『こちら偵察班、クロムウェルが動き出しました』
無線機から流れる声に、共産主義者は読んでいた教科書を閉じた。ハッチを開けて周囲を確認する。
今いる場所は山あいの道路のように見える。森と森の間が200m程で、その真ん中に舗装された道路が走っている。両脇は元は田園地帯だったのだろうが、今は礫砂が運び込まれて、ある程度は整地されていた。
共産主義者が乗るJS-3は道路の上で待機している。その隣にはヤークトパンターが並んでいた。前方は大体1kmまで見通せて、その先はカーブになっている。この距離なら大抵の戦車は有効射程内だ。JS-3はその火力を最大限に活かすべきというのが共産主義者の持論だったので、この配置には特に異論がなかった。下手に隠れるよりも、広い場所に出て相手の射程外から撃つという戦術を取って選抜戦を勝ちあがってきたのだ。
『こちらパスタ。1輌だけなん? 他は』
『動いていません。クロムウェルだけ、南東への道路へ向かっています』
共産主義者は首を傾げる。相手の意図を計りかねていると、遠くから発砲音が聞こえた。数秒後に前方500mくらいに何かが着弾し、爆風と土砂が巻き起こった。
『こちらファシスト、前方に榴弾が着弾した』
榴弾は連続的に降り続け、土砂を抉り、爆発音が響きわたる。森には落ちていないのでこちらの車輌を狙っているとも思えるが、たとえ観測員がいたとしてもこんな遠距離射撃では戦車に命中しないことはあちらもわかっているはずだ。それに榴弾では撃破までいくかは疑問符がつく。
では相手の目的は何かと、今読んでいた戦車道の教科書を思い返し――砲撃にはエンジン音を隠す効果もあると書いてあることを思い出す。
『ファシストと共産主義者、右手の森を警戒してください! 敵が近づいています!』
どうやら紙装甲も同じ結論に至ったらしい。しかし、その警戒する先に意表を突かれた。確かに通路はあるが、そこは通れないはずではなかったか。
そう思ったときには、発砲音と隣のヤークトパンターに徹甲弾が命中したような音が聞こえた。
『ファシストから共産主義者へ、2時にセンチュリオンだ! すまない、撃破された』
その報告に共産主義者は考える。どうやってかは知らないが、森の通路からの奇襲を受けたようだ。
「相手は見える?」
『いや、森に後退した。ここからは見えない』
「前進。2時に向いて。見かけ次第発砲」
操縦手と砲手にそう言った。ヤークトパンターに隠れて躍進射撃を狙うのが正解なのかもしれないが、共産主義者はこのまま隠れていると相手は逃げるだろうという予感があった。不用意に森に近づくのは論外だ。ここは相打ちになってもセンチュリオンの数を減らした方がいいと判断した。
降っていた榴弾も今は止んでいる。少しの静寂のあと、センチュリオンが森から出てきた。その行進間射撃とJS-3の停止射撃はほぼ同時に発射され、車体に命中。両車輌ともに白旗が上がった。
選抜隊の被害はJS-3とヤークトパンター、対して相手方はセンチュリオン1輌。戦力差は5輌対9輌でさらに厳しい状況となった。
「ここの川に仮設で橋を拵えたのでしょう」
「おそらくは」
通信手は航空写真を広げながら1点を指差す。そこは昨日の会議でも話が出た、会場の南東から北東へ向かう通路の途中にある川だった。こちらが使うメリットもないと紙装甲は深く考えていなかったが、相手にとっては確かに魅力的だ。工兵を使った奇襲戦術はむしろ島田流の得意分野だが、それを聖グロリアーナ女学院が実際に行うとは迂闊にも考慮していなかった。お嬢様学校と聞いて、そんな土方の作業はしないという先入観があったようだ。
「お説教は確実ですか」
「まあ、母には私からも穏便にすませるよう言っておきます」
「すみません」
やってしまった失態は甘んじて受けるしかない。それよりも今は試合のことを考えたほうがいいと紙装甲は思考をめぐらす。橋を設置する以上、人手は多く必要だ。おそらくフラッグ車を含めた3輌で作業をしていたのだろう。あと2輌はまだ会場北東にいるはずである。
時間をかけてはいけない。作戦を立てるとすぐさま実行に移す。
「街に向かって。境界線には近づかないように」
「了解」
操縦手はすぐさま車体を発進させる。動き出すのと同時に、紙装甲は今度は無線機で味方に呼びかける。
「レジスタンスと二枚舌は市街地付近へ向かってください。パスタは道路に出て左手の森を警戒。物量主義は交戦が始まれば北東へ。そこにフラッグ車がいるはずです」
そう指示すると案の定動揺した声が返ってきた。
『えっ、攻めるの。この状況で』
「この状況だからです。各個撃破される前に先手を打ちます」
『フラッグ車の位置もわからんのに?』
「見当はついています」
『あんたはどうすんのよ、森の中にいるつもり!?』
「私は市街地で作戦を指揮します。フラッグ車は機を見て北東へ向かわせるつもりです」
『指揮するって――』
なおも言い連ねようとする仲間に対し、あまり言いたくなかった言葉を出す。
「隊長命令です。指示に従ってください」
こんな風にしかいえないなら隊長失格だな、と紙装甲は自嘲気味に思った。理想を言えば阿吽の呼吸で連携できるようになればいいのだが、寄せ集めの急造チームでは望むべくもない。信頼を得ようにも限界がある。そう考えると事前に指揮統制を明確にしたのは正解だったのかもしれない。
四式中戦車は車体をがたがたと揺らしながら、森の通路を猛スピードで駆け抜ける。
「着いた。ここからなら街中まで目立たずに行けるわ」
まだ森の中の、しかし薄っすらと外の光が見えるところまで来て停車した。
「お嬢様、戦車長に任命します」
「拝命しました。まずは東の森の中を偵察ですね」
ニコニコと、笑顔を絶やさずにいる通信手にフラッグ車を託す。彼女は経験が豊富なので心配はいらないだろう。分家家元のご息女だけあって、何も言わずとも理解してくれるのがありがたい。
紙装甲は携帯型無線機を持って四式中戦車を降り、市街地へ走り出す。田舎にはどこにでもありそうな、店舗が集まる大通りとその周囲にある住宅街、そして小学校がある街並みが目の前にあった。
森から出て程近いところにある民家に目をつけ、まずはそこへ向かう。ご丁寧に自動車が駐車してあったのでその上を昇り、民家の屋根へ飛び移る。
(隊長がこんな危険なことするな、って怒られるかな)
実戦主義を掲げる師匠からみれば指揮官が生身で戦場に立つなどありえないと言うだろう。説教の時間が延びるのでは一瞬身体をすくめる。ただ、今は戦車道の試合なのだ。フラッグ車をさらさないだけましだと説得するほかない。
小学校の方を見ると、その屋上に人影が見えた。あそこからなら西の方は見渡せる。手を振りながら無線で呼びかけた。
「偵察班へ。西は任せます。敵戦車の動きを逐次報告してください」
『わ、わかりました。あの、そこにいるのは隊長ですか』
「ええ。東は私が受け持ちます」
これでよし、と紙装甲は改めて辺りを見回した。今のところ待ち伏せする車輌は見えない。エンジン音も聞こえないことから、近くにはいないのだろう。
「――レジスタンスと二枚舌は突入を開始してください。パスタは警戒しつつ市街地付近まで移動」
言い終わると、次の偵察地点を見定めて移動を再開した。
試合会場の北東は元々耕作地であったが、演習場として使われるようになってからは草原のようになっていた。何度も戦車が走行したこともあって、地盤はよく締め固められている。
その上を初期型シャーマンが走行していた。囮作戦が功をそうしてか、妨害はなくここまで来れた。戦車長である物量主義者はハッチから出て双眼鏡で前方を確認し、乗組員に聞こえるように報告する。
「2kmを超えた先にフラッグ車を確認。本当にいたのね」
半信半疑でここまで来たが、隊長の読みは当たっていたと認めざるを得ない。ならばここからの任務は責任重大だと自分に言い聞かせる。
『レジスタンスへ、次の交差点左にマチルダⅡがいます』
『おっと、一度止まる?』
『躍進射撃準備。二枚舌は直進』
『こちら二枚舌、こっちの交差点は確保したわ』
『マチルダⅡ撃破! このまま直進するよ』
『いや、後退してください! パスタは退路を確保』
『偵察班より、クルセイダー接近中!』
『とっ!? 全速後退! 左に確認した!』
『レジスタンスへ、後ろは安全や! 急いで!』
『私も後退するわ、正面からも来てる! センチュリオンよ!』
『隠れて! APDS装填、合図で躍進してください』
無線からは市街地戦の状況がひっきりなしに流れてくる。今のところ被害はないようだが、それも時間の問題だと思われた。無線に時折混ざる轟音を聞き、あちらも大変だと何気なく後ろを向いて――その姿を確認し、叫ぶように指示を出した。
「煙幕撒いて! ジグザグに走行!」
シャーマンの背面に取り付けられた装置から煙が発出される。大きく右左と蛇行走行したこともあり、背後には煙の壁が出来上がった。物量主義は次第に遠ざかる煙幕を見ながら次の対応を考える。
「敵ですか!?」
「6時にセンチュリオン1輌! 距離800!」
一番出会いたくない相手だが、このままでは進むことができないので一騎打ちに応じるしかない。正面装甲を撃っても弾かれるだけなので、狙うなら履帯だ。片方でも破壊すれば残りの煙幕を使って逃げ切れる。あわよくば側面下部装甲か背面を打ち抜いて撃破したいところだが、この平地では難しいと判断した。
「左に旋回して。砲塔11時、発煙弾装填」
煙幕から400m程離れたところでシャーマンは左へ曲がり、ゆったりとしたカーブを描く。半円を描き終わろうかという頃合に煙の中からセンチュリオンが飛び出してきた。走行中のシャーマンに気付いたようで、速度を急激に落としながら砲塔をこちらに向けようとしている。
「敵の手前、撃て!」
狙いが定まる前に発煙弾を相手の手前に着弾させる。途端に煙が巻き上がり、再び姿は見えなくなった。
「進路そのまま。榴弾、履帯を狙いなさい」
シャーマンは来た方向から180°反対を向き、徐々に相手に近づく。センチュリオンも急発進をしたのか発煙弾が上げた煙から出てきた。
目測300m、ここまで近づいても前面を貫通できないのが痛い。高速徹甲弾でもこの距離では122mmしか装甲貫通力がないのに対し、相手は車体前面で76mmの傾斜装甲、見かけ上は140mm以上だ。煙幕から出てきた瞬間がチャンスなのに、それをものにできない。
「撃て!」
一切速度を落とさず、行進間射撃を指示する。履帯という細かな目標を動きながら、しかもこの距離から撃つのは相当な難易度だが、物量主義者は当たり前のように命じ、そして砲手はさも当然のように命中させた。
センチュリオンの履帯が切れ、車体は右へ旋回した。この隙にさっき張った煙幕に突入し、姿を隠しつつ戦場を離脱する――物量主義者が立てた作戦は実現するかに見えた。
誤算だったのは、車体が曲がってもセンチュリオンの砲塔が停まることはなく、シャーマンに狙いをつけたことだ。
「右旋回!」
とっさに旋回を指示するが、この至近距離ではそれも間に合わなかった。17ポンド砲から放たれた徹甲弾はシャーマンの車体側面に命中し、白旗をあげさせた。
「……油断したわ」
キューポラから外へ出て、白旗があがっているシャーマンを見ながらダージリンは呟いた。フラッグ車がいる北東方面へ向かうシャーマンを偶然見かけ、手早く片付けるつもりが思わぬ反撃を受けてしまった。幸い被害は履帯だけなので復帰は可能だが、しばらくはここから動けないだろう。
『3号車、撃破されました。申し訳ありません』
市街地を任せておいたセンチュリオンから無線で連絡が来た。まさか、と言ってしまいそうになるのをダージリンは抑える。
「敵は」
『確認した3輌は全て撃破しましたが、こちらも6輌全てやられてしまいました。敵フラッグ車は不明です』
いくら相手の戦車が強力とはいえ数で優るこちらと相打ちになるとは、ダージリンは思ってもいなかった。組織戦では明らかに相手が不利なのだ。
しかし、予想外に手こずることになったと思いつつも、ダージリンは余裕を崩さなかった。これで戦力差は3対1。履帯さえ直せばすぐに片付けられる。そう考えてフラッグ車のチャーチルを呼ぶことにした。
「6号車はこちらに来なさい。5号車はそのまま待ち伏せよ」
念のため、5号車のクロムウェルを引き続き待機させる。奇襲で用いた仮設橋はわざとそのままにしており、敵がそこを通れば、その先の森林境界線で待ち伏せするクロムウェルに側面から撃たれる寸法だ。高速徹甲弾を持たせているので弾き返されることもまずない。
そう思った矢先のことだった。
『こちら5号車、走行不能! 敵フラッグ車がそちらに向かっています!』
「何ですって!? 待ち伏せを突破したというの!」
『いきなり煙があがったと思ったらその中から撃たれて……』
「――全員車内に戻りなさい、徹甲弾装填、砲塔12時方向!」
履帯を直そうと外へ出ていた搭乗員に戻るよう指示する。ここから出来るのは遠距離から狙い撃つことしかないが、当たるかどうかは微妙だ。何とか逃げ切ってほしいと、ダージリンは祈るように遠くに見える2輌の戦車を見つめた。
町並みにはいくつもの砲弾の跡ができ、あちこちから煙が上がっている。
ファイアフライは大通りにセンチュリオンと対峙するように停車していた。激しい砲撃戦の末、相打ちになり、車体前面には大きな穴が開いて防護カーボンが見える。
戦車長である二枚舌と搭乗員は集中力が切れたのか、もたれるように休憩している。そこへ、タッタッタッと誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。二枚舌はキューポラから車外を確認すると、中部地区代表校の制服を来た生徒がこちらに向かって来ているのが見えた。ファイアフライの近くで停まった彼女は一息つくと、キューポラのほうへ声をかけてきた。
「お疲れ様です」
「貴方、すごい身軽なのね……」
ハッチから頭を出して二枚舌は答えた。続行不能と判定されたため競技員は原則待機となるがこのくらいは許されるはずだ。
先ほどから民家の屋根を走り回り、こちらに指示を出していた隊長殿は少し息を乱しているが、それでも柔らかな笑顔を見せていた。島田流の門下生とは聞いていたがまるで忍者のようだ。聞きたいことは色々あったが、まずは差し迫ったことをと思い二枚舌は口を開いた。
「まだ試合は終わってないけど、指示しなくていいのかしら?」
「あとは天に任せます」
実に清々しくキッパリと答えられて返答につまった。そもそもフラッグ車の戦車長がここにいること自体おかしいのだが、彼女は気にしていないようだ。
二枚舌がなんと言おうか迷っている間に、ところで、と向こうから話題を振られた。
「今日の試合はどうでしたか?」
その言葉に試合内容を振り返り――率直に評点を伝えた。
「勝てば及第点、負ければ30点かしら」
「手厳しい」
「最初の奇襲を見抜けなかったのが痛いわね。あと、あれだけ作戦指揮できるならさっさと攻めたほうが良かったと思うわ」
「そうですね。師匠に怒られます」
頭をかき、口ではそういっているが、全くこたえた様子がない。この分だとこちらの意図にも気付いていると見てよさそうだ、と判断した。
『フラッグ車戦闘不能。選抜隊の勝利です』
審判員からの通信で試合が終わったことを告げられた。目の前の隊長は表情を変えずにこちらを見ている。おそらく勝利を確信してここに来ているのだろう。
「Congrats! 及第点よ」
「ありがとうございます。御眼鏡にかなったようで良かったです」
「やっぱり腕を試してたのに気付いてる?」
「ええ。貴方が隊長にならなかったのも試合を観察するためですよね」
「じゃあ、私がこの大会に出場した理由も?」
「世界大会に向けての諜報員、でしょう?」
「……そこまで分かりやすいのかしら」
「それはもう。言動からして胡散臭いですし。だから識別名も直球でつけられてるんですよ」
「最初からじゃない。というか、その名前地味に傷ついてるのよ」
「こちらもです」
留学の本当の目的も言い当てられて、二枚舌は取り繕う気もなくなった。ばれた理由などについては後で反省するとして、自分につけられた識別名について愚痴る。他の代表校に面白おかしく識別名をつけた代わりに、自分の分はそちらで決めてほしいと持ちかけたのは確かだが、真っ先に共産主義者からこの名前が挙がったことは彼女にとっても予想外だった。しかも反対意見もなかった。母国の過去の外交を皮肉られることになり、二枚舌は変な識別名をつけるのはやめようと心から反省している。言い出した手前、この大会では通しているが。
「で、わざわざここに来たのは」
あーあー、とひとしきりうなり声をあげていたが、気を取り直して二枚舌は隊長に問いかける。ここまで来てこんな話をする以上、何か用があるはずだ。
「回収車に乗せてもらおうと思ったのと……次は黒森峰女学園です。貴方を見込んで少し手をお借りしたいのですが」
「Yes,Ma'am. 隊長の言うことですもの、参謀としてできる限り手助けしますわ」
二枚舌は手のひらを前に向けて敬礼した。その芝居じみた仕草と台詞に全国選抜隊の隊長はクスッと噴き出し、やがて二人で笑い合った。