ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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ヒストリカルゲーム『8 August 1944』(前)

 蝉時雨がかすかに聞こえる平原の上に、幾つもの戦車が佇んでいる。

 100m程の間隔で点在しているそれらは、いずれもハッチが全開にされ、砲塔は下を向いている。上空から見れば、放棄された戦車群のように見えるだろう。

 その中の1輛、パンターG型の傍らに立つ黒い軍服姿の少女は頭を抱えていた。

 

「あーつーいー」

 

 視線の先には、日差しから逃れようとパンターに寄りかかっている3人の乗組員がいた。今日は曇りがちの空だが、たまに差し込む日光は夏らしく強烈なものだった。

 彼女たちは全国選抜隊の隊長車のメンバーだ。もう一人、通信手がいるが、今は別の戦車に配置されている。いつもの制服姿とは違い、大戦時のドイツ陸軍の戦車服を模した黒色の上着とズボンを着用しているが、若干着崩れていてはしたない。

 

「そろそろ起きて。もうすぐ大洗の人が来るから」

 

 車長はしっかりと制服を身につけていて、乗員の前に立って起きるように促したが、効果は薄かった。

 現在の時刻は11時。朝早くから戦車を会場まで移動し、整備を行った後の自由時間だとはいえ、他校の生徒を迎えるのにこの姿では格好がつかない。

 

「中尉殿ー、クーラーボックスのアイス食べてもいいですかー」

「終わってからのお楽しみじゃなかったの」

「今食べると士気が上がる気がしますー」

「午後から雨が降るそうじゃない。今のうちに食べましょうよ」

 

 砲手が暑さにやられたのか間延びした声で訴え、操縦手がそれに同調する。確かに天気予報では雨マークがついていた。狭苦しい車内で食べるよりも今食べたいと思うのは分からなくもない。しかし「試合後のアイスは格別」と主張していたのは誰だったのか。

 

「はぁ……食べてもいいからさっさと起きる」

「よし上等兵、戦車内に突入して物資を調達せよ。最優先任務だ」

「ヤヴォール、曹長殿!」

 

 操縦手の言葉を受けて、装填手は先ほどまでだらけきっていたのが嘘のようにシャキっと立ち上がり、勢いよくハッチに飛び込んだ。車長はそんな友人と後輩の様子を呆れて見ていた。

 積み込まれていたクーラーボックスが外に出された頃、後ろからふいに呼びかけられた。

 

「第8中隊はここでしょうか」

 

 振り返ると、フィールドグレイの戦車服とひさしのついた野戦帽を身につけ、大きなリュックサックを担いだ女の子がいた。きりっとした表情を作って、何かを期待するかのような眼差しを向けている。

 今日は敵味方ともに様々な小隊、中隊が編成されているが、第8中隊というのはない。彼女が欲する反応を車長は正確に察した。右手を差し出して握手を交わす。

 

「新任の補充兵ですね、第8中へようこそ。中隊といっても4台しかありませんが。今日はヴェンドルフと呼んでください」

 

 若干のアレンジを加えつつ自分の役名を名乗り、後ろを指さす。

 

「ここにいるのがコンラート曹長にヴァルター伍長とペーター上等兵です」

「グデーリアンであります!」

「荷物をまとめろグデーリアン。まずは私たちと一緒にアイスを食え。夕方までには一人前の戦車兵にしてやるぞ」

「即席すぎるよ」

 

 インスタントラーメンじゃあるまいしと思わず口を挟み、小芝居はそこで中断となった。アイスを頬張りながら台詞を言う友人はいろんな意味で残念だ。

 車長はボックスからアイスを取り出すと、グデーリアンに手渡した。

 

「来てくれてありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ! 昨日は楽しみで眠れませんでしたよ!」

 

 そういいながらも隈がない顔に彼女は満面の笑みを浮かべる。その様子に車長はくすりとする。

 

「いきなり漫画の冒頭シーンを振られるとは思いませんでした」

「いやぁ、イベントに参加することを友達に話したら、最初のネタはこれだろうって盛り上がっちゃいまして。皆さんもノってくれて嬉しかったです。やっぱり読んだことあるんですか」

「もちろんです。グデーリアンさんもお好きですか」

「はい、自分の部屋にポスター飾ってます!」

 

 アイスを口に運びながら、彼女は元気よく返事をした。眼帯をつけた某中尉殿の物語は彼女たちにとって慣れ親しんだものであり、会話が弾む。

 

「でも惜しいわ。今日はあいにく東部戦線じゃないのよね」

「そうだね。……それでは、改めまして」

 

 操縦手の言葉に頷いて、コホンと咳払いをすると、車長ーーヴェンドルフSS中尉は芝居がかった口調で言った。

 

「ようこそ、西部戦線へ! 今日は戦友として、最前線をともに戦いましょう」

 

 本日のヒストリカルゲームのシナリオの舞台はフランス。1944年8月8日、高名な戦車エースであるミヒャエル・ヴィットマンの最後の日がベースだった。

 

 

 

 

 

 

 6月6日の連合軍によるノルマンディー上陸から2ヶ月、ドイツ軍は頑強な抵抗を続けていたが、8月に入るとアメリカ軍に防衛線を突破され、フランス西方部の占領地を次々に失っていた。

 ヒトラーは機甲部隊を集中させ西方へ反攻するよう命令を出し、ドイツ軍は8月6日に反攻作戦を決行。初期にはモルタンの町を取り返したものの、事前に情報を察知されていたため進撃はそこで止まり、作戦は失敗する。

 8月7日、カナダ第2軍とイギリス軍はそのドイツ軍の退路を塞ぐため、モルタンの北東約60kmにあるファレーズへと進むトータライズ(締めくくり)作戦を開始。南から回り込むように進軍するアメリカ軍との合流を目指し、ドイツ軍を巨大な包囲網に入れようというのだ。8日の朝までには、カーン~ファレーズをつなぐ国道158号線を順調に南下してガルセルとサン・テニャンおよびその南の森を制圧。当日のうちにファレーズへと到達するかに見えた。

 それを阻止すべく決死の反撃に投入されたのがSS第25擲弾兵連隊の1個大隊とヴィットマン率いるSS第102重戦車大隊の1個中隊だ。

 

「私たちが今いるのはサン・テニャンから南に3kmほどにあるサントーです」

 

 乗組員に見えるように航空地図を広げて、ヴェンドルフは1点を指し示した。ゲーム会場は当時の地形がよく再現されており、指さしたところから北北西に走る158号線および各地に点在する集落と森の位置関係、さらに地盤の高低までもがほぼ近似している。また便宜上、ゲーム中で使用する地名もそのまま拝借していた。

 

「史実では反撃開始時刻は1230。目標はここから4km先、敵戦車部隊が集結していたガルセル南東の森でした」

 

 地図上で指を左上に移動させながら説明する。ヴィットマンにとってその攻撃は絶望的なものだっただろう。彼と彼の部下たちはティーガーに搭乗していたが、敵はあまりにも数が多すぎた。それでも彼は友軍を助ける時間を稼ぐため、指揮官へ最後に笑顔を見せて死地に赴いたのだ。

 

「ヴィットマンはサントー郊外から158号線沿いに北上するも、途中にあるゴーメニルの東において戦死。諸説ありますが、1250頃に側面からファイアフライに撃たれたと見ていいでしょう」

「ジョー・イーキンズ砲手によるものですよね。あの森から!」

 

 グデーリアンが部隊正面右に見える森を指さした。サン・テニャン南には6haの果樹園が広がり、その下に帯状の森がある。さらにまた、帯の西端を起点として、国道に平行して南へ幅の狭い森が連なっている。イギリス軍所属のジョー・イーキンズの乗るファイアフライは果樹園南西、森に隠れるように布陣し、ヴィットマンの乗るティーガー007号車を含む3輌を撃破した。

 

「ええ。そして今度はあの帯状の森ーール・プティ・ラヴァンという隘路に向かって、Ⅳ号戦車を主体とした20輌ほどの戦車と擲弾兵部隊が1255頃から進軍、果樹園に布陣していたイギリス軍ノーサンプトンシャー連隊と激しく交戦します。両軍とも10輌以上の損失を出し、ドイツ軍は敗退しました。ここまでが今日のシナリオの大本です」

「何というか、いいところなしの負け戦よね」

 

 コンラート曹長が身も蓋もなくまとめる。

 

「まあ、あくまでもベースだからね。負け戦には変わりないけど、いい勝負ができるように史実と色々変えてるよ。空にヤーボはいないし、私も本当なら他の戦区で戦ってるからね」

 

 ヴェンドルフは冗談めかして言う。ヴィットマンの親友であり、この日の後に大隊長の任を継ぐヘルムート・ヴェンドルフSS中尉は、史実ではグランボスクという場所でティーガー中隊を率いて戦闘中だった。なお、彼は8月13日に戦死している。

 

「一応おさらいしておくと、今回は連合軍側60輌、ドイツ軍側20輌。お互いの詳細な編成は分からないようになっています。ルールは殲滅戦で、公式戦とほとんど同じ。私たちに有利な点は、戦力差を鑑みて相手の会話の無線傍受が禁止されていることと、こちらの戦力が史実より少しだけ強化されていることです」

「熊さん11輌は十分えげつないと思うで」

 

 そう言って会話に加わったのは、全国選抜では識別名パスターー今日はヴェンドルフ率いる第二中隊の4号車操縦手だ。

 今日のドイツ軍側は3つの部隊にわかれており、全体の指揮をとるヴィットマン役の大隊長隷下の第一中隊5輌、第二中隊が4輌、そして火砲支援を担当する第三中隊11輌という編成になっている。

 選抜隊のヤークトパンターのメンバーは第一中隊、JS-3の乗組員は第三中隊に配属され、他のシャーマン・ファイアフライ・ARL-44のメンバーは連合軍側で参加していた。

 

「クルト上等兵、お疲れさまです。どうかしましたか?」

「10分後に作戦説明やって。大隊長殿からの命令で、挨拶がてら回っとるとこ。……ま、ここが最後やけど」

「まず中隊長からでしょう、そこは」

「聞き捨てならんな上等兵。罰として腕立て伏せ50回だ」

「ひえー、堪忍してください、曹長殿ー」

 

 曹長と上等兵が寸劇を繰り広げる。上等兵は全国大会では車長を務めているが、元々は操縦手であり、他の操縦手の面々ともそれなりに仲が良い。

 ヴェンドルフは腕時計を確認した。

 

「予定よりも早いですね」

「天気が崩れそうやから、開始時刻を繰り上げるらしいわ」

 

 ゲームの開始は史実に合わせて12時半からの予定だったが、20分程繰り上げになったようだ。この後に他のメンバーの様子を見に行こうと思っていたが、そんな余裕はなさそうだった。

 クルト上等兵が自車へと向かうのを見送ると、ヴェンドルフは乗組員に向かって言った。

 

「少し早いですが、行きますか」

 

 中隊長が遅れるわけにはいかない、早めに行ってこしたことはないだろう。

 5人は作戦説明が行われる集合場所へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 大隊長の説明が終わった後、参加者全員が自車へと駆け戻る。

 グデーリアンも第二中隊長車の搭乗員と一緒に隊長車へ向かって走っていたが、その途中で併走するペーター上等兵に話しかけられた。

 

「グデーリアンさんって装填手だっけ。今日は任してもいい?」

「はい! お任せください!」

「うちは装填きっついよ。務まるかな」

 

 挑戦的な笑み。上等兵も本職は装填手であり、経験も豊富だった。対するグデーリアンもニヤリと返す。

 

「大丈夫です、大洗では隊長車に乗ってますから!」

「オッケー、期待してる」

 

 全員がパンターG型の各席に滑り込むようにして着席する。曹長はエンジンをかけ、伍長は砲の照準を確認し、上等兵は無線機器をチェックして周波数を調整。グデーリアンは砲弾をこめる開閉器を確認した。

 ヴェンドルフはヘッドホンを装着すると、無線で僚車に呼びかけた。

 

「バザルト1よりバザルト全局、感度いいですか、どうぞ」

 

 2、3、4号車の順に感度よしの声。無線の過密状態を防ぐため、通信網は中隊規模で設定されていた。他の隊との交信は各車の通信手が受け持つことになっている。

 

「攻撃開始は1210、第一目標はル・プティ・ラヴァンです。ドーメニルを確保の後、2、3号車はローベルメニル経由で左回りに、4号車は森沿いに右回りで進んでください。私は正面から進みます」

『バザルト2より意見具申、正面は2号車にお任せください』

『あっずるい、一番槍とろうっていうんでしょ。副長へ、それなら3号車に任せて!』

『えっと、こちら4号車、特に意見はありません』

 

 2号車からは落ち着いた声、3号車からは対照的に元気いっぱいの声が流れる。彼女たちはヴェンドルフが所属する社会人チームの車長だ。何度か一緒に戦ったこともあり、お互いの技量はよく知っている。

 対して4号車は幾分ぎこちない声だった。いつもは選抜隊でP40の操縦手を務めているという車長は、初めて戦車長の任につき、少し緊張しているようだ。

 

「バザルト1より2、3へ、一番指揮をとりやすいのが正面なので。あと、一番槍は私達がいただきます。バザルト4へ、よろしくお願いしますね」

『くっ、さすが副長。相変わらずいい性格してるよ』

「ありがとうございます」

 

 軽口を叩きあいながら出撃を待つ。2号車と3号車のメンバーはヴェンドルフより何歳も年上だが、友人のように気安い関係だった。

 やがて時計の針が12時10分を指した。

 

「時間です。戦車前進(パンツァーフォー)!」

 

 パンターG型4輌からなる第二中隊は先陣を切って、サントーを出発した。進路を北東にとり、遠くに見える森と小集落へ向かって速度を上げる。

 1.5km程走り、途中で速度を落とした4号車と別れると、バザルト1、2、3は目標の南東にあるドーメニルという小集落へたどり着いた。幸い敵の潜伏はなく、1号車はボカージュに身を隠しながら目標を伺う。2、3号車とはここで別れ、彼女たちは更に北600mにある同様の集落、ローベルメニルへと向かって疾走していった。

 バザルト1の目の前にはサントーとサンテニャンの中間に位置する帯状の森が距離800mで視認でき、左手にはそれに連なる森と小規模なリンゴ園がある。

 第一目標は帯状の森とそこにある隘路だ。おおよそ戦車が戦うような場所ではないが、史実ではここで攻防戦が行われた。平地にあるこうした森は防御陣地を敷くのにもってこいの場所であり、今日のゲームにおいてもこことその向こうにある果樹園の攻略が重要視された。

 とはいえ、闇雲に攻めても返り討ちにあうだけである。火砲で捜射してから進撃するのが一番だが、戦車道には弾数に限りがあるし、大隊長の許可もない。なにより、今使うと奇襲要素が失われてしまう。互いに編成がわからない現状では、最初の一撃は最も効果的に放つことができるのだ。

 ヴェンドルフはまず古典的な戦法を使うことにした。自車を囮にして敵の攻撃を誘い、僚車にその隙をつかせるのだ。バザルト1はボカージュを倒して前進し、あえてその車体をさらした。ヴェンドルフはハッチから頭を出して、周囲に注意を払う。と、20m程進んだところで面白いものを見つけて、停止を指示した。

 

「10時のシャーマン。偽装に手を抜いてるやつ」

 

 左手のリンゴ園にカモフラージュらしきものをしたシャーマンがいた。成る程、リンゴの木で姿を隠して、一見分かりにくくはしている。だが、木々の隙間から車体の輪郭がわかり、主砲は突き出されていてすぐに目に付くようになっていた。

 偽装の技術で練度を計ることができる。ゲームの参加者は広く募集しており、中には発展途上の人もいるのだろう。ただ、それで見逃すようなことはない。

 砲塔が旋回し、敵戦車に照準が合わされる。

 

「たるんだ戦車は教育して差し上げます……撃て!」

 

 轟然たる発射音と噴煙をあげて70口径75mm砲は火を吹き、木々の隙間を縫ってシャーマンの車体に命中弾をたたき込む。

 第二中隊1号車は本日最初の戦果をあげた。

 

 

 

 

 

 

 砲声が聞こえる中、4号車は猛スピードでリンゴ園に接する森のすぐそばを突っ走り、帯状の森の西端へ到着した。幅60mの森の真ん中には戦車1輌が通れるくらいの小道が1本走っており、その左右は緩やかな斜面になっている。ここがル・プティ・ラヴァンと呼ばれる隘路だった。

 

「では、見張り番に行ってきます!」

「頼むでー」

 

 通信手が小型無線機を手にして軽やかに戦車から飛び降り、森の中に紛れ込んだ。それを見送ると、4号車は隘路の中を進んでいく。

 クルト上等兵は徐行運転にして、点視孔を覗きながら左右の手に持つレバーを調節する。両側はすぐ側にまで木々があった。

 

「おらへんなー」

「轍はあるんですけどねー」

 

 小路はゆるやかに左へと曲がっており、見える範囲では敵車輌は確認できなかった。クルトと車長は牧歌的に話し合う。

 ただ、それも長くは続かなかった。車長は前方にいくつもの倒木を発見した。そして、左の方からメキメキと音をたてながら、森の中を進む戦車を視認したのは、ほぼ同じだった。

 

「左前方にシャーマン!」

 

 クルトはその報告を聞くやいなや、すぐさまクラッチペダルとブレーキを踏み、後退ギアに切り替える。そしてアクセルを踏んで後ろへ急発進した。両側にある木が邪魔で、ここでは思うように砲塔を旋回することはかなわない。クルトの視界からはシャーマンが見えなかったことからして、ブレーキした場所では狙い撃つことはできなかっただろう。いちど後ろに下がって、射界を広くとる必要があった。

 対してシャーマンの方もこちらに気づいたのか、すぐに後ろに退いた。車長がそのことを報告すると、4号車はそこで停止。さあどうするかというところで、通信手から無線連絡が入った。

 

『1輌侵入してきます、ファイアフライです!』

「タイミング悪すぎやなぁ」

 

 そう言いつつも、クルトは右手のレバーをぐっと引き下げて、アクセルペダルを思いっきり踏む。車体は右後方に曲がり、背面に木が激突。なおも踏み続けて、その木を押し倒した。

 密集した木々の中に、車体の半分を収めるまで後退すると、続けて左のレバーを引き、同時に右のレバーを前に倒す。ギアを前進に切り替えアクセルを踏み、今度は左前方へと信地旋回して、元来た道へと車体を向けた。ただし、完全には戻らずにきりのいいところで停止し、こちらへ進んでくるであろうファイアフライの砲弾に対して鋭角で受けられるようにしてある。

 その操作が終わる頃には、件のファイアフライはもうこちらを狙いつけていた。敵戦車が火を噴いて、轟音が枝葉を揺らす。砲塔に向けて放たれた砲弾は、浅い角度でパンターの装甲に当たり、跳弾して近くの木を粉砕した。直ちに4号車は応射し、ファイアフライは道の真ん中で擱座した。

 

「出られなくなりましたね」

「前に行っても3号車と鉢合わせするし、しばらくここで待ち伏せやな。とりあえず、服部ちゃん呼び戻そか」

 

 先ほどと逆の操作をして4号車を再び進行方向へと戻すと、クルトは通信手に連絡すべく無線装置に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 第二中隊が攻撃を開始した頃、楔型隊形を組んだ5輌の戦車が158号線に沿うように北へ前進していた。史実のヴィットマンの部隊を模した、ティーガー5輌からなるドイツ軍側の主力の第一中隊だ。選抜隊のヤークトパンターの乗組員は、この中隊の3号車に乗り込んでいた。

 

『グラニート3、こちらグラニート1、ティーガーの有効射程はわかるか』

 

 普段と違う車輌に乗っているので気にかけているのか、大隊長からの通信が入ると、車長のヘフリンガー上級曹長ーー勿論、役名であるーーは迷うことなく応答した。

 

「シャーマンならば正面でも1800mから貫けます。命中精度でいえば、1500mまでなら最高の射撃ができるでしょう」

『よろしい。では、次は腕を見せてもらおうか』

 

 第1中隊はサントーから800mほど、ゴーメニルの東まで進み、そこで扇形の隊列を組んで停止した。史実の007号車の擱座した地点よりはもう少し手前側だ。この辺りはほんの僅かな勾配がついていて、正面側は高地になっており、肉眼では米粒のように敵戦車が視認できる。それよりも左の手前側には小さな林があった。また右側は、いま第二中隊が攻めている森が見える。

 その三方から、第一中隊に向けて一斉に砲火が放たれた。周囲の地面に着弾し始め、いくつかはティーガーの装甲を叩く。どの方向からも1000m以上は離れており、また側面をあまり晒さないよう防御陣形を敷いたこともあって、損害はなかった。第一中隊は負けじと砲火を交わす。

 

「やや左だな、ファイアフライがいるぞ。1300」

 

 ヘフリンガーは正面を見据えながら車内に言った。ファイアフライが放てるAPDS弾は、この距離からでもティーガーの直立100mmの正面装甲を貫くことができる。命中率は低く、よほどの名手でない限り、基本的には500mまで近づかないと信頼性がなかったが、脅威であることには変わりない。

 砲手は砲身を向けると、対象の動きをじっと見つめた。1発撃つごとに適時移動しているが、撃つときはさすがに停車している。そこを狙って引き金を引き、砲弾はまっすぐに飛んで命中弾を与えた。

 しかし、中隊全体で何輌かの戦果をあげているとはいえ、敵の砲火はますます激しさを増した。着弾であがる砂塵によって、照準を合わせることも困難になる。

 

『グラニート全局、後退して位置を変えろ。もう少しの辛抱だ。第三中隊は冬眠から起きた。悟られぬよう全力で反撃せよ』

 

 大隊長が全車に命令すると、第一中隊はそろって後退する。少し動いて隊列を整え直すと、視界が見えた車輌から各個に射撃を開始した。平原に射弾が飛び交う砲撃戦は、いましばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 ル・プティ・ラヴァンから木々を押し倒しつつバザルト1へ向かう戦車が、まだ3輌いた。バザルト1から見て左と中央にシャーマン、右にチャーチル。

 バザルト1はまず中央の戦車に向けて発砲した。3輌の中では2番目に遅く、右のチャーチルに追い抜かれそうな車輌だったが、左のシャーマンとは違い長砲身型のものだった。最も危険度の高いその車輌は、砲塔前面に直撃弾をうけて白旗をあげた。

 

「次弾装填、左のシャーマンを先に!」

 

 続けてヴェンドルフが鋭く指示する。もう1輌のシャーマンは森を抜け、バザルト1の左側へ回り込もうと加速を始めていた。指示をうけて、ヴァルター砲手は砲塔を左に旋回し、コンラート操縦手は車体を半時計回りに信地旋回させる。息のあった連携により、砲身は急速に接近する敵の進路に向かって振り回された。

 

「装填完了!」

 

 グデーリアンが声をあげてから間髪をいれずに、コンラートは車体を停止させ、ヴァルターが引き金を引く。照準に未来修正を加えて放たれたその砲弾は、一秒もたたないうちに狙いどおり命中した。

 

「あと1輌、1時のチャーチル、徹甲弾。まだ撃たないで」

 

 今度は落ち着いた声音でヴェンドルフは指示を出した。残る敵はチャーチルⅦ、ようやく森を抜け出したところだった。

 バザルト1は敵車輌に向けて砲口を向ける。700mほど、この距離では側背面に当たらない限り、お互いの砲弾は弾かれる。

 チャーチルはバザルト1へと直進してきた。ル・プティ・ラヴァンは3、4号車がにらみをきかせており、後退しても易々と撃破されるだろう。そのことを知ってか、猛然とこちらを目がけて走っている。

 ヴェンドルフはまだ何も言わなかった。照準を合わせたまま、1号車は停止していた。相手が近づいているのを、ヴェンドルフは静かに見ている。互いの距離が400mになったとき、チャーチルは左側面に大きな音をたてて速度を落とし、停まった。

 

「バザルト2へ、ナイスショット」

 

 狙い撃ったのは2号車だった。ローベルメニルから少しはずれたところで右翼を牽制していたそのパンターは、距離約800mで偏差射撃をきめた。

 

『お安い御用です。……それと、最新の情報を同期しました。ご確認ください』

「了解、引き続きお願いします」

 

 改めて周囲を見回して当面の危機が去ったことを確認すると、ヴェンドルフはポケットからスマートフォンを取り出した。映し出された画像を見て、口角を僅かに上げる。

 

「中尉、第一中隊から無線連絡です」

 

 ペーター通信手が声をあげ、周波数を調整したのかすぐに無線が入った。

 

『こちらグラニート1、バザルト指揮官(フューラー)応答せよ』

「こちらバザルト1、受信しました。どうぞ」

『ヴェンドルフ、戦術画面は確認したか』

「今し方。敵の増援が来ているようですね」

『第三中隊にはすでに砲撃を要請した。敵増援の到着が見込まれる1分半後には果樹園はなくなる予定だ。第二中隊は残存する敵を叩いて制圧してくれ。必要があれば砲撃要請を許可する。意見あるか、送れ』

「意見ありません、第二中隊は全力を尽くします」

『頼むぞ』

 

 交信を終えると、ヴェンドルフは中隊に指示を出し始めた。ひととおり伝え終わるのを見計らって、グデーリアンが口を開く。

 

「中尉殿、何で敵の位置がわかるんですか? もしかして、無線傍受をしてるんじゃ」

「ふふ、いいえ。ルールは守ってますよ?」

「今日は相手の会話は傍受していないぞ、グデーリアン。無線方向探知システムだ」

「無線方向探知システム?」

「ちょっと、あっさりばらさないでよ」

「いいじゃない。大会では使わないんでしょ」

「大部隊が相手じゃないと効果がないもの。でも、もうちょっと溜めてから言いたかったのに」

 

 ヴェンドルフは口をとがらせる。

 

「あの、説明をお願いしてもいいでしょうか」

「ふむ。簡単に言うと、バザルト2と第三中隊のクヌート1には、無線がどの方位から飛んできたかを探知する方向探知機がつけられている」

 

 コンラートが曹長になりきった例の口調で説明を始める。とっておきの秘密を披露するのが嬉しいのか、傍目には楽しそうに続けた。

 

「2輌の位置と、それぞれが探知した無線の方向を照らし合わせれば、その無線の位置を特定することができる。……ここまでは大丈夫?」

「えーと、ハフダフで相手の無線を探知しているようなものですか」

「そうそう。なんだ、よく知ってるじゃない」

 

 ハフダフは第1次世界大戦頃からイギリスで開発が進められた無線方向探知機のことだ。第2次世界大戦前後には目覚ましい発展をとげて小型艦および航空機へも搭載が可能となり、大西洋の戦いにおいては潜水艦の攻撃方位と座標を推定する貴重な情報源となった。

 こうした技術はノルマンディーにおける戦いでも活用されていた。ドイツ軍の陸上部隊が無闇に無線を発すると、即座に艦砲射撃や空爆が発信位置に目がけて襲いかかったのだ。

 

「でもどうやって実際に位置を特定しているんですか? バザルト2は動き回っていますし、計算する時間もかかるかと」

「そこでスマートフォンの出番です」

 

 グデーリアンに手に持ったスマートフォンの液晶を見せながらヴェンドルフが説明に加わった。画面には光点が記された会場の地図が表示されており、果樹園からいまだ多数の発信があることが示されている。

 

「各戦車長のスマートフォンはネットワークで繋がっています。2輌が無線を探知して方向を入れると、GPSを使って自動的に無線の位置が特定され、各車長は情報を共有することができます。これにより、効果的な作戦遂行と火砲支援が可能となるのです」

 

 その説明が終わるか終わらないかという時に、ジリリリリッとけたたましい音が響き、ヴェンドルフは反射的にハッチを閉めた。

 

「な、何ですかこの音?!」

 

 突然鳴り響いた警報に驚くグデーリアンを見て、そういえば言っていなかったかとヴェンドルフは思い当たる。今日のゲームでは「楽しく・安全に」をスローガンに徹底した安全対策が施されていて、その一つが全車輌に備え付けられたこの警報機だった。大規模な火砲爆撃を行う際は事前にイベント運営本部に通達して許可を得る必要があり、さらに射撃10秒前から付近の敵味方全員に警報で注意が呼びかけられる。

 

「まもなく第三中隊の砲撃が来ます。絶対にハッチを開けないでくださいね」

 

 爆心地から距離はあるが、それでも彼女は付け加えた。

 

「危ないですから」

 

 

 

 

 

 

 ドイツ軍側のスタート地点であるサントーの付近には、11輌の戦車が砲列を敷いて待機していた。前列6輌、後列5輌の千鳥配置であり、前後の間隔は50m、隣り合う車輌の間隔は100mほど。すべて果樹園の方に向いており、砲口は空を仰いでいる。砲塔はない。密閉式の固定戦闘室から15cm43式突撃榴弾砲の短砲身が突き出され、車体はⅣ号戦車のものを利用している。

 Ⅳ号突撃戦車。ブルムベアと呼ばれる自走砲だ。射程約4,700m、会場の大部分に砲火を放てるこの戦車で構成されているのが、第三中隊である。

 その11輌が、一斉に火を噴いた。初速240m/s、重さ40kgの15cm榴弾11発は、山なりの軌道を描いて8秒ほど飛翔したのち、連合軍側の戦車がまだ多数存在する果樹園に着弾、地面を抉るように爆発した。爆轟は着弾箇所から半径20m、またその周囲には猛烈な爆風圧が吹いて、地面はその衝撃で震動し、樹木の枝葉は熱風で吹き飛ばされ、あたりには土砂と噴煙が舞い上がった。

 第一中隊のティーガーを狙っていた戦車部隊は、一応無事だった。戦車というのは爆風圧には強い。上面に直撃を食らわない限りは、榴弾は得てして効果が薄いものだ。しかし、盛んに砲弾を撃ち込んでいた戦車砲は、今はすべて沈黙している。立ち上る粉塵で視界が遮られ、まともに動ける者は少なかった。

 視界が晴れると同時に、敵戦車にティーガーの長射程砲の斉射と、第二中隊の強襲攻撃が襲いかかるのは、もう間もなくのことだった。

 

 

 

 

 

 

「は? 全滅?」

 

 会場の左上、ガルセルの西に布陣する連合軍側の戦車群の1輌、ノースアフリカ号の車長であるモレル大尉は無線から流れる状況報告に耳を疑った。唖然としていると、また別の無線が入ってくる。

 

『Hey,レジスタンス。聞こえるかしら』

「ハリスへ、聞こえてるよ。あと、今日はレジスタンスじゃなくてモレルだよ」

『そうだったわね』

 

 相手はガルセルに布陣しているはずのファイアフライ、ヴァルキリー号の砲手からだった。彼女たち連合軍側の全国選抜メンバーは独自に無線機を持ってきていて、お互いにやりとりをしている。

 

「ノーサンプトンシャー中隊が全滅したって聞いたけど、本当?」

『ええ。敵は半数をブルムベアで編成しているわ。果樹園がまるごと吹き飛んで集中砲火をあびたようね』

「うわ、えっぐい」

『いまガルセルの部隊を引き上げて再編成するって通知が来たわ。よかったわね、出番ありそうよ』

「それは良いのか悪いのか……122高地の部隊は?」

『死守命令が出てたわ。クレイトンはもう音信が途絶えてる』

「脱落しちゃったのかな。残る味方は30輌くらいになるの?」

『そうね。これからはできるだけ分散して同時に攻撃することになると思うわ。まるでクルスク戦ね』

「ここ西部戦線だよね。違うゲームになってるよ」

 

 モレルは苦笑した。ゲームでの連合軍側の配置はサンテニャンと果樹園に20輌、ガルセルからその南の高地を担当する20輌、そして予備役の20輌となっていた。今日は観客もいて、あまり早く終わると味気ないだろうという配慮だったが、こうなっては総動員はやむを得ない。

 

『それで、そのチャーチルはどこまで近づけるように改造してるのかしら?』

「正面からなら貫通できないよ。久しぶりにこの戦車()がでるから、つい嬉しくて多めに増加装甲つけちゃった」

『なら後は火力ね。高速徹甲弾は支給された?』

「ちょっと問題があってね、聞いてよ。砲弾の種類が間違って配給されててさ。慌てて取り替えてもらったんだけど、徹甲弾しかないの」

『Umm.今からでも分けてもらえないかしらね』

「ゲームが始まっちゃってるから難しいよ。分けてもらえても、集まるのはせいぜい1発くらいじゃないかな」

 

 予備役は待機しているといっても、各車輌間は離れている。モレルの乗る戦車は速度が遅くなっており、総攻撃までには集まらないだろうと思われた。二人は考え込んで、しばし無線が途切れる。そのとき、別の声が無線に流れた。

 

『面白い話をしていますわね。協力しますわ』

 

 聞き慣れない声だった。その人物はこちらが何かを言う前に、全体通信網を使って味方に呼びかける。

 

『シャープシューターより各シャーマン小隊へ、75mm砲の高速徹甲弾を分けてください。ノースアフリカ号は敵500mまで近づけます。運搬は私たちが担当しますので、ご協力を。どうぞ』

 

 発信元は同じく待機中の戦車からだった。その識別名を聞いてモレルは首を傾げた。

 

「シャープシューターって、クロムウェルの部隊の人?」

『どうしてこの無線に? 今日は無線傍受は無しのはずでしょう』

『あら、味方の会話を傍受してはいけないとは書いてありませんでしたわ』

 

 軽やかな声と上品な笑い声が届く。その間にも通信網には何輌か該当車輌が提供を申し出てくれていた。ティーガー相手には、シャーマンは防御力がなく近づくのも困難であり、少しでも可能性のある戦車に託したいのだろう。

 

『ともかくシャープシューターへ、感謝します。モレルへ、これで相手の意表をつけるわね』

 

 砲弾を提供してくれる味方と見知らぬクロムウェルの車長にありがたく思いつつも、モレルは気まずさを感じていた。通信手に指示を出すと、二人に応答した。

 

「あのー、言いにくいんですけど、砲弾の種類がちょっと違います」

『どういうことかしら。75mm砲ではありませんの?』

『Yes.チャーチルNA75よね。それ以外の砲なんてないわ』

 

 モレルが乗っているチャーチルは、Mk.Ⅳにシャーマンの75mm砲を移植したチャーチルNA75と呼ばれる車輌をべースにして改造されている。今日のゲームにおける役名や識別名は、戦時中イギリスのモレル大尉により開発が進められたこの戦車にちなんでつけられていた。

 

「なければ作ればいいじゃない」

 

 モレルは不適に笑った。75mm砲に改修された戦車がNA75であり、他の砲を積んだ事例はないだろう。しかし実際に見てもらえればわかるが、モレルが今乗っている戦車は実際のNA75よりも長砲身のものに改造していた。

 無線連絡が一回りして協力の申し出の連絡が出尽くしたあと、ノースアフリカ号通信手から全体通信網に向けて次の言葉が発せられた。

 

「ノースアフリカより各車へ、先ほどの要請を訂正します。76.2mm砲、反復、76.2mmの高速徹甲弾をご提供願います。どうぞ」

 

 

 

 

 





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