ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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月刊戦車道6月号

<第63回戦車道全国高校生大会 第1回戦試合レポート>

 

 

 意外な結果となった。

 

 ヨーグルト学園対高校選抜の試合は、圧倒的多数でヨーグルト学園が勝利するものと予想された。ヨーグルト学園といえば豆戦車、軽戦車主体の構成で全国大会に出場経験があり、そのスピードを生かしたカウンター攻撃を初めとする防御中心の戦術を得意としている。それが今大会ではパンターやⅣ号駆逐戦車といった強力な戦車が組み込まれ、報道関係者を驚かせるほど大幅に戦力が向上していた。

 

 対する高校選抜も、JS-3やARL 44を筆頭にヨーグルト学園以上の戦車が集まり、戦車の質だけで言えば過去最強とまでいわれる構成である。しかし試合前の選手たちの様子を見ても、急拵えといった感じはどうしても拭えない。選抜制度自体の廃止すら話題に挙がっている昨今の状況からして、彼女たちに期待する者は殆どいなかった。

 

 ところが試合が始まると、高校選抜は予想外の行動にでた。シャーマン初期型以外の6輌が固まって行進し、平地となっている試合会場の中で最も見晴らしのいい高地に到着すると、そこで横一列の隊形を組んで動かなくなった。例年ならバラバラになって攻撃するだけであったが、今年の高校選抜の動きは明らかに指揮統制下にあり、観客を驚かせた。対するヨーグルト学園も、会場のわずかな高低差を利用して防御陣を構築。無謀にも攻撃してきたシャーマン初期型を撃破したが、その後は攻め倦ねて膠着状態となった。

 

 地形が平地であったことが、ヨーグルト学園にとって不利に働いた。本来なら例年よりも戦力が拡充し、多少の戦力差があっても撃ち合いに持ち込めただろうが、今回の高校選抜の戦車相手ではなお戦力不足だった。そして、一騎打ちを専門としてきた高校選抜の射撃精度が決して侮れないものであることを、ヨーグルト学園の選手たちは身を持って証明することとなった。彼女たちはやむなく突撃を敢行したが、1500m以上近づくことなく、隠れていたフラッグ車以外はあっという間に撃破されてしまった。見ている者はただ、その精度の高さに呆然とするしかなかった。

 

 だが、ここで高校選抜はまたしても予想外の行動をとった。ヨーグルト学園のフラッグ車38(t)を探すことなく、そのまま高地に留まり続け、なんと試合終了まで動かなかったのだ。結局お互いのフラッグ車同士での一騎打ちとなったが、高校選抜のJS-3相手では不利は明らかで、38(t)はなんとかスピードで攪乱しようとしたが、200mまで近づかれると一発で撃ち込まれてしまった。ヨーグルト学園にとってはあまりに残念な試合内容で、関係者の一部は同情を隠さなかった。

 

「確かに、ついていないところはありました」副隊長のシレネさんがインタビューに応じてくれた。「今回の会場はあまりに開けすぎていましたから。ですが振り返ると、こちらも良い戦車を揃えていて楽に勝てると、甘く考えていたかもしれません。……次はこの経験を活かして頑張りたいです」負けてもなお前を向く彼女たちの今後に期待したい。

 

 一方の高校選抜は次に聖グロリアーナ女学院と対戦する。戦車の性能で見ると高校選抜側に分があるといえそうだが、何と言っても強豪校の一角。積み重ねてきた経験の重みでは他のどの学校にも見劣りしない。果たしてどのような試合になるのか、注目の一戦と言えるだろう。

 

(以上、月刊戦車道6月号より)

 

 

 

 

「ご説明したとおり──」

 

 雑誌に手を置いて、ダージリンは静かに話を続けた。

 

「今年の高校選抜は例年とは違います。未熟ですが統制がとれており、しかも高性能の戦車を使用しています。現状、私たちが勝つには不安があると言わざるを得ないでしょう」

 

 聖グロリアーナ女学院にある客室、そのテーブルを囲む三人の表情が、一様に堅くなる。誰もがダージリンよりずっと年上で、その視線には好意的なものが消え失せていたが、彼女は微笑みを崩さなかった。

 

「対抗するには、こちらも同程度の性能が必要です。少なくとも1輌は」

 

 彼女は次の試合に出す戦車の案を三人に手渡した。そのリストには、一回戦にはなかった戦車が2輌記載されており、内1輌はこれまで聖グロリアーナが取り扱っていないものであった。

 

 三人は無言で、それぞれ思案するようにリストを見つめていた。やがて一人が言った。訓練は間に合うのか。

 

「砲手と操縦手は優秀な2年生を選び、優先して訓練をさせます。完全とは言えませんが、高校選抜相手なら事足りるでしょう」

 

 クルセーダー会の会長は納得したように頷いた。有力な二会派以外の戦車後援会と連合を結んでいる彼女としては、他に反対する理由がなかった。いずれは自分たちの味方となる可能性が高いし、何より今回のリストには新しくクルセーダーが入っている。彼女が賛成なのは固いと、ダージリンは秘かに勘定した。

 

 別の一人が言った。隊長車はどうなるのかしら。

 

「勿論これまでと同じく、わたくしはチャーチルに搭乗します。後援会の皆様が心配されていることにはなりません」

 

 チャーチル会の会長は再びリストに目を落とした。伝統的に隊長車を務め続け、歴代の隊長が多く在籍するチャーチル会にとっては、現状維持の確約が第一だろう。将来的な損得──隊長車がとって変わられるかもしれないという危険性と、他会派の影響力を相対的に弱められる利点──を計算するには熟考を要するだろうが、現段階では中立と見ていい。

 

 問題となる最後の一人は、そう簡単には納得しそうになかった。後援会の最大派閥、マチルダ会の会長は強硬に反対した。何故マチルダⅡの数を減らすのか。スクラップ状態のマチルダⅡのレストアを何故優先しない。

 

「高校選抜の火力と射撃精度は侮れないものがあります。いかに堅いマチルダとはいえ、相手の攻撃を防ぎきれないのです。……あのファイアフライの選手については、皆さまもご存知でしょう」

 

 ダージリンは根気よく説明した。マチルダ会の会長は頑なに認めようとしなかったが、相手側の選手について言及すると勢いは弱まった。クルセイダー会とチャーチル会の会長も、その話になった途端に目をそらした。高校選抜に何故か参加している、あのイギリスからの留学生が相手となると、OB会の面々も勝算を保証できないらしい。反論は確証のない弱々しいものとなった。

 

 ここが勝負どころだと判断して、ダージリンは切り札を切った。

 

「仮にイギリス代表を相手取ったとしても、私たちは高校選抜に負けるわけにはいきません。万が一負けるとしても、遠距離から一方的にやられるような無様を晒すわけにはいかないのです。これは伝統ある我が校の責務です。万全を期して臨む、そのためのオーダーとご理解ください」

 

 彼女が言い終わると、まずクルセーダー会の会長が頷いた。次にチャーチル会の会長が同意を示すと、マチルダ会の会長は渋々とした様子で認めた。ダージリンが丁重にOB会を見送った時、時計はまもなくお茶の時間であった。

 

 

 

 

「これが万全を期すためのメンバー表よ。みんなにはまだ内緒ね」

 

 聖グロリアーナ女学院の艦首にある森、その中の紅茶の園と呼ばれる建物でのアフタヌーンティーで、ダージリンは機嫌良く言った。

 

「無理を承知でご足労願った甲斐がありましたわ。首尾は上々、と言ったところかしら」

「本当に、先輩方がこのメンバー表を認めてくださったんですか」

 

 隊長車の装填手であるオレンジペコが、半信半疑といった感じで聞いた。

 

「黒森峰が相手ならだめだったでしょうね。それだけ高校選抜に負けて欲しくないということよ」

 

 ダージリンはこれまでのOB会とのやり取りを思い出し、苦笑した。学園艦の運営にも影響を及ぼすほどOB会の力は強く、彼女が隊長に就任してからも交渉には困難が続いていたが、今回は事情が違った。何せ、過去2年で何ら勝利を挙げていなかった高校選抜は、他校からは見下されている。そんな高校選抜に負けるかもしれないというのは、保守的で面子を重んじる先輩が多いマチルダ会にとっては絶対に避けたいだろう。彼女にとって、今回はまさに千載一遇の機会といえた。

 

 常日頃は無い物ねだりを諫めるダージリンだが、戦力の拡充そのものは彼女の念願だった。使用できる戦車が増えれば、戦術の幅は格段に広がる。すでに来年に向けて準備を進めさせ、彼女自身は使えなくても仕方がないとは思っていたが、それでもこうして実際に使える機会に恵まれると、一指揮官として心弾むものがあった。

 

「グリーン、早速発注して頂戴。手筈はよろしいかしら?」

「勿論です」

 

 情報処理学部、第6課部長のグリーンが、きびきびとした口調で応えた。普段は諜報活動を担い、強豪校として名高い聖グロリアーナ女学院の戦車道を陰で支える彼女だが、今回は輸送任務の計画立案・実行を任されている。秘匿を要することは、やはり情報の専門家に任すのがふさわしいと、ダージリンは考えたのだ。

 

「戦車ディーラーへ送る注文票はチャーチル1輌と偽装する予定です。実際には私が直接赴いて段取りをつけます。また輸送班は第5課に協力を要請し、特に対諜に精通したメンバーで編成。外装に偽装を施した上で搬入します」

「そう。お願いしますわ」

 

 簡潔明瞭な報告に、ダージリンは満足げに微笑む。現状とれるだけの措置となっており、実行も問題ないだろう。ただ、アッサムが怪訝そうな顔で聞いた。彼女は隊長車の砲手である。

 

「でもダージリン。この偽装工作、本当にやる意味があるんですか」

「ないでしょうね」

 

 冷ややかな視線がダージリンに集中する。それでも彼女は優雅にティーカップを手にした。

 

「やらないよりはましでしょう?」

「やって見たかっただけなんじゃないですか」

「あら、どうかしら」

 

 含みのある微笑みを浮かべ、紅茶を楽しむダージリン。彼女がつい先日の試合観戦で、通信傍受を逆用して罠にかけるという戦術を見たことを知っているためか、アッサムら3人は呆れたようにしただけだった。尤も、ダージリンは本気で情報漏洩を懸念していたのだが、それ以上は特に何も言わなかった。相手が相手なので対策も難しく、言っても仕方がないことである。

 

「それと、レストアと改造は上手くいっているの?」

 

 話題を変えると、オレンジペコとグリーンがそれぞれ答えた。

 

「マチルダⅡは計画通り4輌がCS型への改造を終えています。今後は主砲の習熟訓練が必要ですが、特に問題はないと思います」

「クロムウェルのレストアは、現在パーツの取り寄せに時間がかかっている状態です。準決勝までには間に合うでしょう」

 

 ダージリンは少し考え込んだ。レストアが遅れているのは予想通りで、今のオーダーリストに組み込んでいないのはそのためである。しかし機動力の高いクロムウェルが使えるようになれば、より勝算は高まるだろう。相手の力量は未知数であり、不測の事態に備えるためにも、出来れば使えるようにしておきたい。彼女はここである話を思い出した。

 

「グリーン。確か、大会前に緊急で直せるかもしれないという話をしていなかったかしら。他校の協力を仰げば、でしたわね」

「ええ、言いました。しかし今は状況が変わってしまっています。いえ、相手方はおそらく可能でしょうが、それこそ手段を選ばないことになると──」

「こんな格言を知ってる? イギリス人は、恋愛と戦争では手段を選ばない」

 

 ダージリンはグリーンを制止しながら言った。彼女が内々でこんなにあからさまに咎めるのは珍しいのだが、今回は戦力強化が可能かを一刻も早く知りたかったのだ。グリーンは言葉を続ける代わりに、書類を一枚提出した。ダージリンはそこで事情を全て理解した。

 

「広島県、呉市の……そう、高校選抜の一校というわけね」

「そうです。次の対戦相手です」

 

 グリーンが言いたがらないのも当然だった。彼女としては例年通り勝ち上がることはないと分析したうえでの発言だったのだろう。予想に反して勝ち上がってきた以上、相手は引き受けないに決まっている。仮に引き受けてくれたとしても、情報が筒抜けになってしまい論外である。クロムウェルは諦めざるを得ないと、ダージリンは肩をすくめた。

 

 傍らで話を聞いていたアッサムが、不審そうに言った。

 

「高校選抜なら、間違いなく独立校よね。これまで戦車道をしているなんて話も聞いたことない。何でそんなところが整備できるのよ」

「ああ、試合はしていない。だが、あそこは戦車の整備を専門としているんだ」

 

 グリーンは砕けた口調で応えた。アッサムが情報処理学部に所属していることもあって、二人は互いに気心の知れた仲で、よく偵察にも一緒に出かけている。それで喋りやすくなったのか、彼女は資料も見ずにすらすらと話し始めた。

 

「戦車整備部というのがあって、そこでずっと整備をしているような連中がいるらしい。整備術の大会では表彰台の常連校。卒業生も整備関連の会社や工場に入るからコネクションが凄くて、どんなパーツもすぐ取り揃えられるんだって。しかもその気になれば自分達で製造すらできる。連盟への届け出が面倒だからあまり大っぴらにはやっていないらしいけどね。クロムウェルなんて、改良型6ポンド砲のストックすら持ってるそうだ」

「改良型って……実戦配備されなかった、あのタイプの主砲?」

「うちの整備班は、一度は見てみたいと言っていたよ」

 

 三人は一様に目を見張った。クロムウェルに実際に搭載された砲は6ポンド砲や75mm砲、95mm榴弾砲などがあるが、このうちの6ポンド砲MkⅢを改良したのが改良型6ポンド砲MkⅤである。これはAPDSが導入された優秀な近距離砲で、17ポンド砲には劣るもののそれに次ぐ火力を持っている。戦車道ではクロムウェルに搭載可能な砲として有力候補にあがる代物だが、この砲を積んだタイプは標準化されたにも関わらず戦場に送られた記録が見あたらないという経緯があり、そのせいか流通するものは非常に少ない。イギリスと提携を結んでいる聖グロリアーナでも入手困難なのに、相手はそれを持つことが出来ている──

 

 ダージリンは対戦相手の情報に興味を持った。

 

「他に注目すべき学校はあるのかしら」

「ええ、調べました。どこも曲者ばかりの──コホン、個性がおありなメンバーになっていますね」

 

 グリーンが軽く咳払いをし、お嬢様学校の生徒らしく上品に言い直す。そして鞄から書類を取り出してめくり、

 

「長崎県の、ファイアフライのメンバーについてはご存知でしょう。イギリス代表選手が一人います。名前はヴァイオレット・アーチャー。名砲手として恐れられています」

「ええ。国際強化選手の西住さん程ではないけど、嫌な相手ですわ」

 

 ダージリンが頷くと、グリーンは続けて、

 

「大阪府。"なにわの走り屋"の異名を持つP40乗りの美術学校です。戦車レースの部門で結構な活躍をしています。ここの偵察要員が非常に優秀だという話ですが、諜報員が妨害を受けたため詳細は分かりません。ま、それ自体が情報を裏付けるものとも言えますが。

 千葉県。シャーマン初期型となっていますが、おそらく内部は改造されているでしょう。少なくともスタビライザーは改良型と思われます。戦車流鏑馬で有名な学校で、行進間射撃の精度が極めて高いです。一回戦ではスタンドプレイで自滅しましたが、油断はしないでください。

 秋田県。ここは学園艦ではなく陸上にある工業学校で、戦車道も最近始めたばかりですね。しかしヤークトパンターの性能は充分脅威に値します。しかも選抜戦のデータを見ると、2000mオーバーでも平気で当ててくる程の腕があるようです。

 北海道。あのJS-3が搭乗車の農業高校です。車長は装填術の部門で全国トップクラスの実力があるとのこと」

 

 三人は静かに聞き入り、話が終わっても何かを考えているかのようにテーブルを見つめていた。やがてオレンジペコが口を開いた。

 

「17ポンド砲を入れたのは、正解ですね。楽に勝てる相手とは思えません」

「そうでもありませんわ」

 

 ダージリンの声に、オレンジペコは顔を上げた。その目を丸くしている様子に、彼女は優しく言う。

 

「個々としては強くても、それだけでは戦車道はできないわ。黒森峰と比べたら弱点が大きすぎる。そうでしょう、グリーン」

「はい。ご推察のとおり、これまでの調査では隊長経験者は見あたりませんでした。少なくとも高校までの戦車道でまともに経験した者はいません。やはり例年通り、指揮統制の甘さをつけば大いに勝算はあると思います」

「問題になるのは、そのイギリスの選手くらいかしら。一回戦もおそらく彼女が梃入れしているはず。でも、いくら国際試合経験者といっても、砲手が専門なら指揮には限界があるでしょうね」

 

 これまでの情報を冷静に分析して、ダージリンは結論づけた。チームワークが他の競技よりも重要となる戦車道では、その指揮官の質がチーム全体の実力に直結する。ただでさえ高校選抜は結束力が弱いのに、これまでの情報では強力なリーダーシップがとれそうな人物がいないとあって、彼女が楽観視するのは至極当然といえた。

 

「では、ここまで強化する必要はなかったのでは?」

 

 アッサムが首を傾げる。ダージリンはそれに応えて微笑んだ。

 

「言ったでしょう、万全を期すと。まあ、次を見越してもいますけど」

「黒森峰ですか」

 

 優勝候補筆頭、一昨年まで9連覇を達成していた黒森峰女学校はトーナメントの同じブロックに入っていて、順当にいけば準決勝で対戦することになる。有名なティーガー戦車を始めとしたドイツの優良戦車をこれでもかと集めたあの学校に打ち勝つには、少しでも性能のいい戦車が必須となるだろう。17ポンド砲はそのひとつとなりえる。だが、ダージリンは何も答えようとしなかった。アッサムが息を呑んだ。

 

「……大洗、ですか」

 

 驚きと呆れ、そして諦念がこもったような淡泊な声で、彼女は言った。一月ほど前に親善試合をしたその学校に、ダージリンが並々ならぬ興味を抱いている様子を彼女は何度も見ている。

 

「よほどお気に召したんですね」

「何のことかしら。わたくしはただ次といったまでよ、来年のことも考えて──」

「はいはい。ごまかさなくていいですから」

 

 アッサムに指摘され、ダージリンは思わず口を閉じる。淑女は常に余裕あれ、を忠実に守っている彼女にとって、あるまじき失態であった。後援会との慣れない交渉が尾を引いているのかしら、と彼女は一人で納得した。

 

「……大洗はきっと勝ち上がってくるでしょう」

 

 ダージリンは観念したように言った。

 

「再戦の約束を果たすためにも、ここで負けるわけにはいきませんわ」

 

 

 

 

「そのとおりね。ここで負けるわけにはいかないのよ」

 

 横浜から遠く離れた長崎港に浮かぶ学園艦、その寮の自室の中で、レティは薄く笑った。

 

「それだと面白くないもの」

 

 彼女は机の上に飾ってある写真立てに目を向けた。ユニオン・フラッグが誇らしげにペイントされたファイアフライを中心に、懐かしきチームメイトの姿が写っている。高校選抜の九州地区代表にして英国の国際強化選手、”ファイアフライの申し子”ヴァイオレット・アーチャーにとって、目指すべきものは常に勝利であった。それが母国から見ればどんなに取るに足らない試合であっても、彼女は安易に負けることを良しとしない。

 

 携帯電話が鳴り、彼女は着けていたヘッドフォンを外すと、英語で一言二言会話して通話を切った。そしてそのまま、携帯のメッセージアプリを起動した。

 

『BREAKING:聖グロリアーナ女学院、センチュリオン1輌を導入』

 

 1分もたたずに着信音が鳴った。

 

『あのな、堂々とスパイの情報流されても困るんやけど』

 

 以下4件続けて同様の趣旨のメッセージが届いた。交流を始めてからはや半月が経とうというのに、何故か風評被害は悪化の一途をたどっている。彼女は嘆かわしげに文字を打った。

 

『あそこは英国と提携関係にあるのよ。SIS(サービス)に頼むまでもないと思わない?』

 

 以下かわいそう、自業自得じゃないの、いや普通盗聴されるなんて思わないだろう、でもイギリスやで、何があってもスパイだけは手放さない国って聞いた、といった失礼極まりない文言が次々交わされていった。彼女は嘆かわしげに文字を打とうとしたが、その前に残りの一人からメッセージが届いた。

 

『何にせよ強敵であることに変わりありません。少なくとも試合当日までには直接話し合いたいのですが、ご都合はどうでしょうか』

 

 レティは微笑み、当然のように賛同の文章を送った。最近分かってきたことだが、脱線が多いこのメンバーのやり取りも、一度実務的な話に移ると一気に話が早くなる。試合前日の夕方に集合、場所は試合会場の通知があってからまた相談する、といったことがすぐに決まった。

 

『冬乃さんもそれでいいですか』

『わかってるわよ。今度はちゃんと協力するから。それじゃ』

『はい。ではまた』

 

 グループチャットはそこで終わりとなった。彼女が御機嫌な様子で机に書類を広げていたとき、再び着信音が鳴った。

 

『先日話した隊長の件ですが。ご検討いただけましたか』

 

 中部地区の代表から、今度は個人宛でのメールだった。レティは少し考えて、

 

『ええ。指揮統制を強化しないといけないのは分かってるわ。今のままだと勝てない』

『では、お引き受けくださるのですね』

『Waiting,please. これは全員で相談しないと意味がないわ。今度会ったときに決めましょう』

『あなたが立候補すれば、皆さんは納得すると思います。唯一の国際試合経験者ですから』

『戦車道の経験ならあなたもそれなりではなくて? まあ、続きは次回にしましょう。Bye.』

 

 適当に話題を終わらせ、携帯をベッドに放る。そして再び、書類の山に向き直った。

 

「私が隊長になったら意味がないのよ。やりたくもないし」

 

 彼女は一枚の報告書を取り出した。そこには件の少女の情報が、実に詳細に記載されていた。静岡県内にある高等専門学校の土木科3年生、今大会では四式中戦車の車長、社会人チーム"静岡アウルズ"副隊長。そして戦車道の流派の欄には、島田流門下生の文字。

 

「やっぱりここは、貴女に頑張ってもらわなくちゃ」

 

 レティは面白そうに、小さく笑った。

 

 

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