天才は一人だけ   作:ビッグバン蓬莱

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天才は一人だけ

 生まれた時から自我があった。

 耳があり、尻尾があり、普通の人とは違うウマとして生まれたあの時。

 腹から取り上げられてお祖母様の手に抱かれたあの時。

 

「ようやく私の孫が生まれた……」

 

 抱きかかえる私を見て、そう言って顔をしわくちゃにして笑う顔を見た時から、私はお祖母様が大好きになった。

 鏡に写るのはお祖母様と同じ白い髪、青い目。

「あの子達は違うのよ」

 私には姉達も居て、両親もいたけれど、同じ色はお祖母様だけだったから。

 家族とはあまり会えないけど、代わりにお祖母様がよく撫でてくれたから。

 時折家族となにか話しているお祖母様は怖かったけど、私には優しかったから。

 別段寂しくはなかったと思う。 

 

「鍛えなさい。あなたは誰よりも早くなる」

 

 お祖母様は変わっていたと思う。ともすればどこかおかしい。

 小学校の3年生に上がる頃、私はお祖母様からトレーニングを言い渡された。

 私の家は少し大きい。おそらく名家といわれるくらいには。

 家はひたすらに広く、何人も使用人がいる。

 庭には狭いながらも芝があり、青々とした道が孤を描いている。

 冬の寒さが消えた頃、私はその青い芝を歩いていた。大きなタイヤを引きながら。

 またある日は積み上げられた瓦を割り、またある日はサンドバックに拳を届けた。

 お祖母様は今日もニコニコしている。それがまた嬉しかった。 

 

 走る事においておおよそ関係なさそうな日々を過ごし、夏の暑さが垣間見えた頃。

 

「レースに出るわ、準備なさい」

 

 お祖母様はそういって、私を外に連れ出してくれた。

 流れる景色に身を任せる中向かった先は大きい。そんな感想が出るレース場。

 初めて見る自分の家以外の大きなレース場は、人という人でいっぱいだ。

 私はここで走るらしい。なんだか実感がわかない。

 お祖母様に手を引かれるまま、どこか居心地が悪かった。

 みんな私を見てる。

 

「あれが……」

「でも所詮……でしょう?」

「まだ初めて数ヶ月とか」

 

 がやがやと騒ぐ中でも、不思議とそういった声はよく聞こえた。

 知っている。このレースは町内でも大きいらしく、年一度行われる大規模なものだ。

 走る子達はみんな大きい。きっと特に早い子達が集められているのだろう。

 私はレースに出たことがない。なんならトレーニングだって最近だ。

 周りの子がどれだけ早いのかわからない。いつも走るのは一人だったから。

 今はお祖母様は居ない。控室へ通された後、どこかへ行ってしまった。

 周りにも自分と同じような子供達がいる。聞いた話では、上から下へ集めているらしい。

 みんな綺羅びやかとまではいかないが、おしゃれな服装をしていた。ジャージなのは自分だけ。

 知り合いでもいるのだろう、周りの子どもたちがそれぞれ話すなか、私はズボンの裾を掴んで俯くしかなかった。

 

「ねぇ、そこのあなた」

 

 まさか自分ではあるまい。そんな期待を胸に顔を上げればこちらを見る視線が一つ。

 

「あなた、コネって本当なの?」

 

 天使かと思えば悪魔だった。薄々思っていてもそんな事言えるわけない。

 周りで騒いでいる子達も同じだ。その耳はしっかりこちらを向いている。 

 

「何年生?どこのクラブに通っているの?」

「わたくし期待されているの、この前のレースでも1番でしたのよ?」

「あなた小さいわね。それに……いえ」

 

 馬鹿にされているのがわかる。なら、黙ってなんていられない。 

 

 「私は!」

 

 控室が静まり返る。

 

 「私は、レースをしにきました。お祖母様に喜んでほしくて来ました」

 

 一息吸って、宣言する。

 

 「だから、私が勝ちます」

 

 どっと笑いが起こる。控室のみんなが笑う。

 

 「いいね~!がんばろっか!」

 

 メガネをした子が笑顔で肩を叩いてくる。

 

 「お姉さんまけないわよ~」

 

 おっとりした子が頬に手をあて笑う。

 

 皆アハハと笑い、パチパチと拍手をしてくれる。

 

「いい勝負をしましょう」

 

 黒髪のお嬢様はそういった後、係に呼ばれて出ていった。

 馬鹿な私でもわかる、あれは牽制だ。そして私は馬鹿だった。

 馬鹿にされたのだ。見下されたのだ。相手にするまでもないと言外に。

 周りの子達も同じだ。あれだけ騒いでた中、ぴたりと静まって見られていた。

 

「テンマ」

 

 いつの間にかお祖母様が後ろに立っていた。

 

「勝ちなさい」

 

 お祖母様はそういった。言われなくてもわかってる。

 握った手をよりいっそう握りしめる。震えはもう止まっていた。

 たとえ勝てなくてもやってやる。お祖母様の顔に泥を塗るわけには行かない。

 レースが始まる。

 

【ゲートに入場してください】

 

 アナウンスが響きわたる。観客の歓声もぴたりと止み、ただ走るのを待つのみ。

 入る前にあの黒髪のお嬢様と目があった。嫌な目だ。ニヤニヤと笑っていた。

 私はそれを無視して前だけを見る。

 私の番号は8番。ちょうど真ん中で、距離は1600m。

 私にはレースはわからない。だって初めてだから。

 息だとか、戦略だとか、差しだとか逃げだとか全部知らない。

 レースなんて単純だ、ただ1番で走れば良いんだ。

 

 そう意気込んだ私は盛大に出遅れた。

 

 がんっ、と音を立ててゲートが開く。勢いよく開くそれに私は怯んだ。

 とっさに足を出すも弱い。周りを見渡す余裕もできるほど、私は出遅れた。

 数m先に15人の背中がある。それに気づいた時、私は冷や汗がどっと流れるのを感じた。

 けど焦ってはいけない。こういう時に焦るほどダメなんだって思う。

 まずは落ち着かなければならない。すっと深呼吸して、今一度流れる背を見た。

 

 ……なんだか、遅い?

 

 15人の塊はなんだか遅々としていた。思っていたレースと違う。

 練習ではいつも全力だった。全力で最初から最後までがむしゃらに走る。

 ただゴールする事を考えて走る。そこにこんなふうに余裕なんてなかった。

 レースとは、こういうものなんだろうか?

 距離は1600m。全力で走っても最後まで問題ない距離だ。

 ちらりとコース外で白が見えた。お祖母様だ。その白はこの距離でもよく見える。

 お祖母様は行けと言っているように見えた。

 

 ……なら、行っちゃってもいいよね?

 

 私は両足に力を込めて走り出した。

 

 ◆

 

 「また盛大に出遅れましたなぁ」

 観客の一人が呟く。視線の先にはただ一人の白。

 ぽつんと最後尾を走る白は出遅れていた。戦略ではないのが明らかにわかる程度には。

 「確か3年生でしたっけ?」

 「まぁ6年生に勝てるわけないし、レースの経験だけでもってかな?」

 「こんな大勢のいるレースで?なかなか酷なことをしますなぁ」

 彼女は名家としてそれなりに有名だ。祖母は名のあるレースをいくつかとったこともある名バ。

 しかし今ではすっかり鳴りを潜め、鳴かず飛ばず。

 今回の出場も関係者の中では疑問が出る。あの家の祖母が強引にねじ込んだのだ。

 見た目は3年生にしては多きい。すらりとした手足で走る様はたしかにこれはと思える。

 けどこのレースでは6年生まで出ている。素材は良いとはいえ、この大会に出せるレベルではないはずだ。

 経験枠?身内贔屓?まぁなんでもいい。見るべきは別のお嬢様で……

 「おぉ?」

 疑問の声が出る。未だ走者は団子だ、一塊になって気を伺っている。

 1600mは短いが長い。短距離に位置するそれだが忘れてはいけない。未だ走るのは小学生。子ウマだ。

 そんな中大きく迂回する影がある。件の白い子だ。

 彼女は団塊を一瞥すると、するりと外枠へ向かった。なぜここでさらなる不利を?

 「ん~?何してるんだあれ?」

 ぽつぽつと疑問の声があがる。レースで取るべきは内枠が基本だ。

 たった数mの幅でも総距離で見れば内と外では数十mの距離になるからだ。

 「あれ?なんかおかしくないか?」

 誰かが言った。そこからはあっという間だった。

 ずばぁと地面がえぐれる。土が舞う。轟音が響き渡る。

 閃光が走ったようだった、と後にいう。

 観客を沈黙が支配する。誰かがごくりと息を呑む。

 小さな閃光はその身をミサイルのようにかかげ走り出した。

 まさに射出。海を割るが如く突き進む。

 「なんだあれ……」

 やっている事は単純、外枠を突っ走っているだけだ。

 だがそれが凄まじい。一人抜き二人抜き、まるで止まっているよう。

 団子からやや伸びていた先頭集団は、遅まきながら異常に気づく。

 けど遅い。圧倒的に遅い。誰も選ばない大外なんて馬鹿な真似、どうしようもない。

 「ちょっと、すごくない?」

 「いやでももつはずが……」

 あっという間に静寂はざわめきに、やがて皆前のめりにレース場に身を乗り出す。

 なんだかすごい事がおきている。それだけはわかった。

 

 ◆

 

 一度決めたなら、後は早かった。

 いつもどおり走ればいい。こっちはレースの素人だ、下手な考え休むににたり。

 前の集団は15人いる。なら、15人抜けば私の勝ちだ。

 レースののうはうとか、戦略とか、そんなのよくわからない。

 だから外を走る。誰も居なくて、走りやすそうだったから。

 がむしゃらに走る。フォームなんて考えない。だってそれが一番気持ちいい。

 外枠に出てからは早かった。ぐんぐん集団が私に追いついてくる。

 一人抜き二人抜き、横目に眺めながら突っ走る。

 気づけば横には誰もいない。眼鏡の子も、おっとりした子も、あのお嬢様も。

 とっくに私は1位だった。駆け引きもなんにもない1位だった。

 走り抜ける時、みんなの顔はよく見えた。みんな必死な顔してた。

 それがなんだかおかしくて、うまくいえないけれど。

 私は多分、嫌な奴なんだと思う。だってこんなに楽しいもの。

 最初のごうごうとした風の音も今ではひゅうひゅう風切る音ばかり。

 どんどん足が出る。どんどん伸びる。たまらなく気持ちいい。

 最初にあった考えはすっかり隅っこに飛んでいた。

 もう誰も私を止める人は居ない。誰も私を止められない。

 私は1着でゴールを突き抜けた。

 

 ゴールしてしばらく進んでから立ち止まる。息は上がっているがそれだけだ。

 ちらりと後ろを見れば皆まだ走っていた。ゴールまで随分あるように見える。

 ちぐはぐだ。皆必死な顔をしている。彼女たちのレースはまだ終わっていない。

 それを私はゴールでゆっくり眺めている。同じレースで、同じコースを走ったのに。

 ……彼女達はあんまりすごくないのだろうか?このレース、実力者が出るのではなかったのだろうか?

 私とは学年も違う。きっと皆走る理由があって、夢があって、すごいトレーニングをつんだはずなのだ。

 それが勘違いだった?だって、こんなにも彼女たちは遅い。

 一頻り物思いに耽った後、ようやく皆が走り終えた。

 皆息も絶え絶えだ。膝に手をつくものはまだましで、汗まみれで地に伏せている。

 「あの、終わりましたよ?」

 眼鏡の子はうつむいてよくわからない。おっとりした子は泣きそうに見える。

 お嬢様はすごい目をしていた。どうしてそんな目ができるのだろう。

 レース場は静まりかえっていた。お祖母様だけニコニコしていた。

 私の感情は困惑だ。私の思っていたレースと違う。

 勝者には歓声があって、敗者はそれなりに健闘を称え合って……。

 観客はじっとこちらを見ている。私を、じっと。

 私は居心地が悪くなって、お祖母様にかけよった。手を握って見上げる。

 「帰りましょうか」

 お祖母様はそう言って手を引いてくれた。いいのだろうか?

 チラチラをお祖母様と後ろを伺うも私にできることはそれだけ。

 結局そのまま帰ってしまった。

 私の初めてのレースはこれでおしまい。なんともいえない結末だった。

 

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