う?! みんな何を信じればいいのかわからなくなって、あれだけ結束していたのにバラバラになったわ!! それをまとめるのにどれだけ苦労したか」

 

 その言葉にみほは胸を衝かれ、うつむいた。

 

「自分の信じることにまで逃げないでよ! 皆、本当は貴方と一緒に戦いたかった! 今の準決勝だって、貴方がいてくれたら勝てたのに……」

「エリカさん……」

 

 それは、エリカの本音だった。

 

「エリカ、そこまでだ。……みほ。皆さんも。一度、私の話を聞いてほしい」

 

 まほが改めて話を切り出す。

 

「たとえみほが勘当されてしまっても、私はみほの味方だ。菊代さんだって、みほを見捨てることなんてしない」

 

 西住家に仕える家政婦である菊代は、みほが大洗にいった後でも手紙を送り、大会の結果を見ては喜び、かつ心配している。たとえ本当に勘当されたとしても、今まで通り支え続けてくれるだろう。

 まほ自身も、表立ってはかばいきれないだろうが、見捨てるつもりは毛頭なかった。

 

「ただ、我儘を言うようだが、次の試合は勝ってほしい。家の都合もあるが、何よりもみほ自身のために」

「私自身のため?」

「昨年思い知っただろうが、西住の名が持つ影響は大きい。結果を残さないと、またいらぬ重圧がかかってしまう。それに、お母様を納得させるには、勝つしか方法がない」

 

 そう言って、まほは頭を下げた。

 

「みほには西住流にとらわれず、自由に生きてほしかった。こんな形で押し付けてしまって、すまない」

「お、お姉ちゃん、頭を上げて!」

 

 姉に頭を下げられるとは思ってもみなかったのだろう、みほが慌てたように言う。まほが頭を上げたとき、みほはほっと安心した。その顔は、先ほどよりも明るくなっている。

 

「でも、お姉ちゃんが勝てなかった人に私が勝てるのかな」

「何だ。まだそんなことを考えていたのか」

 

 微笑みながらまほはみほの頭に手を伸ばす。

 

「準決勝を見させてもらった。みほは西住流とは違った、自分の戦車道を見つけたんだろう? なら大丈夫だ。みほの思うようにすれば、きっと上手くいく」

「そうかな」

「そうだよ」

 

 まほは、みほの頭をぽんぽんと撫でる。その久しぶりの感触に、みほは目を細めた。

 

 

 

 

 

「次の作戦について話し合っていたのか」

 

 ホワイトボードを見ながらまほが言う。中断されていた会議を再開するにあたり、まほとエリカは辞去しようとしたが、折角だからと一緒に参加することになった。

 

「うん。今は全国選抜の戦術について話してたの。多分、また奇策を講じてくると思うけど」

「良い機会だからさー。次の相手がどう来るかを予想してみてよ。実際戦った人の意見は聞いてみたいねー」

 

 杏の言葉にまほは苦笑する。もとからそれを聞きたかったのだろう。食えない人だと思いつつ、まほは正直に述べる。

 

「全国選抜の戦術だが、決勝では真っ向勝負を挑んでくると思う」

 

 その回答が意外だったのか、周りは怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「奇策というのは対処されれば脆い。戦力が十分にある場合は無理に使わないはずだ」

 

 準決勝では黒森峰の方が2倍近くの戦車を用いたため選抜隊は奇策をもって対抗したが、その作戦の殆どは賭けのようなものだった。結局、負けてしまったのは自分に慢心が少なからずあったからだとまほは自戒している。

 逆に、大洗女子が相手の場合は戦力的に有利となり、奇策を用いる必要性がない。

 

「1回戦と2回戦では、そこまで戦力に差がないのに持久戦をしていましたが」

「おそらく、チームとして固まっていなかったときの苦肉の策だ。そもそもそのときは隊長すら明確に決まっていなかったかもしれない」

 

 全国選抜隊の弱点はチーム内の連携が他校に比べて弱いことだ。だが、ここまで勝ち上がることでその隙もなくなりつつある。だからこそ、余計な小細工はもうしないと思われた。

 

「それに、相手の隊長も今度は島田流を背負わないといけない。不恰好な試合はできないだろう」

「え、それってどういう……」

「時期にわかる……まあ、これは私の推測に過ぎない。今度の公開練習ではっきりするだろうが」

「公開練習?」

「ああ。次の週末にあるイベントが開かれる。そこに全国選抜が参加するらしい」

「初耳だねー」

「少し特殊なイベントだからな。エリカ」

「こちらです」

 

 エリカが応接テーブルにA4サイズの紙を置き、大洗女子の面々が覗き込むようにして内容を確認する。

 イベントのパンフレットらしく、曇り空の中、ティーガーが荒野で88mm砲を発砲する瞬間の写真が大きく載っている。下の方にはイベントの開催日時と場所、参加者が記載されており、その中には確かに全国選抜隊の文字がある。だが、肝心のイベントの内容については見慣れないものだった。

 いち早く内容を理解した優花里が目の色を変えて顔を上げる。

 

「会長! これ私偵察に行ってもいいですか?! というか、行ってきます!」

「ゆ、ゆかりん、落ち着いて」

 

 目の中に星が幻視できるくらい目を輝かせている。今の彼女を見た者は、きっとぱたぱたと振っている尻尾があるように見えるだろう。戦車が好きな優花里にとってはそれほどのイベントであった。

 

「ヒストリカルゲーム?」

 

 どこか映画ポスターを思わせるそのパンフレットには、そう書かれてあった。

 

 

 

 

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