ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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グデーリアンと査問委員会(前)

「わたくしはいま、ARL-44の所属する学園艦に来ております」

 

 7月の下旬、よく晴れた土曜日に、秋山優花里は着慣れぬ他校の制服を身に纏って偵察に出かけていた。

 今居る場所は静岡県清水港に停泊中の、選抜隊の学園艦の1つだ。元々は広島県の学園艦であるが、今日はここまで寄港している。なお、全国選抜には静岡県からも代表校が入っており、本当はそこに潜入できればいいのだが、そこは珍しくも陸上にある学校で生徒数が少ないため、危険性が高くあえなく断念した。

 優花里はもはや定番となったコンビニ艦からの潜入に成功し、何食わぬ顔で歩いている。清水港は大洗女子学園が2回戦で対戦したアンツィオ校へ偵察したときにも利用しており、彼女を阻むものは何もなかった。

 

「学校の雰囲気は……どことなく大洗に似ていますねー」

 

 あたりを見回しながら小型のカメラを手に実況を記録する。アメリカの文化が色濃いサンダース付属や、イタリアらしい施設が並ぶアンツィオ校を見てきた優花里にとって、今居る学園艦は何の変哲もなく、いわゆる普通の学校の、母校である大洗女子学園に似た空気を感じていた。

 夏休みを直前に控えた土曜日の午前中らしく、人影はまばらだった。おそらく部活動があるのだろう、手提げ鞄を持って体育館らしき施設に向かっていた女子生徒に、優花里は声をかけた。

 

「すみませーん、私最近ここに来たのですけど、戦車道をされている人はどちらにいらっしゃいますか?」

「戦車整備部のこと? それならあっちの大きな建物だよ。看板も出ているから行けば分かると思う」

「どうもでありますー!」

 

 笑顔で手を振って礼を述べると、言われた場所に向けて歩き出す。件の場所はそこまで遠くなく、すぐに『戦車整備部』と書かれた大きな建屋に着いた。既に作業中なのか、中からはひっきりなしに金属音が聞こえてくる。

 

「ここが戦車整備部のようです。あ、シャーマンとチャーチルがこんなに!」

 

 大きく開かれた建屋の入り口から中をのぞき込むと、そこには20輌を超える戦車がずらりと並んでいた。その周囲には白い作業服を着た生徒たちが点検整備を行っている。

 

「明日はこれだけの戦車が……いえ、これよりもっと多くの戦車が一斉に動くんですね。うわー、楽しみだなぁ」

 

 カメラで記録していることもつい忘れて、優花里は楽しみでならないといったふうに言葉を発した。

 今までのように相手の戦車を偵察することも一つの目的であったが、優花里がわざわざ静岡県まで偵察に来た一番の目的は、明日開かれるイベントを見るためだ。

 ヒストリカルゲーム。サバイバルゲームで愛好家が見られる、参加者が歴史上の戦闘を演じるといった、いわば戦争ごっこ。それも、戦車を使ったゲームが開催される。

 しかもその規模は国内では類をみないもので、パンフレットによれば約80台もの戦車が参加するという。通常の戦車道の試合では決して見られない、映画を撮影するのかとでも言いたくなるような大規模なものである。

 

(ここで整備をしているということは、やはり全国選抜はイベントに大部分関与していますね。それを探らないと)

 

 問題なのは、そんな大がかりなゲームに、大洗の決勝戦の相手である選抜隊が参加していることだった。そもそもこのイベント自体が急に持ち上がったものであり、情報提供者の黒森峰女学園からは選抜隊の練度を高めるための訓練が目的なのではないかと伝えられている。

 仮に選抜隊が主導して開催に持ち込んだとすれば、その伝手や行動力、資金力は無視できない。場合によっては更に強力な戦車が導入されることも考えられる。練度を上げるためだとしても、やはり注視はするべきだろう。相手の戦力を見誤らないためにも、今回の偵察任務は重要だと言えた。

 

(まずは見学を装ってそれとなくお話を聞いてみましょう。ふふ、上手くいけば西住殿のお役に立てちゃいますね。ついでにARL-44をじっくり見られればいうことなしです!)

 

 しかし、イベント前日にここまで危険を冒して確認すべきかというとそうでもなく、優花里の心に微笑ましくも幾分かよこしまな心があることは否定できなかった。戦車マニアの業は深い。

 ともあれ、優花里は情報を得るべく、建屋の中へ歩み出した。

 

「そこの人、何か用事?」

「いえ、少し見学できないかなーと思いまして」

「見学?!」

 

 入り口付近の戦車を整備していたのを中断して声をかけてきた生徒は、驚いたように反復すると、「ちょっと待ってくださいね」といって後ろに振り向いた。

 

「部長ー! 見学希望の方が見えられましたー!」

「え、本当?! ちょっと待ってー!」

 

 優花里にとって聞き覚えのある声が割と近くから返されてまもなく、ここの部長らしき女子生徒がこちらに向かってきた。ほかの作業服の生徒と違い、優花里と同じくこの学校の制服を着ていて、今日は黒い髪を白い小さめのリボンでツーサイドアップにまとめている。彼女はきらきらと輝かんばかりに笑顔を浮かべていたが、優花里の顔を見ると、不思議そうにきょとんとした。

 

「あれ。見学希望って貴方?」

「は、はい!」

 

 首を傾げて確認する様子に、早くも気づかれたかと優花里は不安になったが、やがて部長は大きく手を広げた。

 

「ようこそ! 見学者はいつでも大歓迎! 今日は私が案内するね。何か見たいものってある?」

「あ、できれば全国大会に出てる戦車が見たいです! ARLー44ですよね」

「そう! あの子を見たいなんて、心得てるね! いまちょうど訓練中だから動いてるところを見れるよ。早速行こう!」

 

 声を掛けてくれた生徒に礼を言って、二人は整備場の中を歩き始めた。演習場は整備場を抜けた先にあるらしく、2列に並んでいる戦車の中央にある通路を進んでいく。

 

「凄い数の戦車ですね。これ、全部明日のイベントに出る戦車なんですか?」

「そうそう。あちこちから戦車を借りて塗装するところまで請け負っちゃって。おかげでここ1週間は大わらわ!」

「へー、大変ですね。でも、こんな大きなイベントなのに、結構急に出てきたのは何でなんですか?」

「それがさー。最初は隊長が所属するチームと合同でゲームしようって話だったんだけど、途中から参加者がどんどん増えちゃってさ。せっかくだから大々的にやることになったの。あ、隊長って中部地区の代表校の人のことだよ」

 

 決勝の相手だと気付いていないのか、部長の口は軽い。話をしているうちに整備場を出ると、そこには平地が広がっていた。3方を山に囲まれており、麓の辺りには森がある。その森から戦車が飛び出してきて、やがて部長と優花里の近くにまで来た。整備場を背にするように転回するとそこで停まる。

 

「これが我が校の誇る重戦車、ARLー44だよ!」

 

 ふふん、と部長は自慢げに胸を張る。優花里は大洗で行われた試合のときよりも間近に見るその戦車をしばし堪能していたが、ほどなく気になっていたことを質問した。

 

「やっぱり、この砲塔って艦載対空砲ですよね」

「ふふふ、そうだよ。初速毎秒1000m、レギュレーション内ではトップクラスの火力だね。センチュリオンとティーガーⅡ相手には不覚をとったけど、次こそは活躍してみせるから」

 

 拳を握りしめて宣戦布告と取れる発言をする部長に若干顔が引き攣りつつも、優花里はなんとか笑みを返す。大洗の戦車ではどれも有効射程外から撃破される可能性があり、その言葉が現実になってはたまらない。

「こっちだよ」と整備場の近くにある物見台へ案内され一番上まで登り切ると、そこには望遠鏡や無線機を持った二人の生徒がいて、傍らには地図などが置かれたテーブルがあった。

 

「部長、どうしたんですか?」

「見学したいって子がいたから案内しているの。……あ、この二人は演習関係の総括ね」

「お邪魔しています」

「見学の方ですか。ちょうどいい時間ですね。今から射撃演習に移りますので、どうぞご覧になってください。今日は実弾を使いますので迫力ありますよ」

 

 二人のうち、望遠鏡を持った生徒はそう告げると演習場の方へ向き直った。

 物見台から平地を見渡すと、所々に大きなくぼみや盛り土などがあり、ある程度の不整地走行ができることが確認できる。手前側にARLー44がいて正面を向いているが、しかし射撃の的となるようなものはどこにも見えない。

 

「あのー、射撃訓練なのですよね。的が見あたりませんが」

「ああ、目標は現在移動中です。これから偏差射撃演習を行います。停止状態で800mから1200m先を横切る目標に対して射撃。弾数は3発まで、1発命中で合格です」

 

 望遠鏡を持った生徒が説明したその後に、もう1人の生徒が持つ無線機から通信が入った。

 

『チャーチルから本部へ、準備完了』

「本部よりチャーチルへ、了解。これより演習を始めます。最初は時速15キロで始めてください。10秒後にスタート」

 

 生徒が言い終わってまもなく、物見台から見て左手側の森から1輛の戦車が現れた。先ほどの話の通り1000mは離れているようで、物見台からは肉眼ではかなり小さく見える。

 戦車はそのまま右へ向かって走行していたが、ARLー44の砲塔がその姿を捉え砲撃した。火の玉は真っ直ぐに戦車に向かい命中、戦車はそこで速度を落として停止した。

 

「6秒。やや後部に命中しました。続いて時速30キロで行います」

 

 望遠鏡で観測していた生徒が淡々と告げ、無線機を持つ生徒がそれに合わせて指示をし始めた。

 6秒というのは姿が見えてから命中するまでの時間だろう。初弾で命中させるのにそれだけの照準時間がかかったと言える。逆に言えば、平地で1000m以内の場所で発見された場合、その時間内に方向転換なり速度を変えたりしなければ命中弾を食らうことを意味する。

 一度停止したチャーチルが右手の森の中に入り、それから少し経ってまた姿を現した。今度は先ほどよりも早くなっているうえに、指示によると距離を少し変えている。だが、それでもARL-44の砲塔はチャーチルを確実に捕捉し、初弾で命中させた。

 

「11秒、前部よりに命中」

「いい感じだね」

「肩慣らしとしては上出来だと思います」

 

 部長と生徒は軽く講評した。次は1800mから2000mの間での捕捉射撃演習のようで、準備に少し時間を要するそうだった。

 無線による通信が交わされるのを背景に、優花里は先の2回の演習結果を思い浮かべて冷や汗を流した。

 

(す、少なくとも五十鈴殿と同じくらい命中率が高そうですね。黒森峰よりましだと思っていましたが、これは……)

「あ、あの、ちなみにですが、他の選抜隊の人たちもこれくらいの腕前があるのでしょうか」

「んー、そうじゃないかな。選抜戦を勝ち抜くにはこれくらい必要だし」

「どこも同じ程度だと思いますが、東北地区代表は私達よりも射撃に力を入れているかもしれませんね。選抜戦で3000m初弾命中させたそうですし」

「あー、言っていたね。丘に登ったら待ち伏せしているのを見つけて撃ったんだっけ」

「ええ。今までの選抜戦での最長記録らしいです。やはり陸の広い演習場が使えるところは違いますね。ただ、その相手も不注意が過ぎますけど」

「あそこの車長いわく運が良かったらしいよ。まあ、遠距離射撃ならあのヤークトパンターが選抜隊で一番じゃないかな」

「えっと、ファイアフライにはイギリスの代表選手がいると聞いたのですが……」

「うん、確かに腕利きが1人いるけど、2000m以上は当たらないって。停止目標が相手でも弾自体がぶれるから無理みたい。その代わり、1500m以内なら撃てば必中らしいよ」

「それも飛んでくるのがAPDSですから……。明日はどうなるのでしょう」

「あれの搭乗車はファイアフライが内定だからね……。しかも砲手だって。連合国側で希望してよかったよ、本当」

 

 演習場を見ながら部長と生徒は雑談する。その内容と、その後に行われた捕捉射撃演習の初回2弾目命中、2回目初弾命中という結果に、優花里は確信した。

 

(まずいですね。まさか7輛すべてがこれくらい練度が高いとは。この上に明日のゲームで合同演習までするなんて……)

 

「ん? どうかした?」

「い、いえ。何でもないです。とても面白かったです、ありがとうございました」

「そう? いつもなら一騎打ちの模擬戦をやるんだけど、今日は私の都合が悪くて。次もこんな感じで練習を続けるんだよね」

「そういえば部長、時間は大丈夫なんでしょうか」

「えっと、今何時……」

 

 部長は腕時計を確認して「ありゃ」とつぶやいた。

 

「ごめん、私の案内はここまでだね。そろそろ行かないと……あ、ちょっと待って。この後予定ある?」

「予定ですか? いえ、特には……」

「じゃあ一緒に行こう! ふふ、皆何て言うかな」

「いいのですか? 勝手に決めて」

「だいじょーぶだいじょーぶ。これぐらい何ともないって」

 

 傍らの生徒が心配げにしているが、部長は意に介していない。

 

「あのー、ちなみにどこに行くんでしょうか」

「港のファミレスだよ。そこまで遠くないから安心してね」

「ファミレスに?」

 

 場所によってはついて行こうかと優花里は思っていたが、その行き先に首を傾げる。とても戦車道に関係のあるようなところには思えない。

 部長は優花里のそんな様子を見て、にかっと笑った。

 

「これから車長で集まって打ち合わせをやるの!」

 

 ――査問委員会。

 にこやかな笑みを浮かべる部長を前にして、優花里の脳内にその言葉が走っていった。

 

 

 

 

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