試合会場の最寄りの駅。待合室で雑誌を読みながら、その少女はある電車を待っていた。
夕方近くとあって利用客の数が徐々に増えてきたが、彼女はこの辺りの学校の生徒たちとは異なる制服姿をしており、時折いぶかしげな視線がそそがれる。が、本人は特に気にせず、手持ちの雑誌を読みふけっていた。その制服が大阪府所属の美術学校のもので、有名デザイナーの手になるものだと知るのは、このあたりには誰もいなかっただろう。
高校選抜の近畿地区代表、P40戦車長の七夕
電車が到着するアナウンスが流れると、次子は月刊戦車道を鞄に片づけ、顔を上げた。ホームから下りてくる人混みに目を向けて、身長140cmほどの小柄な少女を見つけると、彼女は待合室を出て、こっちやこっちと手を振りながら呼びかける。二人はまもなく合流した。
「久しぶりやな」
「うん、久しぶり」
久守
二人は本人たちが意外だと思うぐらい、不思議と気があった。どちらかと言えば話好きな次子に対し、桜奈は割と物静かな方で、メールも必要最小限ですませている。次子が美術を専攻しているのに対し、桜奈は農業とかすりもしない。それでも、妙に考えが相通じるというか、気楽に話し合える間柄で、高校選抜の中では互いに真っ先に友人となった。
「他のメンバーは?」
「大体はもう来てるで。駒恵はもう少し時間がかかるそうやけど、予定には間に合うって。……立ちながらなのもあれやし、行こうか」
「うん」
次子と桜奈は一緒に駅を出て、港へと続く街並へと歩き出した。
二人は最初、お互いの乗組員や学校、月刊戦車道の記事の話をした。会話は弾んだが、次子はそのためにこうして迎えに来たわけではなく、桜奈もそれはわかっている。話が途切れ、少し静かになった後、次子は切り出した。
「隊長、決めなならんけど」
ピクッ、と桜奈が反応するのも構わず、彼女は続けた。
「誰がいいと思う?」
返答はすぐにはこなかった。二人はそのまま歩き続けた。違う制服を着た二人組は傍目にはチグハグな印象を与えていただろうが、桜奈は気にする素振りも見せない。やがて、彼女は言った。
「……バランスがいいのは、佳枝か駒恵さん」
「うちもそう思ったんやけどなぁ。聞いたら二人とも経験がないからできんって」
「そう言えるからこそ適任だと思う。でも、経験は確かに考慮しないと」
再び考え込む桜奈を見て、次子は彼女に話して正解だと思った。二人が隊長となる人物に望んでいるのは、一般的に理想とされるものではない。率先してリーダーシップを発揮しようとするタイプは、今大会では絶対にお断りである。協調的で思慮深く、意見を無理に押しつけないことが大前提で、そして戦車道の経験が多ければなお良い。
経験。次子は例の人物を思い浮かべ、つい、悪戯げに訊いた。
「あのイギリスのは? 経験で言えば一番やけど」
「論外」
即答だった。桜奈はそっぽを向いた。むすっ、と機嫌が悪くなったのが目に見えるようで、次子はごめんごめんと言いながら、彼女の頭を撫でた。
別に、あの人物に嫌悪感があるというわけではない。二人はあのイギリス人を苦手としているが、嫌いというわけではない。ただ、件の少女が抱えているものが絶対的にリーダーとしてふさわしくないだけだった。明確に違う目的で動いている者をリーダーに選ぶほど、彼女たちは楽観的ではない。
桜奈はしばらくされるがままに撫でられていたが、そのうち機嫌が直ったのか、次子の顔を見上げて言った。
「次子がやればいい」
「うち? ……気乗りせんなぁ。それに、うちこそ経験ないって」
「去年の経験を活かすべき」
「トラウマですー。無理ですー」
即答だった。次子は思い出すのも嫌そうに応えた。桜奈はそんな彼女の頭を撫でようとして、どう頑張っても届きそうにないことに気づいて止めた。そしてまた考え込むように静かに歩き続けた。
二人は昨年の大会にも高校選抜として出場していたが、その結果は悲惨としかいいようがなかった。船頭多くして船沈むと言うが、前大会はまさしくそれを体現していた。リーダーになろうとするタイプが何人もいたために、結局チームはバラバラとなり、偵察を命じられていた次子と桜奈は敵と誤認されて背後から撃たれてしまったのだ。だからこそ、二人は苦い記憶を繰り返さないために、他のメンバーを差し置いて真っ先に連絡をとりあっていた。
次子が落ち着いてきたのを見計らうように、桜奈が話を続けた。
「私も同じだし、はつみは戦車のことしか頭にない。冬乃さんは問題外として……」
そういって、彼女は次子の顔をのぞき込む。桜奈の眼は、暗に選択肢がないと言っているように、次子は感じた。そこで彼女はようやく、トラウマを頭から追い出した。
次子は元の人好きのする笑みを浮かべると、鞄から書類を取り出して、桜奈に手渡した。
「……これは?」
「ちょっと調べてもろうてん。イギリスはノータッチや」
「ああ、あの子に」
桜奈は納得したように頷き、読み始めた。次子は静かに待った。彼女が自慢としているP40の通信手は、この手の情報収集には最高の人材であり、内容の正確さは保証されている。桜奈はすぐに読み終わった。
「決まり」
珍しく子供のようにあどけない笑顔を浮かべ、桜奈は書類を返した。次子も笑顔で受け取ったちょうどその時、二人は目的地の港に到着した。
二人の目の前には、泊地や沖合に浮かんだ巨大な艦がいくつも停泊していた。形状は空母に近いものが多いが、その規模は空母よりも何倍も大きい。どれも全長は10kmほどかそれよりも大きく、高さは何十階建ての高層ビルのように高い。遠くにある艦は夕暮の陰影の効果もあって、まるで島と見違えるようだった。
学園艦。高校選抜の学校にして母艦は、すでに全国各地から集結していた。彼女たちはその壮観な光景を眺めながら、港の岸壁に停泊している連絡艇へと足を運んだ。
「なら、隊長の話になったら一緒に推すということで」
「任せて。……ところで、学園艦って揺れる?」
「んー、慣れれば気にならんよ。陸上の学校の子でも怖がらんくて大丈夫や」
「怖くない」
ドス、と見た目の軽さとは裏腹に容赦なく重いパンチが、次子の脇腹を襲う。うめき声と慌てるような声をあげつつ、二人は集合場所である学園艦の一つへと出航した。
暗い室内に、戦車が駆動する映像がプロジェクターの光で映し出された。ティーセットの図柄が特徴的な校章をつけたマチルダⅡが、3輌編成で草原内の道路を走行し、西洋的な佇まいの市街地へ向かっている。その市街地の入り口には数輌の軽戦車──オチキスH-39が後退しつつあったが、マチルダⅡの2ポンド砲が火を吹くと、どれも命中弾を浴びて動かなくなった。マチルダⅡは障害を排した後、難なく市街地の中へ入っていった。
場面が切り替わり、今度は同じ校章をつけたチャーチルの姿が映し出された。先ほどのマチルダⅡよりも少し遅れて走行しているようで、ちょうど市街地へ入ろうとしている。だが、超信地旋回で180度回転すると、街の外へ向けて発砲。M5軽戦車が白旗を上げている状況が映され、命中弾だったことを端的に物語っていた。チャーチルはその後、再び反転して先行していたマチルダⅡと合流し、その先頭に立って市街地の中を進んだ。
チャーチルと随伴する3輌は、そのまましばらく走り続けた。すると、衝撃音が入り、後ろに走っていたマチルダⅡのうち1輌がその場で擱坐。同時にM5軽戦車がチャーチルの前方に現れた。カメラは空中から撮られたものに切り替わり、マチルダⅡの側面方向にM4A1シャーマンの姿があることもくっきり映し出されている。チャーチルはまたしても反転し、M5軽戦車が背後から撃ってくるのも構わず、擱坐した味方戦車に近づく。道路に漂う白い砲煙に車体を向けると、75mm砲が火を噴いて、2発目に放った砲弾はM4A1に吸い込まれるように飛んだ。そのM4A1には、フラッグ車を示す旗が取り付けられていた。
そこでカチリ、と電灯のスイッチが入った。
「……以上が聖グロリアーナ女学院の1回戦のダイジェストね。どう、参考になったかしら」
「まずこの映像はどこから流出したものなんか教えて?」
得意げな様子のアーチャーに、次子は間髪入れずに言った。アーチャーは微笑んで、
「あら、知りたい? 知るとまずいと思うけど、それでも知りたい?」
「もうええ。ろくでもないルートやってことは充分わかったわ」
次子は力なく手を振って応えた。空中からの映像──おそらく審判が搭乗する機体からの映像──がどこから流れてきたのか気になったが、彼女はそれ以上深入りするのを避けた。合法にしても非合法にしても、迂闊に関わり合うのは賢明とはいえない。
他のメンバーも同感だったのだろう。ヤークトパンターの車長がため息をついて、率直に言った。
「まあ、参考になるかといえばならないな。いつも通り装甲を活かした戦術だが、次は違う手で来るはずだ」
「あんな距離まで近づけたら、こっちのものだもんね」
ARL 44の戦車長、平野はつみの言葉に、ほぼ全員が頷いた。軽戦車が主体だったBC自由学園とは違い、高校選抜の重火力ならマチルダⅡの正面装甲78mmを何の苦もなく撃ち抜ける。
「それに、オーダーも変わっています。このときはチャーチル1輌にマチルダⅡが9輌でしたが、情報を見ると大幅に強化されていますね」
四式中戦車の車長の補足を受けて、次子も手元の資料を見返した。高校生大会のルールでは、戦車道規則第2条第1項にあるメンバー表の通知はない。だが、その紙には聖グロリアーナ女学院の参加車輌が次の通り正確に書かれていた。
・チャーチル 1輌
・マチルダⅡ 7輌
・クルセーダー 1輌
・センチュリオン 1輌
「やっぱり問題なんは、センチュリオンやな」
次子は淡々と、低い声でつぶやいた。随分前から情報は流されていたものの、その相手を思うと憂鬱だった。
センチュリオン。1945年5月、試作車がベルギーで終戦を迎え、戦後は第一世代の主力戦車として長きにわたり世界各地で活躍した傑作。火力、装甲、機動力、戦車に求められる殆どを高水準で兼ね備えたその戦車は、戦車道で使用できる車輌としては最高といっても過言ではない。
「このセンチュリオンはMk.1だよね」
「大会規則に合うのはそれです」
「それでも17ポンド砲や。こっちの戦車でも耐えられんな」
「APDSだと正面装甲でも大抵が抜かれるわ。でも17ポンド砲は遠距離だと命中精度が落ちるから、離れているうちは大丈夫よ」
「前の試合で普通に当ててなかったか。ファイアフライで」
「あの時は私が砲手を兼任してたもの。当然でしょう」
アーチャーが胸をはったが、一人を除いて反応はなかった。残る一人は首を傾げて言った。
「でもさ、次の会場はほとんど森だよ?」
はつみが部屋の中央にある砂盤を指さす。7人全員が自然と立ち上がり、その砂盤の回りを囲んだ。
便宜上、砂盤と言ったが、実際のところそれは精巧な立体模型である。着色は完全にはされていないものの、会場の地形や建物がよく反映された模型となっていて、地図だけでは読みとるのに時間がかかる立体的な情報が感覚的にわかるようになっている。現地を事前に視察した次子から見ても再現度は非常に高く、彼女は短時間でこれを用意した中部地区代表の技術力の高さに内心感嘆していた。
模型を見ると、はつみが言ったとおり会場の大部分は森で覆われている。中央には村落があり、その東西には街道と鉄道が平行して走っている。また、村落の南北にも開けた道路が走り、これはやや右にカーブを描いていた。その北側の道路を進んで橋を渡った先は平地で、ここは障害物が殆どない。そして高校選抜のスタート地点を示す旗は南側の道路の末端に、聖グロリアーナ女学院の旗は東の街道の末端に置かれていた。
「遠距離の撃ち合いは北東でしかできへんな」
「まずはそこを目指す?」
桜奈が提案すると、四式中戦車の車長が難色を示した。
「村を経由しないといけないので、どうしても敵の待ち伏せに遭遇するでしょう。相手もそれくらいは読んでいるはずです」
「だったら簡単よ」
これまで黙っていた関東地区の代表が、口を開いた。
「相手も村に来るなら、そこで一気に決着をつければいいじゃない」
シャーマン初期型の戦車長にして高校選抜の問題児筆頭、勝
「相手の方が村落に近いから、射点を先に確保されるな。索敵しながら進まないと危険だ」
「Yes. 南西の森の中には林道があるから、最悪挟み撃ちになるかもしれないわね」
「ならその林道に3輌ほど向かわせて、南と東の2方向から村を攻めるのはどう」
「戦力が分散しすぎ」
「フラッグ車の方にまとめて向かわれたらひとたまりもないわ」
「不安になってばかりじゃ勝負がつかないわよ!」
烈しい口調で、冬乃は一喝した。他の戦車長はおおむね困ったような表情で、ごく一部は露骨に冷ややかな視線で応えた。1回戦での顔合わせでも、彼女はこうして怒声をあげて自分の意見を貫こうとしたのだ。その時の主張も今回と同じく、攻撃、攻撃、そして攻撃だった。
イギリス人らしく嫌味なら冬乃に負けないアーチャーなどは、皮肉げに「口調と勇猛さだけはパットン並ね」と評した。アメリカが誇る戦車指揮官、西部戦線で連合国勝利に多大な貢献をしたパットン将軍を思わせるほど、冬乃はどこまでも口が悪く、どこまでも猪突猛進であった。ただ、彼女は将軍と違い、戦術知識と戦車道の経験が余りに乏しい。パットン本人が言うように、戦争には血と知識の両方が必要である。次子は四式中戦車の車長の顔を見て、訊いた。
「無計画に突っ込んだら負けやろうな。どう思う?」
「……隊長となる人の指揮にもよりますが、私たちがすぐに攻めようとするのは正直厳しいですね。集落での連携は野戦のそれよりも高度なものを必要とします。私たちはそうした訓練が出来ていません」
「そんなの、やってみないとわからないじゃない」
「戦車を動かすのにも乗員全員で訓練をしたと思います。それと一緒です。攻撃を成功させるには入念な計画と素早い判断、何よりも徹底したチームワークが不可欠です。簡単に出来るものではありません」
やんわりと、穏やかな口調を崩さずに彼女は続けた。
「まず、聖グロリアーナの出方を見極めたいところですが……アーチャーさん」
「何かしら」
「相手のマチルダⅡについて情報はありませんか」
「マチルダⅡに?」
アーチャーは意味ありげに笑みを浮かべた。少し間を置いて、
「No. 特にないわ」
「重要なことです。1回戦から何も改造はしていないのですね」
「……ええ。私が知る限りではそうね」
次子は訝しげに、そのやりとりを見守った。他のメンバーも、同様に不審そうな顔を隠そうとはしなかった。マチルダⅡの何が心配なのか、アーチャーはなぜ即答しなかったのか、次子には読みとれなかった。
四式の車長は頷いて、模型の高校選抜スタート地点から少し進んだところを指さした。
「では、私見ですが……この十字路までの道路は射界が開けていますから、ここに装甲の厚い戦車を待機させて、他は森の中に隠れて待ち伏せするのが良いと思います」
「は? また一騎打ち狙いってこと!?」
冬乃が鋭く怒号をあげる。ヤークトパンターの戦車長も、口調は険しくなかったが懸念そうにいった。
「一騎打ちだと間違いなくセンチュリオンが出てくるぞ。しかも乗るのはあのダージリンだろう。私たちでも勝てる見込みは五分以下だ」
「超信地旋回ができるうえに17ポンド砲、正面152mmだからね……。こっちも厳しいかも」
はつみも同意した。桜奈もコクコクと頷いている。次子自身、自らのP40ではそれくらいの勝率しか見込めないと内心認めた。一騎打ちに求められる性能の殆ど全てを持っているあの戦車、しかも乗り手は高校生の中でトップクラスとあっては、正直にいって確実に勝てる自信がなかった。
ただ、アーチャーがすぐに口を挟んだ。
「あら、聖グロリアーナの伝統を知らないのかしら。隊長はチャーチルに乗るのよ、賭けてもいいわよ」
「仮にそうでも性能は変わらないぞ」
「ふふ、よく考えてみなさい。センチュリオンが納車されたのはせいぜい半月前よ、訓練が間に合うはずがないわ。それとも、経験不足の相手でも一騎打ちに勝てる自信がないの?」
それが詭弁であることは頭ではわかっていた。一般的に、初心者が新しい戦車に慣れるまでには最低1ヶ月から3ヶ月を要するが、経験を積めばある程度は習熟期間を短縮できる。伝統ある聖グロリアーナ女学院なら優秀な人員は多く、隊長が乗っていなくても驚異であることに変わりはない。わかってはいたが、アーチャーの煽るような言い草にはさすがに次子も黙ってはいられなかった。
「それなら話は別や。何ならダージリン相手でもええ。勝率が半分もあれば、うちはそれに賭けるわ」
「同じく」
桜奈も口を揃えていった。目には好戦的なかがやきが宿っている。結局、二人とも血の気がはやいのだ。そして意見が一致した時の二人は、もうその方針に向けて邁進するだけだった。
「一騎打ち狙いだと、また退屈になって嫌になるんだけど……」
「まあまあ。あとで戦車のジャンクパーツあげるから」
「北海道のお菓子もあげる」
「よし、それで行こう。問題ないよね」
「買収されるな。……だがまあ、そうだな。他にいい作戦も思いつかない」
「OK. 私も賛成よ。武士道精神を見せてあげましょう!」
「お前はまず騎士道精神を見せてくれ。頼むから」
すぐに同意は過半数を超えた。必然的に、賛成者全員が残りの一人を見る。冬乃は仏頂面のまま黙っていたが、やがて諦めたように、不承不承に言った。
「……1輌じゃ勝てないから、仕方がないから協力してあげる」
以後は改稿前のままです。