ガールズ&パンツァー 7人の戦車長   作:俳吟

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準決勝 黒森峰女学園戦(前)

 

 

「グライフ作戦とはな……」

「パンターがM10に偽装したんですよね」

「ああ。だが、あの作戦はハーグ陸戦条約に違反している。これは反則じゃないのか」

「黒森峰の校章を使用しているので抗議されてもおかしくないです。……でも、確かにルールブックにはありませんね」

 

 大洗ホテル屋上の観覧席に座った優花里は、戦車道のルールブックを読みながらエルヴィンの疑問に答えた。ルールで禁止されていない以上、反則に見えても即失格にならないのは大洗女子学園も経験している。1回戦のサンダース大付属校戦で通信傍受をされたのは記憶に新しい。

 屋上に設置されているスクリーンの戦術画面には移動する選抜隊と追撃する黒森峰が示されていた。選抜隊は7輌すべて、黒森峰はパンターG型6輌とティーガーⅡが市街へ向かっている。

 

「思ったよりも速いな」

「ええ。あんなに速いはずはないんですが……」

 

 選抜隊は整地で時速40km程の車輌が主体になっているのに対し、パンターは時速55kmと機動力で優位にたっている。途中で追いつかれてもおかしくないはずだが、スクリーンで見る限り差はそんなに縮まっていない。

 先頭の車輌が演習場を出て、大洗磯前神社への舗装道路に差し掛かった。

 

「もうすぐこちらに来ます!」

「よし、行くぞ!」

 

 二人は立ち上がって屋上のてすりへ移動する。交差点が見えるところを確保した頃にはもう神社前を過ぎて坂道まで来ているようだった。

 最初に見えたヤークトパンターは鳥居下交差点をそのまま直線し、次の戦車は108号線へと曲がる。

 大洗海岸へ向かうその車輌に優花里の視線が釘付けになった。

 

「あれがARL-44、わずか60輌ほどが生産されただけのフランス重戦車……動いてるところを見れるなんて」

「グデーリアン、戻って来い。あれを見ろ」

「はっ! す、すいません……って」

 

 レア戦車を見た感激でうっかり理性が飛びかけた優花里をエルヴィンが呼びとどめる。

 ARL-44を目で追いかけるうちに他の車輌は市街へ入ったようだが、鳥居下交差点にはまだ1輌残っていた。

 最後尾にいたJS-3が信地旋回、反転し、今しがた下って来た道に主砲を向けている。

 

「ここで撃ち合いですか!?」

「よりによってスターリンか……」

 

 驚いたような二人の声は、122mm砲の発射音と徹甲榴弾の爆発音にかき消された。

 

 

 

 

 

 主砲射撃による振動が納まると、共産主義者は砲塔内部の側壁に備えられた弾頭を取り外した。

 身長が140cmあるかないかという小柄な彼女だが、見かけによらず力が強い。"БР-471"と書かれた25kgもある弾頭を苦もなく持ち上げる。

 

「パンター撃破しました!」

 

 戦闘室の左側、隣にいる砲手が嬉しそうに報告するのを聞きながら、手に持った弾頭を閉鎖機に入れた。

 

『突撃! 装填される前に背面を取れ!』

 

 傍受用の無線機から相手の副隊長の指示が聞こえてきた。分離式の砲弾を採用しているスターリン戦車は装填速度が遅く、標準的な発射速度は1分あたり2、3発と言われる。無理やり間合いを詰めて接近戦に持ち込もうというのだろう。

 しかし共産主義者は3年間この戦車に乗ったベテランであった。先ほどの弾頭の横に備えた薬筒を取り外して装填、1発あたり10秒ほどで作業を終える。

 再び強い振動と発砲音が轟く。

 

「パンター撃破!」

『ちょっと、急停車しないでよ!』

『バカ! やられたのよ、後退しなさい!』

 

 相手チームの怒鳴りあいが無線機から流れてくる。

 鳥居から大洗神社及び演習場へ向かう坂道は1車線の道路で、戦車にすれば幅が少し狭い。撃破した先頭車両に後続車輌が玉突き事故を起こしたようだ。もう1輌撃破するチャンス。そんなことを考えつつ、共産主義者は手を休めることなく装填を完了させた。

 

「あー、惜しい。隠れられましたね」

 

 残念そうな砲手の声に首をかしげ、戦闘室の右側に取り付けたペリスコープで状況を確認する。

 こちらから見て坂道の左側にパンター、少し奥の右側にもパンターがそれぞれ白旗を上げており、よく見るとその右側の車輌の後ろから砲塔の先端が伸びていた。

 

「狙える?」

「いや、さすがに無理です。もしやられている戦車に当たったら失格になりますし」

「2輌撃破なら十分でしょー。はいどうぞ」

 

 下の車内から操縦手が顔を出した。戦闘室の二人と同じくヘッドフォンを内蔵したヘルメットを被り、手には弾頭を持ってこちらに差し出している。見れば床に薬筒も置かれていた。暇になったとみて弾薬の補充を買って出たようだ。

 JS-3の中は非常に狭い。本来4人の乗組員がいるところを3人で運用しているのでまだ余裕はあるほうだが窮屈なのは変わらない。とりわけ砲塔内部は小さくてすぐに装填できる弾薬の数には限りがある。そのため少しでも時間があれば、弾薬庫から砲塔内部の収納ラックへ運ぶようにしていた。

 ただ、今回はそこまで時間はなかった。弾頭を受け取った頃に小型の無線機から相手の副隊長の声が耳に入る。

 

『どきなさい。私が行くわ』

「やばっ、戻ります!」

 

 操縦手は慌てて席へ戻って行った。遂にティーガーⅡが到着したようだ。車体前面を暴露しているこの状況ではいささか分が悪い相手である。だが試合前の発言のこともあり、そうやすやすと撃破されるつもりはない。

 

「砲身下を狙って」

「お任せください」

 

 戦車戦は先手必勝、撃たれる前に撃つのが基本だ。

 装填しやすいように弾薬を床に置き直すとペリスコープで前方を見据える。坂道の奥からティーガーⅡが現れるのが見えた。距離100。JS-3の主砲が先に火を吹いた。

 

「命中!」

 

 敵戦車の前面で爆炎が生じたのを確認して装填作業を再開する。スターリン戦車の徹甲榴弾は貫通力が比較的低く、これでやられるような相手ではない。だが、その重量を持った弾丸と炸薬は確実に相手の戦車にダメージを与えている。

 弾頭を入れたとき、凄まじい衝撃に襲われた。

 

「砲塔前面に敵弾命中、まだいけます!」

 

 砲手が叫ぶ。狙い通り、先ほどのこちらの射撃で砲身が歪んだようだ。相手の徹甲弾はこの距離だとJS-3の車体前面を貫ける程の威力があるが、砲塔に当たってくれればその優れた傾斜装甲により敵弾を弾いてくれる。

 車体が前後に揺れる。この状況では気休め程度にしかならないとはいえ、やはり動き続けて敵の照準を外すことが原則である。操縦手は2年生で少し性格が軽いが優秀であり、何も言わずとも位置の微調整くらいはやってくれる。

 装薬を入れ、四度目の射撃が行われる。

 

「車体前面に命中、敵いまだ健在です」

「後退準備」

 

 さすがに相手も強豪校のエースで、簡単にはやられてくれないらしい。侵徹効果や内部装甲はつりの判定が期待できるとはいえ、防御力が高いティーガーⅡに正面から挑むのはやはり厳しい。戦闘室に用意していた弾薬もなくなりここら辺が潮時だろう。無線機で味方に連絡する。

 

「共産主義者より隊長へ、撤退する」

『了解、レジスタンスと二枚舌は交差点を射程に入れてください。こちらはまだしばらくかかります』

『準備オッケー、いつでもいいよ』

『OK.こっちも入れたわ』

 

 108号線と2号線に待機している2輌からも通信が入った。時間は十分稼げたようで、坂道にパンターが鎮座しているこの状況では、JS-3がいなくなっても敵の侵入を抑えられる。

 ティーガーⅡは命中弾による衝撃から立ち直れないのか、まだ撃ってこない。事情は不明だが今のうちに逃げるに限る。

 

「後退開始」

 

 JS-3は後退を始め、交差点を南下した。敵の射線が見えなくなるのを見計らってハッチを開ける。後ろはカーブになっているので逐次指示を出さなければならない。

 

『JS-3が逃げるわ、追撃!』

『待て。既に待ち伏せされているだろう。深追いするな』

『……了解しました』

 

 傍受用無線機から相手の隊長と副隊長の会話が聞こえる。どうやら相手も態勢を整えるようだ。

 カーブを曲がり終えると旋回して市街内部へ向かう。ティーガーⅡと至近距離で殴り合いをするのは心臓に悪い。徐々に遠くなるカーブを見つめ、ほっと一息をついた。

 

 

 

 

 

「そーれ!」

 

 掛け声とともに四式中戦車とP40の乗組員が2mほどのL型のレールを起こす。

 そのレールを、既にP40に立てかけられているXの形に固定された二本の鋼材と組み合わせてボルトで結合する。*の形で3本足で立つそれは、"チェコの針鼠"と呼ばれる対戦車障害物だ。

 

「それにしても、こんなもんまで持ち出すとは思わんかったわ」

「道を封鎖しないとどうしても戦力が足りませんから」

 

 出来上がったものを横目で見ながら、パスタは自分と同じくヘッドホンに手を当てている紙装甲へと話しかけた。

 県道2号線、東光台前交差点から時計回りに少し進んだところの道路上には両端に組み立てられた針鼠が設置され、さらに有刺鉄線を取り付けようと作業が進められている。完成すれば敵戦車の進入を食い止めることができるだろうが、片付ける労力を考えると気が遠くなった。レール1本だけでも大変な重さなのだ。

 

「何とか間に合いそうですね」

「今1輌目の回収が終わったところやろうし、結構ぎりぎりやったな」

 

 現在、鳥居下交差点において黒森峰のパンター2輌の回収作業が行われており、相手は通行の支障になっている走行不能車の回収を待って、坂道を高速で下り市街へ展開するとのことだった。それまでには設置作業が終わる見込みがたったと言える。

 そこへ紙装甲へ通信が入った。

 

「お疲れ様です。所定の位置に戻ってください」

 

 そう言って通信が終わり、こちらへ顔を向けてきた。おそらく偵察班から報告があったのだろう。今は二人で通信業務を分担しており、パスタは敵の通信傍受、紙装甲は味方への指示を担当している。

 

「やはり、先ほどの傍受内容と一致しているそうです」

「まだばれてへんわけか」

 

 パスタはニヤリと笑う。

 通信傍受で得た情報によると、先行部隊はヤークトティーガーとティーガーⅡが2輌編成で県道2号線を時計回りに進み、ヤークトパンターとパンター1輌は鳥居下交差点を直進して中央から、残りのパンターは県道を反時計回りと時計回りの交互で進むという編成らしい。ブラフが入っている可能性があるため偵察班が確認に行っていたが、現在神社前においてその編成で整列されているとのことだった。

 紙装甲が地図を広げたので近寄り、状況を再度確認する。

 

「大洗海岸へは行かんのやな」

「あくまでもフラッグ車を狙うつもりでしょう。指揮車輌を目標にするのは西住流らしい作戦です」

 

 西住流はドイツ戦車道と親和性が高く、グデーリアン流の影響を強く受けている。今回は市街地戦のためそのドクトリンを十分には生かせないだろうが、敵中枢を攻撃目標とし、機動力を活かした高速突破という原則に基づいていることが見受けられる。

 紙装甲は地図に敵の進行予測と味方の配置を書き込むと、無線機をとり指示を出し始めた。

 2号線に配置していたファイアフライは住宅街経由で東光台前交差点まで移動。JS-3はそこから更に2号線を反時計回りに行くとある新町交差点で待機する。この2輌は基本的に動かず防衛線となり、フラッグ車である四式中戦車はその間に潜んで指揮を執る。

 シャーマンとヤークトパンターは磯浜町内で潜伏し、主力部隊として敵の侵入阻止と殲滅を担う。ARL-44は引き続き108号線で待機し、先行部隊の後続車輌を狙って敵本隊との分断を図ることになった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うちらは例のポイントに?」

「いえ、それはまだです。先に姿を見せておいたほうが効果があります。作戦は敵本隊を相手にしたときにお願いするので、今は駅に移動してください」

「ん、了解や」

 

 確認を終えた頃には障害物の設置も終わっていたので、じゃあまた後で、と自車のP40へ戻る。

 これから第2ラウンド。ここが正念場やなとパスタは気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

『交差点、敵影ありません』

『進め』

 

 ティーガーⅡに乗る副隊長が鳥居がある交差点の安全を確認し、隊長から突入の命令が下る。

 黒森峰の14号車であるヤークトパンターは、ティーガーⅡとヤークトティーガーに次いで交差点に進み、直進して大洗町の住宅街に入る。

 道の幅は1輌がやっと通れるかという狭さであり、待ち伏せできるような箇所もない。

 しかし、ハッチから周囲を確認している戦車長の耳には、装填手の不安そうな声が届く。

 

「こんな入り組んだ市街で戦うことになるなんて……大丈夫でしょうか」

 

 黒森峰が最も得意とするのは広いフィールドにおける機動戦であり、緊密な連携を保ち隊列を組んで正確な射撃をする訓練を積んで来た。だが市街戦では連携よりも個々の判断力が必要とされる。装填手はまだ入ったばかりで、心配するのも無理はない。

 その不安を裏付けするかのように凶報が届く。

 

『9号車、やられました! 6時にARL-44!』

『……隊長! 道が塞がれて前進できません!』

『一度引け、狙われている』

 

 後続のパンターG型が撃破され、しばらく増援の見込みがなくなった。

 乗組員の動揺が更に大きくなるのを感じて、落ち着かせるように戦車長は声を張り上げる。

 

「大丈夫よ、所詮相手は急造チーム。隊長の言うとおり進んでいけば問題ないわ」

 

 

 順調に町中を進み、道幅が広くなってT字路に差し掛かったときにそれはいた。

 突如右手側に衝撃を受ける。履帯がやられたと判断するとともに、戦車長は鋭く指示を飛ばす。

 

「2時にシャーマンよ! 信地旋回、撃て!」

 

 右側の履帯が破損されたので、左側の履帯だけ動かして狙いをつけるように指示する。

 しかし、その前にシャーマンが消えた。正確にはいきなり正面に煙が現われ、目の前が真っ白になったのだ。相手が後退を始めるような音だけが聞こえてくる。

 

「煙で、前が見えません!」

「このー! 今度見かけたら撃破してやる!」

 

 戦車長の叫び声がむなしく響き渡る。

 おそらくは小型の発煙筒を発出されたのだろう。はぁ、とため息をつくと、無線で報告をして、破損した履帯を直すべく乗組員とともに外へ出た。

 彼女の苦労が始まるのはこれからだった。

 

 

 

 

 

『ヤークトティーガー、駅方面へ旋回しています』

「こうなったらやけだ。皆いいな」

 

 若見屋交差点で待機していたファシストは、マリンタワー近くで観客に紛れ込んでいる偵察班から報告を受けると覚悟を決めた。

 制服のポケットから私物の携帯電話を取り出す。

 戦車道の試合では携帯電話の持ち込みは禁止されていない。試合中に競技者以外の者、特に観客席の大型スクリーンを見ている者などと連絡をとることは厳禁であり、通話やメールの記録は試合後に確認されるが、基本的には連絡手段のひとつとして容認されている。昨今ではよほどこだわるチームでない限り持ち込んでおり、選抜隊も全員所持していた。

 ファシストは慣れた手つきで操縦手の携帯にかけると、自分の携帯を戦闘室背面に取り付けたかごに置いた。

 テレビ電話を応用したバックカメラである。

 後退するときは戦車長が後方を確認して操縦手にその都度指示するのが普通だが、それでは指示が複雑になり、さらに周囲への警戒も疎かになってしまう。この試合では市街戦になることが想定され、速やかな後退が求められた。戦車にカメラを取り付けられればいいのだが、使用できる戦車及びその部品は終戦時までというルールに抵触してしまう。そこで考案されたのがこの手法だ。通話料という大きな問題が残っているものの、効果は絶大であった。

 

「正面からだが、1発だけなら隙はある。撃った後はすぐ戻ってくれ」

「了解です」

 

 ヤークトティーガーは最大250mmの前面装甲というこちらの戦車では貫通できない防御力と、51口径128mm砲というこの試合のあらゆる戦車を貫通できる攻撃力を有する駆逐戦車だ。まともに正面からいけば絶対に勝てない相手である。だが今回は例外だ。

 

「前進!」

 

 急発進して若見屋交差点を左折すると、マリンタワー方面から来たヤークトティーガーと正対した。

 相手は砲塔をこちらに向けたものの、戸惑っているようで撃ってこない。

 

『ヤークトパンター? 履帯がやられたんじゃ』

「撃て」

 

 下の方に照準をつけて放たれた徹甲弾は敵戦車の前面装甲下の路面でバウンドし、そのまま底面に命中。貫通判定がでたのかヤークトティーガーに白旗があがった。

 

『何、を……くっそ、やられました! 敵は偽装戦車を使っています!』

『何ですって!?』

 

 後退中に傍受用の無線機から会話が流れた。ファシストは心の底から同情したが、次の獲物を求めるべく無線機を取る。

 

「偵察班、2号線に他の敵はいないか」

『ティーガーⅡが駅方面へ、あとパンター1輌が控えています』

 

 頭の中に地図を描く。厄介なティーガーⅡを仕留めるべきだが、うかつに行くとパンターに狙われる可能性もある。

 

「まずはパンターを狩りに行くか」

 

 ファシストは操縦手に2号線に行くよう伝えた。傍受用無線機からは敵の報告や指示が雑多に聞こえてくる。この混乱なら後一回は使えるなと勘定した。

 

 

 

 

 

 逸見エリカは苛立っていた。

 原因は勿論この無線機から流れる内容だ。

 

『4号車より、B地点手前に障害物が設置されています。通行できません』

『戻って側道からB1地点へ向かってくれ』

「小賢しい真似を……」

 

 先ほどの偽装戦車を筆頭に、敵チームはとことん邪道な戦い方をしている。エリカにとっては到底受け入れられるものではなかった。

 

『6号車やられました、B1地点付近にファイアフライ!』

 

 先ほどの4号車とは別に東光台交差点付近のB1地点に向かっていた6号車からの報告を聞いて、ますます苛立ちを募らせる。順当に考えれば待ち伏せをしていただけだろうが、増援を絶ったARL-44といいどうにも手際が良すぎる。

 

『ヤークトパンターだ、狙え!』

『待て、味方だ! 撃つな!』

『え、ごめ』

 

 無線越しに伝わる衝撃音。エリカの額に青筋が立つ。

 

『黒森峰女学園パンターG型、走行不能』

「どこまでふざけてるの……!」

 

 今の会話ではっきりとわかった。相手はこちらの周波数を把握して通信傍受をしているどころか、偽装通信までしていると。

 その後も悪い報告が流れ続ける。最悪なのは味方のヤークトパンターが誤射を受けて撃破されたというものだ。『せっかく直したのにー!』という叫び声が聞こえてきたが、とりあえず関係者はすべて試合後に尋問しようとエリカは心に決めた。

 

「前進、フラッグ車はこの先にいるわ!」

 

 他の車輌の支援を待って動こうとしたが、このままでは殲滅されるのは時間の問題であった。それよりも、上がってきた報告から敵フラッグ車の位置の見当もついたので、敵が戦力を磯浜町付近に集中している隙を狙って目標を叩いたほうがいいとエリカは判断した。

 駅入口交差点から2号線を時計回りで進んでいく。坂道になっているところを昇って頂点にたどり着くと、先の交差点にある戦車がいるのが見えた。まるで他の戦車の進入を食い止めるかのように道の真ん中に陣取っている

 

「JS-3……」

 

 エリカは思わず呟いた。先ほどの戦闘の記憶が思い出され、怒りよりも恐怖が湧き上がる。JS-3ではティーガーⅡに貫通判定はでないだろうが、122mm砲から放たれる徹甲榴弾の打撃は筆舌に尽くしがたい。あの戦車の場合、それが10秒間隔で来るのだ。いっそ一発ですんでくれた方が楽になれるとすら思ってしまった。

 目の前の戦車は最初こちらに反応していなかったが、やがて砲塔をゆっくりとこちらに向ける。

 

「――ひっ」

 

 そう悲鳴をあげたのは砲手か操縦手か、あるいは両方だろう。外が見えるというのはこの場合において恐怖を煽るものでしかない。

 

「怯むな! 車体は1時に向けろ、照準敵の車体前面!」

 

 そう指示を飛ばした瞬間、例の愕然とするような打撃と爆発による振動がティーガーⅡを揺さぶった。おそらくは最初のときと同じく砲塔に当たったのだろう。敵の狙いが透けて見えて思わず舌打ちする。

 

「……照準よし!」

「撃て!」

 

 発射された砲弾は、やはり目標から少し逸れて弾かれてしまう。砲塔が曲がったか照準器がずれたかはわからないが、また照準を合わせなければならない。

 

「次弾装填!」

 

 エリカにはある確信があった。このJS-3の先にはフラッグ車がいる。刺し違えたとしても、ここでこの壁をなくしてしまえば隊長が必ず勝利をつかんでくれると。

 再び衝撃。と同時に振動により頭を強く打った。

 

「ぐっ……!」

 

 頭がふらつく。

 まだ撃破されないのは幸なのか不幸なのか。

 何にせよ失格にならない以上、逃げるという選択肢はない。

 

「……装填完了!」

「撃て!」

 

 2回目の射撃。だがこれも照準があわず弾かれる。

 装填を命じて間もなく3度目の衝撃を受ける。今度は車体左側に当たったようだ。

 

「駆動部に損傷! もう動けません!」

「まだよ! まだ失格じゃない! 次弾装填!」

 

 操縦手の悲鳴に怒鳴り声で返す。審判はまだ失格判定を出していない。砲塔さえ動けばまだ戦える。

 

「撃て!」

 

 3回目。先ほどよりも狙いが正確になっているが、小刻みに動く敵戦車により微妙に外され、これも弾かれてしまう。

 

「車体上面、弾かれました! ですが、次で仕留めます!」

「よし!」

 

 いつもは淡々と報告する砲手もこのときばかりは叫ぶように言う。

 相手は用意した弾が切れたのか撃ってこない。あの装填速度を維持するのは3~4発が限界なのだろう。もはや邪魔するものはない。

 

「装填完了!」

「よし! 撃て!」

 

 エリカは叫ぶ。

 その砲撃は放たれれば今度こそ敵の車体前面に命中し、白旗を上げさせただろう。

 しかし命令は遂行されることはなかった。

 ほぼ同時に背後から強い衝撃が襲う。慌てて後ろを見れば、P40が煙を上げた砲身をこちらに向けていた。

 

『黒森峰女学園ティーガーⅡ、競技続行不能』

 

 無情にも審判からのアナウンスが流れる。

 結局何もできずに終わってしまったと、震える手で喉もとの無線機用のマイクをとる。

 

「隊長、申し訳ありません。撃破されてしまいました……」

『いや、いい。私のミスだ。すまない。無理をせず安静にしてくれ』

 

 ――いえミスではありません、敵が卑怯なだけです。

 そう返そうとしたが、あいにく出来なかった。

 

「副隊長、怪我を……」

「……私はいいから。他に怪我人は?」

 

 装填手が青白い顔をしながら言おうとしていたことを遮って尋ねると、異常なしとの報告が上がる。それを聞いて安心し、エリカは壁に寄りかかって目を閉じた。

 

 

 

 

 

(手痛くやられたな)

 

 黒森峰のフラッグ車であるティーガーⅠに搭乗している西住まほはこれまでの試合内容を振り返った。

 味方は既に9輌が撃破され、敵は無傷。あんまりと言えばあんまりな敵の作戦に憤りを感じているのか士気の低下は抑えられているようだが、逆に冷静さを失ってしまっている。

 

「3号車はA地点を見張れ。敵が見えたらすぐに発砲しろ。他はその場で待機」

 

 鳥居下交差点を射程に入れているティーガーⅡに警戒を継続するよう指示する。108号線にいる敵に市街へ合流されると厄介なので、ここで押さえ込んでおく。

 問題は市街に残る敵だ。こちらと相手の戦力差、これまでの敵の動きを検討して最善と思われる作戦を探し――やはりというべきかその答えにたどりつき、首を振った。

 

(西住流に逃げの文字はない)

 

 西住流は必ず勝つ戦車道であるが、それは「前進あるのみ」という教えを体現して得られるものだ。西住を冠するものとして逃げと見られるような作戦を取ることは出来ない。たとえ、敵の罠にはまることになろうとも。

 

「各自休憩をとれ。少し出掛けてくる」

「隊長、どちらへ」

「車長を集めて打ち合わせだ。敵に通信傍受されているからな」

 

 回収中は動けないし、敵はそもそも攻められない。試合時間には余裕があるので急がなくてもいい。

 ここで負けるわけにはいかない。どう攻略すべきか作戦を練りながら、まほは他の車輌へ歩み始めた。

 

 

 




○携帯電話持ち込み可能は地味にやばいと思うのです。本編でもメールはあったので選手同士ならテレビ電話も可能としましたが、なんとなくアウトな気もします。


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