ホーホケキョ、と、ウグイスのさえずりが時折聞こえてくる。
舗装もされていない細い道を四式中戦車が走行していた。戦車がかろうじて2輌ほど通れるその道は広葉樹と低い草木で構成された森の中にあり見通しは悪い。会場の大部分を占める森林地帯には、こうした通路が何本もあった。
この四式中戦車は近年造られたもので、連盟公認の装甲材は取り付けられているものの、可能な限り当時完成していた車輌を再現したものになっている。材質もこだわりを持って復元され、スペック値どおりの防御力は期待できない。それでも中部地区で行われた選抜戦で優勝したのは搭乗員の腕前によるものだろう。
そのメンバーを率いるリーダーは、キューポラから身体を出して、携帯型無線機を持って周囲を確認していた。
『こちらレジスタンス。南東へ向かう道路に到着したよ。敵は見あたらないね。以上』
『こちら、ぶ、物量主義者。予定のポイントに到着したわ。敵影なし。これからカモフラージュするから』
『こちらパスタ。今偵察班を1人出したで』
『紙装甲から各車へ。引き続きお願いします。敵を確認したら最優先で報告してください』
無線機から入ってくる通信に指示を出す彼女――紙装甲(識別名)は、目的地である通路が交差している場所を見て咽喉マイクに手をかけた。
「停止。しばらく待機」
十字路に入る少し手前で停車する。砲手と装填手は停まってすぐにハッチを開けて外へ出て、身体を伸ばしている。紙装甲は後輩達のそうした仕草を微笑ましく見ていたが、車内から声をかけられて車長席に座った。
「隊長ー。昨日の会議で何話してたの。やけに長かったけど」
「ベルゲパンターが試合に出れるかを議論してたよ」
「何やってんのよ……」
質問してきた操縦手が呆れたように言った。彼女は戦車長と同じく3年生で、機械工学科に所属している。四式中戦車の復元プロジェクトにも関わっており、その縁で今大会にも参加している。
昨夜の作戦会議では様々な議題がでたので経緯をかいつまんで伝えたが、すぐにはわかってもらえないようだ。あの車輌があれば障害物設置とか重戦車の移動とかで幅広い戦術をとれるのにと議論の必要性を説こうかと思ったが、さすがに幾分暴走していた自覚はあるので自重する。
「塗装変えるならもっと早くに言ってくれないと。整備担当の人たち嘆いてたわよ。時間がなくて4色にできなかったって」
「緑1色でも良かったんだけど。むしろ短時間で3色迷彩にできるなんて思わないって」
元々は黄土色に塗装されていた四式中戦車は緑を基調とした3色迷彩へと塗装し直されている。ちょっと貸してと言われて2時間、思わず「なんということでしょう」と呟いてしまった。担当したレジスタンス率いる中国・四国地方代表校の戦車整備部には頭が上がらない。
「それにしても、隊長になるなんて思わなかった」
「あれ、何度か経験したことあるんでしょ? 一般の大会に出場した時に」
「副隊長ならあるけど、隊長はこれが初めてだよ」
紙装甲は苦笑いしつつ言う。試合前に隊長を決めたほうが良いとチームに相談を持ちかけたが、回りまわって自分がなるとは思わなかった。言いだしっぺの法則とか何とかで押し切られたが、代わりに指示には従って貰うように頼み込んでおいた。
「本当なら一番経験している人にお願いしたかったのに」
「イギリスの人、何で断ったの」
「砲手しかやったことないからって。参謀なら喜んで受けるとか言ってたけど」
そう言って紙装甲はため息をついた。国際試合にもでているあのイギリス人なら本気を出せばいくらでも的確な指示を出せるだろうに、いつも一歩下がって成り行きを見ている。彼女の場合は目的が若干異なるからそこまで真剣に勝ちを目指してないのだろう。
「島田流の門下生ともあろう方が、何を仰います。自信を持ってくださいな」
「お嬢様、師匠のは島田流とは言えないと思いますよ」
通信手を担当している1年生に対してつい本音が出てしまった。彼女は島田流の分家の方であり、師匠のご息女だ。本来であれば他の強豪校に行かれてもいいはずだが、何故か地元の近くということで紙装甲と同じ高等専門学校へ入学している。
島田流は西住流と並び、日本における戦車道の中でも有名な流派である。夜襲を始めとする様々な奇襲作戦と、それを可能にするための偵察及び連携を重視することで知られており、実戦向けの流派と言われている。
紙装甲もその門下生の1人ということになるが、彼女の師匠は島田流の中でも殊更異彩を放っている。すなわち、徹底した実戦主義だ。礼節は問うが人格修養を目的とせず、ひたすらに勝利を目指し、一般的に言われる戦車道精神とはかけ離れた戦術も平然ととる。ベースは島田流とはいえ、もはや新しい流派を掲げた方がいいのではと紙装甲は常々思っている。
「あら、母に伝えておきましょうか」
「お止めください。後生ですから」
ふふふ、と笑顔を浮かべる彼女に必死でお願いした。師匠は戦車道については厳しい人で、紙装甲は普段から何かと説教されていた。
操縦手は呆れたように肩をすくめ、砲手と装填手は我関せずとマイペースに過ごしている。第2回戦、聖グロリアーナ女学院対全国選抜隊の試合はとうに開始されているが、彼女達は至って普段どおりのやり取りを繰り広げていた。
『こちら偵察班。市街地に敵戦車7輌を確認しました。フラッグ車は不明です』
『紙装甲より偵察班へ。センチュリオンは何輌いますか』
『2輌です。市街地の中央付近にいます』
『わかりました。動きがあれば連絡してください』
『了解』
待機状態になってから30分が経過し、偵察班から最初の通信があった。
「さすが服部ちゃんね。仕事早いわ」
「伊賀の人だっけ。お話したいんだけど時間がないし」
「さっさと会議終わらせれば良かったのに。昨日は女子会みたいなノリだったわよ」
「いいなあ」
昨日の会議に出なかった人たちは交流会を開いていたようだ。選抜隊には意外な人材もいて、特に近畿地方代表の通信手は伊賀忍者の末裔だという話だ。他にも偵察専門の人材が各車に1人はいるようで、島田流の門下生として一度詳しく話を聞いてみたいと紙装甲は機会を虎視眈々と狙っている。
この試合に勝てば隊長権限で次こそ参加しようと決意を固めていると、再び通信があった。
『紙装甲へ。こちらファシスト。グロリアーナも動けないということだろうか』
「まだ様子見といったところだと思います。こういう会場で偵察なしに進むのは無謀ですから」
『そうね。私も何度か痛い目にあったわ。何でフランスとの試合はいつもボカージュがあるのかしら』
『物量主義より紙装甲へ、今なら市街地に攻めてもいいんじゃないの。いい加減暇なんだけど』
『ああ、分かるよそれ。ただ待つだけって辛いよね』
「こちら紙装甲、フラッグ車がいないので今は動けません。警戒しつつ待機してください」
気持ちは分かるんですが、と思いつつも紙装甲は改めて指示を出す。物量主義者の言い分も理解できるが、まだそこまで踏み切れない。戦力比にそこまで差がない以上、何らかの奇襲要素がないと冷静に対処されて突き返しをくらうだけだ。
やり取りを聞いていた通信手が、ふふ、と笑う。
「市街地なんて明らかに障害物ですものね」
「ええ。フラッグ車がいないなら基本的に放置です」
彼女達の師匠は戦車の運用原則にこだわり、特に地形と時期の選択を重く見て、場合によっては攻撃しないのも手だと教えられる。今回のような占拠された集落なんていうものは、攻撃対象がいない限り迂回するのが原則である。勿論、戦力をそこに釘付けにするときなどの例外はあるが。
「それで、これからどうなると思いますか」
「いずれは聖グロリアーナの攻撃にこちらが反撃、という流れになると思うけど……今はなんとも。私が相手なら時間切れを選択するし」
「じゃあ一騎打ちの可能性もある?」
「ないこともないよ」
今まで黙っていた砲手や装填手がこちらに振り向いて質問してきたので素直に返す。これまでのグロリアーナの試合傾向からいえば動いてくるだろうが、騎士道精神を尊ぶことから一騎打ちを受けてくれることも否定できない。
「勝てるかどうかは別にして、今日は一騎打ちしたいね」
「一時的に代表変わりましょうか? 今のままだと不利過ぎますし」
「えっと、一応隊長である私が出ないのはおかしいのではないかと」
「いや、だってじゃんけん弱いじゃない」
「6人でやってまさかの初戦1人負けでしたよね。その後はあいこが延々と続いたのに」
「こ、今度は大丈夫だって」
1回戦の試合では結局なにもせずに終わったようなものなので、今回ではせめて一騎打ちだけでもという意見が溢れた。一騎打ちになった場合はじゃんけんで代表を決めて、結果はすべて受け入れるというのが選抜隊の暗黙の了解になっている。気が早いんじゃないかと紙装甲は思いつつ、隊長交代を真剣に考えている目の前のメンバーに運が悪かっただけだと説得を開始した。
「予想通りね」
試合会場のほぼ中心、市街地を主として展開している聖グロリアーナ女学院の隊長であるダージリンは、センチュリオンの車内で紅茶を飲んでいた。
「ここまで待ち伏せに徹するチームは初めてです」
装填手であるオレンジペコが自分の分の紅茶を入れながら言った。チャーチルの護衛車輌からの報告では、ヤークトパンターとJS-3はスタート地点からほぼ動かず、その途中の道路には森に入りカモフラージュして待ち伏せしている車輌を確認したとのことだった。全ての車輌を確認したわけではないが、1回戦の様子を聞く限り、おそらく相手チームはこちらが動くまでそのまま待機しているのだろう。
「余程一騎打ちに自信があるようね。受けて立ってもいいのでしょうけど」
ダージリンは笑みを浮かべる。今乗っているセンチュリオンならば、たとえ相手がJS-3だろうと正面装甲を打ち抜ける。加えて搭乗員はオレンジペコや砲手のアッサムを含む最精鋭を揃えているのだ。今回の会場では一騎打ちを申し込むか随分悩んだ。しかし、
「弱気になっていては勝利は見えてこないものよ。相手にそれを教えてさしあげるわ」
今は戦車道の試合だ。その機動力と火力を活かし、仲間と連携して目標を撃破する道であれば、多少の損失を出しても攻勢に出て主導権を握り、勝利を目指すのが正道である。
『隊長、準備が整いました。いつでも行けます』
「作戦開始」
チャーチルからの報告を受け、ダージリンは即座に指示を出した。試合が始まってからから既に1時間以上経っている。聖グロリアーナ女学院と全国選抜隊の本格的な戦いの火蓋がようやく切られようとしていた。