ご笑覧頂ければ幸いです。
「ライアン!反応が遅いぞ、敵の行動を予測して動け!エーリヒ、前に出過ぎだ、一人で突っ込むな!」
バンの指示に、若い…と言っても実際はほぼ同年代の…新兵たちが必死の形相でゾイドを操り、体勢を立て直そうとする。だが「敵」もさるもので、新兵たちを次々と討ち取り、バンの元に向かってくる。
だが、さすがにバンの相手は分が悪いのか、敵のうち二機を返り討ちにする。残った敵機と睨み合いになったところで、演習終了のブザーが鳴った。
「やれやれ、まだ実戦に出すには程遠いな…。」
しょげた顔でシールドライガーから降りる新兵たちの顔を見ながら、バンは一人呟く。
ブレードライガーだったら、一人で全部蹴散らせたな。そうも思うが、それでは意味が無いことも今のバンは理解していた。
デスザウラーとの決戦から5年。あの戦いで壊滅的な被害を受けた帝国・共和国は、国家の再建を優先するため大幅な軍縮を選択した。一方で戦いによる荒廃から治安は悪化しており、ガーディアンフォースはその規模を拡充した上で、辺境の治安維持を任されていた。
今は共和国軍中佐となったバンは、一つの部隊を任され、盗賊の退治から新兵の訓練まで、忙しい日々を送っている。今日はそんな新兵たちの模擬戦だったのだか…まだまだ訓練が必要なようであった。
なかなか上手くいかないか、と思いながら、バンもシールドライガーから降りる。今はこの機体がバンの愛機となっていた。
「あの」ブレードライガーは、今は軍の研究施設に保管されている。表向きは技術協力ということになっているが、実際は政治的な理由だった。帝国・共和国両軍の戦力が激減した中、バン・フライハイトというエースパイロットとオーガノイドのジーク、そしてブレードライガーの組み合わせは強大すぎる力だったのだ。
特に帝国軍の中には…元々バンが共和国の人間であることもあり…バンがブレードライガーとジークを私有物のように扱うことに批判的な者が少なくなかった。共和国は当然その意見に反論したのだが、ニューヘリックシティが壊滅して帝国からの援助が不可欠な状況では、あまり強く交渉することも出来なかったようだ。
本当はジークも取り上げられそうだったらしいが、それは何とかルドルフやシュバルツが取りなしてくれたらしい。シュバルツからは「いずれブレードライガーもお前の元に返す」と言われているが、いつになるやら…
そのシュバルツは最近、少将に昇進し、近衛師団長に任命されたそうだ。帝国軍人にとって最も名誉ある地位なんだぞ、とトーマが嬉しそうに話していた…。
「フライハイト中佐、お客様ですよ。」
ぼうっと考えていると通信スクリーンが開き、馴染みのオペレーターが明るい声音で言う。
「客?今日はそんな予定は無かったと思うが。」
不思議に思うバンの前で、馴染みの顔がスクリーンに現れる。
「よう、バン。」
「アーバイン!」
半年ぶりに見る仲間の顔に、バンも思わず声が弾んだ。
「久しぶり、アーバイン。元気そうで良かった。」
「お前らもな。少しは大人っぽくなったかと思ったが、変わらねぇな。」
「そういうお前は少し老けたんじゃ無いか?」
「バカ言うな、俺はお前らより20年は長生きするつもりなんだ。簡単に老けてたまるか。」
昔と同じ、気取らぬやり取り。アーバインの変わらない姿に、バンもフィーネも、口には出さないが暖かい気持ちになる。
アーバインは結局、軍にもガーディアンフォースにも入らなかったが、こうしてフラッと現れては、有益な情報を提供してくれたり、気が向くと新兵の訓練に協力したりしてくれる。元々「兄貴分気質」なだけあってアーバインの指導はなかなか的確で、バンなどは自分より教官に向いているのではないかと思うのだが、本人が軍での地位を毛嫌いしている以上、如何ともし難かった。
「フィーネもそろそろここでの生活に慣れたか?まあ、都会に比べれば何にも無い場所だが。」
「ドクターディと一緒に遺跡巡りしてたのに比べたら、全然快適よ。最近はたまに行商人が寄ってくれるし。」
「そりゃ良かった。しばらくはここに落ち着くつもりか?」
「そうね。目ぼしい遺跡は大体調べ終わったし…しばらくはバンと一緒にいるのも楽しいかなって。」
その言葉通り、フィーネは数ヶ月前からこの基地でバンと一緒に暮らすようになっていた。デスザウラー戦後、暫くしてからまたドクターディと遺跡巡りを始めたのだが、フィーネ曰く「一通り終わった」らしい。
もっとも、ドクターディの話しぶりからすると、やることが無くなったというよりフィーネ本人が少し遺跡調査から離れたかったようだ。フィーネも最近は自分の出自や古代ゾイド人のことに触れることが少なくなった。その心境の変化の理由について、バンは深く突っ込むことはなかった。ただ、フィーネが一緒にいたいと言った時に、何も聞かずに受け入れただけだ。
バンも少し大人になり、「古代ゾイド人」として生きることが一筋縄ではいかないということが分かるようになっていた。だからこそ、自分の近くにいる時はフィーネを全力で守ろうと思っていた。
「それで、今回はどこら辺に行ってきたんだ?」
「マクマーンに雇われて、ムンベイと一緒に南部の方にな。なかなかスリリングな旅だったぜ。」
「南部か。そりゃ、色々と土産話が聞けそうだ。」
「いい酒もあるしな。」
アーバインはそう行ってウィスキーの瓶を掲げる。バンもフィーネも、いつの間にか酒が飲める年齢になっていた。
「うっ、ゲホゲホッ」
ウイスキーを一気に飲み込んだバンが、その強い香りと濃厚なアルコールに、思わずむせ返る。
「やれやれ、酒の味が分からんとは、まだまだお子ちゃまだな。」
「うるせえ。仕方ねえだろ…」
少し意地の悪い笑顔を浮かべたアーバインの言葉に、バンが不満げな表情を見せる。こういうやり取りは、最初に出会った8年前から変わっていない。その様子を見て、フィーネは微かに微笑む。最近は重責から厳しい顔を見せることも多いバンだが、今は昔と変わらぬ顔を見せている。今のバンが嫌いだと言うわけではないが、リラックスした自然な笑顔が見れるのは、フィーネにとって嬉しいことであった。
「ほれ、お前にはこれだ。飲んでみろ。」
アーバインはそう言うと、ウィスキーに炭酸水を足したものを渡す。恐る恐る口に運んだバンは、一口飲んで表情が変わる。
「おお、飲みやすい!これは美味いな。」
「南部の方で流行っている飲み方だ。まあ、本音を言うと俺もこっちの方が好きだ。」
アーバインはそう言うと、自分のグラスにも炭酸水を足す。14歳の時には「かなり年上」に見えたアーバインが、今では「少し年上」に見えるようになったことに、フィーネも感慨深いような、少し寂しいような気持ちになる。
「それはそうと…何か話したいことがあるんじゃないか?」
グラスを一杯飲み干したバンが、次の一杯を作りながら水を向ける。アーバインは少し躊躇った様子を見せてから、ゆっくりと口をひらく。
「ターレスの街にいた時に、行商人が噂してるのを聞いたんだがな。レウス山脈の集落近くで、黒い小型ゾイドを見かけたらしい。」
「黒い小型ゾイド…!」
その言葉にバンの表情が一気に引き締まる。フィーネもその一言に怯えざるを得ない。黒い小型ゾイド…それがシャドーを意味するなら、その主人たるレイヴンも近くに存在することになる。
5年前の戦いの後、レイヴンとリーゼは揃って行方不明となっていた。前後の状況から生存の可能性は高いと見做され、ガーディアンフォースも相当の戦力を割いて捜索したが、手がかりは掴めなかった。
この5年、目立った手掛かりもなく、またレイヴンが関与したと思しき事件も起こっていないため、捜索の優先順位は下がっていたが…もしこの手掛かりが本当なら、話は変わってくる。何と言っても、レイヴンは一度行方不明になってから復活し、再び世界に牙を剥いた過去がある。野放しには出来なかった。
ただ、そういった表向きの義務は別として、バン本人としてはレイヴン捜索にそこまで意欲的というわけではなかった。幾度も刃を交え、そして最後のデスザウラーとの戦いでは「共闘」と言ってもいい関係になったバンは、レイヴンがどこかで変わったことを感じていた。彼が今後、積極的に帝国や共和国に牙を剥くことはないのではないか。その思いは、この5年の間に強まっていた。それであれば、寝た子を起こさない方がいい…。それは合理的な判断でもあったし、また、短い期間とはいえ共闘した戦士としての感情でもあった。
「レウス山脈か。まあ、身を潜めるにはうってつけだが…。」
「行商人の話だと、その黒いゾイドは南の方に飛び去ったらしい。」
「ケイオン半島か。厄介だな…。」
バンは顎に手を当てながら考え込む。口にしたのは、確かに「厄介な」場所だった。
西方大陸の南西部に位置するケイオン半島。大陸全体の二割近い面積を誇る、広大な半島だ。だがそこは、大陸の「本土」とは殆ど隔絶した場所だ。常に特殊な磁場が発生しており、その影響で本土のゾイドはまともに動くことが出来ない。過去の戦争で放棄された野良ゾイドの廃棄場所となったこもあり、凶暴化した野良ゾイドがあちこちを彷徨いている。その過酷な環境から、本土の人間はケイオン半島を「魔の半島」と呼び、決して近付こうとしなかった。
一方でその環境は、本土で生きるのが難しい人間…様々な理由で迫害された者や、犯罪者、脱走兵…が逃げ込むのに格好の場でもあった。だから半島にも幾つかの街やコロニーは存在しているようだが、その実態はいまだに謎に包まれた部分が多い。
半島と本土の間には、峻険なレウス山脈が壁として立ち塞がっている。山脈の中に、半島側との交易ポイントが幾つかあり、本土の商人はそこから先には進まないのだ。だから、山脈の向こうの半島側のことは、伝聞以上の情報が伝わって来ない。そういう場所だから、レイヴンが潜んでいてもおかしくはなかった。
「聞いた話だが、プロイツェンの奴が元気だった頃、帝国の探索隊が何度か半島に向かったらしい。」
アーバインの言葉に、バンの眉間の皺が一層深くなる。
「レイヴンがプロイツェン派の残党に匿われている可能性もある、ということか?」
「分からんな。…半島の人間は警戒心が強い。余所者が根を張りやすい場所ではないはずだが…」
そう言ってアーバインが黙り込む。その話を聞いて、バンにはもう一つ気になることがあった。
「関係ないと思うが…最近、ガイガロスでプロイツェンと繋がりがあった将校や官僚の動きが活発になっているらしい。」
そう言うと、バンは一層重苦しい気分になる。長きにわたって摂政として殆ど全権を振るっていたプロイツェンの人脈は広く、ルドルフが即位したとはいえ「元プロイツェン派」を完全に¬放逐することは困難だった。まして、度重なる戦乱で混乱した状況にあっては、尚更である。
皇帝への忠誠心が強いシュバルツ少将などはその動向に目を光らせているようだが、まだ若い彼には手が出せない者も多い。ホマレフ宰相も気苦労が絶えないようだ。
「いずれにしても、もう少し情報を集める必要があるな。」
バンはそう言うと、二杯目のグラスをぐいと傾け、酒を体内に流し込む。平和のためには必要なこととはいえ、たまには全てを忘れてしまいたい気持ちにもなるのだった。
一年半ほどYouTubeのゾイド配信で盛り上がりましたが、25年越しにゾイドが盛り上がるとは思いませんでした。
皆様のコメントなども大変楽しかったです。