九鬼紋白からの武神打倒計画から数日後のことである。その期間は何故か一子がそわそわしていて奇妙な空気が漂うことが多かった。さりげなく何かあったのか聞いてみたところ、どうやら川神院に数人が泊っているのだとか。
川神院、入学式の時に治療を受けて以来訪れることは無くなった。何が起きて治療を受けたのか分からないが、迷惑をかけたのには変わりない。
「のぉ、最近はどうなんじゃ」
「特に変わりないよ」
風間ファミリーみたいな大所帯であれば、毎日毎日目まぐるしい生活を送るのだろうが、ボッチにはそれは無い。毎日同じ日の繰り返しなのである。今は心ちゃんと喫茶店でチルタイムなのである。この前九鬼紋白と一緒に話した喫茶店。意外にもスイーツが多いので心ちゃんを招待したのである。
いつも着物姿しか見ていない彼女が、今回は私服姿であった。一つ一つの所作が美しかった。やはり日本三大名家として色々なマナーを学んでいるのだろう。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
どこか彼女は物憂げな表情だ。そういえばマルギッテとの試合以降、このように話していると、このような表情を見せてくることがある。何か言おうとしているのか、何を考えているのか・・・。溝上は何を言えば良いのか分からない。彼女との関係が壊れないようにするには、本心を聞くことはできない。
「そういえば最近黛さんと仲が良いって聞いたよ?」
「此方と友達になってほしいと言われたのでな」
心ちゃんにも友達ができたとは感慨深いものがある。俺?未だに友達は増えてません。量より質なのよ、友達ってのは。心ちゃんが黛さんの話をしていく。変な付喪神に話しかけているとか、所作が美しいとか。心ちゃんのお眼鏡に叶ったようだ。最初の頃は家柄がどうとかで友達ができない状態だったけど。こうやって少しでも友達が増えていって欲しいものである。
しかし、楽しそうに話している彼女が俺を見ると悲しそうに顔を俯かせるのに戸惑ってしまう。絶対何かやらかしてる。まさか、保健室の件だろうか。あの場にいたし、一子の怪我の原因が俺だという事を賢いこころちゃんならば分かっているはず。なぜ一子が怪我をしたのか分からないし、そもそも俺の記憶が無いのも問題なのだが・・・。
「心ちゃん」
「何じゃ?」
「俺は何を言われようと覚悟してるよ」
いつにない真剣な顔をする溝上に対し、彼女は顔を右往左往させた。
「ごめんなさい・・・」
「な、何を?」
まさか謝られるとは。彼女に謝られるのは初めての事であった。何か彼女が謝ってしまうような出来事など起きていない。彼女は口をモゴモゴさせて話す。
「小学6年生頃の事件を・・・調べました・・・」
「――――――」
「ご、ごめんなさい!」
「何で調べようと思ったのか、とか。色々気になることもあるけどさ。5年くらい前の話だし、俺は踏ん切りついてるから」
嘘だった。一生踏ん切りなどつけるはずがない。後悔し続けることになるだろう。
「単純な話だよ。薬物中毒者の男が暴走運転して両親が轢かれただけ」
「・・・・・・」
「即死で苦しまなかったらしい。それだけは有難い話だよ。俺はその時川神院で修行してたからねぇ・・・」
魂としては実の両親ではない。自身が転生という謎現象をする前、溝上が違う人物として生きていた時の両親ではない。この身体の持ち主の両親なのだ。腹立たしい事に自身が両親の死に対して強い悲壮感を抱いていない。悲しいことには変わりない。だが、どこか他人事に近いものがあったのだ。
彼女は黙ってしまった。今までの物憂げなヤツは情報を探ってしまったことによるものだったらしい。
「調べても悲しい内容しか無いからさ。もう止めてね」
「はい・・・」
あの傲慢な心ちゃんが驚くほどにしおらしい。これはこれで可愛らしいのだが、そろそろ戻ってほしい。適当にパフェをスプーンで掬って心ちゃんの口に突っこんだ。全く・・・何ちゅう顔をしてるんだ。
本音を言えば心ちゃんに調べられたのはショックであった。知ってほしくなかった出来事であるし、後悔している事を知られるのは正直堪えるものがある。全く知らない人が調べられると怒りが湧くかもしれないが、友人である心ちゃんであれば、いつの日かこちらから話していただろうし。まぁ、仕方がないだろう。許しているというのに彼女はまだ物憂げな顔をしていた。まだ何か調べていることがあるのか。これ以上深堀しても何もでてこないとは思うが。
チルタイムが終わり、心ちゃんと別れて直後の事である。心ちゃんは癒し枠なので変に悩まずに生きてほしい。こうやって悩ませているのは俺が未熟だからだろう。そうやって悩んで帰宅していると、妙な男に話しかけられた。
「少しよろしいですか?」
「え?いや、結構です」
スーツ姿?いや、ヒュームと同じような執事服の男が話しかけてきた。淡い水色のような髪色をした優男。だいぶ鍛えられているのだろうか、隙があるように見えるが攻撃をすれば反撃を受けることだろう。どこか分からないが威圧感もある。九鬼家の執事が話しかけてくるならば九鬼紋白の件だろうか。
「まぁまぁ、そこまで時間はかかりませんよ」
「・・・・・・」
九鬼紋白は川神先輩を倒せる方法を探している。一度接触した人間に再度接触するとは思えない。最初直に会いに来たのであれば、違う事で話をするならば、彼女自身が話をしてくるだろう。
つまり、この男は完全に別件で訪れたわけである。すごい嫌な予感しかしない。
「ご友人に怪我をさせてしまったことについて、貴方の知らない事を我々九鬼家は把握しております」
「・・・それは、それは確かに聞きたい話ですけど」
直近の内容であれば、一子のことだろう。怪我の事をなぜ知っているのか。その疑問が出てくる。
「私は九鬼家従者部隊序列42位の桐山鯉と申します。九鬼家は貴方の行動を全て把握しております」
いや、男からそんなことを言われても困惑するだけなのだが。そうか、九鬼家であれば細かい内情を知ることくらいはできるだろう。一子の事が好きな九鬼英雄であろうと、その近辺を調べるような気持ち悪い行動はしない。あれは正々堂々と戦う猛者である。
「・・・結局あなたは何を聞きたいんです?」
「貴方のご家族が亡くなった原因、いわゆる売人の情報を仕入れています」
「・・・・・・俺はもう納得してる。これ以上蒸し返さないでくれ」
「貴方はいいでしょうけど、そう問屋が卸さない者もいるでしょうね」
奇妙な事を言いやがる。確かに両親を殺めた中毒者も売人も許せない。だが、中毒者はその後逮捕されて刑を執行されている。法律上許したのだ。それ以上を求めることはない。
「・・・・・・・」
「そんな睨まれては困ります。私は依頼を受けただけですから。まぁ良いでしょう、一応伝えますね」
桐山は肩をすくめて売人が誰かを答えた。溝上は静かに話を聞く。まだ法律で裁かれてはいない人間。捕まっていないということは証拠も既に無い人間であろう。そもそも桐山の言葉を信じる必要もない。話半分で聞き流すことにした。