ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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決勝 大洗女子学園戦(序)

 広い草原の中を、2輌の戦車が進んでいく。

 前方には富士の山がそびえ立っている。右手は先ほどまで観客席が見えていたが、今は様々な色の看板が立てられたいくつもの射撃台が目に入り、ここが演習場の中であることを改めて思い出させる。

 

『なんか、夢みたいやなぁ』

 

 P40のキューポラから辺りを眺めていたパスタが、感慨深そうに呟いた。

 

『ああ。まさかここまで来れるとは思わなかったな』

『それもそうやけど。うちら今、総火演の会場を走っとるんやで!』

 

 気分が高揚しているのか、うきうきとした声が無線越しに伝わる。車体間隔がとられているのでヤークトパンターからパスタの様子は見えないが、多分両手を大きく動かしながら喋っているのだろうなとファシストは思った。

 

『もうこんな機会なんてないやろうしなぁ。記念にどこかで砂とらへん?』

『……それって、負けた方がするものじゃないのか』

『最近は優勝校もするらしいし、問題ないって』

 

 まるで甲子園に出場した野球男児のようなその提案に苦笑する。とはいえ彼女自身もその案には乗り気で、三段山はどうかとか不発弾がありそうなところは気を付けないととか、話題は尽きなかった。

 2輌はそのまま西北西へと向かい、先ほどのものよりも大きい射撃台が設置されているところを横目に走る。右前方には褐色の小高い山ーー三段山が目前と迫ってきており、その頂上が今回207地点と呼ばれる場所だ。

 事前のブリーフィングで、大洗女子とはこの207地点の付近で交戦するだろうと予測されていたこともあって、ファシストもパスタも視線を北に向ける。と、

 

『停止!』

『停止!』

 

 ほぼ同時に停車した。肉眼では点のように見える何かが、草原を動いていた。味方はまだそこまでは移動していないだろうから敵に疑いない。二人は双眼鏡越しにそれを見る。

 

『4輌……いや7輌やな。207地点へ向かっとる?』

 

 大洗の戦車はⅣ号戦車を先頭にした楔形(パンツァーカイル)をとっていて、こちらから見て左方へと向かっている。側面を晒しているその角度から南西方向、すぐ左に見える三段山の頂上を目指しているものと考えられた。

 パスタからの無線に緊迫感がないのは距離が原因だろう。相手が向かってこないのであれば、ここから命中させるのには遠すぎる。ファシストも、相手が余裕のある車間距離をとっていたなら諦めていたかもしれない。

 

『右旋回、14時方向! 詮索している暇はなさそうだ』

 

 だが彼女はあえて無線機を口に当てながら指示を下し、攻撃を宣言する。パスタが驚愕している様が目に浮かんだが、それに構わず測距儀を取り出して相手の戦車群へ向ける。

 大洗女子は密集隊形のまま進んでいた。間隔はかなり狭く、楔形を横から見るこの地点から撃てば、いずれかに当たらぬということはない。どのような意図があるのか彼女にはわからなかったが、何にしろ車長としての本能が直ちに砲撃することを選択させた。

 

『……頼んでいい? 流石にこの距離やと、うちらは無理や』

『わかった。任せてくれ』

 

 改造されているとはいえP40ではそれも当然かと、ファシストは素直にその言葉を受け入れて、砲手に測距儀から読みとった距離を告げる。

 

「目標、Ⅳ号戦車。距離2500。ここで終わらせても構わないぞ」

 

 砲身が微妙に動いて調整が行われる。ヤークトパンターが衝撃に揺れ、71口径88mm砲から放たれた硬芯徹甲弾がⅣ号戦車へ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 その砲撃を事前に察知できたのは僥倖と言えた。

 

『全車全速! 狙われています!』

 

 Ⅳ号戦車に乗るみほが叫ぶ。彼女は直接戦車を確認したわけではなかったが、長年の経験によるものか、ともかく危険だと告げる直感に従って警告を発した。

 それを受けて、操縦手の冷泉麻子が、平素は眠たそうにしている様が嘘のような反射神経を見せて急激に加速させる。間一髪のところで、フラッグ車であるⅣ号戦車は射線から外れることができた。

 だが、密集隊形をとっていたことが仇となった。砲弾はⅣ号戦車の背後を通り過ぎ、先頭から右後方に位置していたルノーB1の左側面下部に的中。爆発音とともにその車体を擱座させた。

 

『カモさんチームが!』

『怪我はありませんか!?』

 

 心配する声が飛ぶ。それに対する返答ではなかったが、ルノーB1の車長である園みどり子からの声が無線に乗った。

 

『……一体、どこから撃ってきてるのよ!』

 

 悔しさを滲ませたその声にみほはハッとし、急いで指示を出す。

 

『10時の方向から! アヒルさんチーム、煙幕を張ってください!』

『わかりました!』

 

 八九式中戦車に乗る磯辺典子が応答する。と同時に、Ⅳ号戦車を守るように一丸となった戦車群の中から左前方へと移動。車体後部から煙が勢いよく噴き出されると、またたく間に白い壁が作り上げられ、敵戦車から大洗の車輌が隠される。

 煙幕を張るために速度が上げられる八九式のハッチから、磯辺は先ほど撃たれた方角へと顔を向ける。一見、どこにいるのかわからなかったが、草原の彼方に黒い点があることを視認する。

 

「……あんな遠くから!?」

 

 双眼鏡を取り出して確認すると、2輌いるうちの1輌、ヤークトパンターがまだこちらに車体を向けていた。敵に唯一その身を晒している八九式を狙っていると判断するには、十分だった。

 

「アタック来るぞ! 根性だ!」

「はい!」

 

 気合いを入れる声に乗員が応える。いつ撃たれてもおかしくない状況、煙幕を保つために彼女たちは可能な限り最高速度を維持する必要がある。この距離なら外してくれるだろうと思う者は、既にいない。

 207地点へと続く坂道が迫るなか、磯辺は敵戦車から注意を逸らさない。ヤークトパンターの砲口に焔があがる、その刹那。

 

「ブレーキ!」

 

 号令と同時に急ブレーキがかけられ、猛烈な反動力がかかる。相手の砲弾がこの距離まで到達するのは2.2秒、最低でも10km/hは落とさないと、全長5.7mの車体を照準から外すには心許ない。

 かかり始めてから約1秒後、車体の前方に、砲弾が金切り声をあげて横切っていった。そして、すぐさま八九式は急加速する。

 6輌は坂道にさしかかり、相手の車輌は稜線に隠れて見えなくなった。

 

『敵戦車、視界から消失しました!』

「何とか凌げましたね」

 

 Ⅳ号戦車の車内で、優花里がほっとした様子でみほに声をかける。しかし、みほはなおも厳しい表情で後方を確認していた。

 

「……ううん、あれは前哨部隊。まだ敵の主力がどこかにいるから、油断できないよ」

 

 双眼鏡を手にしながら、みほは話す。これから傾斜を登っていくとなれば必然的に行軍速度は落ちる。開いた土地でゆっくりと進むことがどれほど危険なのかは言うに及ばない。相手の動きがまだ掴めない現状ではなおさらだ。

 

『カバさんチームとウサギさんチーム、レオポンさんチームの牽引を始めてください。相手の射程は非常に長いです、常に後方の警戒を怠らずに207地点へ急ぎましょう』

 

 車内の会話を受けて、通信手の沙織が各車へと無線する。6輌はなるべく速度がでるようにそれぞれが連携しあいながら、坂道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、大洗女子学園のスタート地点から南西に向かった場所。既に大洗女子が通り過ぎた平原に、その南方にある森から戦車が姿を現した。最初は装甲の厚いARL-44とJSー3、次いでファイアフライと四式中戦車が先の2輌よりも狭い間隔の横列を組んで森を出て、最後にシャーマンがあとを追う。

 選抜隊の本隊は無事に森林地帯を抜け、予定通り南西へと進路を変える。ほどなく、先頭を行くレジスタンスが報告を無線に乗せた。

 

『轍見つけたよ。えーと、8輌あるね』

『まずは一安心、ですね。追いかけましょう』

 

 5輌は速度を上げて、同時に互いの間隔を広げる。右翼の先頭にARL-44、左翼の先頭にJSー3を配置した、逆楔形(ブライトカイル)を自然と形成していた。偵察を含んだ機動隊形ではなく、いつ交戦してもいいような戦闘隊形をとっていると言えるだろう。

 レジスタンスは時折周囲を警戒しつつも、双眼鏡で轍の行く先を確認した。目立ってはいないが草原にしっかりとある軌跡は、ずっと真っ直ぐに伸びている。隊列を崩さずにどこまでも等間隔に残っているそれは見る人が見れば感嘆に値するだろうが、彼女の関心はそこにはなかった。

 

『この轍だけど、なんでこんなに間隔が狭いのかな? よくて10mしかないよ』

 

 素朴な疑問が口にされる。横にいるJS-3との車体間隔は若干広めに取っているとはいえ、大洗女子の8輌分の轍を挟むようにして走行している。数字は大雑把な目測からだが、いずれにしても不自然に窮屈なのは変わりない。

 

『準決勝のときもそうじゃなかった?』

『うん。でも、その時は視界が悪かったじゃない。今はこんなに見晴らしがいいのに』

『ソ連のマニュアルを採用しているかも』

『5から10mの単横列が標準ってやつ? あれは無線機が少なかったからでしょうが』

『……いえ、その可能性はあり得るわ。無線傍受を警戒しているのかもしれないわね』

『えー。そういった小細工はしないって、隊長が月刊戦車道で明言してたのに?』

『信用されてないんじゃないの』

『それはないと思います。多分……』

 

 自信なさげな声が流れる。咳払いが聞こえた後、

 

『密集隊形をとるのは、フラッグ戦では十分考えられることです。固まっているので被害が増えるリスクはありますが、その分フラッグ車を守ることができます』

『じゃあ、私たちも本当はもっと間隔詰めないといけないの?』

『止めた方がいいでしょう。車体距離が狭いと隊列運動は困難になります。その手の練習を積んでいない私たちがやっても、お互いにぶつかってしまうだけです』

 

 実に今更な話をしながら走行を続ける。決勝戦の最中にしては長閑なものだが、ずっと気を張り詰めるよりはこうして無駄話に興じる方が彼女たちらしいのかもしれない。ちなみに、ここにいない2輌とは別々の通信系を使っており、何かあったときには互いに連絡を取り合うことになっていた。

 もっとも、話はしていても周囲の警戒は怠っていない。

 

『隊長、この先に左に曲がる轍がある。1輌分』

 

 と、共産主義からの無線。

 

『……森に向かっていますね』

 

 隊長はそう呟くと、右を向いてファイアフライの方を見る。キューポラから身体を出している二枚舌の表情は見えないが、視線に気づいたらしく顔を四式中戦車の方へと向けていた。

 

『どう見ますか』

『偵察とは考えにくいから、待ち伏せか側面攻撃を担当する車輌かしらね。ただ、他の戦車がまだ確認できない今はなんとも言えないわ』

『ですね……。順当に行けば207地点付近まで行っているはずなんですが』

『そういえば、もう連絡が来てもおかしくない頃だよね』

 

 レジスタンスが疑問を呈する。ちょうどその時、審判からの無線連絡が全車輌に届いた。

 

『大洗女子学園ルノーB1、走行不能!』

『話をすれば、ね』

『報告もしないで何やってんのよあいつら』

 

 呆れたような声で物量主義が悪態をつく。向こうがどういう状況なのか、そのアナウンスだけで十二分に察せられた。

 無線にまた別の声が流れてくる。

 

『こちらファシスト、敵を発見した。フラッグ車を含む6輌が207地点へ向かっている。どうする』

『その場から時計回りに迂回してください。東の森には1輌潜んでいます。予定のポイントで合流しましょう』

『了解した』

 

 分隊との通信が終わると、隊長は続けて指示を下す。

 

『各車、進路そのまま。逃げ出される前に蓋をします』

『あら、残りの1輌を探しに行かないの?』

 

 二枚舌が訊く。確実に戦力を削るべきだとほのめかしたものだったが、

 

『見つけるのは大変ですし。それに、あちらの方から来てくれるでしょうから』

『それもそうね』

 

 さらりと返されて納得すると、次第に見えてきた目標の山へと視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 円形の高台まで登り詰めた6輌の戦車は、その地形に沿うように扇形に布陣した。各自で位置を調整していたが、一通り完了すると代表して磯辺が無線を入れる。

 

『西住隊長、配置完了です』

『了解。各車、防御姿勢を取ってください』

 

 みほが答えると、各車は砲身を北東の麓へ向けながら、稜線を利用して車体を下から隠すようにする。

 この207地点は三方が急傾斜となっており、戦車で登れるのは北東方面しかない。標高も周辺から100mは高く、東富士演習場をあらかた見渡せることができる。敵を迎撃するにはおおよそ理想的な場所で、ここを確保して長期戦に持ち込むことが、大洗女子学園の立てた作戦の最初の目標だった。

 陣地が無事構築できたことに安堵したみほは、大きく息をつく。そこに沙織が声をかけた。

 

「みぽりん、カメさんチームはまだ作業中だって。もう少しかかるみたい」

「うん、ありがとう」

「本当に、あの作戦を決行するんですか?」

「うん……できるなら、ここで決着をつけたいけど」

 

 砲手の華の言葉にみほは眉をハの字にする。別にルールに違反するようなことではないのだが、西住流でなくても邪道と言われるような作戦を準備していた。そのせいか、若干言葉が濁る。

 その時、無線が鳴った。

 

『敵5輌、こちらに向かっています!』

 

 M3中戦車に乗るウサギさんチームからの報告に、みほは前方を一望する。

 森に挟まれた広い草原の中を、逆楔形で進む5輌の姿が見えた。大洗が通ったルートに沿ったまま、悠然と走行している。

 

「あれが主力部隊ですね……」

「カメさんチームに戻るよう連絡する?」

「ううん、少し待って」

 

 次第に近づいてくる敵戦車に緊張感が漂い始める。5輌は真っ直ぐに三段山へと向かい、そのまま坂道を登る……かと思われたが、その手前でばらばらに別れて、草原に乱立する林の中に入っていった。

 

『……あれ?』

『攻めてこない?』

 

 戸惑うような声が各車からあがる。みほは確認の無線を入れた。

 

『アリクイさんチーム、9時方向に何かいませんか』

『え、えーと……』

 

 陣地で最も左側に位置する三式中戦車から、車長のねこにゃーがその方向を見渡す。と、

 

『あ、西住さん! P43とヤークトパンターが左後方に走ってます!』

『了解です。皆さん、相手はしばらく来ないと思われますが、引き続き注意してください』

 

 みほはそう指示を出す。少なくともその2輌と合流するまでは攻めてこないはずだが、用心するに越したことはない。

 

(……ここが正念場、かな)

 

 おそらくただ闇雲に突撃してくるようなことはないだろう。まして相手はあの島田流だ。有利な場所をとっていても、まだ油断はできない。

 みほは気を抜かない表情で、眼下の林を見つめた。

 

 

 

 

 

 

「オーライ、オーライ」

 

 レジスタンスの声に合わせて、ARL-44がゆっくりと後進する。地面に大きく開けられた、掘削されたばかりの穴に車輌は後ろから入り、上向くように車体を傾ける。

 

「仰角確保できました」

「うん、作業終わりー。みんなお疲れさま」

 

 乗っていた砲手の言葉を聞き、レジスタンスは手にしたスコップを杖のようにして一息ついた。

 木立の間に見える207地点は傾斜がきつく、20度はあるように見える。こちらの戦車では登ることは出来るが、通常では仰角をいっぱいに上げたとしてもその頂上へ砲撃することは叶わない。平地から撃とうとすればこうして意図的に上向かせる必要があった。

 

「終わっていましたか。なによりです」

「あ、隊長。そっちはもういいの?」

「ええ。あとはここだけなので、よければ合図を撃ちます」

 

 隊長が顔を見せる。こちらを手伝うつもりだったのか、先ほど見たときとは違って手にはスコップを持っていた。四式中戦車とシャーマンの乗組員も同じ作業をしているが、どうやら早めに終わったらしい。

 違うと言えば、もうひとつ。パンツァージャケットの上に革帯が付けられており、やけに大きい拳銃嚢と箱形の収容嚢を装着している。

 

「普通に無線で連絡しても良かったのに」

「できればここに指揮車がいると思わせたいので。まあ半分は趣味ですが」

 

 そう言うと、隊長はホルスターから信号銃を取り出した。十年式信号銃で、撃突の上にある突起を下げると銃身が折れ、そこに収容嚢から取り出された信号弾が挿入される。手慣れた様子で装填が終わると、銃口が上に向けられた。

 

「それ見てるとさ。対戦車ピストルに改造してみたくなるよね」

「だめですからね? 一度出来ないかと思いましたが、凄い怒られました」

 

 空に向けて、ぱんッと、軽い破裂音が鳴る。打ち上げられた弾は上空で発火して開き、小型のパラシュートに吊された発煙剤がもうもうと白い煙を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 眼下に相手の信号弾が上げられたのが見えた直後、207地点へと砲弾が着弾する。

 

『撃ってきた!』

『一体どうやって!?』

 

 敵は姿を見せず、林の中から直接撃っていた。予想外の攻撃に動揺の声があがるが、みほはそれを落ち着かせるように言った。

 

『大丈夫。ここにいれば滅多なことでは当たりません』

 

 高台にいる目標に命中させることはかなり難しい。正確な距離が掴みにくい上に風の影響を受けやすいので、何度も弾着修正を繰り返す必要がある。さらに、かりに当たったとしても、車体は隠れているので致命的とはなりにくい。

 みほの言葉の通り、砲弾は命中することなく陣地の手前に落ちていた。だが、異変はすぐその後に起きる。着弾した箇所から煙が立ち上り、次第に大洗の布陣している場所へと流れ始める。

 

「これは……」

『発煙弾か!』

 

 いち早く気づいたのか、Ⅲ号突撃砲からカエサルの声が届く。

 断続して続く着弾音とともに煙はどんどん勢いを増して、1分もしないうちに辺りが見通しのきかない白色で覆われた。

 

「これでは、照準がつけられません……」

 

 華が呟く。相手が傾斜を登っているところを狙って迎撃する作戦だったが、こうなってはそれもできない。みほは煙のない場所まで移動するか悩んだが、相手の出方がわからないまま姿を見せるのは危険だと見て、次の無線を入れた。

 

『レオポンさん、前に出てください。状況の偵察をお願いします』

『了解しました!』

 

 ナカジマが応答して、ポルシェティーガーが前進する。大洗では最も装甲が厚いその戦車は煙幕のなかを真っ直ぐ進み、やがて視界の晴れた場所まで抜けた。

 

「おお、来てるねぇ」

 

 下方を見ると、坂道を登る4輌の戦車の姿があった。どれも歩みは遅く、距離もまだ遠い。

 

「ねーナカジマー、撃っちゃってもいいかな」

 

 砲塔を動かしながら、砲手のホシノが訊いた。

 

「そうだねー、右端のファイアフライを狙ってみようか」

 

 ナカジマはそう言いながら、報告もかねて無線しようと喉元のマイクに手をかける。 

 戦車が巨大な拳に殴られたかのような衝撃と、ガンッとした命中音が響きわたったのは、その時だった。

 

「……え?」

 

 一瞬、呆然となる。砲塔の角に命中したようで、撃破判定は出ていない。慌てて下方を確認するが、今登ってきている戦車は発砲煙をあげていない。だが、草原にある林の木立の隙間に、きらりと光る砲身が見えた。

 次いで4輌が動きを止めた。その意図するものは明らかだ。

 

「狙われてる、バックバック!」

 

 ナカジマは反射的に叫び、ポルシェティーガーは後進を開始する。

 おそらく最初に撃ってきたのはARLー44だ。先ほどからの発煙弾に紛れて修正射撃を行っていたのだろう、艦載対空砲を積んだあの戦車なら車体に当てられると撃破される可能性が高かった。まして他の車輌も含めて相手にするのは流石にまずい。

 煙の中を戻り、ナカジマは慌ただしく報告する。

 

『こちらレオポン、敵4輌接近中! あと林からも撃たれました、かなりの精度です!』

『近づいてる戦車の種類は!?』

『ファイアフライにP40、ヤークトパンター、それとスターリンです!』

 

 Ⅳ号戦車の中、挙げられた戦車を聞いて優花里が言う。

 

「火力が高い戦車ばかりですね。それに後の2輌は装甲が硬くて抜けません」

「こんな視界の悪い中だと不利すぎるよー!」

 

 表紙に戦車でーたと書かれたノートを見ながら沙織が嘆く。もしこのままここにいて接近戦に持ち込まれた場合、煙の中で出会い頭の砲撃戦になる可能性が高い。戦車性能が劣っている大洗としては火力と装甲が物を言う1対1の構図にされることは最悪の状況といえた。

 みほはしばし考え込む仕草をしていたが、

 

「でもそれなら……」

 

 と呟くと、咽喉マイクを手にする。

 

『カメさんチーム、おちょくり作戦開始してください!』

『オッケー、任せといてー!』

 

 今はここにいないヘッツァーから威勢の良い声が届く。みほは続いて指示を出す。

 

『全車輌、もくもく作戦用意! 煙幕を出しながらここを脱出し、一気にフラッグ車を叩きます!』

 

 各車から作戦了解やもくもく用意という返事がくる。沙織は得心がいったようで声をあげた。

 

「そっか、相手を分断させるんだね!」

「うん。下にいるのは3輌だけだから、私たち全員で向かえば戦力は十分。それに会長が後ろから混乱させてくれれば」

「勝てるな……」

 

 麻子が呟いた。勝ち筋が見えて、車内の空気が心なしか明るくなる。彼女たちはヘッツァーからの連絡を待った。

 その作戦が見透かされていることに気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 平野を進み始めた1輌の戦車を、じっと見つめる人影がある。

 

『ヘッツァーを発見しました、こちらに向かっています』

『了解、偵察班は撤収してください。作戦を第2段階へ移行します』

 

 その返答を聞くと、無線機を持った人物は登っていた木から降りて、林の向こうへと去っていく。

 自ら檻に入り込んだ獲物をただで逃すつもりなど、選抜隊にはさらさらなかった。

 

 

 

 

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