2回戦が終わった翌日の朝、会場近くの港にはいまだ2隻の学園艦が停泊していた。
そのうちの1隻、広島県の飛び地として登録されている工業高校の校舎には「戦車整備部」と書かれた大きな建屋があり、休日にもかかわらず多くの生徒でにぎわっている。
建屋にはARL-44を始めとして、T-34やⅢ号戦車、チャーチル、コメット、3式チヌなど、生産国や時期もばらばらな多種多様の戦車が見える。そんな中に、昨日の試合で撃破されたシャーマンの姿もあった。
「いやー、派手にやられたね」
「言っとくけど、今回のは不意打ちだったから。まともにやれば勝つ自信があるわよ」
「そっかー」
その投げやりな返事に、シャーマンの車長はむっとする。上下黒色の体育着姿の、ロングヘアーにツリ目の顔立ちをした彼女は、腕を組みながら隣にいる不心得者を睨みつけた。
しかし効果はないようだ。相手は全く気にした素振りも見せず、鍔つきの帽子を被りなおしている。肩までかかる黒髪を揺らし、白っぽい作業服を着たこの整備場の責任者は、やがて脇に抱えていたファイルを持ち直して口元を歪めた。
「ふふふ、初期型のシャーマンなんて久しぶりだよ。腕が鳴るね」
「それはいいけど、変なのにはしないでよ」
シャーマンの車長は釘を刺した。
他の乗組員は試合明けの休日のため自由にさせているが、車長は損傷した自車の整備のためここに来ている。
日ごろから戦車の整備を請け負っているといい、更に格安で修理もすると言われて、ここの戦車整備部の部長である目の前の少女の誘いを受けたが、若干マッドな笑みを浮かべる彼女に不安がかられるのは仕方がないだろう。
「大丈夫大丈夫。色々見るついでに装甲はここで直しておくね。サービスでいいよ」
「どうも。ところで、戦車の装甲ってどうやって直すの」
「あれ、知らない?」
「普段は業者に預けているから、詳しくは分かんないのよ」
「そうなんだ。まあ、あまり難しいことはしてないよ」
整備部長はシャーマンの車体左側面、試合で被弾したところを指差した。
「いま見えてる白っぽいのが連盟公認の装甲材。よく特殊カーボンとか言われてるあれね。戦車の内側から貼られてて、車内を完全に覆ってるの。耐衝撃性、耐熱性に優れた素材で、試合用の実弾ならまず壊れないから安心だね。で、これを確認した後に被弾孔をふさぐように鋼板を溶接して、あとは専用の機械でならせば元通り」
「そんな簡単に直るものなの」
「直る直る。車体が歪んだらもっと手間がかかるけど、最近は特殊カーボンのおかげで大抵はこれでオッケー」
そう言いながらファイルをめくってペンで何かを書き込んでいる。そして今度はシャーマンの砲身へ目を向けた。
「後で精査するけど、砲身は見た感じ曲がってはいないかな」
「そう。なら良さそうね」
「待って待って。これ初期の75mm砲でしょ。せっかくだし変えない?」
「別に良いわよ。特に困ってもないから」
「でも、センチュリオン相手には火力不足だったよね」
その言葉にシャーマンの車長は眉を寄せた。確かに結果を見るとそう言えるのは否定できないし、常々悩んでいることでもある。変えるつもりはないが、一応聞くだけ聞いてみようと彼女は思った。
「参考までになんだけど、何があるわけ?」
「よくぞ聞いてくれました。おすすめは何と言ってもこれ、ファイアフライ改造キット!」
じゃじゃーん、と声高らかに渡されたパンフレットには、17ポンド砲を搭載されたシャーマンの写真と、『見違える火力! 撃破王を目指す貴方に』という文章が載っていた。
「最近入荷したての逸品! 砲身も命中精度を上げた後期型のものを使ってるよ。今なら安くするけど、どうかな」
「却下」
「あうっ。何で?」
「この短期間で慣れるのは無理よ。それにあいつと一緒ってのもなんか嫌」
「どうしてもだめ?」
「駄目」
理由は他にもあるが、大体動機が不純だ。パンフレットにあった『※改造難易度は上級者向け』という文言を車長は見逃さなかった。付き合いは短いとはいえ目の前の彼女の性格は大体分かっている。大方、修理にかこつけてやってみたかったに違いない。
目に見えて落胆しつつも、整備部長は手持ちのファイルをぱらぱらとめくり、やがて顔を上げた。若干涙目なのは気のせいだと思いたい。
「あとは76mm砲があるよ。高速徹甲弾なら500mで150mm貫通ってとこ。操作性もあまり変わらないと思うし、これなら問題ないんじゃない?」
「……変えたいけど、だめ。発煙弾が撃てることが絶対条件よ」
「あー、なるほど」
納得したというようにコクコクと頷かれた。連盟公認の砲弾は様々な種類があるが、基本的に大戦時に実際に使われた砲弾を模したものを使うことになっている。当時はシャーマンの76mm砲に発煙弾はなかったので、戦車道の試合にも現在76mm砲対応の発煙弾はない。
「残念だけど仕方ないか」
「何度か検討はしたんだけど、発煙弾使わないと近づけもしないことが多いから。気持ちだけ受け取っておくわ」
「うう、この改造したいという気持ちは受け取ってくれないの」
「いらない」
そんな取り扱いに困るものは返品するに限る。
「くっ、こうなったら他のところで徹底的にバージョンアップしてやる」
「ちょっと。こっちにも予算があるから好き勝手はできないわよ」
「任せといて。いつもは材料費をそのまま貰うけど、今回は基本サービスで対応するよ。同じチームだし」
まずエンジンから見るね、と整備部長はシャーマンの上に昇っていく。
その様子を車長はぼんやりと眺めていた。
(同じチーム、か)
いまだに選抜隊は連携が取れているとは言いづらいが、彼女はそれでも仲間であると認識してくれている。
車長はそんな言葉に悪い気はしなかった。
その後1時間ほどかけて大まかな整備方針が決まった。
エンジンはM4のワールウインドからM4A3に搭載されていたフォードGAAへ換装することになった。耐久性が上がることに加え、加速性能の向上が見込まれる。今のエンジンに慣れていると違和感があるかも、ということで色々注意事項が書かれた紙を渡されたが、特に問題はないだろう。
砲塔には小型の発煙弾発射筒が新たに装備される。射程は短いうえに単発式なのでここぞという時にしか使えないが、連盟公認の発煙筒により煙幕をすぐさま展開することができる。不意の遭遇戦や市街戦で効果が期待できそうだ。
照準器は潜望鏡式ではなく望遠鏡式に改造済みではあったが、さらに高品質なものを見繕って交換されることになった。実際の有効な交戦距離は1000m以内なのでそこまでしなくてもいいとは言ったのだが、何かのスイッチが入っている整備部長に聞き届けられることはなかった。ちなみに他の選抜隊の車輌は既に最高レベルの品質のものを使っているそうで、遠距離でも高い命中精度を確保していると長く長く語られた。
「じゃあ、装甲の補修からお願いね」
「はい!」
そこら辺で待機していた生徒を呼び集めて、整備部長はこれからする作業について説明を終えた。最初から最後まで整備に関わると思ったら、簡単な作業は後輩に譲るようだ。
「お待たせー。夕方までには終わる見込みだよ」
「あれだけ張り切っていたのに全部やらなくていいの?」
「後進の育成も考えなくちゃね。午後からは私も加わるよ」
見ると生徒達はシャーマンの移動を始めていた。溶接などでは粉塵が発生することもあるということで、別のところで行うそうだ。
つられて周りを見渡すと、他にも多くの生徒や戦車の姿が見えた。ここからわかるだけでも10輌程の車輌が確認でき、1輌につき5人ほどが作業している。クレーンを使って解体していたり、履帯を取り外していたりと、それぞれ真剣な面持ちで手を動かしていた。
「これだけ人と戦車があれば普通に出場できるじゃない。なんで選抜戦に参加したの」
「ん? いや、ここにあるのはほとんど借り物だよ。私達が持っているのはARL-44とチャーチルだけ」
部長は不思議そうに首をかしげる。
「それに、仮に車輌が使えたとしてもまともな戦力にならないよ。基本的な訓練なんて一部の部員しかやってないし」
「……もしかして、予算少ない?」
「……部活動としては恵まれているけど、他の学校に比べるとね。精鋭の砲手と操縦手を何人か育てあげようとしただけで年間予算使い切っちゃう感じ」
他の武道とは異なり、戦車道ではとかくお金がかかる。20年以上前の技術的に安全性を確保できなかった時代は現代のような実弾を使った試合は出来なかったので、ペイント弾を使用したり、そもそも戦車競争が中心であったりしてそこまで問題にならなかったが、今は違う。
レーザー照射装置やシミュレーターなど、なるべく弾薬を使わなくてもするような練習も普及しつつあるが、そうした装置は初期投資が高く、いまだ二の足を踏む学校も多い。
「この学校は昔から整備術の方が盛んで、修理用の設備ならどこにも負けないんだけど。試合できるまで訓練する余裕はなくて弱小だったんだよね。それで廃止になって。でも設備がもったいないから部活動として細々と活動してるの」
「なるほどね。……でも、なおさら今年参加した理由が分からないわよ」
確か昨年までは参加していなかったはずだ。活動のほとんどを戦車の整備に費やしているとなれば、今回出場したのには何かわけがあるに違いない。あまり踏み込むのはどうかとも思うが、同じチームのメンバーとしては気になることである。言いにくそうだったらすぐ話題を変えるつもりだった。
対して、部長は頬をかきながら言葉を選ぶように話しはじめた。
「えっとね。他人の車輌を整備しているのも幸せなんだけど、やっぱり物足りなく感じるときがあってね」
「ふむ」
「一整備員として、自分達が手入れした戦車が活躍するのを見てみたい。傷ついた車輌を見ながらすぐ直してやるって言ってみたい。乗組員と熱い友情を築いてみたい」
部長の言葉に力が入る。
「まして実戦に使われなかったARL-44! 幻の車輌が活躍するのを影で支える整備隊! 考えただけでもロマンだね!」
「あんたなんで戦車長してんのよ」
「他の部員から部長を差し置いて戦車長になれないって言われちゃって。仕方がないからやむなく、ね」
言いたいことはわからなくもないが、本末転倒だ。影で支えるどころか最前線で戦っているようにしか見えない。
「そっちこそ、今大会に参加したのは何で?」
この学校の割とどうでもいい参戦理由に内心呆れていると、逆に問われた。
車長は少し考えて、口を開く。
「……あたし達の学園艦もずっと前に戦車道をしてたのよ。子供のときはたまに行われる試合が楽しみで、いつかやりたいって思ってた。けど、中学生になるときにはもう廃止になって」
車長は生まれも育ちも学園艦であった。決して強豪校とは言えなかったが、それでも迫力ある戦車戦と果敢に攻める戦術をとるチームに魅せられ、その時から戦車のことを聞きかじっていた。
「高校に入ってからは復活させようと努力はしたけど、結局力不足で人が集まらなくて。せめて後輩に少しでも後を託したくて、この大会で活躍してやろうと思ったわけ。結果は散々だったけどね」
「ああ、一回戦のあれはそういうことだったんだ」
「言わないでよ」
選抜隊とはいえ全国大会の舞台で活躍すれば志願者も増えるだろうと思い、ここまで来たのだ。ただ、焦りがあったことは否めない。一回戦ではバルクマンコーナーのように1輌で戦果を挙げようと勢い込んで行ったが、連携の取れた相手に適うはずもなかった。
部長を見れば、にやついたような顔をしているように見える。
「何よ、笑いたければ笑いなさいよ」
「そんなんじゃなくて。私達似た様なものだなって思って」
「似てる?」
「つまり、戦車が好きってこと」
そう言われて車長はきょとんとする。
「貴方と一緒にしないでよ」
そして、若干目を逸らしつつ答えた。
「でも、私達の戦いはまだ終わってないよ。ここまで来たら優勝目指そう!」
「相手は黒森峰。それも準決勝で15輌対7輌よ。普通に考えたら厳しいわ」
「まあまあ。隊長がイギリスの人に頼んで色々調べてもらっているみたいだから、もしかしたらいけるかも。我が流派の奥義をご覧に入れますとか言ってたし」
「奥義ねぇ」
一騎打ち上等な戦術を平然ととる隊長に、胡散臭いスパイ。そんな二人が関係する作戦。
「……いやな予感しかしないんだけど」
「……そうだね」
かなり楽天家にみえる部長も不安があるようである。
先ほどとはうって変わって沈黙が続き、お昼のチャイムが鳴るまでそのままだった。
○試合規則の「実際には存在しなかった部材同士の組み合わせは認められる」という文言にはかなりロマンを感じます。ただ知識がないので、作中では結局無難な改造に収まりました。うぐ。