皆さんはこのような気持ちになったことはないだろうか。
推しに挨拶したい、と。
「奥ゆかしすぎない?」
「幼馴染の家に毎朝上がり込んでイチャイチャしてる奴に言われたくない」
「イチャイチャしてないわよ!」
毎朝起こしに行くのはイチャイチャだよ。
こほん。爛れた京子はともかく、推しに「おはようございます!」と言いたいのは、健全女子にとって当然の欲求である。ましてや相手があの王司君であれば、学校の生徒の過半数(過言)が同じ気持ちを抱いているに違いない。
だが考えてみて欲しい。それは王司君にとって邪魔にならないだろうか? 大量の生徒から挨拶される光景を想像してみてほしい。
「おはよ「おはようございます!「おは「ハロー「いい朝で「好きで「おは「おはよ「モーニン「デュエ「いい天気「おは「おはようござ「etc……」
「お、おはよう……」
うーん煩い! こんなの毎日やったら流石の王司君もストレスマッハでブラックホール発動である。でも年頃の女の子は自分を抑えられないもので、実際に初期はこんな感じになってしまっていた。
我らファンクラブの鉄則、王司君に迷惑をかけない。残念ながらこの鉄則に抵触してしまう状態だった。我らの健全な推し活のためにも、この鉄則は死守しなければならない。そのために我らはひとつの解答を見出した。
「さあ皆様、ちゃんと集まりましたわね! もうすぐ王司君がいらっしゃいますわよ!」
「「「はい!!!」」」
校門を入って隅に寄ったところに集まるのはファンクラブ一同。声を上げたのは現ファンクラブ会長の金髪ドリル先輩。皆は通行の邪魔にならないように端に寄っている。毎朝の光景なので、登校する他生徒も慣れたように素通りする。
「王司君が来られました!」
「さあ皆様、元気よく! でも程々に声を出してくださいませ!」
遠目に王司君が見えたのと同時に会長が合図を出す。並んだファンクラブの一同が一斉に挨拶をした。
「「「王司君おはようございまーす!!」」」
「うん、おはよう」
近所迷惑にならない程度の音量で同時に挨拶すれば、王司君はにこやかに返事をしてくれる。その爽やかな返事で数人がフラリとハートを射抜かれてしまった。
これがファンクラブの出した答え。断続的に挨拶すると邪魔になるので、みんなで集まって一度にやってしまおうというもの。
この案がファンクラブ幹事会によって可決され、会長が代表として王司君に直接交渉し、見事了承を勝ち取ったのである。(この時の会長は推しと直接会話する緊張のあまりカタコトになっていたため、王司君に帰国子女と間違われたのはファンクラブ逸話のひとつである)
「アンタこれ毎日やってんの?」
「当たり前じゃん」
京子は珍しく幼馴染の遊太と登校しておらず、暇そうにしてたので一緒に来てもらった。我らファンクラブは鉄則さえ守れば広く門を開いているのである。
「そういえば、なんで武東君と一緒じゃないの?」
「知らない。アイツなんか『今日は大事なデュエルがあるんだ!』って言って未だにデッキ構築してたから置いてきたわ」
「あの子いっつも大事なデュエルあるね」
まさに生粋のデュエル馬鹿である。プロデュエリストを目指すならあれくらいしないといけないのかもしれない。同じく物事に熱意を注ぐ者としては共感できる点もある。
この日、朝は特に何事もなく始まった。武東君は遅刻した。
事件が起きたのは昼休みのことである。
「王司! 約束どおりデュエルだ!」
「ああ、いいよ。受けて立つ」
武東君が王司君にデュエルを申し込んだのである。
◆
場所はグラウンド、中心に王司君と武東君が対峙する。噂はすぐに広まり、周りを大勢の生徒たちが取り囲んでいる。何なら先生も野次馬に来ていた。
互いのカード達がぶつかり合い、白熱したデュエルが続く。結果は……
「【永の王 オルムガンド】でダイレクトアタック!」
「うわぁぁぁ!?」
武東 遊太 LP0
王司君は一度もライフを削られずに完勝した。
「「「王司君ステキー!!」」」
「みんな応援ありがとう」
「「「キャー!!」」」
王司君のファンサービスにファンクラブが沸く。熱中していたのか、少し汗を流していたのが太陽にきらめき、本当に輝いて見えた。
「あんのデュエル馬鹿……回収するわよ」
「キャー!! 王司君ー!!」
「こっちも王司バカだったわ」
「ん? 何か声かけた?」
「何でもないわよ」
私も一緒になって歓声をあげていたら、京子が呆れたように手をヒラヒラとして武東君を回収に向かっていった。遠目に見れば、武東君が「またリベンジしてやるからな!」と息巻いていた。
王司君はどこか嬉しそうに「待ってるよ」と応えた。
王司君は強い。レベル9の最上級モンスターを中心とした扱いづらいデッキにも関わらず、それを感じさせないデッキ構築とデュエルタクティクスで相手を圧倒する、まさしく王たる戦い方。
ゆえに王司君にデュエルを挑む者は少ない。一般生徒じゃ相手にならないし、ファンクラブの皆は特に萎縮してしまう。武東君のように、何も気にせず無鉄砲にデュエルを挑みまくる子は王司君にとって貴重だ。
良い関係になってくれればいいな。ファンクラブの一員としてそう思う。
『くだらん』
帰路について誰もいなくなったタイミングを見計らって出てきたのは、紅の装束に身を包んだ男。以前唐突に闇のデュエルを挑んできたライズハートである。
「どしたの負け犬」
『その呼び方はヤメロォ!!』
コイツは敗北と同時に私に吸収されたようで、さりげなくデッキに仕込まれていた。全部抜いたらブチ切れて出てきたので、仕方なくデッキに混入させた経緯がある。
確かにパッと見、これらのカードの能力は強力無比。私のデッキとの相性がいい点もあり、一部のカードは採用させた。
吸収された時に強制力を失ったのか、闇のデュエルを自分から挑むことは出来なくなっているようだ。そのまま大人しくしていろ。
『くだらん。あれほどに力を求めておきながら、何故奴らは闇に手を出さない。欲望に任せて闇に沈む事こそ、最も早く確実に力を得る手段だというのに』
「知名度の問題では?」
『グウ……』
ぐうの音が出た。ぐうの音って口に出して言うものなのか……。ちょっと可愛いと思ってしまった。
『貴様も闇に呑まれ、あの王司とやらを己のものにすればいいものを』
「私のは純愛だってば。捨てるよ」
『我らのようなカードは簡単には手放せない。戻ってくるぞ』
「呪いのアイテムかオヌシらは」
今日の私もひとりで帰宅だ。京子はまたしても逢引だし。
ぼんやり帰るのも暇なので、デッキに混入したクシャトリラの活用方法を考えてみる。
「この【クシャトリラ・バース】ってカード、良いよね」
『ほう。良いところに目をつけたな女。あれは我らクシャトリラの鍵となるひとつで……』
「手札にきた【タツノオトシオヤ】通常召喚できるじゃん」
『下敷きにする気か!? 大人しく我らを使え!』
「タツノオトシオヤ3枚積みにしちゃったよ」
『そんな出しづらいカードを3積みする奴があるか!』
「手札にきても良くなったしー……うん?」
ふと、視線が目の前に吸い寄せられる。
誰もいない路地の向こうから黒づくめの通行人が歩いてきていた。
一人は大柄な男。大きなサイズのスーツを来ているが所々パツパツでよく鍛えられたデュエルマッスルを隠しきれていない。黒帽子にサングラスをかけている。妙な気配も感じるけどまあ、特段指摘することはない一般人だ。
だが、もう一人の男。長身痩せ型の金髪で、黒いシルクハットと同じくサングラスをしている。見た目だけなら先程の大男の方が目立つにも関わらず、この男に視線が吸い寄せられていた。
別におかしな見た目をしていない。
だが、この上なく変な感じがする。
「…………?」(ペコリ)
「…………」(ペコリ)
ジロジロ見てしまったのですれ違いざまにお辞儀をしたら、シルクハットを抑えてお辞儀をかえしてくれた。うーん、初めての感覚だったけど……気のせいだろうか。
特段覚えることでもないので、不自然なほどにすぐに記憶から追いやられてしまった。
◆
「ククッ……」
「アニキ、どうしやした?」
ふと足を止めて笑い始めたアニキと呼ばれた男。大柄な子分の男は訝しげに問いかける。
「おい、闇のカードの気配をもっと抑えろ。今のガキに勘付かれたぞ」
「ゲ……マジですかい?」
大男は驚いて懐の装置を操作して、闇の気配の抑制を強める。本来ならば処分して然るべき失態だが、今回は仕方ないと金髪の男は笑った。
男達は任務のため、組織から奇妙な機械を渡されている。本来隠すことができない闇のカードの気配を抑え、己の気配すらも一般人に知覚できないほどに薄める装置だ。
だが、今のすれ違った女はこちらを知覚した。それだけではない。闇のカードを持った大柄な男の方ではなく、金髪の男の方を間違いなく『異常な存在』として認知した。
「(なんだありゃあ……闇とは違う、強烈な感情の気配。なんつークソデカ感情を背負ってやがる)」
愉快そうに金髪の男が笑う。まさか不意に己と比肩する感情を秘めた者とすれ違うとは思わなかった。
あの女の制服は次のターゲットの学校のものだったはずだ。今回は一筋縄ではいかなそうだと愉快にニヤつく。
気の乗らない任務だったが、思わぬ発掘品に己らしからずテンションが上がっていくのを実感した。
「(ナントカは惹かれ合うってか? 次は舞台で会おうか、名も知らぬ女……)」
それがただの推しへの愛情だと知るよしはなかった。