ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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ヒストリカルゲーム『8 August 1944』(後)

 ガルセルの南には122高地がある。

 軍の作戦では、高地はその標高で呼ばれる。すなわち122高地とは標高122mの地点であり、街道沿いにおいては周辺よりわずかに高く盛り上がっているだけのものだ。史実においてはヴィットマン率いるティーガー部隊によって撃破されたシャーマンが数輌あっただけで、激しい戦闘などはなかった。

 これに似た名前で、ノルマンディー戦を通しても特に悪名高い場所がある。カーン南西の112高地だ。絶え間ない砲撃が降り注ぎ、幾度もの戦車の突撃が繰り返され、丘の奪い合いが7月10日から20昼夜にも及んだ高地は、多くの血が染み込んだ場所としていまだに語り継がれている。

 今ここで繰り広げられている光景は、その112高地の激戦を彷彿とさせるものだった。

 

「後退! 後退! 後退!!」

 

 耳を聾する轟音の中、連合軍側のとあるシャーマンの車長、クレイトンは叫んだ。断続的に落とされる榴弾により周囲は土砂や煙塵に包まれ、何も見えない状況だった。さらには爆発の衝撃波が幾重にも戦車に襲いかかり、無数の破片が装甲を容赦なく叩いている。122高地には他に味方が数輌いたが、その安否を確認する余裕は全くなかった。

 それでもそのシャーマンは幸運といえた。駆動部が故障することなく、なんとか視界が晴れている場所にまで後退すると、最初の集合地点であったガルセルの森に移動した。

 車体を隠せる位置について、周囲の安全を確認してクレイトンはハッチを開ける。そして飛来した破片によってすっかり見た目が変わった車体を見ると、忌々しげに口を開いた。

 

「ああ、もう。傷だらけじゃない。まともに修理したらいくらかかると思ってるのよ」

 

 不機嫌そうな声で文句を言う。全国大会で、選抜隊の一員としてシャーマンに乗る彼女たちは、そのまま自車を持ってきて今回のイベントに参加していた。この場合は参加費が大幅に免除されるが、修理費用などは自己責任となっている。

 

「他に被害は」

「無線機が繋がりません。小型の方も、さっきの衝撃で落としたときに壊れてしまいました」

 

 装填手の言葉に、ますますクレイトンは仏頂面になる。

 

「一度味方と合流しますか? 何か指示がでているかもしれませんし」

「……それは性に合わないわね」

 

 乗組員から提案されるが、首を振った。無線機が壊れているこの状態では、合流しても大して意味がないだろう。それよりは直接敵を叩きたいとクレイトンは思った。あの榴弾を撃った連中がいる場所の目処は立っている。

 

「会場を時計回りに大きく迂回して。こんな目に遭わせてくれたお礼をしにいくわ」

 

 

 

 

 

 

「グデーリアンは今頃楽しんでいるかな」

「後で話を聞かせてもらいたいものだ」

「それにしても、羨ましいぜよ……」

「嗚呼、もう少し気づくのが早ければ、我らも参加できたのに」

 

 六連銭があしらわれたバンダナで髪を結った左衛門佐は、そのポニーテールを揺らしながら残念がる。

 大洗女子学園で三号突撃砲に乗る"カバさんチーム"の4人は、観客席でこのイベントを楽しんでいた。いわゆる歴女の彼女たちは前々からこの手の催しものに興味があったようで、今回の話を聞いたときには諸手をあげて参加しようとしていたが、既に申し込み期限が過ぎていたことを知って涙を呑むことになった。

 

「お、あのシャーマンはどこに行く気だ?」

 

 大会と同じように設置された大型のスクリーンを見ながら、エルヴィンがある戦車の動きに気づいて声をあげる。戦術画面には会場左側に集結しつつある連合軍側と右側に点在しているドイツ軍側の車輌の位置が映し出されているが、たった1輌だけ、会場の上辺を右に向かって走行しているシャーマンがいた。

 

「道がわからなくなったとか」

「いや、それはさすがに。わざわざ会場の区域すれすれで、見つかりにくくしているし」

「となると、やはり回り込んでからの奇襲ぜよ」

 

 おりょうはそう結論づける。古来から戦力を分散して挟み撃ちを仕掛けたり、相手の意表をついたりするのは枚挙にいとまがない。彼女たちは早速、思い思いの知識を使って例え始める。

 

「カルタゴのアルプス越えか」

「奇襲と言えば、桶狭間は外せないな!」

「防備の薄いところへの奇襲なら、ライヒスヴァルトの戦いなんてどうかしら」

「それだ!」

 

 4人は顔を見合わせて声を揃える。が、会話に入り込んだ声が自分たちの後ろの方から聞こえてきたことに気づくと慌てて振り向いた。

 振り向いた先には、青色の制服に身を包んだ他校の生徒が数人いる。その中の一人、ダージリンは優雅にティーカップを手にしながら、悪戯中の子供のように微笑んでいた。

 

「聖グロリアーナの?!」

「ごきげんよう、大洗の皆さん。みほさんはいらっしゃらないの?」

「西住隊長はいないが……」

「どうしてここに?」

 

 カエサルが代表して尋ねると、ダージリンが笑って答える。

 

「私たちの先輩が参加されていますのよ。今日はその観戦に参りましたわ」

「ダージリン、今映っていますわ」

 

 隣に座っていたアッサムが指さす先には、スクリーンの一部分に表示されたクロムウェルの姿。車上に立った女性が並んでいるシャーマンから弾薬を受け取って車内に戻り、すぐさま前進していく様子が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 クロムウェルが近づいてくるのを確認すると、モレルは南進していたのを停止するように指示して、自車のチャーチルNA75の車外の上に立つ。

 遠目では判断できなかったが、そのクロムウェルは75mm砲を装備している。ということはマークⅣかⅤかⅥかⅦ。タイプはCかDかEかFか。と、よく見ると前面に増加装甲が溶接してあることに気づく。するとDwかEwタイプ。そして履帯は……15インチはある。すなわちタイプはEw、マークⅦ。うん、改良型6ポンド砲や95mm榴弾砲に換装していないのが残念だけど、いい車体を使ってる。

 そんなことを考えているうちに、2輌が並ぶように停止する。クロムウェル側のハッチも開き、まだ若い女性が現れた。背中まで伸びた真っ直ぐな髪に、整った顔立ち。

 この人が車長だろう、それにしてもどこかで見たような。モレルが首を傾げながら記憶を探っていると、向こうから話しかけられる。

 

「お待たせしました。……本当に76.2mm砲ですわね」

 

 クロムウェルの車長は感心するようにチャーチルの主砲を眺めると、一転して顔をしかめ、ため息をついた。

 

「そういうことは、ちゃんと部隊表に書いてくださらないと困りますわ」

「備考欄には書いていたんですけど、信じてもらえなかったみたいで」

「はぁ……まあいいでしょう。品物をお渡しします」

 

 待ち望んでいた弾薬が取り出されるのをモレルは嬉しそうに見ていた。あの後に色々言われたものの、シャーマン長砲身型の車輌から計2発の高速徹甲弾の提供を受けることができた。たかが2発、されど2発。威力と命中精度が徹甲弾より段違いに高いそれは、撃つ機会さえあれば一撃必殺の武器といえる。

 手渡された砲弾を、ハッチから上半身を出した装填手にそのまま渡す。もう一発を同じようにして搬入を完了すると、モレルはクロムウェルの車長に聞いた。

 

「ありがとうございました。……ところで、どうしてここまで協力してくださるんですか」

「後輩を負かした人たちを一目見ようと思いまして」

「後輩?」

 

 車長が含み笑いをするのをきょとんとして見る。

 

「申し遅れましたわ。私、聖グロリアーナOGのアールグレイと申します」

「……あっ、もしかして、去年まで隊長をされていた?」

「あら、御存じとは光栄ですわ」

 

 そこまで言われてようやく思い出した。昨年の聖グロリアーナは例年とは少し変わった編成をしていて、機動力の高い巡航戦車が主体となっていた。その当時の隊長が目の前の女性だ。部隊運動の指揮が巧みなのが印象に残っており、特に「ブランデー入りの紅茶」という作戦を使った試合などはテレビに張り付くようにして観戦していたものだ。

 

「ダージリンが負けるなんて、どんな相手なのかと思いましたけど。随分面白い方々のようですわね」

「あ、あはは……」

 

 なんと答えていいのか分からず、モレルは空笑いする。とりあえず褒められているような気はするけど、返すには少し投球がカーブ過ぎる。

 ちょうどその時、クロムウェルのハッチから他の乗組員が顔を出した。

 

「連隊長から命令が出ました。これから5分後に、クロムウェルとシャーマンの数部隊は敵自走砲に向けて攻撃を開始せよとのことです」

 

 アールグレイは残念そうに首を振る。

 

「もうそんな時間ですのね。……そうですわ、よろしければ終わった後にお茶でもいかが?」

「えーと、そーですね……」

「ちょうど紅茶に合うケーキが入りましたの。感想も聞きたいことですし、来てくださると嬉しいわ」

「行きます! 是非ご一緒させて下さい!」

 

 二人は再会を期して拳をぶつけ合うと、自車のハッチに飛び込んだ。2輌の戦車は作戦に参加すべく、それぞれの目的地に向かって移動を開始する。

 曇り空からは、ぽつりぽつりと大粒のしずくが降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 主砲発射の轟音の合間に、雨音が聞こえ始めた車内の中。ブルムベアの"クヌート5"に乗る装填手は砲弾を詰め込むと、額の汗を拭った。

 分離薬莢式とはいえ、15cm榴弾となると弾頭だけで28.8kg。通常は二人がかりで装填する代物だが、この車輌では一人でやっている。そして今ので10発目。普通なら体力的に持ちそうにない。

 

「先輩、大丈夫ですか」

「ん、まだ余裕。暑いのは弱るけど」

 

 しかし、この小柄な装填手は顔色ひとつ変えていなかった。全国選抜でJS-3に乗っている彼女にとっては普段から行っていること。むしろ車内が広い分やりやすいと、その怪力を遺憾なく発揮していた。

 ペットボトルに入れた飲み物を一口飲んで、無線方向探知が示されたスマートフォンの画面を見る。と、無線機に雑音が入った。

 

『クヌート全局、こちらクヌート1、次の射撃諸元を送ります』

 

 第三中隊の隊長車からの無線。砲手と操縦手が携帯の画面を確認し、指示のあるポイントへ向けて砲身の仰角と車体の向きをそれぞれ調整する。

 20秒ほど時間をおいた後、合図とともに轟然たる発射音が響きわたった。そして再び装填手が榴弾を装填する作業に入る。先ほどからこの繰り返しだった。

 そんな時、別の無線が届く。

 

『バザルト3よりクマさんへ、そっちにクロムウェルが行ったよー!』

 

 第二中隊の3号車からだった。

 最初の支援砲撃の後に果樹園を制圧した第二中隊は今二手に分かれており、1号車と2号車はガルセルの辺り、3号車と4号車はサントーの付近でそれぞれ防衛線を張っている。後者は第三中隊を守る防波堤のようなもので、ここを突破されるともう遮るものはない。

 

『クヌート中隊、砲戦用意! 11時、クロムウェル3輌、各個目標。……バザルト3、4号車へ、そちらの状況は』

『こっちもシャーマンがいっぱい! 片づけたら行くから、なんとか持ちこたえて!』

 

 クヌート1号車が緊迫したやり取りを交わしているのを背景に、第三中隊は千鳥隊形を維持しながら車体の向きを変える。中央から右に2列目に位置する5号車も同じく砲身をクロムウェルに向けて、砲手も今まさに撃とうと照準を合わせていた。

 しかし、装填手はそれを止める。

 

「待って。装填し直すから」

 

 そう言って、砲尾に今込められている榴弾を取り外し始める。クロムウェルは最高速度の速さに目を奪われがちだが、装甲は決して薄くはなく、特に増加装甲をつけているタイプはティーガーと遜色ない前面装甲を持っている。例え15cm榴弾が直撃しても撃破することは不可能だった。

 他のブルムベアの半分ほどは、一度撃ってから別の砲弾を装填した方がいいと判断したのか、その砲身から焔を吐く。だが、クロムウェルはブルムベアから発砲焔があがるのを見るや、すぐさま左右に展開してあっさりと避ける。放たれた榴弾は誰もいなくなった場所に着弾して爆轟をあげた。

 敵戦車はそのまま第三中隊の両翼に向けて速度を落とすことなく接近した。左翼に1輌、右翼に2輌。おそらく50km/h以上、第二次大戦中最速の戦車と言われるその速さを持って千鳥配置の隙間に入り、すれ違いざまに75mm砲の火を噴いた。

 

『クヌート8、大破です!』

『こちら11号車、やられた!』

 

 無線から被害が報告される。あまりの速さに旋回することがかなわず、側面を撃ち抜かれたようだ。傾斜のある100mmの前面装甲を持つブルムベアも側面や背面は他の戦車と変わらず弱点となっている。

 それよりも賞嘆すべきなのは敵の技量の高さだった。いくら至近距離だとはいえ高速で行進射を当てるのは至難の業だ。一朝一夕で出来ることではなく、非常な手練れだと思われた。このままだと相手はとって返して、そのうちじりじりとやられてしまう。

 クヌート5がようやく180度の旋回を終えると、装填手は榴弾ではなくHEAT弾を積んだラックから1発分を取り出し、砲手に話しかける。

 

「どう?」

「うう、この戦車じゃ命中させるのは難しいです……」

「やばいです! どうしましょう」

 

 砲手が残念そうに言い、操縦手も慌てたようにこちらを向く

 ブルムベアはHEAT弾も撃つことができ、貫通力は160mm。2000m離れたスターリン戦車を撃破したこともあると言われ、攻撃力は十二分にある。が、その初速が280m/sしかなく、目標が長時間留まってくれないと当てることができない。

 さらに言えば砲塔がないので、狙うのには車体ごと方向転換しなければいけない。照準を合わせること自体にも時間がかかり、待ち伏せしているような場合でもない限り当てるのは難しい。自走砲は戦車戦には根本的に向かないのだ。

 しかし、だからといって諦めてやられるわけにもいかない。

 

「大丈夫。考えがある」

「なんですか、なんですか」

 

 操縦手が食いつくようにして尋ねてくる。

 

「体当たりして」

「……先輩、もう一度お願いします」

「体当たり。思いっきりぶつけにいって」

 

 格好良く言えばラムアタックだ。相手がこちらの側背面に回り込もうというのなら、逆にこっちから当ててしまって動きを止めてしまえばいい。クロムウェルは驚異的な走行性能を持つが後退速度は非常に遅いため、一度前方を塞ぐことができれば15cm榴弾砲でも撃破は可能だ。

 幸いブルムベアはⅣ号戦車がベースであり機動力は中々良い。さらに短砲身のため、正面からぶつかっても発射には支障がなかった。

 

「マジですか」

「この戦車は頑丈なはずだから。問題ない」

 

 よく知らないけど、という言葉は飲み込む。普段乗り慣れているソ連戦車とは違い、ドイツ戦車は繊細なイメージがある。とはいえ今乗っている自走砲なら構造が比較的単純で大丈夫そうに思えた。それに公式戦と同じく車内は特殊カーボンで覆われているので、大事には至らないだろう。

 それでも心なしか顔が青ざめる操縦手の様子に首をかしげて尋ねる。

 

「無理?」

「……できますよ、やってみせようじゃないですか!」

 

 操縦手は声を張り上げて車体を急発進させる。揺れる車内の中、装填手は手に持ったHEAT弾を装填すると、周囲を確認すべく車長席へ移動してハッチを開けた。

 

 

 

 

 

 

「どういう状況なの? これ」

 

 雨に当たりつつも前方を確認したクレイトンは、今繰り広げられている光景に首をひねった。

 榴弾を撃っていたらしいブルムベアが多数、その中に味方のクロムウェルが2輌走っている。これはまだ分かる。だが、高速で走行しているクロムウェルに向かってブルムベア数輌がじゃれつくように走っているのは何なのだろう。

 1輌停止しているクロムウェルはあれにやられたのかと思うと空しくなる。

 

「……まあでも、絶好の機会よね。前進して」

 

 シャーマンを発進させてドーメニルという小集落から動き始める。

 いま見ていた地点へは1km程、そこへ向け速度を上げる。わざと遠回りに来たかいがあって、ここまで誰にも気づかれていない。

 

「速度そのまま! 好きな奴を狙いなさい!」

 

 ぐんぐんと距離を縮め、500mを切ったところで砲撃の指示を出した。相変わらず動き回っている戦車とは別に、こちらから見て手前側で右往左往して、その場を動いていないブルムベアがいる。砲塔はその中の1輌、クロムウェルを追ってサントー方面へ向いている奴へと右に廻される。

 そいつの背面に向けて、巡行速度を維持したまま75mm砲の火が噴いた。

 

「次! 進路まっすぐ!」

 

 白旗を確認するまでもなく、次の獲物を見定める。どんな戦車だろうと後ろは弱い。この距離で当てることができるなら大抵はおじゃんだ。そしてこのシャーマンに乗っている少女達は、こと行進射の命中率に関しては絶対的な自信を持っていた。

 75mm砲搭載型のシャーマンにはジャイロ式スタビライザーがついている。レギュレーションで使用できる戦車の種類の中でも数えるほどしかついていない、振動の中でも砲塔を安定化させて命中率を上げる装置。とはいえ、戦車のそうした技術においては最初期のものであり横方向の振動には対応されていない。実戦においても扱いに高度な訓練が必要として、多くの戦車兵からは見向きもされなかった代物だ。そんな装置を彼女たちはひたすら訓練に明け暮れた末、使いこなすことが出来ていた。

 

「撃てッ!」

 

 今度はこちらを向こうとしたのか側面を晒しているブルムベアに目掛けての発砲、撃破数を1つ増やした。そのまま止まることなく敵の小隊から離脱して距離をおき、左方向へと旋回する。

 とって返して、もう一度接近戦を挑むつもりだった。自走砲には動いている標的を狙い撃つことは無理だ。それに、図らずしもクロムウェルと挟み撃ちになっているおかげで、まだまだ戦果は望める。そう考えていたが、旋回を終えた途端、クレイトンは前方を見据えて思わずぎょっとした。

 

「はぁ!? な、なに考えてんのよ!」

 

 ブルムベア1輌が真っ直ぐにこちらを目指して走っている。かなりの猛スピードで、正面から衝突するのも厭わないと言わんばかりに急速に接近していた。

 慌てて10時方向に逸れるよう指示を出す。ぶつかるのも撃たれるのも遠慮願いたいが、相手も角度を修正した。またしても衝突コース。自走砲なので砲身が曲がらず、撃たれることはないだろうが、衝突まで避けるのは難しいと思われた。

 

「砲塔2時! それと耐衝撃用意!」

 

 クレイトンは覚悟を決めると戦闘室内に引っ込んだ。どうあってもぶつかってくるつもりならその前に撃破してやると、車長用のペリスコープをのぞく。砲塔は既に廻り終え、相手を狙っている。

 敵はもう目前にまで来ていた。

 

「撃ちなさい!」

 

 至近距離での砲撃。ついで激突。まともに衝撃が伝わり、車内はめちゃくちゃになるが、それでも必死にしがみつく。

 

「あたた……。全員、無事?」

「な、なんとか……」

 

 あちこちをぶつけて多少痛む身体をさすりながら、クレイトンは起きあがる。直前にどちらともブレーキをかけたのか想像よりは酷くなかった。とはいえ車内にいれば、カーボンコーティングに守られて最悪の事態は免れるだろう。何にせよ二度と御免だが。

 乗組員の無事を確認すると、ハッチを開けた。

 離れたところからは相変わらず遠雷のように砲声が轟いている。しかし、ここは広い草原の真ん中に2輌がくっついて停止しているだけだった。その対比からか妙に静かに感じられる。

 シャーマンのすぐ側で動きを止めているブルムベアは車体側面に弾痕を残して白旗を上げていた。角度的にきつかったが、なんとか撃ちぬけたようだ。

 そして、そんな周りのことが頭に入らなくなるような惨状を目にしてクレイトンは呻いた。

 

「……あー、もう最悪」

 

 自車の75mm砲は最後の砲撃の後にまともにぶつかったのか、見るも無惨に折れ曲がっていた。

 戦車道の試合において砲身が折れること事態は珍しくない。スターリンの122mm砲をまともに受けたり、うっかり水路などに落ちてそのまま砲身がバキッといったり等、割とよくある話だ。だが、今回のように故意にぶつけられて折れたとあっては心中穏やかに受け止めることなどできない。相手が誰であろうと、一言二言文句を言わないと気が済まなかった。

 ちょうどそのとき、ブルムベアのハッチが開いた。睨みつけるように目を向けたその先には、見知った、よーく見知った顔があった。

 

「そう。あんたなわけね」

「……えっと?」

 

 選抜隊の北海道代表のリーダーが、ヘルメットをかぶった頭だけを出して、珍しく困惑気な表情をしてこちらを見ている。ふつふつと沸き上がる激情を押さえつつ、言い分だけは聞いてやろうと低い声を出す。

 

「別にただやられろっていうわけじゃないけど、他にやりようがあったんじゃないかしらね。この砲身を見てどう思う?」

「ふ、不可抗力?」

「……」

「……」

「……#」

「……」

 

 ぱたん。がちゃ。

 

「逃げようっての!? ……工具箱からバール出して!」

「ちょっ!? 洒落になりませんって!」

「あのハッチこじ開けるだけに決まってるじゃない! 早く!」

 

 目にも止まらぬ早さで引っ込んだ相手を見てクレイトンは吼えた。

 その後、お互いの乗組員の尽力により比較的平和的に和解することになるが、それにはいましばらくかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 サントーにおいて一悶着が起こっているその頃。ゴーメニル周辺の街道上では、ドイツ軍側第一中隊の砲口が西へと盛んに火を吐いていた。

 国道158号線の西側には鉄道が走っている。線路は土手の上にあって、周囲の土地よりも一段高くなっており、街道側からは向こう側は見えない。そして今、その土手を乗り越えて連合軍の戦車が次々と現れているのだ。

 

『チャーチルはまだ撃つな。十分に引きつけてからだ。それよりシャーマンに注意しろ。見つけたらすぐに撃て』

 

 大隊長からの無線を聞きながら、ヘフリンガーは"グラニート3"のキューポラから敵の動きを確認し続けていた。

 まず目に付くのは、やや遅い速度ながらも着実にこちらに近づいてくるチャーチルだ。見えるだけでも4輌はいて、時おり砲火を放っている。しかしどれもが6ポンド砲を装備した型のものであり、いくら近づいてもティーガーの正面装甲を貫くことはできず、放っておいても問題ない。

 そしてシャーマン。チャーチルに隠れるようにして接近していたり、土手から急に現れたりするそれらに向けて、ティーガー5輌の砲口が吼えている。75mm砲型でも高速徹甲弾を持っている場合は遠くから撃破される可能性があり、真っ先に狙うべき相手だった。車体を斜めに向けて、真っ正面から当たらないようにしているとはいえ、500m以内にまで接近されるとかなり危ない。

 

「右だ、撃て!」

 

 ヘフリンガーが声を出すと、すかさず砲手がフットペダルを踏んで砲塔を回転させ、目標を狙う。かなり早い速度で急接近していたそのシャーマンは他のティーガーの砲火をよく避けていたが、その避けた直後を狙って発射レバーが引かれ、あえなく撃ち込まれた。

 

「よし、土手に戻せ。1200、左だ」

 

 休む間もなく砲身が鉄道堤へと向けられる。指示した標的はすでに味方の砲撃を受けて撃破されているが、いつ現れるかわからない。気を緩めることなく、ヘフリンガーは前方を見据える。

 

「……うん?」

 

 先ほどとあまり代わり映えのしない光景。だが違和感を覚えてもう一度見渡すと、1輌のチャーチルに目が止まった。

 それは他のチャーチルと比べても明らかに遅かった。今は1000m程離れたところにいて、依然こちらに向けて走行している。何となく嫌な予感がして望遠鏡越しに覗くと、砲塔に通常のチャーチルにはない砲盾が装備してあった。

 

「あれは……チャーチルNA75か? とすると……」

 

 彼女は思い当たった。――あいつ(レジスタンス)だ。あの整備馬鹿が、自重しないで改造した車輌を駆っているのだ。

 あのチャーチルが75mm砲を装備しているのなら、これ以上接近されるのは危険だった。引きつけろとは言われているが、この場合はやむを得ないだろう。

 ヘフリンガーは狙いを変更するように指示する。

 

「照準、左のチャーチル。履帯を狙え。どうせまともに撃っても無駄だろうからな」

 

 まもなく砲身が回されて爆音が轟き、射弾が飛んでいく。一発目は少し外れて車体に当たってしまったが、続く二発目で上手く履帯へ叩き込むことができ、チャーチルの動きが止まる。

 ヘフリンガーはホッとした。これでこちらから近づかない限り、あいつは何も出来ない。しばらくすればガルセルの辺りにいる第二中隊から撃たれるだろう。相手の砲身が恨めしそうにこちらを向いていても気にかけることなく、別の戦車へと照準を変える。

 ただ、彼女はその判断を悔いることになった。と言ってもこれ以上どうすることもできなかっただろうが。

 止まったままのチャーチルから発砲焔があがり、グラニート3号車に直撃。75mm砲では貫通不可能な距離だったが、そのまま撃破判定が下された。

 

 

 

 

 

 

 優れた戦車兵は優れた兵器に勝るという。

 いくら性能の良い戦車に乗っていても、それを使いこなせないようなら意味がない。技量に差があれば性能差をひっくり返すこともある。ゆえに戦車道を嗜む人たちは、日々の研鑽を怠らないものだ。

 では、お互いの技量に差がない場合はどうなるか。そうなると当然、乗っている戦車の性能が大きく影響してくる。

 

「"ファシスト"撃破を確認」

「続けて高速徹甲弾装填、左のティーガー」

 

 チャーチルNA75の砲塔が旋回し、車体前面と側面を見せているティーガーへと照準が合わされる。擱座しているためこれ以上近づけないが、76.2mm砲では十分射程内だ。

 その途端、砲塔の9時方向に衝撃を受けた。車内から砲隊鏡でその方向を見ると、はるか遠くからパンターがこちらへ砲身を向けている。距離およそ1500、普通のチャーチルなら撃破されていてもおかしくないが、その直撃弾はただ跳ね返っただけだった。

 

「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、側面も厚くしているからね。そんな距離じゃ貫けやしないよ」

 

 モレルはしてやったりとほくそ笑む。

 1944年8月時点で可能な範囲に留めつつも、火力・防御力・機動力のバランスを崩すことなく限界まで性能の向上を目指したこのチャーチルNA75は、まさに"わたしたちのかんがえたさいきょうのチャーチル"とでもいうべき代物だった。

 

「照準よし!」

「撃て!」

 

 轟音とともに撃ち出された高速徹甲弾は、ティーガーの側面へ直撃し、白旗を揚げさせる。それを見届けると、モレルは思わずガッツポーズをとった。

 

「よーし、これで2輌! 次は11時方向、側面を向いてるやつ。この調子で行こ――」

 

 意気揚々とあげられる声は、しかし途中で遮られる。車内に鳴り響くアラーム音。その火急を知らせる音に、慌てて砲隊鏡をしまう。

 

「ハッチ閉めて!」

 

 自身も車長席のハッチを閉めながら、モレルは叫んだ。どこに着弾するかはわからないが、15cm榴弾はやばい。どうか近くに落ちませんようにと必死に祈る。

 そんな願いも空しく、ブルムベアから発射された砲弾は弧を描き、擱座したチャーチルに目掛けて飛来していた。

 

 

 

 

 

 

「で、運悪く当たってしまったと」

『もう、すっごく怖かったよぉ。酷くない? アラーム鳴らせば大丈夫とか、そういう問題じゃないよあれぇ』

「はいはい、仇は取ってあげるわね」

 

 無線越しに聞こえる涙声にそう返すと、ハリスは小型無線機を切った。

 さしもの改造チャーチルも上面までは補強されていなかったらしく、直撃弾を受けて撃破されたようだ。40mものクレーターをつくる榴弾の爆発をまともに受けてさぞ恐ろしかっただろうが、全員無事そうなので問題はない。それよりも今は行動に移るときだ。

 

「Driver,Go!」

 

 ゴーメニルの西、土手に隠れるようにして待機していたファイアフライは鉄道の土手を上がる。ペリスコープからは、ティーガー3輌が群がるようにとりついているシャーマン数輌と交戦している様子が見える。

 

「007号車はいる?」

「左端の戦車です。車体に文字がマーキングしてるのが見えました」

 

 砲隊鏡で観察していた車長からの返答。相手のヴィットマン役は大隊長として指揮をとっている。戦術としては指揮官から仕留めるのが効果的といえた。シャーマンが数を活かして奮戦しているこの状況なら、これで一気に形勢が傾くはずだ。

 それに、せっかくファイアフライに乗っているのだ。

 ギアを廻して、砲塔を左に旋回させる。

 

「歴史は繰り返す、ってね」

 

 照準器鏡内の十字線を目標のティーガーに合わせる。ここからだと距離は1200ほど。周囲の車輌を相手に立ち回っているのか、折好く側面を晒している。

 装填手が徹甲弾を込めると、ハリスは発射スイッチを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 ガルセルの周辺で街道の東側から来る敵を食い止めていたバザルト1に、慌ただしい無線が届く。

 

『バザルト3より副長へ、隊長がやられたよ!』

 

 ヴェンドルフは弾かれたように第一中隊の方を見る。総崩れになったのか、ずっと聞こえていた砲声は既に途絶えており、ティーガーに取り付いていただろうシャーマン数輌も街道の南へと移動を開始していた。

 戦況はもはや覆せないほど傾いたと言っていい。相手はまだ15輌は残っているはず、それもおそらく精鋭部隊だ。対してこちらは9輌、実質的に戦力になるのはブルムベアを除いた第二中隊4輌のみ。実戦であれば撤退も選択肢に入っておかしくない。

 瞬時にそう状況評価した後、無線手に第三中隊宛の無線機を用意してもらい、全車に連絡を入れる。

 

「バザルト1より大隊全局、これよりバザルト1が指揮を代行します」

 

 あらかじめ決めてあった優先順位に則り、ヴェンドルフが大隊指揮をとってかわる。公式戦では隊長が搭乗車を乗り換えることもあるが、今回はやられると戦死扱いということで以後参加できなくなる。もっとも戦線が広がっているこの状況ではそんな暇もなかっただろうが。

 

「第三中隊、ローベルメニルへ移動。第二中隊は後退しつつ砲撃を続けてください」

 

 隊長代理になったとはいえ、公式戦ではないうえに負け戦ということもあって気負いは全然ない。このまま玉砕覚悟で突っ込んでもいいのだが、せめて最後に一花咲かせるべく部隊の再編に着手する。

 車体が後退を始めると、ヴェンドルフは近くにいるバザルト2に周囲を警戒するよう伝え、手に持ったスマートフォンを操作する。ガルセルの周辺に向かってくる相手車輌は少ないようで、余所見をする余裕はあった。

 

『クヌート1より、ローベルメニルに到達しました』

「支援砲撃を要請します。座標は画面の通りです」

 

 幸いに誰も撃破されることなく第三中隊の移動が完了し、続けて攻撃の準備に移る。榴弾発射の指定ポイントは敵が多いゴーメニル西の平原、各車ばらばらの場所を撃って全体的に相手の動きを牽制することが目的だ。

 

「第三中隊、一斉射の後HEAT弾を装填、街道近くの森へ向かってください。第二中隊は行進射用意」

『了解!』

『待ってましたぁ!』

 

 第二中隊の2号車と3号車からどこか楽しそうな声で返信が入った。最後の一暴れが望めるとあって気分が高揚しているのかもしれない。

 アラームが鳴り響くと、ヴェンドルフは車内に目を戻す。

 

「さて、グデーリアンさん。走行中に装填された経験はありますか?」

「失礼ですが中尉殿、大洗ではしょっちゅうやっていますよ!」

「おっと、遠慮はいらないようですね」

「言うねー、新入り。明日は筋肉痛を覚悟しなよー」

 

 客人からの予想外に心強い発言に、砲手が軽口を叩いた。この様子だと装填速度はかなり速めにしないといけないだろう。期待通りに出来るのか楽しみな反面、終わった後にどうなるかを想像すると失礼ながら口元が緩む。

 遠くから爆発音が轟くと、ヴェンドルフは声を上げた。

 

「第二中隊、突撃! 絶対に停まらないで、射界は広くとってください!」

 

 パンターは後退を止め、急速に前進する。隣のバザルト2と横列を組んで街道を南下、右手の土手から進行している敵戦車と撃破された戦車群が入り交じった戦場へと進路を取る。

 支援砲撃により巻き上がった土砂が程良く視界を隠している中、第二中隊は北と南の2方向から挟み撃ちをする格好になって敵に襲いかかった。混乱に陥っている車輌に接近し、すれ違いざまに砲弾を叩き込む。4輌はそれぞれを狙っている戦車に牽制射撃をしながら一糸乱れぬ連携を見せ、1輌また1輌と着実に撃破していく。

 留まることなく両側から潰すように移動し、そのまま行き違いになって平原を端から端まで走ると、今度は旋回して180度向き直る。撃ち漏らした敵を再び挟み撃ちにするようなその動きを見せた頃には相手も混乱から回復し、何輌かのシャーマンは確実に弾丸を当てようと停止した。停止してしまった。

 

「第三中隊、前へ! 撃ち方はじめ!」

 

 街道の東側、道路に並行して連なる森に隠れていたブルムベアが姿を現し、5筋の弾道が停車している敵戦車に目掛けて描かれる。3輌は察しがよく急発進し、弾速が遅いことが幸いして回避できたが、他の2輌は過剰なまでの貫通力を持つHEAT弾の直撃を受けて白旗を上げた。

 

「あとは各個射撃! 各自、健闘を祈ります──砲塔右、標的100メートル、撃てッ!」

 

 ヴェンドルフは無線機を下げ、咽喉マイクに触れる。雨に濡れるのもいとわずにキューポラから顔を出していて、周囲の状況を確認し標的を指示。パンターは走行を続けながら砲塔をやや右に旋回し、砲声を響かせた。

 擱座する戦車を後目にして次の獲物を探す。そこら中に瞬く発砲焔や耳にこびりつくような発射音の下に、すぐ近くを掠っていく砲火を浴びながら、彼女は笑顔をつくる──敵も本気ですね、面白くなってきました、と。

 4輌のパンターは常に動き続けて相手をかき乱し、行進間射撃が何度も外れようと決して停まろうとしなかった。戦車にとって、機動こそが最大の防御。高速で駆け抜ければ敵は捕捉するのが困難となる。ファイアフライがいる状況下ではベターな戦術ではあったが、それにも限度があった。

 

『バザルト3、大破ー! 土手にファイアフライがいるよ、いい腕してる!』

 

 無線から、悔しいというよりは感心の方が強い声が届く。鉄道堤に双眼鏡を向けると、そこには下手人であろう戦車が、砲口の先に砲煙を漂わせて姿を現していた。おそらく射程1000mくらいからの移動目標に対する狙撃。17ポンド砲でそんなことができる人物なんて、一人しか心当たりがなかった。

 

「バザルト4へ、"イギリス"の相手をお願いします」

『了解!』

『あれはうちらの獲物やなー』

 

 比較的標的に近かった4号車に対応を任せると、ヴェンドルフは周囲の敵への急接近や発砲を指示し、注意を引きつける。流石にここまで残った戦車群だけあって、どの戦車も射撃術や対応の素早さは滅法確かで、油断は全くできない。第三中隊も全滅したのか沈黙している状況、残る2号車と連携をとりながら4号車へ発砲されるのをなんとか防ぐと、そのまま戦いに没入していった。

 

 

 

 

 

 

 無線機にザーッという雑音が入る。

 普段ファイアフライに積まれているNo.19型無線機や持ち込んできた小型のものではなく、今回のゲーム参加車輌にあらかじめ備え付けられている緊急用の無線機からだった。これは連合軍側もドイツ軍側も共通の周波数を使用しており、イベント本部からの連絡と何かあった際の救助要請などに用いられることになっている。

 こちらへ向かってきている敵車輌へ照準を合わせていたハリスは、その無線で呼びかけられた内容を聞いて動きを止めた。

 

『あーあー、こちら"パスタ"、じゃなかったドイツ軍第101重戦車部隊"バザルト4"、そこのファイアフライに一騎打ちを申し込む。尋常に勝負されたし』

 

 発信元は今まさに狙っていたパンターからだろう。その戦車はファイアフライに砲塔を向けることなく、鉄道堤を乗り越えられる踏切へと走行を続けている。

 どうやら1対1の真剣勝負をご所望らしい。相手の顔を思い浮かべ、ハリスは忍び笑いをする。

 

「ここでどちらが上手か決めようというの。上等じゃない」

 

 ともに選抜戦を勝ち抜いてきた者同士、相手にとって不足はない。それにわざわざ緊急連絡用の無線を用いている以上、他の車輌にも聞こえているはず。なによりこれで引いたら武士道精神から反すると言うものだ。

 

「こちら"二枚舌"、もといカナダ軍ブラックウォッチ中隊"ヴァルキリー"。望むところよ、正面をすれ違ってから始めましょう」

 

 ファイアフライは発進した。鉄道堤を西側に降り、遮蔽物もない起伏のゆるやかな草原で、大きく左に旋回をし始める。ほぼ同じくしてパンターも踏切を越え、一度左に曲がった後に緩やかな右カーブを描く。両車は線路と平行になったところで、互いに向き合う。

 2輌とも砲身は真っ正面を向いたまま、急速に接近していく。そして、戦車1輌分もない程の間隔ですれ違った。

 直後、

 

「右旋回!」

 

 車長の号令で、車体は右に曲がる。同時にハリスは右手の装置を操作して、砲塔を旋回させた。右90度、旋回終われと再度の号令がかかる。照準器からは、雨で輪郭が少しぼやけているが、並行して走るパンターがこちらに砲を向けているのが見えた。距離100mの至近距離、速度は最大で時速40kmから変化がつけられている。互いにジグザグに走り、さらに振動によって目標が絶えずぶれる中、タイミングを計る。

 

「撃て!」

 

 おそらくその声は双方の車長から同時に発せられた。発射スイッチを踏み、視界は砲煙に覆い隠される。手応えのなさにチッ、と舌打ちする間、近くに弾丸が通り過ぎたような重低音が聞こえた。

 煙が晴れると、先ほどと同じく、蛇行しながら並走している状況が見てとれる。

 この速度での行進間射撃など滅多に当たるものではない。まして、両車輌ともに複雑に動き、速度も緩急をつけて走行しているのだ。むしろ当たる方がおかしい。

 今は言うなれば駆け引きの時間だ。停止して確実に相手をしとめるタイミングを探り合っている。どちらか片方でも止まれば命中率は飛躍的に上がるが、下手に止まると相打ちになる。車体の位置、砲塔の角度、そして装填スピード。それらを踏まえて、先手で撃破できる僅かな隙を狙って速度を落とすのだ。

 

『また外れー。1500m以内なら必中やなかったん?』

 

 2度目の砲撃も空振りに終わると、無線機からあからさまな挑発の声が発せられる。確かにそんなことは言ったが、停止射撃と行進間射撃の区別くらい相手にもつくだろう。しかし、言われっぱなしなのも気にくわない。

 照準器を見据える。十字線は100mに合わせたままだ。相手の行く先に照準を合わせる。射角は浅いが、相手の動きが少ない機をとらえて発砲。数瞬後には相変わらず回避運動を続けるパンターの姿があったが、ガンッ、と手応えを感じさせる音はあった。旋回装置を操作して射線をととのえつつ、開いた手で小型無線機を手にとる。

 

「次は横っ腹に当てるわよ」

『おー怖、おっかないわ』

 

 その返信の直後、パンターは急激に速度をあげて、ファイアフライの前方を通り左に旋回した。既に会場区域のぎりぎりまで近づいていたので切り返したのだろう。こちらの砲塔は絶えずパンターを追いかけて回り、次いで車体自身も後を追うように左に曲がる。

 今度は逃げるパンターをファイアフライが追う展開となった。装甲の薄い背面をとり、優位に立ったと言いたいところだが、今回はそういう訳にはいかない。70口径75mm砲はシャーマンベースの正面装甲を簡単に撃ち抜けるし、今もその砲身を向けてきている。

 

「Shit. ちょこまかと……」

 

 こちらから先に撃ちたいが、相手は後ろに目がついているのかと思うくらい巧妙に蛇行している。たまに照準が合わせられそうなときがきても、今度は地面の起伏によりぶれてしまう。もし外したら向こうは停車して当ててくるだろう。

 互いに回避運動を続け、決定的な射撃チャンスを作れないまま、2輌は踏切を越えて鉄道土手の東側へと戦いの場を移した。

 

 

 

 

 

 

 パンターは逃げる、逃げる、逃げる。

 第一中隊とチャーチルの部隊が戦火を交えていた平野において、既に撃破されている戦車の間を縫うようにして後続のファイアフライの照準を避ける。

 

「ちょっと、もう少しスピード落とせませんか!?」

「阿呆、これ以上落としたら撃ち抜かれるわ!」

 

 擱座した車輌へと40km以上の快速でぶつかりそうになる動きに、パンターの戦車長は悲鳴を上げる。だが、クルト操縦手は珍しくきつい調子で却下した。テンションがハイになっているのかもしれない。

 互いの距離が徐々に開く。それに伴い砲声の数も増え始めた。長距離になればなるほど相手に弾丸が届くまでの時間が長くなり、たとえ停止射撃でもそう簡単には当たらない。こうなると一回撃って外れたとしてもそれが致命傷に至ることは少なくなる。両者が動き合っているこの状況ではなおさら命中できるはずもないが、数撃てば当たるかもしれないという考えのもと、2輌は砲弾を放ち続ける。

 

「次すれ違ったときに決着つける! 準備ええか!?」

 

 ある程度距離がとれたのでクルトは乗組員に声をかける。特に返事は聞こえなかったが、無言は了承だと解釈して、180度回転すべくレバーを操作する。

 再び互いに向き合う形になった。少し違うのは、今度はすれ違っても100mほどの空きがある。そして、砲塔は常に相手を狙っていた。

 

「撃てーッ!」

 

 走行中でもわかるほど、びりびりと車体が振動する。同時に金切り音がすぐ近くから聞こえた。どうやら外れてくれたらしい。口元に笑みの形を作った後、クルトは気合いを入れて叫んだ。

 

「勝負やー!」

 

 右手のレバーを無造作に引く。右の履帯は急速に力をなくし、生きている左の履帯が勢いよく回り続け、車体は強引に曲げられる。自動車のように横転するようなことはなかったが、車内には猛烈な荷重がかかり、履帯は耐えられずに外れてしまう。

 そして車体と砲塔は、ごく短時間で180度の方向転換に成功した。

 砲身がファイアフライを追いかける。もはや振動はなく、射撃の精確さは保証されている。相手は左旋回の途中で、側面を完全に晒しており、砲塔もまだこちらに向けられていない。彼我の距離はわずかに150m。いかに高い機動力を持って走行したとしても、この距離では初速925m/sで放たれる砲弾から逃れることは難しかった。

 操縦手用のペリスコープ越しに、射弾が叩き込まれ白旗をあげるファイアフライが確認できた。

 

「撃破いち!」

 

 車内に歓声が上がった。履帯はだめになったもののこちらはまだ戦闘可能。審判なんていないが勝敗は明らかだ。

 シートにもたれかかって一息つくと、無線から音声が届く。

 

『……はぁ。負けたわ』

 

 疲れたような声。

 

「お疲れさんー。今回は運がこっちにあったみたいやね」

『そうね……。さっきの射撃、あと少しぶれなかったら勝ってたのに。結局はそちらの思いどおりにさせてしまったわ』

「腕がいいもんで、って言いたいけど。正直いつ当たるかとひやひやしたわー」

 

 勝負も終わり、互いの戦いぶりを称えあう。どちらに軍配が上がってもおかしくないほど両者の練度は均衡していた。

 そのまま少し話したところで、不意に話題が変えられる。

 

『ああそうそう、勝者には祝砲をあげないといけないわよね』

「……謹んでご遠慮願えませんか」

『お願いします!』

 

 返答は無情であった。周囲の連合軍側の生きている戦車が、ゆっくりとパンターへと砲塔を廻す。どうやら終わるのを待っていたらしい。ペリスコープを旋回させたクルトは乾いた声で笑った。もはや笑うしかない。見える範囲だけでも2、3輌がこちらを狙っている。

 360度からの一斉砲撃に、パンターの車内で悲鳴が上がる。それが今日のゲームの締めくくりとなった。

 

 

 

 

 

 

 雨がいまだ降りしきる平原の上には、幾つものの戦車が弾痕を残したまま動きを止めていて、さらに数時間前にはなかったクレーターが数え切れないほど出来ていた。

 ゲームは連合軍側の勝利に終わった。史実通りの結果とはいえ、ドイツ軍側としては3倍の相手に対し少なくない損害を与えているのだから、悪くない内容だろう。バザルト1の車長は周りの風景を眺めながら、その余韻を味わっていた。

 

『たのむ、故郷の恋人に伝えてくれ……愛していると……』

『しっかりしろジョニー! 衛生兵! えーせーへー!』

 

 無線機からは茶番劇が流れている。ちなみにジョニーなんて役名は今回はない、あったとしても連合軍側だ。ゲーム終了後にとりあえず衛生兵を呼びつけるのはもはや様式美といっていい。

 こうした遊びもヒストリカルゲームの醍醐味。こちらも何かネタを披露できないかと、車長は車内に目を戻す。黒騎士な物語で挨拶してきたグデーリアンさんなら嬉々として乗ってくれるだろうと思ったが、あいにく彼女はそれどころではないようだった。

 

「そろそろ回復したかな? はい、これ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 彼女は砲手から手渡されたスポーツ飲料をゴクゴクと飲み、一息つく。

 

「うん、装填の腕は良かったと思うよ。後は体力だねー」

「後半は、遅くなってすみませんでした……」

「気にしなくていいって。そこのバカ砲手が考えなしに撃ちまくるのが問題だから」

「えー? だって、敵多かったですしー」

 

 通信手から横やりが入っても、砲手はいけしゃあしゃあと言い放った。

 最後の方は装填されたらすぐに撃っていた状態だったので、グデーリアンは休むことなく装填作業を繰り返すことになった。撃破された直後は息も切れてぐったりとしていたが、今は大分持ち直してきたようだ。

 

「グデーリアンさんは、戦車道を始めてどのくらいになりますか」

「実は、今年からなんです。4、5、6、……もうちょっとで四ヶ月になりますね」

「あんまり上手なので、てっきり経験者なのかと思いました」

「えへへ……昔から戦車が好きだったので、部屋に砲弾を飾ってたりしてたんですよ」

 

 4月から始めたのだろう、指折り数える姿に車長は目を細める。

 

「楽しんでますか」

「それはもう! 戦車に乗れて、憧れの人と友達になれて! ……ただ、思いもしなかったものを背負っちゃいましたけど」

「……もしも、これからも戦車道を続けるのなら。今の気持ちを大切になさってください」

「え?」

「時折、見失うことがあるんです」

 

 雨はまだ、止むことなく降っている。その様子をキューポラ越しに見ながら続けた。

 

「最初は戦車に乗っただけで楽しかったのに、試合を重ねていくとそれがわからなくなってくる。勝つことに苦しみ、責任に押しつぶされることもあります。でも、最初の気持ちを忘れずにいれば、そんなときも乗り越えられると思うんです。楽しむ人が、一番強いですから」

 

 勿論技術があることが前提ですけどね、と車長は付け加える。

 

「だから気晴らしも兼ねて、私が所属しているチームはこんな感じで時々遊んでいるんですよ。……今年はいつもにも増して楽しいイベントになりました」

「始まる前からそわそわしてたものね」

「だから、ちゃちゃ入れないでよ」

 

 操縦手の言葉に顔が赤くなる。同時につい真面目に語ったことが恥ずかしくなって頭を掻いた。

 

「長々と話してすみませんでした」

「いえ、参考になりました」

 

 優花理は迷惑がらずに聞いてくれたうえに、邪険にせずに返事をくれる。今はその優しさが有難い。と思っていたら、妙にキラキラとした目で身を乗り出した。

 

「つまり、中尉殿が強いのは戦車道を楽しまれているからなんですね?」

「え? あの、」

「それでしたら!」

 

 予想外の話の流れに目を丸くするが、優花理は構わずに言い募った。

 

「是非、決勝戦を楽しみにしてください! 今年の西住殿は昨年とは一味違います。戦車道を楽しんでいる今の西住殿なら、きっと中尉殿の予想を超えると思いますよ!」

 

 先ほどまでとは打って変わった元気な様子で言われ、車長は呆気にとられていたが、言われた内容を咀嚼して次第に破顔する。

 

「ふふ、ふふふ。それは、宣戦布告と受け取っていいのでしょうか」

「え、いや、そんなつもり……でもありますね」

 

 どこまでもマイペースな様子に車長はこらえきれず笑い声をあげた。ひとしきり笑った後、優花理の目をしっかりと見据える。

 

「例えあなた方にどんな事情があろうと、私たちは全力でお相手します。恨まないでくださいね」

「……負けませんよ!」

 

 優花理はにっこりと笑って、そう返した。

 

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