柔らかな風が吹いて、満開の桜が揺れた。
静岡県富士宮市。かつて陸軍少年戦車兵学校があったこの地は日本戦車道とも縁が深く、さすがに校舎などはなくなっているものの、大破した九七式中戦車が静かに安置されていたりする。そこからほど近い朝霧高原も、富士山を望める避暑地やスカイスポーツの地といった側面が強くはなっているが、昔に戦車兵学校で使われたのと同じように、今でも戦車道に対応した演習場がある。
その朝霧高原に向かう道に、七人の姿があった。
「――で、初めての学園艦生活はうまくいっとるん?」
「まあまあ。……まだ、地面がずっと揺れたままの生活に慣れてないけど」
「そうなん? うちはずっと学園艦やから、逆に陸の生活の方が変な感じするなぁ」
先頭の二人が和やかに話続ける。連絡は取り合っていたものの会うのは久しぶりで、話題は尽きることがないようだった。
後ろには、四人がかたまって付いてきていた。今もっぱら話しているのはその内の三人で、こちらは先頭とは対照的に微妙な空気が流れている。
「春休みはイギリスに帰っていたのか」
「ええ。友達に会ったり試合に誘われたり、中々忙しかったわ。日本に戻ってからも引っ越しとかしてて、危うく入学式に遅れそうになったところよ」
「留学続けるって本当だったの? てっきり冗談だと思ってたわ」
「失礼ね。ここの戦車道の情勢を調べないといけないのに、戻ってこないはずがないじゃない」
「……今からでも遅くないから、お国に帰った方が良いと思うぞ。ご両親が心配しているだろうし」
「というか、帰りなさいよ」
「嫌よ。まだまだ楽しみ足りないもの」
チッ、と舌打ちが二つ。だが、鳴らされた方は別段気にする風でもなく笑っていた。この一種図々しいまでのメンタルが、ある意味で彼女が一流の砲手であることを証明しているのかもしれない。他の面々には迷惑極まりないことであったが。
と、その時、携帯を眺めてそわそわしていた一人が、嬉しそうに声をあげた。
「……やった。あの子達、今年も選抜戦通過したよ」
「え、ほんと?」
「ほら」
画面を見せるように掲げると、前を歩いていた五人が振り返ってそれを覗く。いち早く届いたメールには、彼女の後輩が無事に中国・四国地方の選抜戦を勝ち抜いたことが記されていた。
「おお、これで全校揃ったなー。皆よく頑張ったわ」
「It's Wonderful! 去年と同じ学校が揃うなんて」
「そうだな……。なにか、感慨深いものがあるな」
「今年も活躍してくれるといいわね。あたしたちの分まで」
「うん。楽しみ」
「ふふ、本当に。ね、佳枝?」
「……それよりも」
最後尾、ずっと黙って付いてきていた一人が、やっと口を開いた。
「いい加減、なぜここにいるのか教えてくれますか?」
むくれた表情をして、ジト目で見つめてくる。その姿に、六人は互いの顔を窺いつつ、おずおずと話しかけた。
「おこなの?」
「……ずうっと秘密にされて、それでも怒らないでいるほど、私は人間が出来ていません。地元チームの練習に向かう途中でいきなり再会して、しかも当たり前のように談笑してるなんて、一体どういうことなんですか。大体、説明もないままとりあえず先を急ごうとか、どう考えてもおかしいです」
「いや、話そうとしてもフリーズしたままやったし、最後のは仕方ないと思うんやけど」
「それでも、です! そもそも、土曜日のお昼とはいえ何で
「すまない。やはり途中で一緒になるのは迷惑だったか?」
「い、いや、それは、会えて嬉しいですけど……って、そうじゃなくて! 要は、なぜ私に連絡が来ていないか、ってことです!」
「……もしかして、本当に何も知らない?」
一番小柄な人物が首を傾げて尋ねる。が、余程腹に据えかねたのだろう、「知らないです!」と拗ねたように顔がそっぽを向いてしまった。
六人は再びアイコンタクトで協議を重ね、代表して一人が声をかける。
「ごめんねー。大隊長さんから連絡がいってると思ってたから」
「……師匠から? 繋がりが、よく分かりませんが」
「私達、佳枝のとこのチームに入ったんだよ」
「え?」
ピシリ、と一転して固まった姿に、ダメだこのポンコツといった冷ややかな視線が五つくらい注がれる。残りの一人はそんな様子を気にかけることもせずに続けた。
「あの日の後に受験組で話してね。やっぱり、もう一度みんなで戦車道をしたいってことになったの。それで、一緒の大学に入るのは無理だけど、社会人チームに入れば戦車道も夢も両立できるじゃない、って」
「ちょうど私らの知っているチームが一つあったからな。だめもとで聞いてみたら快く迎えてくれるという話だし、これで行こうと」
「だから志望校もなるべく静岡に近いところを選んだんやけど……合格の連絡したときに気ぃつかんかった?」
「いえ、……割と皆さん近いところに来たので、機会があれば会えるかも、としか」
「……そうだけど、そこはもうちょっと考えてほしかった」
「どうしましょう。なんか私、色々とはやまった気がしてきたわ」
「ほんと鈍いわよね。頭の中、戦術とかしか詰まってないわけ?」
懐かしくも容赦ない言葉の
ただ、
「まあ、そんなわけでさ。これからも、よろしくね」
と笑顔で言われれば、嬉しさが先ほどまでの不機嫌を上回ったようで。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、彼女は照れたように笑った。
「おーし、それじゃあ早く行こうよ。どんな戦車があるのかなー?」
「うちのチームは基本ドイツ系ですね。Ⅲ号G型からシュトルムティーガーまで、幅広くありますよ」
「なぁなぁ、うちらって最初はどこから始められるん? まあ雑用からでも別にいいんやけど」
「そうですね……。さすがに戦車長は無理ですけど、他のポジションなら結構開きがあるので入れます。他の皆さんは忙しいようでして、誰かしら欠員が出るんです。……ちなみに、どこが希望ですか」
「私は装填手で」
「うちは操縦手やな。こっちが本業やから、任しといて」
「当然、私は砲手ね。ファイアフライじゃないのが残念だけど、この腕なら――」
「はいはい。あたしはどこでもいいわよ。ま、出来れば砲手がいいけど」
「あれ? 元々砲手やったん?」
「そうよ。去年は戦車長してたけど、最初は砲手から始めたのよ」
「ああ、私も同じ感じだ。ドイツ系戦車なら、尚のこと砲手がしたいな」
「みんな頑張ってねー。私は張り切って整備するからね!」
「……あんたね。試合中のポジションはどこよ」
「……出なきゃだめ、かな?」
「当然」
「よし、こいつ装填手でいいからどこかに放り込んでおいてくれ」
「ふふ。それじゃあ、副隊長車にいれてもいいか聞いておきますね」
「えー、私の意見は無視なの? ねー」
騒々しく、それでまたどこまでも賑わしく。七人は戦車が待つ演習場へと続く道を、一緒に歩いて行った。
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
こうして無事に完結することができましたのは、応援していただいた皆様のおかげです。お気に入りに入れてくださった方、感想や評価をくださった方、そしてお読みくださったすべての方に、改めて感謝を申し上げます。
それではひとまずここで、筆を置かせていただきます。