ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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決勝 大洗女子学園戦(中②)

 7輌は走り始めた順からばらばらに大洗女子学園を追いかけていたが、目標が射界に入った途端に自然と隊形を整えていった。先行する車輌が少しでも命中率を上げようと発砲する間だけ速度を落とし、後続は前の戦車に邪魔されることのない撃ちやすい位置へと移動する。そして6輌が正面への火力を最大にできる散開横隊をとり、フラッグ車がその後につく形になった。隊形の訓練なんて一度もする機会のなかった彼女たちだが、お互いがどこに移動するのかを察知して無意識にこれを行っていた。

 

 5門の砲口が、巡航速度を維持したまま交互に火を吐いた。シャーマンは1発だけ撃って、後は弾がもったいないと沈黙している。この速度と距離で行進間射撃を行って弾薬を費消することはないのだが、今回は相手に之字運動を強要し、彼我の距離を詰めるために必要な消費といえた。本当なら全車が停止射撃に移行できればいいが、その場合はすぐに煙幕を張られて接触を断たれてしまう。

 

 大洗の戦車は砲撃を避けるようにジグザグに走行し、平野をいまだ東へと進んでいる。砲塔は真っ直ぐを向いたまま、反撃を仕掛ける素振りも見せない。それを訝しむ声が無線に乗った。

 

『相手はどこへ向かってるのよ。逃げてばかりじゃない』

『最終的には市街地へ向かうはずです。大洗が戦術的に優位に立とうとするなら、そこで待ちかまえるのが最善といえます』

 

 砲声が断続的に轟いている中で、隊長は丁寧に応えた。207地点とは違い完全な隠蔽陣地となる市街地に先に入られてしまうと、多少の戦力差はうやむやになってしまう。彼女が試合前から警戒しているとおり、劣勢の大洗側としてはそこを目指すはずである。そして今の相手の動きも、それにぴったり符合する。

 

『ということは、このまま東に向かって、森に入ったら時計回りに進む感じ?』

『そうね。それで草原に出て国道を目指せば、あとは一本道だわ』

『このルート以外は確かにどれも問題にならへんな。平野部が多くてうちらにしたら願ってもない状況になるし』

『どうせなら川を渡ってくれたら良かったのにね』

『何その射撃の的』

 

 市街地に向かう最も近いルートはそのまま南西へと進むことだが、その途中には幅の広い川がある。1000m以内で追走しているこの状況下で大洗が渡河を試みようとすれば、盛大な射撃大会が催されていただろう。そんなことをするような相手では勿論なかった。

 

『そこまではっきり分かれば後は簡単だな。先回りして待ち伏せできる』

『そうよ。これで相手は袋の鼠よ!』

『半分ずつで挟み撃ちにすれば一網打尽やな』

『いえ、露骨に動くと気づかれて別の行動をとられます。あえて北へと向かって別ルートを模索したり、あるいは追撃部隊が少なくなったところを狙って反撃を仕掛ける。私ならそうします。……追撃は最低5輌を維持しましょう』

『5輌? 今の戦力差だと少し多いんじゃないかしら』

『念には念を、です。相手は何かを企んでいるに違いありません。どういったものなのかはわかりませんが、嫌な予感がします』

 

 隊長の言葉に、無線が一時静まりかえった。試合中であろうとなかろうと、嫌な予感ほど当たるものはない。選抜隊の面々は感じ取れてはいなかったが、他ならぬ隊長のいうことであり、無条件で信じた。ややあって、

 

『分かったわ。でも、他の2輌はやっぱり待ち伏せに使うべきよ。問題は誰をどこに配置するか、だけど』

『隊長、JSー3なら単独で動いても問題ない。必ず期待に応えてみせる』

『私たちも出来れば待ち伏せに向かわせてくれないか。やられる気はしないし、ヤークトパンターは追撃の方が苦手だからな』

『はいはい、私たちも先回りしたい! 今度こそ活躍してみせるから!』

 

 三人が志願の声を出した。いずれも搭乗する戦車の性能からいって適任といえたが、最後の一人に対してはみな悪気はないものの冷ややかに応じた。

 

『意気込みは買うけど、今日は大人しくしておいたほうがいいんやない? 調子良くないみたいやし』

『他に悪いことしたの隠してない?』

『してないって。もう』

『今気づいたけど、今日の占いは何位だったのかしら』

『それ今聞くこと? ……12位だよ』

『お祓いが必要なレベルやったか……』

『ちなみにラッキーアイテムは何でした?』

『隊長まで。えっとね――』

『後にしろ。いいな』

『あ、はい』

 

 ファシストの有無を言わせぬ口調にたじろいだ隊長は、コホン、と小さく咳払いをすると、

 

『それでは、少し保険をかけておきますか』

 

 そう言って、いつもの落ち着いた声で命令を発し始めた。

 

 

 

 

 

 

 大洗女子学園の5輌が森に間もなく入ろうという段階になって、選抜隊の車輌に動きがあった。ヤークトパンターが向かって左に、JS-3が右に旋回し、方向を変えた後はそのまま進んで見えなくなった。残りはなおも追走を緩める気配がない。

 

「南と北に1輌ずつ、これなら……」

 

 絶えず後方を確認していたみほは、その動きを見てつぶやいた。おそらくそれぞれの方面で待ち伏せするのだろう。ヤークトパンターについては対処が必要だが、大きな問題にはならない。残りの戦車をこのまま罠のところまで誘導できれば、市街地までの突破は十分可能だと彼女は見積もった。

 

 ただ、その次の瞬間には緊張で顔をこわばらせた。追走する戦車のうち、両端のP40とARLー44が急速に速度を落とし始めようとしている。恐れていた事態が来たことを見たみほは、即座に無線を飛ばした。

 

『煙幕展帳!』

 

 みほの号令とともに、Ⅲ号突撃砲とM3中戦車が背面から勢いよく煙を出し始めた。2輌は交差するように動き、巨大なX型の煙幕を張る。この白色の壁を素早く張るために、後方の左右に戦車を配したT字型の隊形をとっていたのだ。果たしてそれは間に合った。

 

 煙を突き破って、高速の射弾がフラッグ車を狙うように飛来した。その十字砲火は行進間射撃とは比べものにならない精度で放たれたが、煙が出来た直後に必死の回避運動を行った甲斐もあって、命中弾にはならなかった。後続の八九式のすぐぎりぎりのところを通り過ぎており、もう少し対応が遅ければ当たっていたかもしれない。

 

 ホッとする暇もなく、後方で爆発が起きる。同時に2発、数秒後に更にもう2発撃ち込まれた榴弾の爆風圧により、せっかく張られた煙幕は瞬く間に吹き飛ばされてしまう。さらに少しして、速度を落とさずに追走している車輌のうち、ファイアフライからの砲弾が近くに着弾した。じりじりと差を詰められていることもあり、狙いはますます正確になっている。

 

『こちらカバさんチーム、煙幕はもう残り僅かだ!』

『ウサギさんチーム、同じくです!』

 

 Ⅲ突とM3から無線が入る。三段山から駆け下りるときと今のとで、ほとんど使い果たしてしまったのだろう。八九式の煙幕もすでになくなっており、相手の照準から隠れる手段が次第になくなってきている。だけど間に合ったと、みほは思った。幸いにして1輌も被害を出すことなく、平野部を逃げ切ることができた。

 

『このまま森に入ります!』

 

 5輌は隊形を維持したまま森に突入した。これからは木々が邪魔になって命中率は低くなる。しかも相手は先行しているのは2輌のみ、他はまだ距離があって脅威は小さい。罠に掛かるのもそれだけということになるが、みほはこの際気にしなかった。今はとにかく少しでも数を減らし、被害を抑えながら市街地へ移動することが重要だった。

 

 しかし、その2輌が問題でもあった。火力の高い砲撃をしきりに放ってくるファイアフライと、事前の調査では行進間射撃の命中率がありえないことになっていたシャーマン。特に後者は、今は不気味に沈黙しているが、これ以上距離が近くなれば確実に直撃弾を撃ち込んでくるはずである。どうかそのまえにたどり着けますようにと、みほは祈った。

 

 

 

 

 

 

 会場東の森はほとんどが針葉樹で構成されており、低木なども生えていない見通しのいい人工林となっている。その中で、選抜隊の5輌は大洗の戦車との鬼ごっこを続けていた。両チームとも木立の合間を縫って疾走し、その差は最も接近しているもので300m程にまで縮まろうとしている。

 

 木々をさけるためばらばらに蛇行運転を続けているが、選抜隊は真ん中2輌が先行した四本指(ケッテ)隊形を基本としていた。小隊規模の楔型で攻撃に適した隊形の上に、フラッグ車はそれに守られるように追随している。隊長はここで勝負に出ることにした。相手の企みが分からない以上、先手をとって撃破すべしと考えたのだ。彼女は無線機をとると、次の命令を発した。

 

『物量主義、射撃準備。減速は必要ありません、とらえ次第発砲してください』

『わかってるじゃない』

 

 先頭を走るシャーマンの車長席で、物量主義は獰猛な笑みを浮かべた。彼女はもとよりそのつもりだったがこれでお墨付きを得たわけである。何より言わずとも意を汲んでくれるのが、いやがうえにも士気を向上させた。

 

『念のため、砲弾の残数には注意を』

『はっ! まだ10発も持ってんのよ。むしろ余るくらいよ』

 

 隊長の注意喚起にも自信に満ちた声で返す。このために今まで弾を温存していたのだ。そしてこの戦車に乗る砲手はスタビライザーを使いこなしていることもあって、行進間射撃に関しては選抜隊のメンバーの中でも別格の命中率を誇る。射程300m以下ならほぼ狙い通りに当ててしまうといっても過言ではない。彼女たちはこれまでの成績を挽回すべく、1輌たりとも逃しはしないと闘志を燃やしていた。

 

『隊長、私は砲手に変わるわね。負けてられないわ』

『任せます』

 

 同じく先頭を行くファイアフライの車内でも、相手を撃破しようと動きがあった。砲手がイスから左に立ち上がって席を空け、二枚舌が後ろから滑り込むようにして砲手席につく。今まで務めていた生徒も決して腕は悪くないが、国際試合に砲手として出場している彼女には適わない。普段はその経験を活かし、車長を務めてリードしている二枚舌だが、やはり本質的には砲手だった。

 

「APDSは残り少ないから、徹甲弾を装填して」

 

 そう指示をして、照準を一度リセットする。二枚舌は照準器内の左に見える徹甲弾用の距離計を見ながら、十字線を平均射程に近いと目される250の目盛へと無造作に合わせた。本来なら相手との距離に合わせてその都度変えるのだが、彼女はそれをするつもりはなかった。

 

 この照準を固定する射撃法は特に戦車道の教官からよろしくない顔をされることが多いが、彼女は敵が多い場合や行進間などにおいてはこれを好んで使っていた。世界的な戦車エースであるヴィットマンも言う通り、獲物を追跡中のハンターはいちいち照準を合わせることはしない。撃つのに手間取っていては逃げられてしまう。その点、この方法は遠近を自分で補正する才能があれば素早く敵を狙えるし、最悪でも十字線に合わせて撃てば、平均交戦距離が大きく変わらない限りは意外とよく当たるものである。ヴィットマンの砲手として80輌以上を撃破したバルタザール・ヴォルが、ティーガーⅠの照準器をたびたび800mに固定していたというのは、故あることなのだ。

 

 彼女は照準器をのぞき込みながら、左手で俯仰調整ハンドル、右手で動力旋回装置を操り、逃げる大洗の戦車を見据えた。蛇行運転は続けているもののいつぞやのパンターとは違って素直な動きをしており、更に予想通り森を時計回りに進もうとしていることが見て取れて、なおのこと未来修正をつけやすい。ジャイロ式スタビライザーのないファイアフライではシャーマンの連中のように百発百中とはいかないが、このぶんなら何発か撃てば当てられそうだと彼女は思った。

 

 そしてチャンスが訪れた。相手は木々をかわすルートを見誤ったのか、それともこちらの射撃を恐れたのか、とにかく一際大きく蛇行した。これ以上距離を詰めれば確実にとらえることができる。彼女がにやりと笑みを浮かべたのも無理はなかった。

 

「もらった!」

「もらったわ!」

 

 2輌の車内で、おそらく同時に声があがった。一つは車長席、もう一つは砲手席から。その声に応えるように、2輌は木々をかわしながら最短距離を行って、大洗の戦車に急速に近づいた。M4系戦車に見られる優良な砲塔旋回速度をもって、砲身が振り回される。それぞれの砲手席において、主砲発射スイッチを踏む左足に、ゆっくりと力が込められた――。

 

 

 

 

 

 

 相手の大振りな回避運動と、それに対して最短距離で追いつこうとする味方の動きを見て、隊長の血の気が引いた。相手の狙いが、鮮明に浮かび上がったのだ。一瞬、ありえない、と思った。人手の少ない中でどうやって準備したというのか――しかし、そんなことを推察する暇もなく、彼女はほとんど反射的に叫んでいた。

 

『止まって! 罠です!』

 

 各車が一斉に速度を落とし始めたが、先頭をいくファイアフライとシャーマンはそれでも間に合わなかった。

 

 2輌の進んでいた地面が、シートを引っ張るようにして消えた。

 

 突然現れた二つの大穴に、2輌は落ちた。一つの穴の大きさは幅3m、長さ5m、高さは1m程。戦車が完全に入るにはまだ小さかったが、突っ込んできた戦車に支障をきたすには十分な大きさだった。シャーマンは左の履帯を残して前のめりに傾くようにして落ち、右の駆動部が衝撃で動かなくなった。ファイアフライは更に悪く、全幅がまるごと穴に入ってしまい、戦車が傾いた際に17ポンド砲の長砲身が地面に激突して曲がってしまった。どちらも試合続行不能と判定され、白旗が上がった。

 

『無事ですか!?』

 

 少し間があったが、応答があった。

 

『All right. 警告してくれて助かったわ』

『こっちも無事よ。……ったく、冗談じゃないわ! 何なのよこれ!』

 

 案外と元気のいい声を聞いて、隊長はほっと安堵の息をつく。そして辺りを見渡した。P40とARLー44は無事に停止している。敵はこの隙に逃げることを選んだのか、もう姿は見えなかった。そして白旗を上げている2輌をあらためて見て、彼女は頭を抱えそうになった。

 

 落とし穴――この古典的な罠に引っかけさせるのが、相手の狙いだった。彼女は相手がこの作戦をとるとは思ってもいなかった。というより出来るはずがないと無意識に除外していた。なにせ姿を確認していなかったのはわずか1輌、乗組員はたったの3人。戦車に支障をきたす穴を掘るにはどう考えても人手が足りなさすぎる。

 

 しかし、一つの可能性に思い当たって、隊長は重々しくため息をついた。

 

『……恐らく訓練で使われた塹壕を利用したのでしょう。迂闊でした』

 

 ここが演習場の中であることを失念していた。自衛隊の訓練の中には、塹壕などの防御陣地を構築して本格的な模擬戦闘を行うものもあると聞く。これはその時に掘られたものを利用したのだ。そうした穴というのは訓練終了後にある程度は埋められるはずだが、相手は会場を視察した際に、短時間で落とし穴に転用できそうな塹壕の跡を探していたに違いない。そして見つけた穴をヘッツァーの乗員が罠に仕立て上げ、選抜隊はまんまとそれに引っかかってしまったということだろう――彼女たちの名誉のため付記しておくと、選抜隊も勿論視察は行っているが、如何せん会場が広すぎたのだ。そうした穴に気づかなくても、それはむしろ当然といえる。とはいえ、最後まで相手の意図を察せられなかったのは、やはり責められても仕方がない。

 

 隊長は沈痛な顔を隠そうとしなかったが、しかしそれでも、指揮官としての一線は守った。2輌をいたずらに損失させてしまった責は負わなくてはならないが、今はこれからのことを考えるのが先決である。彼女は冷静に今の状況を確認し、相手の行動を予測して、静かに指示を出した。

 

『各車、前方地面を掃射。相手の残した轍まで進んでください』

 

 P40の8mm同軸機銃とARL-44の車体前面右側にある7.5mm機関砲、そして四式中戦車の九七式重機関銃の銃声が、森の中に響きわたった。落とし穴はまだあったが、無事に轍までたどり着くことができ、各車はキャタピラの回転数を上げた。

 

 隊長は大洗が次にとると考えられる行動のうち、二つの可能性を読んでいた。一つは、選抜隊の作戦をすべて見通していて、平野に待ち伏せしているヤークトパンターに戦力を集中するというもの。この場合は、1輌くらいは犠牲にしてくれるだろうが、手早く撃破すると姿をくらませようとするはずだ。そうなると試合は振り出しに戻り、相手は巧妙に姿を隠しながらこちらのフラッグ車を狙ってくるだろう。これを避けるため、できるだけ急いで追いつかないといけない。

 

 もう一つは、相手は更に別の場所に罠を仕掛けてあって、後を追おうとするこちらに対し、その場所でゲリラ的に奇襲を仕掛けてくるというもの。彼女が相手の立場だったら好んでこの作戦を練っていただろう。轍の上を進めば落とし穴にかかることはないだろうが、逆にその線から迂闊に外れることはできず、小回りが利かない状態で敵襲を迎えることになる。被害を防ぐには何よりも先に相手を見つけることが必要だった。それができるかと彼女は思慮した結果、可能だと判断していた。

 

「しばらく無線対応をお願いします。私は周囲を警戒しますので」

「承りましたわ」

 

 通信手にそう言うと、隊長は命令用の小型無線機は手に持ったまま、ヘッドフォンを外してハッチから周囲を注意深く見つめた。ショートカットの髪が風になびいて、耳があらわになった。

 

 彼女に戦車長としての天与の才があるとすれば、恵まれた視力と聴力にあるといえる。その目は遙か彼方にいる敵や隠匿された戦車をいち早く、昼夜問わずに見つけだし、その耳は周囲のエンジン音を正確に聞き分けることができる。また彼女は会場の地形をすべて頭の中にたたき込んでおり、待ち伏せに適した場所、死角となる場所などは当然把握していた。もし大洗が奇襲を考えていたとしても、それに適した場所は事前に警戒され、そうでなくてもレーダーのごとく察知する彼女を前にしては、その成功は覚束なかっただろう。

 

 3輌は大洗が残した轍をなぞり、遅れを取り戻すように速度をあげて、森を南に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 東富士演習場の中を南北に突っ切るようにして走る国道469号線から西に2000mほど離れたところで、選抜隊のヤークトパンターは窪地に隠れるようにして潜んでいた。この辺りは背丈ほどもあるススキの草原が広がっており、斜面で車体を隠蔽した防御姿勢(ハルダウン)をとっているその駆逐戦車も、半分以上が埋もれた状態になっている。そして、-8度の最大俯角をとられた主砲は、東に見える草原へと向いていた。

 

『……敵がそちらに向かった場合、出来るだけ時間を稼いでくださいませ』

『ああ、わかった。そっちも気を付けてくれ』

 

 ファシストは指揮を代行している四式中戦車の通信手にそう応え、北に見える森を引き続き注意深く観察した。万が一という期待もあって砲手に東の警戒を任しているが、その可能性が低いということは彼女も重々承知しており、この位置から最も近い森林境界線に神経を集中させている。敵は相当な狐である。こちらの作戦など見通していて、安易に国道に向かったりせずに待ち伏せしているこの戦車へ全戦力をつぎ込むだろうという代行の心配を、彼女は疑っていない。

 

 だから、砲手のその報告を聞いても、すぐに信じることは出来なかった。

 

「12時に敵影!――敵本隊のようです」

 

 ファシストは不審の面もちでその方角を見つめた。大洗女子の戦車が4輌、ここから1500mほど先の草原を走っており、しかもフラッグ車がいる。そのことを確認した彼女は、訝しげに少しの間考えていたが、やがて緊張をといて口元を緩めた。国道のすぐ西側は砲弾が飛んでいかないようにちょっとした山になっていて、道路に乗るには草原の中にある通路を使わなくてはならない。すなわち、相手はまだ市街地を目指してくれていると見ていい。――目指してくれて結構なのだ。その行動はとっくに対処されていて、国道469号線に乗ったが最後、彼女たちは完全に逃げ道をなくしてしまうのだから。

 

 そしてまた、その前に撃破できるチャンスが来たことに彼女は内心喜んでいた。相手からは見えづらい位置に潜んでいるうえに、回避運動をとられていない以上、この距離では外しようがない。彼女は早速、乗員に指示を出した。

 

「よし、まだこちらに運がついてるな。フラッグ車を狙え」

 

 左の履帯が僅かに動き、車体が相手の移動する先へと向けられる。砲手が照準を合わせようとするのをちらっと見て、ファシストも自身の双眼鏡をのぞいた。千鳥隊形で進む敵はこちらに側面を晒しており、Ⅳ号戦車は先頭から3番目を走行している。格好の的だった。砲身はその行く先へと未来修正をつけ静かに停止した。砲弾は、もう間もなく放たれる。

 

 だが、ファシストはすぐに顔をしかめることになった。2番目を走るポルシェティーガーから煙を噴き出され、後続の戦車が隠れようとしていたのだ。無論砲手は直ちに砲撃したが、その行動からして相手に感づかれているのは間違いなく、おそらく急ブレーキをかけたのだろう、手応えも撃破のアナウンスもない。砲手が忌々しげに口を開いた。

 

「もー、また? ……先頭狙うんでちょっと右旋回お願いします」

「いや待て。相手に気付かれたということは――」

 

 その言葉は車体前方から伝わる衝撃に中断させられた。地面の振動に併せて、主砲の照準を邪魔するかのように塵が立ち上る。ファシストは北の方へと視線を向けた。草原の中にあっても車体の上半分を見せる背の高い戦車が、蛇行しながらこちらに向かってきていることを確認し、彼女は命じた。

 

「後退して10時方向に向くまで旋回。向こうに無線を頼む。敵本隊は国道へ移動中、我これよりM3と交戦す、とな」

「は、はい!」

 

 勢いよく後進して窪地から這い出ると、ヤークトパンターはなだらかな傾斜のある草原を後ろ向きのまま反時計回りに旋回した。車体は北へ、近づいている戦車の方へと向けられる。そこで照準を合わせるため停止したが、相手もさるもので即座に榴弾が発射された。再び土砂が巻き上げられ、位置を変更してもその都度また撃ち込まれる。

 

 爆発と移動の合間に、ファシストはペリスコープから相手の戦車をかいま見た。一言で言えば、奇抜なデザインである。向かって左側の車体には今もこちらに向くたびに火焔をあげる固定式の主砲があり、反対側には一回り小さい砲がついた砲塔と、さらにその上に機関銃キューポラが取り付けられている。それだけ背も高くなっていて、窪地に潜む駆逐戦車を見つけるのに役立ったのだろう。が、こちらからすれば嫌でも目に付くくらいの大きさだった。

 

「リー将軍か……」

 

 彼女はその戦車を思い返しながら呟いた。1941年に米軍が一時しのぎ的に急遽開発し、翌年に投入された多砲塔戦車。その米軍仕様のタイプ。大戦後期に開発されたヤークトパンターとは性能差が歴然としているが、それでも50年代に入っても使用されていただけあって、その攻撃力を侮ることはできない。主武装の75mm砲と37mm砲は至近距離からなら側背面を撃ち抜けるし、特に37mm砲は高い位置にあるので機関部上面を狙うこともできるだろう。今も榴弾を放ちながら近づいている動きをみる限り、当然それらを念頭にして接近戦に持ち込もうとしているはずである。

 

 だが、一対一で側背面をとることがどんなに困難なことかを知っている彼女は、不敵に笑みを浮かべた。

 

「面白い。お手並み拝見といこう」

 

 忘れられがちだが、彼女たちも全試合一騎打ちの選抜戦を勝ち上がってきているのだ。平地でお互いの姿が確認できる場合、その戦いを決するものは何かということを、彼女たちは知り尽くしている。そして現状も、その条件を満たしていると言っていい。果たしてどんな手を講じてくるのかを試すように、彼女たちは接近中の戦車を見据え、臨戦態勢をととのえた。

 

 

 

 

 

 

 味方の本隊から外れて単独で草原を走行しているM3中戦車は、車体に備え付けられた75mm砲から盛んに砲弾を吐く。その狙う先には、草むらの天辺よりも高い位置に突き出されている88mm砲を備えた、大型の駆逐戦車がいた。

 

「本当にいた!」

「西住隊長の言った通りだね!」

 

 乗組員が緊張と高揚が入り交じった声で会話を交わした。この戦車には6人が乗り込んでいて、全員が1年生だった。多砲塔なので本来の定員は7名であり、彼女たちの場合は75mm砲の装填手を専任していなかったが、今は無線手が懸命にその任を兼務している。

 

「とにかく撃って! 注意をこっちに引き寄せて、出来るだけ時間を稼ぐよ!――それで、できればあれを倒そう!」

 

 車長を務める澤梓が、声を張り上げて言った。本隊が逃げるまで引きつければ十分なので無理をしないようにと西住隊長は厳命していたが、ここでただやられてしまっては勝ち目が薄くなることは澤にも分かっていた。彼女にとって、いや大洗の生徒全員にとって、この試合はどうしても負けられないのだ。何としてもここであの戦車を撃破しようと、彼女は気合いをいれた。

 

 M3リーは目標に向けて、ジグザグに走行しながら徐々に近づいていく。その間にも主砲から榴弾を撃ち尽くす勢いで発射し、さらには副砲からもなけなしの37mm砲用榴弾を撃ち始めて、敵戦車の前方に塵の幕をつくる。絶対に照準を合わさせるわけにはいかない。この距離では、合わされた瞬間に撃破が確定してしまう。今挑もうとしているのは、それほど強力な戦車だった。

 

 ヤークトパンター。大戦時最良といわれる駆逐戦車。文字通り、戦車を駆逐するための戦車。強力無比な71口径88mmの対戦車砲はこの広大な草原の大半を有効射程におさめ、初速1000m/sで放たれる砲弾は近づけば近づくほどその脅威を増大させる。そして傾斜のある80mmの正面装甲は、大洗の殆どの攻撃を寄せ付けない。

 

 この強敵に勝つ手段を、澤は必死に考えた。遮蔽物のない草原、足元は1m以上もあるススキがありM3の走行性能を十全に発揮できない――状況は全くの不利。だが、彼女たちにも有利な点はある。澤はそれを活かす作戦を練り、今あらためてその策を乗員に伝えた。

 

「みんな、いい? 相手は接近戦が苦手なはず。一気に近づいたらフェイントをかけて側面をとるよ。あや、最後の攪乱ととどめをお願い。紗希、装填早めね」

「うー、がんばる!」

「……(こくん)」

 

 副砲手と副砲装填手が緊張をあらわにして応えた。一対一で側面を狙い撃つには固定式の主砲では厳しく、砲塔のある37mm砲でなければならないだろう。貫通力はかなりぎりぎりで、できるだけ直角になったときに撃たないと弾かれてしまう。さらにいえば行進間にせざるを得ないので、タイミングはその分シビアとなる。難易度は高いが今のところそれしか手がない。勝てるか否かは彼女たちの双肩が担っているといっても過言ではなかった。

 

「いくよ!」

 

 M3は舞い上がる塵の中へと突入する。数瞬後にはぱっと視界が開け、広い草原の中で今にも砲口を向けようとするヤークトパンターの正面装甲が、はっきりと見えるようになった。澤たちは方位で言えば南南東、敵から見れば右側面を通過しようとする機動をとった。ぐんぐんと互いの距離が近くなり、副砲は常に相手に照準を合わせるように動く。

 

 当然、敵の砲身もM3の動きに追随するように振られるが、そこに弱点がある。大戦時の駆逐戦車は対戦車用の強大な火砲を積むために主砲を直接車体に取り付けていて、可動できる範囲には限りがある。彼の戦車の場合、左右は11度ずつ。それ以上横を狙うときは車体ごと旋回させなければならず、それだけ照準に遅れが生じるのだ。そして、その旋回をし始めたときが唯一無二のチャンスだと、澤は考えた。

 

 彼女は恐怖と緊張を抑え込んで、敵の動きを見つめ続けた。もう30mもないくらいまで一気に近づいたとき、ついに相手の車体が動き始めた。砲口が楕円に見えるようになったとき、彼女は叫ぶように指示を出した。

 

「今!」

 

 37mm砲が、敵の正面装甲に向けて火を噴いた。こちらから見て右側上部に着弾し、爆炎をあげる。榴弾――当然貫通判定なんて出せないが、それでも少しは怯ませたり、敵の上面にある主砲照準器から一瞬でも自車の姿を隠したりする効果はあった。同時に、リーが右90度へと急激に機動を変え、相手から見て今度は左側面へと、半径15mの円を描くように回り込もうとする。副砲は9時に急旋回し、装填手はすぐにAPC(被帽徹甲弾)を詰め込んだ。

 

 ここまでは、澤が思い描いたとおりに進んだ。一度でも右旋回を始めれば、どうしても逆方向に旋回するのは遅くなるだろう。今の砲撃で怯んだ時間も含めれば、リーの動きにはとても追いつかないはず。あとは左側面に向けて副砲が砲門を開けば、撃破できる。そう、彼女は思っていた。

 

「――!?」

 

 しかし、その光景を目にして息を呑んだ。敵の右の履帯が急速に前進し始めると、瞬く間にその車体が反時計回りに回転し、砲身が勢いよく振り回された。その速度は彼女が想像していたものを超え、副砲が敵の側面装甲を向いたのをあざ笑うようにして、側面のかわりに正面装甲を見せつける。彼女がこれを予期できなかったのも無理はないし、ここまで最善を尽くしたとも言えるが、それでも一つ見落としていたことがあった。

 

 単純な話。円を描くように旋回する動きと、円の中心でそれを追うように信地旋回する動きとでは、回転する速さにおいて概ね後者が有利といえる。M3が側背面をとろうとしても、ヤークトパンターはほんの少しの労力で、常に正面と主砲を向け続けることができる。要はその二つの性能さえ勝っていれば、大抵は労せずに勝てるのである。蛇足ながら、もし超信地旋回が可能な戦車が相手だった場合、一対一で側面をとるには相当の工夫が必要なのは言うまでもない。平地における戦車同士の一騎打ちとは、かように戦車性能が先ずものをいう。

 

 すべてがスローモーションに見えた。敵は今まさに信地旋回して、その砲身をこちらへと廻している。ハッチから身体を出している凛々しい顔つきの敵戦車長が、喉元のマイクに手をあてて何かを叫んでいる。M3の動きに追いついた砲口が、今にもそこから砲弾を吐き出しそうな砲口が、くっきりと見えるようになった。

 

(やられる!)

 

 澤はそう思い、身をこわばらせる。――けれども、その瞬間は来なかった。敵の駆逐戦車は突如左旋回を止め、右前方へと急発進した。お互いに南北へと正反対の方向を向き、次第に距離が離れる。その間の、敵が元いた場所に、東の方から砲弾が飛来した。

 

 目まぐるしく戦況が変わる中で、澤はその方向を目にし、はっとした。遠くに見えるⅣ号戦車が、国道へと走行するのを中断し、こちらの方に砲塔を向けていたのだ。彼女は思わず声を上げた。

 

「先輩……!」

 

 五十鈴先輩だ。五十鈴先輩が、長距離から援護射撃をしてくれたのだ。この精度の砲撃を撃てるのは、大洗では彼女をおいて他にいない。H型に改装された今のⅣ号戦車なら、この距離でも敵の駆逐戦車の側背面を撃ち抜ける。敵はそれを察知して回避したのだ。かわされたのは残念だが、M3はそのおかげで助かった。

 

 だが歓喜する暇はなかった。敵は実に機敏に動いていた。履帯の金属音が一際大きく響き、澤は慌ててそちらを向いた。後ろに見えるヤークトパンターはすでに東へ向くように旋回を終えていて、その砲身から火を噴いた。空気の揺れる衝撃、そして真っ直ぐに飛んでいく砲弾。彼女の背筋が凍った。射撃を終えたばかりのフラッグ車へ向けての狙撃、それも完全な直撃コース。ここで試合が終わるのかという考えがよぎった。

 

 1秒、2秒、……体感的には何倍も長く感じられた寸時の間に、形勢はまた著しく変わっていた。砲弾を追った澤の視線の先には、いつのまにかⅣ号の前に移動したポルシェティーガーの姿があった。大洗女子学園の自動車部が整備をして復活させ、さらには改良を加え、そして今日ついに試合に出場した重戦車。そのポルシェティーガーから、発砲焔があがる。1500mオーバーから飛来した砲弾は敵の駆逐戦車に襲いかかったが、まだ砲手が慣れていないせいか撃破にはいたらず、正面装甲の上を掠っていった。その時に生じた音に、彼女は気を取り戻した。

 

「180度転回!」

「あいあい!」

 

 澤が号令すると、M3リーは勢いよく方向転換した。履帯が外れないか心配になりそうな、しかし操縦手の技術によってそうならないように調整されたターンにより、短時間で敵戦車がいる北の方へと向く。――先輩たちが危険を冒しながら援護してくれている。ここで逃げるようでは申し訳がたたない。澤はそう思い、気合いを入れ直した。

 

「みんな、もう一回いくよ。相手は強くてもたった1輌、ここでやっつけよう!」

 

 その言葉とともに、M3中戦車は加速する。彼女たちは再び、ヤークトパンターへと立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

(しまったな……)

 

 3時方向にいるリーがこちらに向き直そうとしているのを後目で見て、ファシストはそう思わざるを得なかった。相手の連携は見事というに尽きた。あのⅣ号を狙った射撃は正確だったが、彼女たちはそこまで読んでいたのだろう。すでに動き出していたポルシェティーガーが立ち塞がり、その正面装甲に弾かれてしまった。通常なら撃破されるのにそうなったということは、増加装甲をつけているタイプに違いない。

 

 砲塔近くに当たったせいか照準がずれてくれたからよかったものの、依然として状況は最悪である。敵の88mm砲は大洗の戦車の中では唯一ながら、この距離でもヤークトパンターの正面装甲に貫通判定を出せるのだ。そして今外れたからといって、次に外れない保証はない。さらに、仮にそちらがどうにかなったとしても、2方向から攻められる形――戦車を攻撃するうえで基本的な、理想的な攻撃態勢をとられてしまっている。やられるのはもはや時間の問題であった。

 

 しかしそうであっても、彼女は諦めなかった。彼女にも意地があった。熟練の域に達した戦車長としての意地と直感が、彼女を突き動かした。

 

「全速後進!」

 

 ヤークトパンターは急速に後ろ向きに発進した。こうした状況では速やかに危険な車輌から1輌ずつ対処していくのが定石だが、あえてそれを捨てた。遙か正面にいる敵の重戦車の車体前面を狙うことは出来たが、一瞬考えて捨て去った。そこも強化されていないとは限らないし――味方(整備バカ)という前例がいる――どのみち発射前にM3リーの主砲に車体側面下部を狙われるのが落ちである。ここはもう一つの鉄則である、常に動き回って照準をかわすというのを守った方がいい。

 

「後方左旋回!」

 

 後ろ向きに、大きく時計回りに旋回して、敵の照準を避けると同時に車体をM3がいる南の方へ向ける。敵の中戦車は砲口が向けられそうになると、北西へと急旋回した。その行動は正しいが、別に彼女たちを狙うつもりはない。そのまま北へ動く。ファシストは相手のとるだろう行動を、試合の駆け引きで磨かれた直感によって知らず知らずのうちに感じ取っていた。相手ならこう動くだろうという直感。そしてそれを誘うように自車を指揮し、その時がきた。

 

「――右急旋回!」

 

 今度は逆方向、反時計回りへ急激に車体を旋回させる。東の方へと向き直り、それとほぼ同時にすぐ左側から飛翔物の出す重低音が聞こえた。ファシストは正面へと目をこらす。今ので側面を狙い撃とうとしたのだろう、敵のフラッグ車がその前面装甲を晒していた。あの精度のいい狙撃手ならこれで撃破出来ると思っていたのか、ポルシェティーガーもその真横にいて、今度は盾にはならない。――そうだ、そうこなくては! 彼女は喉をならさんばかりに声をあげた。

 

「撃て!」

 

 ヤークトパンターは急停止した。直ちに敵フラッグ車へと照準があわされる。砲弾は放たれれば僅か2秒足らずでたどり着く。停止している状態では逃げようがない。その前にM3から砲撃しようにも、固定式の主砲では角度的に撃てるはずもなかった。砲手が勝ち誇ったかのように、引き金を引いた。

 

 その時だった。その時、右側面に衝撃が加えられた。それに伴って、砲身がわずかにずれる。ほんの少しの、けれど遠距離射撃には致命的なずれ。砲が吼える。射弾は瞬く間に飛んでいき、Ⅳ号戦車を掠った。ファシストは右後方へと視線を向けた。近づいているM3と、その砲塔にある37mm砲の砲口が見えた。撃った直後なのか、一筋の煙が漂っている。そして75mm砲を有する車体が、草原上でドリフトをするかのようにして、こちらの背面に回り込もうとしていた。

 

 あとは必然だった。指示を出そうにも、すべては手遅れだった。ヤークトパンターの背面装甲では、至近距離で放たれる相手の砲弾には耐えることはできない。やがて自車の車体背面へ向けて、相手の主砲が火を噴いたのを、彼女は静かに見届けた。

 

 

 

 

 

 

 目の前の戦車に白旗がぴょこんと上がっても、M3の中は静かだった。誰も声を出さず、ただエンジン音だけが響きわたる。だが、次第に実感が湧き始め、そのアナウンスが流れたときに一気に頂点へと達した。

 

『選抜隊ヤークトパンター、走行不能!』

「……やった、やったよ!」

 

 喜びの声が車内にあふれた。ずっと気を張りつめていた反動からか、誰もが安堵感に浸りながら、心中の満足を隠さなかった。

 

「もう、みんな。喜ぶのはまだ早いよ」

 

 そうたしなめる澤の声も、少しはずんだ調子だったのは否めない。まだ試合は続いているものの、確実に勝利に近づく成果である。それも一度はやられそうになるほど苦戦した末に掴み取ったものであり、彼女たちの喜びもひとしおだった。

 

「……あ、はい! ……こちらは無事ですぅ。……はーい、頑張りました~……はい、了解です~」

 

 本隊から連絡があったのか通信手がヘッドフォンを押さえると、独特な口調で応えた。

 

「優季ちゃん、どうしたの?」

「沙織先輩から、本隊は無事みたい~。あと、すぐに引き返して森の中に入ってって」

「了解。桂利奈ちゃん、最大戦速。急いでここから移動するよ」

「あいー!」

 

 M3は進路を北にとると、速度を上げ始めた。来た道を引き返すように草原に残る轍を進み、森へ目指す。ここで東に進んで合流しようとするのは完全に自殺行為にしかならない。一度潜んで遊撃部隊として活躍してもらおうというフラッグ車からの指示は、それ自体は何ら間違っていなかった。

 

 澤は周囲に目をこらして、敵影がいないか確認する。まだ心に嬉しさは残すものの、彼女は抜かりなく危険を察知しようと努力した。もし彼女に過失があったとしたら、搭乗車輌がその大きさから他の戦車よりも目立ちやすく、敵にとって格好の的を提供しているということを失念していたことくらいだろうか。といっても、それはもうどうしようもないことである。何にせよ、すでに彼女たちの命運は決まってしまっていた。

 

 最高速度を出してから6秒後、突如として右側面に叩き込まれた徹甲弾によりM3中戦車は走行不能と判定され、やがて動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

『M3リー撃破確認、っと。……よーし、目標まであと1輌!』

『おお、よーやったなー。えらいえらい』

 

 見渡す限りの草原を前にして、森を抜けてきたばかりの3輌の通信系には、そんな会話が流れていた。先頭で停止しているARLー44の前面には、発射に伴って生じた煙や塵が巻き上がっている。さすがに今度は外さなかった。彼女たちは日頃の訓練と同じようにして、超長距離の偏差射撃をきっちりと当てた。

 

『ファシストへ、大丈夫ですか?』

 

 ヘッドフォンをつけなおして指揮に復帰した隊長が、無線機に向かって言った。

 

『ああ、問題ない。大口を叩いてこのざまなのは恥ずかしい限りだが』

『ついてなかったかもしれないから仕方ないよ。それとも何か悪いことしてた?』

『お前と一緒にするな』

 

 呆れたような声。つづいて少し間があって、控えめに笑う声がした。

 

『……だが、楽しかったよ。隊長、すまないが後は頼む』

『はい、頼まれました』

 

 3輌は前進を再開した。一列縦隊で相手の跡に沿いながら、草原の中を進んでいく。

 

『それにしてもさ、大洗の人たちほんと強いよね。びっくりしちゃった』

『そうやなー。M3でヤクパン倒すとか、思いもせんかったわ』

『グデーリアンさんが自信たっぷりだったのは伊達ではありませんでしたね』

 

 隊長は相手のフラッグ車に乗っている装填手の顔を思い浮かべ、穏やかにほほえんだ。彼女が言っていたとおり、相手の指揮官はことごとくこちらの予想を上回ってきており、その結果、今でも4輌も維持したまま市街地へ向かっている。それだけ戦力があれば市街地戦では十分に勝算があるだろうし、その前に追いつくことはこの3輌だけではもうできないだろう。

 

『ですが』

 

 そんな状況になっても、彼女は楽しげにささやいた。まるで、獲物を前にした猫のように。

 

『これで袋の鼠です』

 

 

 

 

 

 

「みんな、無事だって。後はお願いします、って言ってたよ」

「そっか。良かった……」

 

 揺れる戦闘室の中で、みほは沙織の言葉を聞いて胸を撫で下ろした。

 

「ウサギチームの皆さん、よく頑張ってくれましたね」

「うん。これで凄く勝ちやすくなったかな……」

 

 優花里の感嘆する声に、どこか上の空になりながらも頷いた。本当に1年生のみんなは頑張ってくれた。ここで4対5になるのも覚悟していたが、その場合への不安はやはりあったのだ。これで勝算は飛躍的にあがったといってもいいだろう。

 

 ただ、どこか浮かない顔をする彼女の様子を見てか、優花里は首を傾げた。

 

「どうしたんですか? 西住殿」

「え?」

「先ほどから、少し悩んでいるように見えますが」

「あ、うん……落とし穴に落ちた人たち、大丈夫かなって……」

 

 みほは少し落ち込むようにして零した。仕方がなかったとはいえ、自分から相手を罠にかけるようにしたのは事実である。特殊カーボンに守られていても、落とし穴にかかったときに内部はめちゃくちゃになったかもしれない、怪我をしていないだろうか――そう敵に対しても心配するのは、彼女らしい優しさの表れだった。

 

 優花里はそれを聞くと、なーんだ、という顔をして、安心させるような声で、

 

「大丈夫ですよ。向こうの隊長さんも、凄く優しい人ですから。こうして試合が続いてるなら、何事もないはずです」

 

 きっぱりと彼女は言い切った。

 

「……優花里さんは、ずいぶんあちらの方々と親しくなられたのですね」

「まあ、一緒の戦車に乗ったことのある戦友ですから。……信頼できる人なのは間違いないです」

「相手と親しくなるのも善し悪しだな……」

「ねえねえ、他にどんな話したの?」

「えーとですね……。あ、そうでした。大洗は負けません、西住殿ならあなた方の予想を越えるに決まってます! って、はっきりと言ってきましたよ!」

「……優花里さん」

 

 みほは困ったように笑った。それは初耳だった。彼女のその表情は、信頼されていることへの照れか、そこまでほめられることへの恥ずかしさか、相手が準決勝まで戦ってきた学校とは違い全然油断してくれないことへの納得か。おそらく、それらすべてが合わさって顔にでたものだろう。

 

 華は優花里の言葉を聞いて、「まぁ」と面白そうにして手を合わせた。

 

「それはいい啖呵を切ってきましたね」

「えへへ。つい口に出ちゃいまして」

「そこまで言ったなら、なおさら負けるわけにはいかないな」

「当たり前だよ。もう半分まで来たようなものだもんね」

「……ふふ。じゃあ、残りもみんなで一緒に頑張ろう」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 4輌はⅢ号突撃砲を先頭にし、ポルシェティーガー、Ⅳ号戦車、八九式中戦車の順で一列縦隊を組んで、国道469号線を西に進んでいた。時折急カーブが見られる山道で、片側1車線の道路の両脇は背の高い木々に囲まれている。

 

『市街地演習場まで、残り1キロです』

 

 沙織は各車に伝達した。そのすぐ後に、みほは落ち着いた、しかし決然とした声でこれからの作戦を伝え始めた。

 

『皆さん、聞いてください。相手はまだ4輌、まともに戦えば勝ち目はないでしょうが、そのすべてを倒す必要はありません。私たちが狙うのはただ1輌、フラッグ車のみです』

 

 今は4対4と数では互角だが、みほはもちろん性能差を熟知している。正攻法ではやはり勝てない。だが、彼女はここまでくれば勝算が十分にあると信じていた。

 

『敵のフラッグ車の動かし方には一つの癖があります。それを利用して市街地で分断し、集中的に攻撃します』

 

 それはもう確信に近かった。試合前に分析したとおり、またこれまでの試合経過を見ても、四式中戦車についてはその特徴が顕著だった。フラッグ戦では基本的な、むしろ長所ともいえる動き。しかし裏返せば、非常に読みやすい動きでもある。そして敵の戦力が手薄となった今なら、敵フラッグのその隙を狙うことができる。

 

『アヒルさんチームとレオポンさんチームは相手が分断した後、一斉に敵フラッグ車へ向かってください。私たちあんこうチームも、分断工作を終えたらすぐ向かいます』

『わっかりましたー!』

『任せてください!』

 

 ポルシェティーガーからはマイペースな、八九式中戦車からはきびきびとした声で応答があった。

 

『カバさんチームは敵の分断と足止めをお願いします』

『心得た!』

『捨てがまりなら任せとけ!』

 

 Ⅲ号突撃砲からは威勢のいい声が返ってくる。ただ、縁起でもないことを口走ったのはその砲手だろうか。みほはその言いように苦笑して、何気なく先頭をいくⅢ号がカーブを曲がるのを見つめていた。つづいて他の3輌も、すぐにその後を追う。

 

 衝撃音と爆発音、そして鼓膜をつんざく独特の砲声が入り交じった轟音が木々の葉を揺らしたのは、その時だった。

 

 3輌は慌ただしく停車した。Ⅲ突は既に白旗があがり、徐々に速度を落としている。その先の、50mほど離れたところの道路中央に陣取る1輌の戦車を見て、みほは自分たちが置かれている状況をすべて悟った。

 

 あれはブラフだった。相手は大洗が市街地へ向かうことを察していて、なおそう仕向けるために前にいるあの戦車を動かしたのだ。わざと見せつけるように旋回して北で待ち伏せすると思わせ、その実引き返して川を渡り、先回りして完全に退路を塞ぐために。大洗が敵の意表を突いたように、相手もこちらの裏をかくことは予想できただろう。常の彼女ならばもっと早くに分かっていたことだった。この場合は魔が差したとしか言いようがない。ただ、いずれにしても遅きに失してしまっていた。

 

 前方にいる戦車は、まさに壁となって行く手を阻んでいた。

 

 Ⅲ突を一撃で下した122mm砲の前には、白い砲煙が揺れていた。長大な戦車砲から発射される砲弾は、判定装置に記録される貫通力の数値もさることながら、なによりもその重量と炸薬の爆発による物理的な破壊力を持っている。仮に貫通判定が下りなかったとしても、決して無傷ではいられない。

 

 砲身を支える砲塔は半球状の先鋭的なデザインをしており、また車体前面は急角度の楔形装甲をしている。その厚さは最低110mm、見かけ上は200mm以上。道を塞ぐためか昼飯時の角度をとっており、彼の戦車の場合はその防御力を十全には発揮していない状態だが、それでも跳弾させやすい形状によってポルシェティーガーからの高速徹甲弾でさえ弾かれてしまうだろう。

 

 審判からのアナウンスが、無情に鳴り響いた。

 

『大洗女子学園Ⅲ号突撃砲、走行不能!』

「……スターリン!!」

 

 ソビエト連邦が開発した、かの独裁者の名を冠した「勝利の兵器」は、その砲塔を旋回させ、いまだ残っている大洗女子学園の戦車へと砲口を向けた。

 

 

 




\ジャーン/ \ジャーン/ \ジャーン/


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