この話を読まなくてもブエルがどうなったかは次話で簡潔にまとめておきます。
「クソが手こずらせやがって」
アジトに戻ってきた男たちは捕らえたブエルを牢屋へと放り投げる。投げられたブエルは受け身を取ることもなく小麦袋のように床に横たわっていた。体全体の力も抜けていて完全に意識を失っていたのだ。
「おい、もう1人はどうした。姉妹だったろ?」
戻ってきた仲間に対してアジトにいた男が問いかける。
「こいつに逃がされた。それだけじゃねぇ。このガキ、4人も殺しやがった」
男はまた苛立ったのか牢屋の中に入りブエルの腹を思いっきり蹴り上げる。
「ぐぁ」
ブエルは腹を蹴られた衝撃で肺の空気を吐き出す。だが意識が戻ったわけではなく、身体が反射で行った行動だった。
「クソ、クソ」
男はその後も何度も腹や顔を蹴り上げた。ブエルの鼻は折れ顔は血や泥で汚れていた。
「おい、そのへんにしろ。商品価値がなくなるだろ」
「ちっ分かったよ」
他の仲間に宥められ渋々と牢屋を出る。その際にブエルの顔に唾液を吹きかけていた。そして2人は牢屋に鍵を閉めてどこかへと歩き去った。
ブエルが目を覚ましたのはそれから数刻後だった。
目を覚ますとまず感じたのは鼻につく嫌な臭いだ。カビ臭くクラクラするような匂いが一帯に充満している。あまりのキツさにブエルは口で呼吸するようにした。
「イタ」
体を動かして状況を確認しようとすると全身が痛む。少しでも動けば全身が軋んで息ができなくなりそうだった。
(とりあえずヒーリングを……)
ブエルは小声で詠唱をして体の傷を治した。体から痛みが消えたことで状況を確認できる余裕ができた。
周囲を見渡すと床と壁は完全に石で覆われておりその冷たさがブエルの素肌に伝わってくる。そしてブエルが1番目を引いたのは目の前にある鉄格子だ。当然ながら人が通り抜けられるような広さはなくこちらの様子を一方的に確認できるようになっている。
ブエルは完全に捕らわれの身になっていた。
ブエルは牢屋の中で横たわりながら考えていた。ノルンのこと、脱出のこと、パウロのこと。
拘束自体は魔術でどうにかできそうだったが問題は拘束を解いてからのことだった。ブエルは多対1で負けた。つまり拘束を解いたところでまた数で押されて負ける可能性が高いということだ。
ひとまずブエルは行動を起こさずに体力を回復させることにした。
「起きたか」
ブエルがボーッとしていると、牢屋の前に1人の男が立っていた。
男は牢屋のカギを開けて中に入ってくる。ブエルの前に座ると髪をつかんで顔を無理やり上げさせた。
「い、痛い」
「ほー、中々にいい面してるじゃねぇか」
ブエルのことはお構いなしにジロジロと見て見定めている。
「うっ」
パンっと鋭い音が牢屋内に響き渡る。男はブエルの頬を叩いた。ブエルは恐怖を感じていたが精一杯男を睨みつけた。
「あ?」
男にはそれが気に食わなかったのかさらに強くたたく。
「ぐっ」
ブエルは男が叩いた方とは逆の頬を向ける。その顔は涙で濡れていた。
男はそれを見ると嬉しそうにニヤニヤと笑い手についた鼻血を拭き取った。
「はっはっ。そう怯えんな。これからお前は俺たちの商品なんだからな」
男が笑っていると別の仲間が牢屋に入ってくる。
「おい、そいつに近づきすぎるなよ。見た目が人族のガキだが魔術を使う。殺されるぞ」
「へっ、てめぇの失敗を棚に上げてるんじゃねぇよ」
入ってきたのはブエルを連れ去った張本人だった。あの時は仲間を殺されたことで激高していたが今は落ち着いている。冷静だったからこそブエルの変化に気が付いた。
「その傷、今つけたものか?」
「あ、あぁ」
「……そいつ治癒魔術も使えるぞ」
「なんだと?」
「俺はこいつを放り込んだ時蹴っ飛ばしてやったんだ。鼻も折れていたはずだ。それなのに治っているってことはそういうことだろ」
「ちっ」
男は舌打ちをするとブエルの腹を蹴り上げて牢屋から出ていった。そしてまた1人、2人と男どもが入ってきてブエルを囲んでいく。その数は4,5人にも上った。
「どれだけ治せるのか知らないが痛めつけときゃ逃げられねぇよな」
そう言うとブエルの腹を蹴り上げた。
「がっ」
ブエルは口から空気を吐き出すと体をくの字に曲げる。男はさらに執拗に蹴り続けた。
「それによぉ、俺らの仲間殺したんだってな」
ブエルは本能で胸や顔を守る様に地面に擦り付ける。
男が指示を出すと2人がブエルの腕を掴んで無理やり体を起こす。
「痛い、やめて」
ブエルは懇願したが男たちはそれを無視する。腕を上にあげると立たせた状態で壁に拘束具で固定した。これで両腕を動かせなくなったことになる。
「お願いします。やめて」
男はまたも無視してブエルの腹を蹴り上げる。
「かはっ」
ブエルは体をくの字に曲げてせき込むが男は一切気にすることなく蹴り続けた。男が蹴り疲れると別の男がブエルの前に立ち拳を振るった。こうして交代でブエルの体は痛めつけられる。何度も蹴られ、殴られ続けることでブエルの意識は朦朧としてくる。段々と目の前がかすみ瞼を上げようとしても上がらない。とうとう閉じられようとした時、体が急速に冷やされて目が覚める。
「勝手に寝てんじゃねぇよ。俺らの仲間殺しやがってよ」
男はまた蹴りを繰り出す。ブエルは頭を蹴られて額から血を流す。
だがそれを見ても男の怒りは収まらない。さらにもう2発、3発と蹴りを入れる。ブエルの体は血だらけで骨が何本かいってるんじゃないかと思うくらいだった。男は最後に思い切り蹴ると牢屋から出ていった。
地獄の時間から解放されたブエルだがすでに心は折れていた。逃げ出そうなんて気力はなかった。殴られた箇所は熱を持ちジンジンとした痛みを脳に伝える。床は相変わらず冷たい。でもその冷たさが今のブエルには心地いいほどだった。
数時間後、ブエルはバレないことを祈り治癒魔術を使う。使ったことがバレると怖いが体が痛すぎて耐えられなかった。
次にブエルが目を覚ますと目の前に人さらいがいた。
「ひっ」
また殴られる。そう思いブエルは思わず体を縮こませる。
「飯だ。喰え」
だが人さらいはブエルに食べ物を渡す。小さな器に入ったスープとパンのような何かだった。一瞬毒を疑ったが今、この男にはブエルに対する敵意がない。蔑んではいるがさっきのようなことにはならないとブエルは推測した。
近づけるとツンとした悪臭がした。ブエルは差し出されたものを恐る恐る手に取って食べる。パンのようなものはパサパサとしていて味がなく、スープは調味料が足りず塩気を感じられなかった。母親の食事を思い出して目頭が熱くなる。でも食べられるだけありがたいのでありがたく食べた。
それからどれだけの時間が経っただろう。ブエルはただ牢屋の中で過ごす日々を繰り返していた。あれ以降誰かが殴りに来ることはなくなった。だがブエルの心には確実に傷を与えた。ブエルのいる牢屋は一人だがほかの場所にも捕まった人がいるらしく誰かしらの悲鳴や殴れる音が聞こえた。人の悪意、捕まった人の心の悲鳴を常に聞き続けていた。時折何人もの男が牢屋に入ってはなにかをしている。その時に聞こえてくる女性の悲鳴、感情はブエルの心を絞めつけていた。何が行われているかブエルには幼く分からなかった。だが自分もいつか同じ目に遭ってしまうのではないかその恐怖があった。
もはや何日が経過したのか分からない。
寝て起きてマズイご飯を食べ誰かの悲鳴を聞き続ける毎日。
その日は違った。牢屋の鍵が開く。ブエルが外を見ると何人もの男たちがいた。ブエルは最悪の想像をする
「お前をどうするのか決まった。」
男は顎で指示を出すとブエルの拘束を解いた。解放される、、わけではない。男の心は嗜虐心に満ちておりブエルに対してよからぬことを考えているのは明らかだった。
拘束が解かれたと思った瞬間ブエルは今度男たちに拘束される。
「イヤ、やめて」
ブエルは身の危険を感じて体をよじり抵抗するが大人の力には敵わず全く意味のない行動になっている。
「大人しくしろ!!!」
ブエルは頭を殴られる。そして髪を捕まれて顔をあげさせられた。
「口を開けろ」
ブエルは首を振り拒否をする。それを見た男は舌打ちをしてブエルの頬を掴んだ。ブエルの口が無理やり開かれる。
「手間かけさせやがって」
男はそう言って瓶に入った液体を口に流し込んだ。次の瞬間、ブエルの喉は焼けるような痛みに襲われた。声を上げようとしたが声が出ない。熱い痛みを少しでも和らげようと唾液を飲み込むが一切治まる様子はない。男はニヤニヤしながら話し始めた。
「お前が今飲んだこれは魔物の酸だ。ガキには分からねぇだろうがお前の喉は今溶けているんだよ。魔術は詠唱をしなければ使えない。なら潰せばいいよな?」
男たちによる拘束が解かれる。もう必要ないと判断されたようだ。ブエルは少しでも痛みから逃れようと床をのたうち回るが一切和らぐことがなかった。
「おい、やるぞ」
男は底冷えするような声を出して部下に指示を出す。部下はのたうち回るブエルに馬乗りになり拘束した。ブエルはうつ伏せになり指一本動かせない状況になった。痛みから逃れたい一心で暴れるが体重差でびくともしない。そんなブエルの目の前に男はナイフを突き出した。
「お前には自分が殺した分働いてもらうぞ。最近手に入った服従の魔術でな」
男はそう言うとブエルの髪を引っ張り地面に叩きつける。ブエルは段々とナイフが近づいてきているのを
感じ取っていた。ドクンドクンと心臓が鳴る。顔か、首か、背中か。どこを刺されるのか分からない恐怖におびえ切っていた。抜け出そうとしても体は一切動かない。抵抗のしようがなかった。
シャリ……シャリ……
何かが切られている音がした。だが痛みはない。
ブエルはいつ来るか分からない痛みにただおびえるしかなかった。