おおよそ特別扱いされている。それも、悪い意味で。
あのレースの日から色々変わってしまった。学校でもそう。
学校での私は目立たない存在だと思う。休み時間は本ばかり読んでいるし、放課後はお祖母様に会いたくてすぐ家に帰る。
友達と呼べる存在は居ない。だってお祖母様が居るから。
でもそれではダメらしい。お母様がそういった。
「テンマはすごいわ、才能があるし、きっとなんでもできるわ」
でもね、と続き。
「テンマ、人は一人じゃ限界があるのよ」
限界とはなんだろう?
「レースの話は聞いたわ、すごかったわね。でも皆早かったでしょう?」
早くなかった。皆遅かった。
「今はテンマの方が早いかもしれない。けど皆がんばってるの、すぐ追い抜かれるわ。いずれ限界が来る」
本当だろうか?
「レースは一人じゃできないわ。皆と仲良くしないといけないの」
そうなのかもしれない。
「選ぶのはテンマよ。大丈夫、お母さんはテンマが何を選んでも応援しているから」
……。
そこからの私は色々試してみた。
休み時間に本を読むのをやめたり、放課後彷徨いてみたり……。
でも効果はあまりない。学期もすでに中頃、とっくに仲良しグループはできている。
私ははみ出しものだった。そもそも友達ってどうつくるのだろう?
悩んだ末の結論は、私はウマ娘だから、そう、走る事がいいのではないか?
それからは率先して走った。学校の授業でも、休み時間でも、放課後でも。
私は走って、走って、走って、尽く勝利したのだ。
「テンマちゃんはすごいわ、とっても早いのね!」
先生達はそういって褒めてくれる。でも皆は褒めてくれない。
ある日、授業で短距離走が決まった。私と走る子はそれを嫌がった。
「嫌だ、あの子と走りたくない」
先生は困って色々と説得をしていたが、結局私は一人走る事となった。
そこからだんだんおかしくなった。
一人、また一人と一緒に走ってくれる子がいなくなった。
塾が忙しい、お腹が痛い、ママがダメって。
そういう事が続けば察しの悪い私にもわかる。私は避けられていた。
決定的だったのは放課後、忘れ物を取りに教室へ向かった時だ。
扉に手をかけて開けようとした時にそれは聞こえてきた。
「もう走りたくない!」
嫌な予感がした。聞きたくないと思った。
「なんであんな子いるの!おかしいよ!」
誰のことかすぐわかった。察しのいい自分が嫌になった。
「皆がんばってるのに!いっぱい練習してるのに!」
一人じゃレースは出来ない。みんな仲良くは嘘なんだろうか?
「無駄なのに練習して馬鹿みたいじゃない!」
早く走る事って、いけない事なのだろうか?
その日はすぐ家に帰って布団を被って寝た。
◆
あれから数日、私は布団から出れてない。
日がな一日ゴロゴロしている。
お腹痛い、そういって学校をズル休みしている。
学校は嫌な所だった。走ってはいけなかったのだ。
でも私にはお祖母様が居る。だから寂しくない。
そう思っていたら、お祖母様がそばに立っていた。
「テンマ、○☓のレースクラブへ行きなさい」
そう言って布団を引っ剥がした。
「話はつけているから、すぐ向かうのよ」
一体なんだというのか?お祖母様は時におかしくなる。
「走りたくない」
「行きなさい」
「私が走ると皆が嫌な顔する」
「私は笑顔よ、だから行きなさい」
とっつく暇もない。こうなったお祖母様は頑固だ、向かうしか無いのだろう。
私は少しでも反抗すべくノロノロと着替えを済まし、お抱えの車に乗り込んだ。
○☓クラブ、一体なんだというのか?何でも良い、どうせ自分は悪者なのだ。
私はただ、そう、少しだけ早く走れて……皆と一緒に……。
嫌な事は早い。到着はあっという間だ。
降りた先はあのレース場だった。また一つ気が滅入る。
目先に子ウマ達の群れが見える。あれが件のクラブだろうか?
「あの、私テンマと申します。お祖母様から言われて伺ったのですが……」
言葉は最後まで言えなかった。ワラワラと子ウマが群れてきたからだ。
「うわぁ真っ白!キレー!」
「すごい!」
「ねぇどう走るの!?どんな走りが好き!?」
まさに矢継ぎ早だ。戸惑うことしか出来ない。
「こらこら困っちゃうでしょ?やらないの。テンマちゃんね、話は聞いているわ、いらっしゃい」
子ウマをかき分けて一際大きなウマ娘のお姉さんがそう言ってきた。
「早速ひとっ走りしましょうか!噂の走り、みせてね?」
手を掴んだと思えばぐいぐい引っ張ってくる。これはあれだろうか?
「その、私は走るのはあんまり……」
「大丈夫よ」
「でもその……」
「大丈夫大丈夫!」
この人は、あれだ。お祖母様とは別ベクトルで頑固な人だ。
でも不思議と嫌じゃない。今はその強引さが嬉しかった。
「じゃあ一本だけ……」
そう言うとすっと場が整う。子ウマ達の目がキラキラしている。
「距離は1600m、芝」
あの日と同じだ。違うのは観客の数と、私の気分。
「思いっきり走ってね」
……正直、あまり乗り気ではない。自分が大分おかしいのは薄々感じていた。
私はおそらくすごく早い。同年代は当然で、上の年代と比べても。
だから打たれた。
ウマ娘にとって走るのは本能で、本能であり競争だ。
そこには必ず勝ち負けが存在する。
私は走るのは好きだ。気持ちいいし、お祖母様が喜んでくれる。
けど私が勝つとみんなが怒る。それはとても悲しい。
はやく走る、勝負に勝つ。そしてみんなと仲良くする……。
そんな道はないのだろうか……?
「よーい、スタート!」
そんなことを思っていたら、開始の合図が出た。
今度は出遅れなかった。いつもどおりに走る、駆ける。
駆け引きもなにもない全力疾走。ひたすらがむしゃらに走るだけ。
そんな普段の走りなのに、違和感がよぎる。
レースは一人じゃできない。一人で走るレース場は、こんなに広かったろうか?
初めて走った時のレースは……。
「楽しかったんだ……でも……」
思考がかぶりを降る。びゅんびゅん景色は流れていく。
400m,800m、1200m
私は思うがまま走り、ゴールラインを割った。
ゆっくりとペースを終えてお姉さんの所まで走っていく。
やっぱり走るのは楽しい。そして楽しいのはあっという間だ。
終わった後は決まっている、そう、あの時間だ。
子ウマの群れに近づくにつれ私は怖くなった。
今更どんどん心臓が激しく脈打つ。もうそれは目の前で。
「テンマちゃん!」
お姉さんがかぶりを降って飛びかかってきて、私は目をつぶってしまった。
そして柔らかい感触が押し寄せて、私は抱きしめられているとわかった。
耳元でお姉さんの囁きが聞こえる。
「大丈夫よ、テンマちゃんの心配するような事はおきないわ」
本当だろうか?皆悲しんでいないだろうか?怒っていないだろうか?
ぎゅっと目をつむったままで耳を済ますも何も聞こえない。静寂だ。
「ここの子達は皆走るのが大好きなの。テンマちゃんの事も、もう友達と思ってるわ」
友達……。
「走る事が大好きなら、みんな友達、仲間よ」
だから、大丈夫。そう聞いて、私は少しだけ目を開けて……。
一面、キラキラしていた。
それはもうキラキラしていた。なんかこう、キラキラだ。
子ウマ達の目だ。それは走る前と変わらず、むしろいっそう輝いて。
「テンマちゃん、はやーい!」
「すごいすごい!すごいすごい!」
キャーキャーわーわー。言葉にするとそんな感じで。
そこには私の望むそれがいっぱいあって。
「私、走ってもいいんだ……」
「ね?言ったでしょう?」
こくりと頷く。そうだ、走ってもいいんだ。
未だ騒がしい中、私は言う。
「テンマです。走るのが好きです。その……よろしくお願いします!」
そう言ってお辞儀した。その日は久しぶりに笑顔になれた日だった。