保健室内でのこと。完全に気絶している溝上がベッドに寝かされる。なお、マルギッテは保健室に運ぶ前に気が付いて自分のクラスに帰った。溝上の傍には一子と不死川、入口付近の扉に榊原の3人が待機していた。
「それで?マルギッテはどうして山猿と試合なんぞを?」
「その・・・」
一子は不死川の質問に顔を伏せることしかできない。何か隠しているのはバレバレだった。
「マルギッテ怒ってたよ。クリスお嬢様が〜って。」
「!?」
榊原が代わりに応える。それに対して一子は更に俯いた。
「やっぱり・・・」
「じゃから、何をしてたのかと聞いておろうに」
一子は一瞬迷ったように目を瞑る。榊原はそれ以降何も言わない。静寂な雰囲気に不死川は顔を顰めた。
「兄ちゃん。省兄ちゃんは何も覚えてないと思うけど・・・。私と省兄ちゃんは毎朝走り込みをしたあとに気を使った試合みたいな鍛錬してるの。技の確かめ合いとか」
「山猿もマルギッテの試合で川神流の技を使っておったの。だいぶ洗練されておったわ」
一子は試合は途中からしか見ていない。どのような試合だったのかという武道家としての興味は湧くが、それは次の言葉をどう言うべきか悩みで搔き消えた。
「兄ちゃんは一定以上の気を使うと、人が変わるの」
一子は最後、試合が終了した後の事を思い出す。最後溝上が繰り出そうとした技は、おそらく富士砕きという技だろう。釈迦堂元師範代がルー師範代に出した技と同じ気配がした。
いつも話している溝上とは違う雰囲気。そもそも気の系統が変わってもいた。
「朝の鍛錬は、正直結構マジなの。初めて見る人は本気の試合に見えたかもしれない」
「一子!いつも言っているが大車輪使うなら相手を近づかせないように牽制しろ!」
「押忍!」
朝の鍛錬。走り込みが終わった後、いつものように試合をしていた時のことである。一子と溝上は誰にも見られない場所で技を出し合っていた。
「川神流!畳返し!」
一子の大車輪という技。これは薙刀を旋回させ、その勢いをつけて切りつける奥義である。師範代クラスであれば数回の旋回で最高速度の切りつけが可能だが、一子には通常戦闘では40回ほど旋回しなければならないほど時間のかかる技だった。
それに対して溝上は拳を地面に叩きつけ、まるで畳をひっくり返したかのように地面をひっぺ返した。本来はガード専用であるが、今回は違う。その地面を一子目掛けて放り投げた。
「くっ!」
速度の上がった薙刀で投げつけられた地面を切りつける。切ることはできたが、そのせいで地面の土くれや石やらが眼前に広がった。これでは何も見えない。ふと人影が自分の眼前に迫っているのが見えた。
「ふんっ!」
「あっ!」
薙刀を持つ腕を溝上に握られた。一瞬の隙を狙われたためか振りほどくことができない。さらに片手が拳を作っていた。
攻撃を防ぐために一子は体内の気を腹部に集中させる。攻撃場所は集中させた腹部。力強い拳が繰り出された。
ほぼ蠍撃ちと同じ技。気を込めていなければ倒れていたことだろう。だいたいこの勝負がついたら鍛錬は終了となる。いつも一子が技を使い、その隙を突かれて攻撃を受ける。その流れが通例となっていた。
「大車輪。だいぶ良くなってるじゃないか。だいぶ気を込めたら回転数も短くなってるかもしれないよ」
「はぁはぁ・・・。お、押忍」
川神院では悲しいことに本気の試合を加味した鍛錬ができていない。それは川神百代も同じことではあるが。一子は姉と同じような鍛錬を川神院でしているのにも関わらず大きな力の隔たりがあることに不満を抱いていた。それが少しでも埋まれば、というのもあるが。いや、それだけじゃない。目の前の男性の存在も大きく関与していた。
「貴様ぁ!それが鍛錬というのか!」
意識の外だった。鍛錬で気づかなかったとはいえ、聞き覚えのある女の子の声に気が付かなかった。それは溝上も同じようで、ボソリと感知能力の鍛錬もしないとなぁ、とぼやいていた。
「君は風間ファミリーのフリードリヒさんだね。一応風間翔一君とご家族には許可は貰ってるよ」
「だからと言って、毎日ボロボロになりながら登校しているんだ。もう少し加減をしないか!」
どうやらボロボロになりながら登校している姿を気にしたフリードリヒが、鍛錬の様子を覗きに来たらしい。こんな朝早くに見に来るとは、友達思いなのだろう。
「加減するしないは、一子のためを思って―――」
「問答無用!」
いけない。完全に頭に血が上っているらしい。一子としても反論をしたいが、鍛錬後の疲れで上手く言葉が出てこない。溝上も何をどう話せば良いか悩んでいるが、目の前の美少女の圧力が強すぎて言葉に詰まっていた。本音を言えば、十数年ぶりに他人と話すので、とっさに何を言うのが正解なのか分からない状態でもある。
彼女はレイピアを構える。言葉は不要ということか。いや、絶対勘違いしているというか、やばい方向に向かっているのだとは理解しているのだが・・・。畳返しと蠍撃ちモドキを使ったためか、残りの気も僅かである。とにかく速攻蹴りを付けて話を聞いてもらうしかない。
「零距離刺突!」
「げぇ!?」
近距離からの攻撃。レイピアによる溜め技に溝上がマジになって驚く。大車輪級の技が目の前に突然飛んできたのだ。緊急回避として無理矢理身体を捻って回避―――できないため最大限使える気を刺される場所に集中させた。
突然気配が一新する。先程までの気が一変して禍々しいものになったのだ。クリスは目の前にいる男の変わりように動揺を隠せなかった。
しかし、その気も一瞬にして消え去る。それは気が無くなったというよりも隠しているようにも思えた。
川神院からは離れた場所である工業地帯付近。最初クリスは2人の走り込みを追いかけていたのだが、地理に疎いためか一度見失うと中々見つけられない。2人を見つけたのは丁度一子が薙刀を旋回させている場面であった。
「クリ!早く離れて!」
「犬。これは一体・・・」
ようやっと息を整えた一子が薙刀を構えた。その目は死合を彷彿とさせるほどの覚悟を垣間見る。
「気を使いすぎたの。それで抑えられてた気が出ちゃってるわ」
「何が何やら・・・。まさかまた私やらかしてしまったのか?」
クリスとしては、以前の金曜集会を思い出して青褪める。男の禍々しい気がクリスを冷静にさせていた。一歩。男が歩み寄る。一子が臨戦態勢に入る姿を見て、クリスも同じように構える。
「何とか気絶させるわよ」
「何とかって・・・。以前にもこんな事が起きたことは?」
「その時はお姉様が爆発と回復のコンボで・・・。来るわよ」
たった少しの距離だと言うのに、男の足取りは重く、ゆっくりとしたものだ。構えも取らず、隙だらけのように見える。先程の鍛錬では少なからず構えはしていたというのに。
「超加速」
目を離さないように見ていたというのに、その言葉を発した瞬間。男は目の前から姿を消していた。それにいち早く気づき行動したのは一子である。後ろを振り向こうとする動作をクリスは隣で判断した。いる、気をほとんど感じないが、今確実に真後ろに男がいる。
「川神流炙り肉!」
男は両手に気を這わせて紅蓮の炎に変えた。そのまま二人の利き腕を握る。声にもならない悲鳴を二人は上げた。そして完全に戦闘の気が霧散した時、男は一子とクリスの首元めがけ手刀を放つのだった。