準決勝、黒森峰女学園対全国選抜隊の試合開始72時間前、最初の試合会場決定通知が両チームに出された。そこは多少の起伏はあるが、大部分が見通しの良い平地となっている演習場であった。
通知があってから5時間後、選抜隊から異議申し立てが提出された。曰く、障害物の少ないその会場では競技車輌の数で勝負が決まってしまう、選抜隊は車輌を増やすことができないため不公平ではないか、というものである。
裁定にはかなり揉めたが、選抜制度の関係で競技車輌が固定されていることを考慮され、戦車道連盟は協議の末に異議を認めた。再度試合会場の抽選を行ったところ、選ばれたのは茨城県大洗町――数ヶ月前にここでとある親善試合が行われた時とほぼ同じく、町の北半分を試合区域とし、上は丘稜地帯を模した演習場、下は中心市街地を一部通行止めにしているとはいえそのまま使用することになった。
朝7時。黒森峰女学園の車輌の会場入りを一目見ようと、県道2号線の道沿いには大勢の人で賑わっていた。
「キャ~~! ティーガーⅡですよ! 大戦時最強と言われる重戦車! こんなところで見れるなんて」
「ケーニヒスティーガーもいいが、やはりここはヤークトパンターだろう。あの傾斜装甲を見ろ。これでもう少し組織運用に余裕があれば……」
マリンタワーに程近いところで黒森峰女学園の車輌を見ながら、秋山優花里とエルヴィンは歓声をあげた。
二人とも制服を着ており、朝早くにもかかわらずテンションが高い。
「全国選抜はもう演習場に入っているんでしたっけ」
「ああ。生徒会からの連絡だと、交通量の少ない朝早くに入ったそうだ。一部は鉄道で運ばれているしな」
「うー、残念です」
珍しい戦車が多いので見たかったんですが、と優花里は心底残念そうに言う。
今日の試合が急遽大洗町で行われることに決まってから、生徒会は情報収集に奔走している。2回戦まではそこまで本格的にはしていなかったが、今回は地元であり、また大洗も勝ち上がるとすれば間違いなくどちらかと決勝で当たるとあって、その力のいれようは尋常ではなかった。
既に町の協力を得てカメラをあちこちに設置している他、各交通機関や港湾事務所などに問い合わせをして動向も把握している。
私たちもプラウダ高校に勝てる保証はないんですが、と優花理は皮算用にならないか心配していたが、逆に言えば決勝戦を見越すほど戦車道に力を入れているとも言える。
「しかし、試合会場の異議申し立てなんてよく通ったな。よくあることなのか?」
「いえ、私も初めて聞きます。試合規則には書かれているので行為として問題があるわけではないんですけど…」
「ふむ。まあ確かに、あの会場では遠距離から容易に狙われるからな。近いもので言えばクルスク戦か」
「地形はまさにそれでしたねー。車輌が増やせないのでって言いたくなるのも分かる気がします」
喋りながら大洗ホテルを目指して歩く。本日は学園艦が多数寄港している影響で観客数が多くなると見込まれたので、通常は開放されていない大洗ホテルの屋上も観覧席として利用されることになった。見晴らしがよく高確率で直接観戦できる特等席なこともあって人数限定で整理券が配布されたが、優花里は執念でその整理券を手に入れ、エルヴィンと西住みほの3人で観戦する予定だった。
周囲には同じくその席に向かう人か、ホテルに宿泊している人かは分からないが、それなりに多くの人が同じ方向に歩いている。
その中に奇妙な二人組みがいることに気付いた。
「あれ? あの人たち全国選抜の人じゃないですか?」
「え、どこだ?」
「あそこです」
優花里が指差した先にはポケットがついている白色のジャケットを羽織った、高校生と思しき二人組みがいた。その髪型や時折見える横顔が優花理の記憶と合致する。
「たしかヤークトパンターとARL-44の戦車長の方だったと思います」
「そんなことまで知っているのか」
「月刊戦車道に載っていましたから。でも、何でこんなところにいるんでしょう」
「敵情視察じゃないか? 今さらなのも変だが」
「試合会場へ行くようですね」
「何か話しているな。今日の試合のことだろうか」
「気になります」
二人は目を合わせる。ホテルまでなら一緒についていってもおかしくないし、試合前にどんな会話をしているのか興味が引かれる。
「少しは聞けるかもしれないな」
「行きましょう!」
優花里とエルヴィンは人ごみに紛れつつ、目標まで忍び足で接近する。幸いすぐ後ろにまでつくことができ、前の二人の会話が聞こえてきた。
「……情報に不備はなかったね。作戦は予定通り決行できるよ」
「なぁ、本当にやるのか? やってもいいのか?」
「えっと、まぁ……ほら、実際の戦いでもあった話じゃない、深く考えずに行けばいいと思うよ」
「よし今からでも搭乗車輌を交換するか、この共犯者め」
「いや隊長命令だからね? 仕方がなかったというか」
「その割りに嬉しそうにやってたよな」
「だって、楽しかったもん。完璧に再現してって言われるとつい血が騒いじゃって」
「開き直るな」
はぁ、とヤークトパンターの戦車長がため息をついた。
大洗ホテル前の鳥居下交差点に辿りつくと、横断信号が赤になっていたので二人は立ち止まった。さすがに会場へ行く人はいないため少し距離をとって、ホテルに入る人の流れに近づいてなるべく気付かれないようにする。
「前から思ってたんだが、あいつ発想がガチ過ぎないか。戦争やりに来てるんじゃないんだが」
「さすがに私もそう思って隊長に聞いたんだけどさ。なんて返ってきたと思う? 『戦争でこれしたら問題になりかねます、私達がするのは戦争じゃなくて戦車道です』だって」
「……どうしようもないな、あの馬鹿」
そこで横断歩行の信号が青となり、二人は演習場へと歩いていった。
後をついていくわけにもいかず、優花里とエルヴィンは大洗ホテルの入り口へ向かう。
「どういう意味だったんでしょう?」
「わからん。戦争で問題になって戦車道ではいいなんて、そんな作戦があるのか?」
「なぞなぞみたいですね……」
「西住隊長に出してみるか。どういう展開になるのかも聞きたいし」
エルヴィンは時計を確認すると、はたと気付いたように言った。
「そういえば隊長はいつごろ合流するんだ?」
「あー……一緒に観戦する予定だったんですが、聖グロリアーナの人に誘われまして……」
アウトレットのイベント広場に設けられた見学席。
大型のスクリーンの前には既に多くの観客が芝生の上にシートを敷いて試合が始まるのを待っているが、そこにひときわ目立つスペースがあった。
英国式の絨毯を敷いた上に衝立を置き、洒落た大きめの丸いテーブルに3つの椅子。机の上にはティーセットがあり、オレンジ色の髪を編みこんだ女生徒が紅茶を入れている。
「どうぞ、西住さん」
「あ、ありがとうございます」
オレンジペコから進められた紅茶を受け取りながら、西住みほは落ち着かない様子で辺りを見回した。
スクリーンから離れているため周囲にはそんなに人はいないが、ちらちらと視線を感じる。
「まさかここで貴方と試合を観戦できるなんて。これも何かの縁ですわね」
「お、お招きありがとうございます」
感慨深そうに話しかけてくるダージリンに対してもぎこちなく答えた。
何故こんな状況になっているかというと、二人とも全国大会の試合はなるべく観戦するようにしているらしく、今回は大洗に決まったこともあって、昨日生徒会を通してお誘いがあった。
親善試合で戦ったダージリンとはまた会いたいとは思っていたが、先に友達と見に行くと約束したしと迷っていたところ、角谷会長から「いーじゃん、行ってくれば。戦うかもしれない相手の情報を持ってるんだし」と後押しされて今に至る。
観戦するのにこんなセットを持ってくるとは知らず、更に聖グロリアーナと大洗女子学園の隊長が会談しているというのは周りの注目を集めてしまったようで、みほがそわそわするのも無理がないことだった。
「黒森峰は重武装の車輌ばかりですね」
オレンジペコがスクリーンを見ながらそう言った。
スクリーンには両チームの編成が映し出されている。この試合での黒森峰女学園の編成はティーガーⅡが2輌、パンターG型6輌、Ⅳ号駆逐戦車3輌、エレファント1輌、ヤークトパンター1輌、ヤークトティーガー1輌、そしてフラッグ車にティーガーⅠの、計15輌であった。
「私がいた時よりも、重戦車が増えています」
「プラウダ高対策ね。ノンナの射撃に手を焼いたのかしら」
昨年度の優勝校であるプラウダ高校と交流のあるダージリンはそう分析する。ブリザードのノンナと言われるプラウダ高校の副隊長は射撃に素晴らしいセンスを持っており、JS-2に搭乗して黒森峰の主力であるパンターを次々撃破していた。今年は撃ち合いになっても負けないように装甲と火力が高い重戦車を優先的に配備したのだろう。
「お二人は、この試合どういう展開になると思いますか」
「こんな言葉を知ってる? 前もって予言をするのは避けるべきだ、何故なら事が起こった後に予言するほうが優れたやり方だからって」
「え、ええと」
「チャーチルですが……今披露する言葉ではないと思います」
得意顔のダージリンにオレンジペコが諌めるように言った。
「言ってみたかっただけよ。あのチームなら真っ先に市街へ逃げ込むでしょうね」
「でも、黒森峰はそれを許すでしょうか」
「おそらく、何輌かは追撃すると思います。特にパンターは足が速いので追いつくことも可能ですし」
オレンジペコの疑問にみほが答える。市街に逃げ込もうとすれば、必然的に追撃しようとする部隊に背面を見せることになる。いくら火力があってもそうなっては防御力はないに等しいので被害は免れない。もし数輌が残って応戦すればそのまま各個撃破するだけである。念のためティーガーⅡを投入すれば万全だ。
「それに、仮に市街に入られても数が多い黒森峰が有利です。今回はフラッグ戦ですから、分散して一気に攻め込まれると対応が難しくなります」
「そうね。なるべく多くの道を同時に進攻するのが定石。ホテル前の交差点さえ確保できればそれで決まるのでしょうけど」
「……全国選抜は対策をしている、ですか」
「ええ」
具体的にはまだ何とも言えませんけれど、と続けたダージリンに対しみほが質問する。
「隊長はどんな人なんですか?」
「妙に落ち着いている印象を受けたわ。慎重というよりは老成しているというべきかしら。戦車道の経験も長いそうよ。島田流の門下生ですって」
「島田流の……」
ちょうどその時、スクリーンの映像が切り替わり、審判と両チームの隊長の姿が映った。
一人はよく見知った姉であり、いつも通りの表情をしている。そこに油断の色は全く見えない。
もう一方は初めて見る人で、姉と比べると幾分柔らかな表情をしている。
『全国大会準決勝、黒森峰女学園と全国選抜隊の試合を開始する』
「まあ、どんな戦い方をするのか見てみましょう」
ダージリンがそう締めくくった。みほには姉が負けるなど想像もできなかったが、ダージリンは簡単に決着はつかないと見ているようだ。
挨拶が終わり、スクリーンには両チームのスタート地点が映し出される。
「え?」
3人はその姿を確認して唖然とした。観客席も気付いたのか徐々にざわつき始める。映像の中の車輌、詳しくいうと全国選抜隊の車輌の中にあきらかに不自然な戦車が1輌混じっていた。
「上手く外れたか?」
「はい。塗装も綺麗なままです」
「今頃観客席では大騒ぎだろうな」
ファシストはそう言って今日何度目かのため息をついた。
乗組員は車輌に貼られたシールを回収して、車内の開いたスペースに放り込んでいる。挨拶が終わりもうすぐ試合が始まるという時間なので相手チームにはまだ気付かれていないが、中継カメラにはもう映っているだろう。試合後に何を言われるかと思うと気が重くなる。
「大丈夫ですよ。ルールブックを見ても禁止されてはいませんでしたから」
「いや、問題はそこじゃない。マナーというか、モラル的にまずい」
砲手が試合規則の書かれた小冊子を片手に振っているが、常識で言えばどちらかというとアウトだろう。ただでさえ会場を一度キャンセルしているのだ。批判が強まらないようなるべく手段は選んでほしかった。
元凶から通信が入る。
『各車へ、相手の周波数を特定しました。次の数字に合わせてください』
今回、フラッグ車である四式中戦車は無線傍受が可能なように改造がされている。性能は高いらしく周波数まで分かるようになっていて、仮に相手が気付いて切り替えたとしてもすぐ特定することができるという。そして各車輌には通常の無線機の他に小型の無線機が持ち込まれている。情報が煩雑になるため傍受と指示はフラッグ車に一任したほうが良いという意見もあったが、各車が個別にすぐ対応できる点と、何よりも強豪校の黒森峰の指示が聞けるという興味心が優先された。
周波数を聞いて通信手が傍受用の無線機を触ると、早速声が流れてきた。
『一部は市街へ逃げ込むはずだ。エリカ、追撃をたのむ』
『お任せください。すぐに叩き潰して見せます』
『敵は錬度が高い、油断するな』
感度は良好なようだ。試合前に作戦を確認していたのか、そこで会話は途切れている。内容から察するにある程度こちらの行動は悟られていると見て良い。
追いつかれないよう工夫はしてきたが、上手くいくだろうか。そう考えているところへ、乗組員から黄色い歓声が上がる。
「今の声、西住まほさんですよね! やっぱりかっこいいです」
「それより、私達のこと褒められてなかった!?」
「うん聞こえた! やばい、どうしよう」
「この無線機、録音機能はないんですか」
「とりあえず落ち着いてくれ」
西住まほといえば西住流の後継者で国際強化選手に選出された有名人であり、メディアに取り上げられることもしばしばある。戦車道を嗜むものにとっては憧れに似た感情があってもおかしくはない。が、今から戦う相手にそんな調子でどうするのだとファシストは頭を抱える。
一方、本来の無線機からは刺々しい会話が流れていた。
『叩き潰す、ですって。よっぽど自信があるようね』
『今の声は逸見エリカね。副隊長の』
『あの目つきがきつい人やな』
『返り討ちにする?』
「お前らも落ち着け」
こちらは逆にプライドを刺激されたようだ。逸見エリカは選手層の厚い黒森峰において副隊長を務めるほどの実力者だが、まだ2年生。直接ではないにしろ年下にいいように言われるのは気に食わないのだろう。だからといってティーガーⅡに喧嘩を売られても困るのだが。
『作戦は予定通り行います。相手は強豪ですが、勝機はあります』
先ほどの傍受内容を受けてか、隊長から改めて通信が入った。
『私達は戦車道を志す者同士、目標は同じはずです。勝ちましょう! 勝って、決勝まで行きましょう!』
彼女にしては珍しく熱が篭った言葉に誰ともなく掛け声がかかる。
試合の始まりを告げる信号弾が打ち上げられ、アナウンスが流れた。
『試合開始!』
『全車前進してください』
「さあ行くぞ。パンツァー・フォー!」
ファシストが声を上げる。褐色の塗装と側面には黒十字。黒森峰の文字が書かれたヤークトパンターが、前進を開始した。
偽装戦車は戦車戦の王道にして鉄板ネタ。異論は全面的に認める。