「みんなの将来の夢を書いてきてね」
そう言って、学校の先生は一枚の原稿用紙を配った。
夢。叶わないものを描くもの。私にとって夢はそんなイメージだ。
それを教えてくれたのは、学園祭でのシンボリルドルフさんだ。
彼女の夢は、全てのウマ娘の幸福。そんなとてつもないもので。
私はそれを答えを知っての事だと思ったのだけれど、実際は全くの逆で。
彼女は殉教者だった。夢に準じる殉教者。決してかなわない夢でも諦めない。
そんな終わりのない地獄のような甘美で苦しい夢。
幸せの最適解を知らなかった彼女は、そんな挑み続ける夢を持っていた。
決してかなわないけど抱えるもの。そんな壮大な物だったのだ。
だから、悩む。私の夢ってどんなものだろう?
「早く走る?」
私にとって、誇れるものはこの足だ。それは間違えようがない。
けど足が速いことがどんな夢になるのだろう?
足が早いということは、足が早いということで、つまるところ足が速い。
全ての幸福なんてレベルに比べたら、私の足の速さは夢とは程遠かった。
「足……レース……優勝?」
私はどうにか足が速いということを活かしたくて、机にむかって考える。
足が速ければ、レースに勝てる。レースに勝てば、優勝できる。
優勝すれば……お祖母様は喜んでくれるだろう。少なくとも、今まではそうだ。
夢でなければ叶わないようなそんな夢。足の速さとそれらをどう組み合わせるか。
結局答えはでなくて、お祖母様の所へ駆け込む事にした。
「十冠。無敗。凱旋門。セクレタリアト」
聞きに行ったお祖母様は、ゆったりと椅子に座りながら教えてくれた。
ゆっくりと指を一つ折り二つ折り、私の知らない速さの話をしてくれる。
お祖母様もまた速さの夢を追いかけて、夢のまま見つめるしかなかったという。
なら、私の中ですることは決まったも同然だった。
「私が変わりにお祖母様の夢を叶える!」
お祖母様はニコニコと笑った。私の夢に、夢とも言えない夢に笑った。
いつも笑顔で優しいお祖母様だったけど、この時のお祖母様は愉快だった。
端なく一頻り声を荒げて大笑いして、涙を浮かべて私の夢を喜んだ。
私は、その事がとても嬉しかった。夢なんて未だによくわからないけど、お祖母様の喜ぶ事が夢に近づくことはわかった。
その後私は渡された原稿用紙に詰め込んだのだ。夢を。お祖母様と叶える夢を。
「十冠。無敗。凱旋門。セクレタリアト」
私は呟いて、目の前に掲げた用紙を見つめる。
これが私の夢。初めてできた私の夢。
それがどうにも嬉しくて、お祖母様の周りを犬のように駆け回って。
お祖母様と一緒になって遅くまで笑ったのだ。
◆
お祖母様が死んだらしい。
私がお祖母様との夢を握りしめ、学校に向かう時の事だった。
上のお姉様に殺されたらしい。使用人さんが慌てて教えてくれた。
私はそれを聞き、促されるままに家に戻った。
戻った家ではお祖母様は布に包まれていてよく見えない。
側にはお姉様が大人達に囲まれて座っていた。
「お祖母様、死んだの?」
嘘みたいな話だ。だって昨日話したばかり。あんなにニコニコ笑っていたのだ。
「死んだわよ」
お姉様が答えた。お姉様と合うのは久しぶりだ。ここ数年は顔も見ていなかった。
けど見間違えようもない。確かにそれは私のお姉様で、だから尚の事わからなかった。
「なんで殺したの?」
「お前にはわからないわよ」
冷たい声だった。こんな声をするんだと思った。
「お前にはわからないわよ」
お姉様は再度そういった。今度は温かい声だった。
温かい声で笑いながら、げらげら、げらげらしながら。
よくわからないけれど、お姉様はお祖母様が嫌いだったのだろうか。
お姉様の言う通り、私にはわからなかった。
「なんで死んでるの?」
お祖母様、なんで死んでるの?お祖母様、夢はどうするの?
お祖母様、お祖母様、お祖母様……頭がぐるぐるうずうずする。
痛いし気持ち悪いし面白くない。こんなの全然楽しくない。
「嘘つき!」
私は自分でもよくわからなくて、こんな所へいたくなくて、逃げ出した。
◆
当たり前のように走って、走って、ひたすら走ってまた走って。
私はあのレース場へ来ていた。お祖母様と最初に来たレース場へ。
私とお祖母様の思い出の場所は、考えてみれば驚くほど少ない。
あの家か、このレース場か、そのくらいしか思い浮かばなかった。
だから逃げた先がここだったのも仕方ないのかもしれない。
レース場の端っこに膝を抱いてうずくまって、尻で芝を温める。
周りはすっかり夜になっていた。どれだけ時間がたったのだろうか。
冷たい。寂しい。暗い。でもどうでもいい。何も考えたくない。
「よォ」
そうして蹲っていたら、誰かが近づいてきた。
膝から顔を少しだけ上げてちらりと見れば、また見知った顔だった。
狼みたいな逆立った髪に、ギザギザの歯に、ギラギラした目。
エアシャカール。コースの照明に照らされて不気味に立っていた。
正直どうでもいい。今は誰とも話したくない。
「聞いたぞ、ババァ死んだらしいな」
「……」
「ハッ!お前の姉貴、なかなかロックじゃねーか、派手にやったな」
「……」
「なんとか言えよ」
「うるさい、あっち行け」
私は芝生を千切ってその土塊を投げた。それをエアシャカールはひょいと避ける。
それがまた憎らしい。投げても投げても笑いながら避けられて、投げるのはやめた。
「避けるな!あっち行け!」
エアシャカールはあっちに行かない。言うことを聞いてくれない。
悔しくて、わけがわかんなくて、視界が滲んでくる。なんで意地悪するんだろう。
エアシャカールは松葉杖をついたまま、私の近くに落ちていた紙切れを拾ってがさりと広げた。
あっ、と思った。それは夢だ。握りしめて一緒に持ってきてしまった夢。
お祖母様がと約束して、お祖母様が居なくなって宙ぶらりんになった夢。
夢は夢らしくかなわないままかなってしまった夢。シンボリルドルフさんみたいに届かない夢。
「ヘッ」
エアシャカールは一瞥して、そして鼻で笑った。
一瞬で頭がカッとなって、私はまた叫んでしまった。
「笑うな!」
「笑うだろ。負けたやつが可愛そうなんて甘ちゃんが、ウマ娘の夢を語るなんてよ」
エアシャカールは言った。手加減の勝利とお祖母様の夢は両立しないと。
たとえ手加減した1着で夢を叶えても、それは違うんだと。
手加減して勝てないほど、難しいということなんだろうか?
よくわからないけれど、エアシャカールは賢いと思う。だから、それは正しいんだと思う。
なら、なら……最初から夢は夢だったのだろうか。
私が全力で走って皆を泣かせてでもしないと、夢は叶わないのだろうか。
でも、お祖母様はもう居ない。なら、夢が叶わなくても……。
「お前がオレの幸せを勝手に決めるんじゃねぇよ」
「?」
「お前が全力で走ることと、負けたやつが幸せになるのは両立できんだよ」
エアシャカールが言ったことは信じられなかった。
そんな事初めて聞いたし、今までそんな事ありえなかった。
私に負けた子は皆辛そうで、苦しそうで、泣きそうだったのだから。
だから、私も楽しくて、皆も楽しい1着を目指したのに。
そんな夢みたいな事ができるんだろうか?
「だからお前がオレの幸せを勝手に決めんじゃねぇよ」
「エアシャカールの言ってる事、よくわからないよ……」
「だからよ……」
エアシャカールは、あーうー呻いた後、頭をガシガシかいて言った。
「オレはお前と全力で走って負けても楽しかったんだよ!」
「……本当?」
「あァ」
「あんなに離されて負けてるのに?」
「あんなには余計なんだよ!楽しかったって言ってんだろ!」
そういったエアシャカールの顔は真っ赤になっていて、少なくとも、嘘には見えなかった。
「お前が速いのは、ババァが偉いからじゃねぇ。お前ががんばって、考えて、練習して……だからレースじゃ結果が全てじゃなくて……公平で、あぁ、だから……」
エアシャカールは喋り続ける。理解できない所もあるけれど、それが私の事を思っての事なのはよくわかった。
「お前みたいなすげー奴と、同い年ってだけで走れるなんて早々ないんだよ。お前に取っちゃ違うかもしれないけど、一番速いお前と走るだけで、すげー楽しいんだよ」
だからお前は全力だしていいんだよ。そうエアシャカールは続けて言った。
「皆、全力のお前に勝ちたいんだよ。グラスワンダーとか言うのも同じじゃねーの?」
グラスワンダー。私が学園祭で負かした子。負けた後も負けないと言った子。
彼女もそうなんだろうか?私が全力を出さない事に怒った子。
私が全力を出したことで、友達じゃなくなった子。
彼女は、負けたけど、楽しかったんだろうか?
私に勝つということが、楽しみになるんだろうか?
それは、それは……そうだったら、私はすごく嬉しい。
私が全力を出すことで、私に勝とうって、負けても楽しんでくれる?
そんな夢みたいな事ができるなら、少しだけ、望んでみてもいいのだろうか?
本気で走っちゃって、いいのだろうか。夢のために、皆のために。
「やる」
「あん?」
「本当に……本当に私が走る事で嬉しい人がいるなら、私は走る」
「……」
「走って、全力で走って、夢を叶えて、全部勝って、皆の夢になる」
私が皆の壁になって、お祖母様の夢も叶えて、皆で幸せになってやる。
私に勝ちたいと思えるくらい強い壁になって、皆を圧倒してやる。
私は足が速い。足が速いくらいしか取り柄がない。そんな私が叶える事ができる夢。
十冠。無敗。凱旋門。セクレタリアト。
私が勝って、皆は負けて、でも皆は幸せで。
そんな夢みたいな夢を叶えてみせる。
だから負けない。強くなる。誰にも負けてなんてやらない。
「エアシャカール」
「……なんだよ」
「次から全力だよ」
「ハ!上等だ」
◆
「私の夢は、十冠で、無敗で、凱旋門で、セクレタリアトです」
遅れた次の日の学校で、私は夢を語った。
皆が皆夢を語る中で、紙を広げて皆の前で夢を語った。
皆は笑ったり、困ったり、変な顔をしたけれど。
私はちっとも悲しくなかった。
だって私は王様だから。だれにも負けない王様になるから。
そう決めたんだ。
うーん難産。レースが楽しいだけ、ババァが喜ぶだけで走ってた子が夢をもつ。
からの夢破産で絶望、からのうるせぇ走っていいんだよ!走りたいといえ!
と思えるような会話が難しすぎました。ようは主人公みたいな悪役が居ないと正義のヒーローは生まれないということです。