「時すでに遅し、とはの」
川神鉄心、川神百代、ルーの3人が親不孝通りのビルの一角で現場の確認をしていた。唐突に大きなエネルギー波を感じ、すぐに現場を確認しに来た3人だったが、すでに戦闘は終わった後であった。
気絶している十数名。特に女性3名と男性1名は技でも受けたのか、肉体へのダメージが大きい。川神百代は完全に崩れた壁を見やる。
「これ、今回感じた気で壊れたと思うか?」
「うむ。そうじゃろうの」
下手人の力量が壁超えの存在であれば、やはり人数が限られる。ルーは技を受けた4人の治療に当たる。
「これは・・・恐らく川神流蠍撃ちだろうネ」
「救護班は呼んでおるから、もう少しの辛抱じゃ」
「・・・・・・」
似たような技を使った可能性もあるが、何度も何度も使っている技だ。それを受けた者の状態、技量を考えると、下手人は大きく絞られる。
「釈迦堂か、溝上か・・・」
川神鉄心がポツリと言葉を漏らす。他の二人も同じ意見だった。ただ3人とも現場の状況を見ただけの想像であり、実際に見たわけではない。誰か別の者であってほしいと心の内では思っていた。川神百代は当時、少し溝上と話しにくくなった、あの入学式当日のことを思い出した。
「ねぇ、あれって省兄ちゃんだよね?」
「うん?いや、まさか・・・」
川神学園に一子が入学した時のことである。登校時、一子が川神百代に裾を握りながら話しかけた。
黒髪の短髪、若干の猫背だが均整に整えられた体格。顔の輪郭もどことなく小学生まで鍛錬をしていた男の子に似ている。ただ、中学生の間川神から離れていたのだ。第二次成長期を終えた男子学生は、確かに見覚えはあるものの確信が持てない。
「一子、とりあえず入学式の時にはクラスの名前が張り出されるから、その時に確認すれば良いんじゃないか?」
「うーん・・・」
風間翔一も二人の会話を聞いたのか、話に混ざろうと男子学生の方を見る。
「・・・・・・うーん」
「どうしたのキャップ」
「いや、なーんか妙に嫌な予感がするぜ」
風間はどことなく冒険で危機にあった時のような違和感を抱いた。こういう勘は意外に当たる。触らぬ神に祟りなし、とは正にこのことだろう。会話に混ざるのを止めて、岳人とモロ、直江にクラスが一緒になるかどうか話し始めた。
「お別れの挨拶できなかったんだもん!私話しかけてみる!」
「分かった。じゃあ私も挨拶しよう」
一子は男に挨拶をする。男は突然声を掛けられたことに一瞬驚いた。
「おはよう。えーと、初めまして、だよね?」
「え・・・え、と」
「私だ、ほら、川神百代。この可愛い妹は川神一子。小学生の頃川神院で鍛錬してなかったか?」
男は名前を聞いて更に驚いた顔をしていた。どうやら一子の目は間違いなかったらしい。
「覚えてるよ!溝上だ!久しぶり!」
「やっぱり省兄ちゃんだ!」
一子が目に涙を浮かべる。溝上はその顔を見てわたわたと慌てている。その二人が微笑ましくて、思わず笑ってしまった。そう、小学生の頃鍛錬していた男の子は立派に育っていたのだ。紆余曲折、事件が起きてから死んだような眼をしていた頃の面影はない。
「しかし、鍛錬をさぼったのか?全く気を感じないぞ」
「いや、鍛錬はしてるよ。精神修行とか。力付けるために天神館ってところに乗り込んで修行してた」
ほぉ、天神館。福岡にあるという西の川神学園と呼ばれているほどだ。強い者も多くいるだろう。
「精神修行か・・・。私の苦手分野だ」
「闘争本能剥き出しにして言わないで。俺は戦いはしたくないからね」
天神館の修行を言った瞬間、川神百代はすぐに戦闘意欲に駆り出された。小学生の頃とは違い体格も立派になっている。さぞかし闘いが楽しいことだろう。いや、そうやって試合をして秒殺してしまうことも多々あったが。
「まぁ、今度川神院に来い!爺も喜ぶ」
川神百代は溝上の背中を大きく叩いた。それは間違いなく戦闘意欲から出てしまった一撃だったのだが・・・。
叩いた瞬間、溝上から先ほどまで感じ取れなかった気が漏れた。意図せず防御をしようとしたのだろう。
「っ!」
思わず川神百代は防御態勢に入る。一子は一瞬の気だったためか感じ取れなかったらしい。その妙な行動をした川神百代を一子だけではなく、周囲の見物人も見ていた。変態橋と呼ばれる道であるが、通行人はそれなりに多いし、学生の登下校にも使われている道だ。
「お前・・・」
「ん?んー。おいおい、まさかあの一撃で出ちゃったのか」
先ほどまでのほほんとしたような雰囲気だった溝上が、刺のあるような気配を出す。一瞬出た気は釈迦堂を思い出すかのような禍々しい気だった。
「省兄ちゃん?」
「おいガキ。ボクはその名前で呼ばれるのが大嫌いなんだ。二度と呼ぶな」
人が変わったかのような、いや。完全に人が変わっている。何が起きたのか一子も川神百代も理解ができていない。
「誰なんだ」
「ボク?誰でも無いし、そんな問答はいらないでしょ」
「省兄ちゃん・・・?」
「だからさぁ、鬱陶しい!その名前で呼ぶな!」
男が拳を振り上げる。その拳は間違いなく一子の頬を殴ろうしていた。もちろん、それを川神百代は見逃さない。一瞬で間合いを詰め、振り上げた拳を受け止めた。
受け止めただけだというのに衝撃波が周囲に伝わる。今の攻撃では一子が怪我するだけではなかった。最悪まともな生活ができなくなっていただろう。
「川神流!無双正拳突き!」
川神百代が必殺の拳を繰り出す。強烈な正拳突きで誰も彼も薙ぎ払ってきた技だ。男もこの一撃で倒れると思っていた。しかし、男は突きを受け止めず払いのけた。そもそも払いのけられるほどの力と素早さが無ければ対処できないはずだというのに。
男はその後一瞬で橋の下まで落ちていく。払いのけたは良いが、衝撃までは払いのけなかったようである。川神百代は追撃のために自ら橋から降りた。それを見逃す男ではない。
「川神流!致死蛍!」
男が橋から降りている川神百代に対して気弾を飛ばした。飛んでいる間は自由に身体を動かせることはできない。それが通常の人間である。ただ、相手は通常の人間ではない。壁超えの存在である。簡単とまではいかないが、同じく気弾を飛ばし相殺する。
「面白いじゃないか・・・!」
川神百代の闘争心が煮えたぎっていた。