自分は、強い。それは自惚れでもなんでもなく事実。
昔からそうだった。シンボリ家に生まれた時から自分は誰よりも強かった。
それは誰しもが自惚れる幼年期を越え、自分こそが天才と自負する学園に入ってからもかわらなかった。
――シンボリルドルフは、皇帝である。
いつしか誰かが呼び始め、いつしかそれが普通になった。
皆が皆私を恐れ、傅いた。レースという椅子が私を皇帝へ召し上げた。
無論、これが奢りだということはわかっていた。わかっていても止められないのだ。
ウマ娘の気性は激しい。レースという競争からみてもそれはわかりきっている。
自分こそが一番というウマ娘ならば誰しもが持つ強烈なエゴ。独善の塊。
それはいつしか形となり、ウマ娘全てを幸福にできるという夢に至った。
自分なら、それができる。
皆がそれに賛同した。トレーナー、ファン、同じウマ娘達。
皆が皆、素晴らしい夢だと、きっと実現すると称賛してくれた。
だから私は勘違いしてしまったのかもしれない。
一面の緑で着飾ったターフは見慣れたもので、目を閉じていても歩けるほどだ。
そこで私は走っている。走っている先には一人の白いウマ娘がいる。
白いウマ娘は小さかった。同年代では小さいウマ娘などいくらでもいるが、その背中から感じる気配は違った。成熟していない香り。明らかな子ウマ。
それを実感した時、私のウマは強烈な不快感を感じた。
「どうして私の前を走っている」
目の前の子ウマは無礼だ。なんせ皇帝である私の前を走っている。
度し難い。許しがたい。無礼千万、いますぐそこを退け。
私の問いに白い子ウマは身じろぎもしない。ただ悠々と走っている。
今までも自分の前を走る無礼者はたくさんいた。たくさんいて、全ていなくなった。
私が軽く地をけとばすだけで、吹き飛ぶように消えていく塵芥。
私にとってウマ娘とは、無様に許しを請うことしかできない存在なのだ。
「私の前を走る意味を知らないようだな」
なら、教えてやろう。
本当のウマ娘を。皇帝の走りを。シンボリルドルフという存在を。
足に力を込める。息を吸う。耳を絞り、視界を研ぎ澄ます。
次の瞬間には大地を爆ぜて、その背に向けて走り出した。
その背は瞬くまに大きくなる。近づいて近づいて大きくなる。
一息にその背にくっついて、尻尾でも千切ってやろうかと一瞥して。
「……?」
それからが変わらない。おかしなことに、その背は大きいままだ。
何が何だか分からない。よくわからないけど、なにかが起きている。
だって自分は手を抜いてない。全力で走っている。
その無礼な顔を見てやろうと力を込めて走っている。
それなのに、追いつけない。
「な、なんなんだ……?」
おかしな事は続く。むしろどんどん酷くなっている。
その白い背が小さくなっているのだ。大きいはずの背が小さくなっている。
それはつまり、自分と相手の距離が開いている事にほかならない。
この皇帝が、競り負けている……?
脳が理解を拒む。どうしてそんな事が許されている……?
「ま、まて!」
思わず声があがる。でもその背中は待ってくれない。
すすすす、そんな小さな音をたててするするすり抜けていく。
聞こえていないのか、無視されているのか、その足が止まることは決して無い。
「待てと言ってるだろう!」
ゆらゆら、ゆらゆら、白い尻尾はこしゃくにもこちらを煽る。
あんまりな出来事に視界がにじむ。どうしたって止まってくれない。
相手は子ウマだ、手加減したんだろう。
本気じゃなかったんだ、次やれば負けないさ。
そんな言葉が過ぎ去って、即座にそれが負け犬と理解して。
「あああああああああ!」
本気も本気、全力も全力で大地をかけた。フォームもクソもかけらもない。
これなら――というお願いは、届かなかった。小さな背はもう暗闇に浮かぶ星のように小さくなっていて。追いつけないと、決して無理だとわかってしまって。
シンボリルドルフ。皇帝という自負は自身の力の源で。
今はその、ちっぽけな椅子を守ることしかできなくて。
私は負けた。そう、理解するのが、ズタズタで……。
「……」
「……ルフ」
「ルドルフ!」
はっと体が飛び起きる。息がはぁはぁ荒いでいて、背中にどっと汗が湧いている。
「ちょっとルドルフ、大丈夫?すごい汗だよ?」
隣から声をかけられる。滲む視界を開いてみれば、そこにあるのはよく見知った顔だった。
「……夢?」
「寝ぼけてるの?すごい顔してたよ?」
夢。そうか、夢。度し難い吐き気がこみあげる中、それでも心底安堵する。
「あ、あぁ……大丈夫だよ、少し、夢見が悪くてね」
そうだ、悪い夢だ。あんな、夢ともいえない悪夢。
夢は所詮夢でしかない。なら、きっぱり忘れて現実を見よう。
いつまでも無様は見せられない。いつもの皇帝に戻るのだ。
「今日は負けたレースのおさらいするんだから、しっかりしてよね」
「あ?」
負けた?誰が?私が?皇帝であり無敗のシンボリルドルフが……。
「あ。ああああああぁ……」
思い出してベットに蹲る。胸が苦しい。そうだ、そうだ、負けた。
皇帝シンボリルドルフは、小学生に、40馬身もつけられ、無様に負けました。
「ああああぁぁぁ……」
「ちょっとまた!?しっかりしてってば!」
◆
よく眠れない。最近はずっとそうだ。あの負けた日から心休まる日はない。
ひそひそ、ひそひそ。
周りの目はあの日から変わってしまった。羨望から疑心へ。
あのレースで屈辱的な敗北を喫してから、私は自分が信じられなくなっていた。
「シンボリルドルフさん、小学生に負けたって本当かしら?」
「そんなわけないじゃない、皇帝様よ?手加減したに決まってるって」
私が通り過ぎるとそんな声が聞こえる。そのたびに私は尻尾がすくみ上がる。
いますぐここから逃げ出してしまいたい。穴があったら入りたかった。
足を早める。向かう先はトレーナー室だ。今は一刻も早く顔を見たかった。
廊下を走り、階段を駆け上がり、脇目も振らずにドアへ突き進む。
「トレーナーくん!いるんだろう!?」
バン、と叩きつけたドアの先に彼女は居た。私のトレーナー、私の杖。
「あ、あぁ……ルドルフ、よく来たね」
けどその顔は困惑に彩られていて。
……どうして、そんな顔するんだい。
声がでない。何を言えばいいのかわからない。
こんな時、どんな顔をすればいいんだろう?
「……ルドルフ、ひどい顔をしているよ」
「……」
「……ルドルフ?」
「……眠れないんだ」
「?」
「負けたあの日の事がよぎって、眠れないんだ!」
馬鹿でもわかる理由。皇帝が、ただの小娘に成り下がった日。
――魔法が解けた日。
「それは……」
沈黙が支配する。私も、トレーナーくんも何も言わない、言えない。
何でもいい、助けてほしい。君は私の杖なんじゃなかったのか?
何でもいい、お願いだから、この苦しみから開放してほしい。
私に負けた子達は、こんな気持でいたのだろうか?
今まで私はそれを知らなかった。だって、負けなかったから。
私は、そんな子達に幸せを説いていたのか……。
そんな私の胸中が届いたのか、トレーナーくんはこう言った。
「ルドルフ、遊ぼう」
「トレーナーくん……?」
「ルドルフは、今まで頑張ってきた。他人の何倍も何倍もがんばってきた。だから少し疲れちゃっただけなんだ。だから、だから、少しだけ寄り道してみよう」
そういったトレーナーくんの顔は、なにかを決意した目だった。
でも、遊ぶって、どうやって?
◆
「これがプリクラか……」
「一人カラオケか……」
「はちみー?チミツを薄めた飲み物?」
「一日って……こんなに長かったっけ」
「誰でもいいから……ルナを助けてよ」
カイチョーで証明写真やりたかったダケー
対比で幸せ座禅グラスも書きたかったけどいっぱいなのでナシー