天才は一人だけ   作:ビッグバン蓬莱

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デカケツとルナティック

 「歓迎!よく来てくれた!私は嬉しい!」

 

 トレセン学園祭が始まった。始まってすぐ、私は理事長室に通された。

 お祖母様はさすがにもう年で、あまり長時間外に出歩くのは難しいらしい。

 じゃあ学園祭はどうしようか?そういった話になった所、お姉さんが声をあげた。

 お姉さん、エアシャカールのお母さんが送迎と保護者を担ってくれるのだという。

 いいのだろうか?確かにお姉さんから話が出て、それを私は受けたのだけれど。

 エアシャカールは来なくて、エアシャカールのお母さんは来てくれる。

 ありがたい話だったけど、どこかいいのかとも思ってしまった。

 そうして向かった学園祭では、早々に受付で声をかけられて、あれよあれよと緑のお姉さんに釣れられて、向かった先が理事長室。これにはさすがに驚いてしまった。

 

 「駿川たづなです。この学園では、秘書のようなことをしています」

 

 受付の緑のお姉さんは、ニコニコしながらそう名乗った。大分偉い人らしい。

 

 「理事長の秋川やよいだ!我が校の生徒と、それを支えるトレーナーのため全力を尽くす所存ッ!!是非、存分に頼ってほしいっ!!」

 

 小さい子は、理事長だった。少女なのに相当偉い人らしい。

 

 「テンマです。今日はお世話になります。あの、どうして私はここに呼ばれたのでしょうか?」

 

 疑問は早々に解消するに限る。不躾だが、私は聞かずにはいられなかった。

 

 「憂慮!トレセン学園では、優秀な生徒がのびのび動けるよう余念がない!それは未来の生徒でも変わらない!」

 

 つまり?

 

 「こちらをどうぞ」

 

 相変わらずニコニコした顔を崩さない駿川さんは、そういってカードを手渡してきた。

 黒いカードに首からぶら下げるためのストラップがついている。

 カードには金字で理事場とデフォルメの猫が描かれていた。

 

 「そのカードを提示すれば、この学園で様々なサポートを無料で受けられます」

 

 聞けば売店や施設のフリーパスの他、行われる催し物でも優先されるらしい。

 

 「すごいですね。でも、もらってしまっていいのですか?」

 

 サービスには対価が支払われる。それは私だって知っている。彼女達がこれで得るものは、一体なんなのだろうか。

 

 「当然!君にはそれを手にする権利がある」

 

 わからない。わからないし、もどかしさ、後ろめたさも当然ある。私が想像できる事は、走る事くらいなのもだ。普通に走ればいいのかもしれない。

 

 「以上!存分に楽しんでほしい!」

 

 ◆

 

 理事長室を出た後、外で待っていたお姉さんと、なぜかついてきた駿川さん。

 聞けば駿川さんは学園の案内をしてくれるのだという。お忙しのでは?と聞けば。

 

 「仕事ですから」

 

 そうサラリと受け流されてしまった。食堂、施設、職員。駿川さんとお姉さんが何やら話しながら様々な場所を案内される。

 トレセン学園は、猛烈に広かった。すれ違うウマ娘の山。時折駿川さんは彼女達に声をかけられて、にこやかに挨拶を返している。

 

 「今年の枠ですか?」

 「もう走るんですね」

 

 私にはわからない挨拶を二度三度、そうしてちらりと視線をよこされる。

 私はそのたびにぺこりと頭を下げる。どこか居心地が悪い時間でもあった。

 そうして楽しさ半分、お客様半分。午前の時間はあっというまに過ぎていって。

 午後からは、そう、レースの時間。私の時間。

 

 ◆

 

 「グラスワンダーと申します。アメリカから来ました。ウマ娘として生まれたからには、その“道”を果てまで窮めたいものです」

 

 グラウンドに次々子ウマが集まり、私の隣の子はそういって挨拶をした。

 茶色い髪がストレートに伸びている子だ。優しそうという言葉がしっくりくる子。

 彼女とは隣に配置されただけの仲だったけど、レースのあれこれが始まるまでにすっかり仲良くなれた。

 彼女は中距離が得意だとか、日本食が好きだとか、とにかく日本が好きだとか。

 私も色々と話した。得意な距離はないとか、いろんな走り方が好きだとか、友達のお姉さんにつれてきてもらったとか。

 私の話をするときは、彼女は変な顔をしたりもしたけれど、問題はなかったと思う。

  

 【次の走者はゲートに入場してください】

 

 話しているうちにそうアナウンスが流れる。番号は隣同士。

 それは私と彼女の勝負を意味している。

 

 「負けませんよ」

 

 見つめる彼女の目は静かに燃えていて、不退転、そんな言葉が浮かんだ。

 

 「私も負けないよ、だって私は速いから」

 

 不敵に見えるようにっと微笑んで、私は前を向いた。

 バン、とゲートが開く。それぞれが我先にと走り出す。

 芝の心地は柔らかいけど滑るほどではない、そんな感触が伝わってくる。

 グラスワンダーは後方から差すためか、やや後ろをゆっくり走っている。

 彼女の足、体つきを見た時から、なんとなくそういう走りをするのはわかった。

 だから今回は先行を選ぶ。常に彼女よりも先頭を走り、最後まで走りきる。

 他にも走者はいるけれど、彼女ほど早そうな子はいなかったというのもあった。

 

 レースはすでに第一コーナーを曲がり始めた。私は飛ばしすぎないように先頭をはしる。

 内ラチに切り込むように身を乗り出して、滑るように足を伸ばす。

 クラブに入って1年。私は走り方も随分変わった。変わらずを得なかった。

 私が全力で走った時、地面は途端に柔らかいプリンに早変わりする。

 私のお気に入りのお高いシューズは走り終えれば目も当てられないほど穴が開く。

 私はシューズの儚さを呪ったけど、それは違うのだ、シューズは何も悪くなかった。

 私には、無駄が多かったのだ。

 

 「ここでこう、これはこう」

 

 スピードを乗せてカーブを曲がる中、私は足元を再確認する。

 以前のがむしゃらな、地面を叩くようなじたばたした足取りはしない。

 接触はできるだけ少なく、一点を刺すように。

 逆だったのだ、つくときには力を抜く。踏ん張るのは最初だけ。

 そっとそっとスキップするように。柔らかく、撫でるように。

 いつしか私の足元から音は消え去った。

 シューズも壊れなくなって、すっかり安物でいいようになった。

 

 思案して走っている内、レースの展開はすでに第三ストレートを過ぎた。

 後は題四コーナーを抜け、ストレートに全てをかけるのみ。

 未だ隊列は崩れない。私が先頭で、ほかは後ろ。

 件のグラスワンダーは、いつの間にか私のすぐ後ろについている。

 徹底マーク。言葉にすれば簡単なそれ。

 彼女は私を堤防にして、しっかりと気を伺っている。

 爆ぜる足音と息遣い。背中におんぶしているみたいに気迫が伝わってくる。

 でも、怖くない。

 

 彼女が足掻いているのは見なくてもわかる。その足音から、心音から、荒い息から。

 

 「相手がどれだけ速くても、私はその上に……!」

 

 彼女は全身でそう行っていた。だから楽しい、一緒に走るのは。

 残るは第四ストレート。距離は200mも無い。ウマ娘なら一息の距離。

 私は徐々に加速する。その私に彼女は並ぶ。一騎打ち。

 

 「勝ちたい!真剣勝負…いざ参ります!」

 

 その気迫に押され、私はほんのちょっと本気を出した。

 足幅をより広く、より高く。滑るようにから飛ぶように、跳ねるように。

 たったそれだけの事で、彼女は隣から消え失せる。また背後に戻る。

 レースは、楽しい。でも勝負は……よくわからない。

 背後に迫った楽しさから、スッと楽しさが消える。

 あとはもう一人だけ。誰も居ない緑のストレートを、私は一番に駆け抜けた。

 

 ◆

 

 「次は負けません」

 

 次は負けません。レースの余韻が残るまま、彼女はそういって気炎を吐いた。

 負けても何も折れていない。すごいんだな、と素直にそう思った。

 私はそこまで素直じゃないから、その素直さがすごく眩しく見える。

 私は彼女に期待してる?こういう時、なんて言えば良いんだろう?

 だって走ったのは私だ。勝ったのも私だ。じゃあ、言える事なんてないじゃない。

 私は曖昧に笑うしかなかった。

 

 レースは続く。様々な距離があるのだが、私に走れない距離はない。

 渡されたカードも相まって、私はいろんなレースを走った。

 短距離で、中距離で、長距離で。といっても子ウマ用に加減された距離だが。

 

 「ミホノブルボンです」

 

 「セイウンスカイです」

 

 「メジロマックイーンですわ」

 

 「ゴルシちゃんだぜ」

 

 いろんなウマがいた。皆速くて、皆私に負けた。

 めぼしい子達は弱くはなかったと思う。だって、彼女達と走るのは楽しかった。

 逃げで、差しで、追い込みで、まくりで。いろんな子がいて、色々走れた。

 学校でも、クラブでもみないような速い子達。彼女達のそれはすでに熟練されていて。

 だから、私もがんばった。逃げで、差しで、追い込みで、まくりで。

 全部全部試して、1馬身で勝ちきった。いい勝負を差し切った。

 私も楽しくて、皆もいなくならない。そんな皆でやるレースをやりきった。

 だから私に付いてきて、ずっと私のレースを見ていた彼女はわかったのだろう。

 

 「テンマちゃん、皆全力でした。テンマちゃんは、私に全力で来てくれましたか? 」

  

 どうしよう、罰があたる。

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